小説「みかんの色の野球チーム」は、40年前の「クオ少年と仲間たち」の物語です。(2009年11〜12月執筆)

             

                     

 

 

 

 

 

みかんの色の野球チーム

 

 

 

 

プロローグ

 

 初めて飛行機を見たのは、12歳の春だった。

 漫画とか、映画とか、テレビに出てくるやつじゃない。本物の飛行機だ。

 いまから、40年も昔。   ここから1000キロも遠い、東九州の小さな港町。  昼前の花曇りの空を、ブゥーンとプロペラの音を響かせて、そのセスナ機は飛んできた。

そして町じゅうに、瓦屋根の家々に、道を行く人々に、丸刈りの私の頭上にも、数えきれないくらいたくさんのオレンジ色の紙をまき散らしていった。

 夢中で拾ったそのチラシを、 私はもう持っていない。 けれど、そこに印刷されてあったことはいまも鮮明に覚えているし、この先、一生忘れることはないだろう。

 それは、地元の野球チームへの、祝福のメッセージだった。

 もう52歳になった私の心の中では、飛行機と野球が仲よく同じ引き出しに入っているのだ。

 不思議なものだ。あれから40年が経ち、あの町から1000キロも離れた東京に暮らしているのに、ここ調布市の多摩川の河川敷では、 視線を上に向ければ近くの飛行場を離陸した機影が早朝の夏空をよぎっていくし、横を眺めればどこかの草野球チームが練習に汗を流している。

自宅から往復するだけでも50分近くかかるというのに、愛犬との散歩に毎朝この場所を訪れるのは、私が過去の記憶に操られているのかもしれない。

「ブッチン」

 愛犬に、私は声をかけた。

「そろそろ帰ろう。会社に遅刻しちゃうからな」

 牡4歳のダルメシアンは、すくっと立ち上がり、私と並んで歩き始めた。ブッチンは、いい子だ。私の言うことを理解してくれるし、何よりも従順だし。毛色が白地に黒のブチ模様だから、ブッチン。名づけの理由は、ただそれだけではないのだが。

 まだ朝の7時前だというのに、気温はぐんぐん上昇している。今日も暑い一日になりそうだ。草野球の練習はいつまで続くのだろうか。

 ふと目をやると、 若いピッチャーがハンカチで顔の汗を拭っている。 それが青いハンカチなのを見て、思わず私は笑ってしまった。あの夏の甲子園ブームが、調布ではいまも続いているのか。(※注)

 

40年前。  小学6年生の私の視線の先でマウンドに立っていた投手は、  顔を拭くハンカチなんか持っていなかった。

ニキビだらけの面に、 分厚いレンズのメガネをかけ、 噴き出る汗をものともせず、ただひたすらに投げ続けた。

 そして、試合のたびにチームを勝利へ導いた。

 彼には、魔球があった。現代では誰も、そのボールを当時の名前で呼ぶことはない。

 ドロップ。

 昭和42年の春、大分県立津久見高等学校野球部のエース、吉良修一の投げる魔球ドロップは、面白いように縦に曲がり落ち、面白いように三振の山を築いた。

 そう、私はいまも鮮明に覚えているのだ。

 生まれ育った、あの田舎町のことを。

 段々畑をオレンジ一色に変えた、たわわなみかんの甘い実りを。

 真っ白い石灰山の岩肌に炸裂した、ダイナマイトの凄まじい轟音を。

 コバルトブルーの海に突き出した、ギザギザの海岸線を。海に浮かぶ、船と島々を。

 言葉は荒っぽいが心根の優しい、人口4万足らずの市民たちを。

 大人たちの無償の愛情に見守られた、無軌道で幸福な日々を。

 ときには恐怖のどん底に突き落とされた、未開の地の少年時代を。

 夢や失望、喜びや怒りや悲しみ、発見や成長や達成、危険や挫折や恥や痛みをともにした、純真無垢なる幼馴染たちを。

 そして何よりも、市民たちの最大の誇りであり、押しも押されぬヒーローであり、まばゆいばかりの輝きを放つ至宝に他ならなかった、津久見高校野球部を。

地元名産のみかんの色でストッキングを染めた、まさに「オレンジソックス」と呼ぶにふさわしいユニフォームを格好よく着こなした、監督と選手たちの勇姿を。

 彼らの目覚しい活躍と、成し遂げた空前の快挙を。

 それらが巻き起こした、歓喜と狂乱の10日間を。

 あの頃、 あの年、 あの月、 あの日、 あの時、 あの地で生じたさまざまな事柄は、 時間と空間の遥かな隔たりの中を、細くて長い一本の糸を通じて、現在の私と確かにつながっている。そして、その記憶の糸を、甘酸っぱい感傷や恥じらいとともに、私は時おり手元に手繰り寄せたりするのだ。意図的に、あるいは無意識のうちに。

 

私と愛犬は、 帰り道を歩き続ける。 目の前にコンビニとファミレスが見えてきた。 そこの交差点を渡って右へ曲がると、自宅まであと少しだ。朝の日差しは強く、気温はますます上がり、体じゅうを汗が包んでいる。帰ったらシャワーを浴び、朝食を取って、都心まで1時間ちょっとの通勤だ。

 道路を渡ろうとしたそのときだった、どこからともなく声が聞こえてきたのは。

――タイ坊、生きちょんか。――

 それが空耳なのかどうかは、私にはどうでもいいことだった。忘れもしない、その声の主。ブッチンだ。愛犬ではなく、私の幼友達、吉田文吾こと、ブッチンの声だ。

幼稚園の2年間と小学校の6年間。偶然と偶然が重なってずっと同じクラスにいたブッチンが、家族の次に長い時間を共有したブッチンが(だからこそニックネームを愛犬の名前に頂戴したのだが)、私の耳ではなく、心の中へ話しかけてくる。

 ――タイ坊、生きちょんか。――

 少年時代とつながっている細くて長い糸を、私は再び手繰り寄せ、糸電話のように口に当てた。

「ああ、生きちょんぞ」

 空を見上げて、私は答えた。

「タイ坊こと、石村太次郎。故郷を離れて34年。今日も元気に生きちょんぞ」

 私の声は、届いただろうか。

 私の中で、12歳のままのあどけない笑顔を浮かべている、古い友へ。

 私がいくつ歳をとっても、いつまでも色あせることのない、思い出の人たちへ。

 私の人生で、いちばん幸福だったと確信している、輝かしいあの日々へ。

 

 (※注)現在早稲田大学野球部のエースとして活躍している斎藤佑樹投手が、2006年度の夏の高校野球甲子園大会で、早稲田実業を優勝に導いた。試合中にマウンド上で、折りたたんだ青いハンカチで汗を拭うしぐさから「ハンカチ王子」の愛称が付けられた。翌年に「ハニカミ王子」としてブレイクしたのが、ゴルフの石川遼選手。

 

 

 

 

第1部  「青空の夏」  その1

 

 「タイ坊、生きちょんか」

他人の家の玄関ドアを勝手に開けて、 いつもの挨拶を口にしながら、 吉田文吾が通学の誘いにやってきた。

「おお、ブッチンか。生きちょんぞ」

そう答えると、私は朝御飯の残りを急いで掻きこみ、味噌汁を飲み干して、麦茶で口の中をゆすいだ。ランドセルを手に取り、腕を通して背負うと、

「忘れ物は無えな?」

 やはりいつもの母の言葉を聞きながら、玄関口でズック靴を履き、

「行ってきまーす」

 と、ドアの外へ飛び出した。

 昭和41年の8月。まだまだ夏休みの最中だが、今日はあらかじめ決められた臨時登校日なのだ。

朝の日差しの中を、ゴットンゴットンと重くて長い音を立てながら、貨物列車がのろのろと、黒い牛の行列みたいに線路を進んでいく。先頭の蒸気機関車が、それらを鞭打つかのごとく、時おり怒ったような激しい汽笛を鳴らす。

耳に聞こえる音は、 セミの鳴き声のほかは、 それくらいのものだ。 日本の首都の東京は、 先月、ビートルズの来日公演で大騒ぎになったそうだが(※注)日本の西の外れの田舎町には全く無縁な出来事だ。 とりわけ、 野球とメンコと缶蹴りと、 漫画とテレビ番組のヒーローと、 プラモとレーシングカーとゲームにしか関心のない、12歳になったばかりの子供たちにとっては。

というわけで、今朝の2人の話題が第48回全国高等学校野球選手権大会のことになったのも、しごく当然なのだった。

「津高が負けてしもうて、つまらんのう」

小学校へと続くでこぼこの道を、並んで歩きながら私が言うと、

「しょうが無えわい。相手は兵庫の強豪、報徳学園じゃあけん」

ブッチンが返す。

「じゃあけんど、8点も取られてのう、1回戦で負けてしもうてのう」

私の言葉に、

「勝負は時の運じゃ。 まあ、 去年の甲子園はベスト8まで行ったしのう。  おまえ知っちょるか、 昭和30年にもやっぱあ津高はベスト8になっちょるんぞ。大分商やら、出るたんびに負けてばかりじゃろ。津久見だけじゃ、 大分県勢で全国に通用するんは。 津高は大分の誇りじゃ。津久見の誇りじゃ。俺どーの誇りじゃ」

教え諭すように、ブッチンが答える。

自分と同学年なのに、こういう説得力のある話ができるブッチンを、頭のいいやつだと私はいつも感じていた。事実、家計を助けるため毎朝4時半に起きて新聞配達のアルバイトをこなし、それからみんなといっしょに夜まで遊びまくり、学校の勉強などちっともしないのに、ブッチンの成績は私よりも遥かに良かった。

私の無念を晴らし、津久見高校野球部の名誉をみごとに回復してくれたブッチンの言葉を聞いて、とても嬉しくなり、

「そうじゃのう、津久見だけじゃのう!」

 私が大きな声を出すと、

「そうじゃ、津久見だけじゃ!」

 ブッチンも声を張り上げた。

「津久見だけじゃ!」

「津久見だけじゃ!」

「津久見だけじゃ!」

「津久見だけじゃ!」

 同じ応答を何度も繰り返しながら、いつの間にか2人は駆け出し、でこぼこ道をひとしきり走り続けた。

 川に架かる橋のたもとまで来たところで、私たちは走るのをやめ、息が治まるまでしばらく立ち止まり、再び歩き始めた。

 セミの鳴く声が、しだいに大きくなってきた。向こうの道を、夏みかんの山を荷台に積んだオート3輪車が走り過ぎていく。

「ところでのう、タイ坊」

 古い木の橋を渡りながら、ブッチンがまた口を開いた。

「うん?」

 今度は何を聞かせてくれるのだろうかと、彼の豊かな話題に期待して私が応じると、

「おまえ、今日、学校に行くんが楽しみじゃろ」

 出てきたのは意外な言葉だった。

「どげえして?」

 私の問いに、

「久しぶりに会えるけんのう、山本佳代子に」

 と、ブッチン。

「ええっ。な、なに言いよるんか、おまえ……

 こいつめ、また始まった。私はため息をついた。根も葉もないことを突然言い出して、相手をからかい困らせて面白がるのは、ブッチンの悪い癖だ。山本佳代子は確かに明るくチャーミングで、クラスの男子にとても人気があるけれど、残念ながら私のタイプではない。返事はするまいと私は決めた。

「嬉しいじゃろ、佳代子に会えるけん」

「…………」

「佳代子は、おっぱいが大きいけんのう」

「…………」

「学校の女子で、いちばん大きいけんのう」

「…………」

「もみてえじゃろ、佳代子のおっぱい」

「…………」

「のう。もみてえち言うてみいよ、佳代子のおっぱいを」

 ブッチンよ、その手に乗ってなるものか。うっかり口を滑らせようものなら、1時間後にはクラスのみんなに、いや、全校じゅうに、6年3組の石村太次郎と山本佳代子はおっぱいモミモミの仲らしいぞ、なんて噂が広がっているに違いない。

ほんとうは、 おまえなんだろ、ブッチン。 佳代子に気があるのは。 だけど本人に向かってそう言えないものだから、代わりに自分の気持ちを私に投げつけてくるんだってことくらい、分かっているのさ。なんたって、おまえとは幼稚園からずっといっしょの仲だからな。残念だけど、ブッチン、私が好きなのは、別の女の子なんだ。おまえなんかに、知られてたまるか。

 私は無言をつらぬき通した。

 

そうするうちにも、 ブッチンと私は歩調を合わせてどんどん進み、 やがて小さな商店街に入った。ここを抜けきったところが、私たちの通う津久見小学校の正門だ。

2人のほかにも登校する生徒の数がだんだん増えていき、下級生たちの中にまじって、クラスメートの姿もちらほらと見えるようになってきた。そして、仲よしたちも次々とお目見えだ。

「おはよーっ。こないだ26インチの大きいカラーテレビ、入ったんぞ。ウルトラマン、観に来んかっ」

 電器屋の息子、カネゴンこと金子明男が、声をかけてきた。

「おっすー。少年マガジンの新しいやつ、持ってきたけんのー。巨人の星、すーげえ面白いぞー」

 ゼッペキ頭の、ペッタンこと田辺武志が、いつの間にか傍にいた。

「おーい! 今日は午前中で学校終わりじゃったのう! 遊ぼうや! のう、遊ぼうや! グラウンド行って、野球しようや!」

 スポーツ万能の、ヨッちゃんこと上杉義人が、走り寄ってくるなり早口で言った。

 ブッチン、 カネゴン、 ペッタン、 ヨッちゃん、 それに、タイ坊。 いつもの仲よし5人組がそろって、私は朝から気分がウキウキしてきた。

 5人が商店街を抜けようとするそのとき、道の向こう側から、大柄な女の子がこちらに手を振りながら歩いてきた。ショートカットの髪に、よく日焼けした顔。パッチリとした目に、にこやかな笑みを浮かべながら、

「久しぶりじゃねえ。みんな、元気しちょったん?」

 山本佳代子がそう言うと、5人の目は、ひまわり模様のワンピースを着た彼女の胸部に、いっせいに釘づけになった。またひと回り大きくなり、みごとに隆起している乳房の様子が、薄着のせいではっきりと分かったからだ。

6人並んで学校の正門を通るとき、いちばん右端のブッチンの顔がわずかに赤くなっているのを私は見逃さなかった。

 

(※注) この年(1966年)来日したイギリスの人気ロックバンド 「ザ・ビートルズ」は、6月30日から7月2日までの3日間、日本武道館で公演を行った。大勢の警備員や機動隊員による厳戒態勢の中で、若者たちが熱狂。そういう時代だったのである。

 

  

 

 

第1部  「青空の夏」  その2

 

 朝礼が始まった。

約1000人の全校生徒が校庭に集合整列すると、ツルピカ頭の校長先生が壇上に昇り、ガーガーピーピーと雑音しか聞こえないオンボロスピーカーを通してのごあいさつ。

本日ガーガーみんなのピーピー元気なガーガー顔ピーピー見ることガーガーできてピーピーとてもガーガー嬉ピーピー。いつも、こうだ。どうして修理をしないんだろう。

続いて1時間目。

今日は臨時登校日なので、 授業の代わりに先生からの話だけ。 それは嬉しいのだけど、担任の福山英信先生はとても怖い人なので、私たちは神妙な面持ちで聞いていた。先生の年齢は、36歳。身長は180センチ近くあり、がっしりとした体格で、両耳から顔の下半分が濃いヒゲに覆われているので「ヒゲタワシ」というあだ名がついている。得意技は、悪さをした生徒への強烈な往復ビンタだ。

夏休みも半分終わったけど、まだあと半分残っているので、みんなケガや病気をしないように気をつけて、 宿題もきちんとやって、 新学期にはまた元気な顔で登校してくるように、 といった内容のスピーチ。終業のベルが鳴って先生が教室から出ていくのを見とどけると、心底ほっとした。

さあ、休み時間だ。

私たちは、 さっそくペッタンの席に集まり、 彼が少年マガジンの最新号をランドセルから取り出し、机の上に広げるのを待った。

津久見高校の夏はもう終わったけれど、星飛雄馬や伴宙太ら青雲高校の選手たちの甲子園はこれから始まるのだ。分厚い漫画雑誌の、そのページをペッタンが開くと、ブッチン、カネゴン、ヨッちゃん、そして私の4人は、身を乗り出し、視線と心を熱血ドラマの世界へ注ぎこんでいった。

みんながじっくりと読めるように、ペッタンがゆっくりとページをめくっていく。私たちは、目に映ったものを、ひとコマひとコマ、心のスクリーンいっぱいに大きく広げていく。紅洋高校の花形満、熊本農林高校の左門豊作、それに飛雄馬と伴。もしも彼らがみんな津久見高校の野球部にいたら、絶対に甲子園で優勝できるだろうなあ……。

 

「ちょっと君たち!」

 想像の世界に遊んでいる私たちの背後から、そのとき声がした。振り向くと、学級委員長の深大寺ユカリが、そばに立って私たちを睨んでいる。

「君たち! 漫画は学校に持ってきてはいけない規則になってるでしょ!」

 ユカリの剣幕と強い口調に、不意をつかれ、私たちはうろたえた。ペッタンがあわてて雑誌を閉じ、ランドセルにしまった。カネゴンとヨッちゃんが無言で席を離れようとしたそのときだった、ブッチンが口を開いたのは。

「いいじゃねえか。今日はまだ夏休みなんじゃあけえ」

 予期せぬ反論に、ユカリは一瞬、えっという表情をし、目をパチクリとさせたが、即座にまた険しい顔つきになり、ブッチンに言葉を投げ返した。

「いくら夏休みでも、 今日は登校日でしょ。学校に来る日なのよ。学校に漫画は持ってきてはいけない。だから今日も漫画を持ってきてはいけないの。6年生にもなって、そんなことも分からないわけ? バカね」

「なんじゃと」

 表情を怒らせて、ブッチンがユカリに歩み寄り、30センチの間隔で対峙した。

 クラスの中でも背の高い彼と、小柄な彼女。いきおい、ブッチンがユカリを見下ろし、ユカリがブッチンを見上げる構図となった。けれど、身長の差はかなりあっても、互いの顔を睨みあう迫力は拮抗している。

 突然の出来事に、思い思いの休み時間を過ごしていたクラスの40人は、たちまち2人の対決に視線を釘づけにされ、静寂の中で事態の進展を見守るハメになってしまった。

「なんじゃと。バカじゃと。もういっぺん言うてみいや」

 凄みを利かした声をブッチンが放つと、

「ええ、何度でも言ってあげるわよ。バカよ、バカ。大バカの田舎者よ」

 ユカリが、さらに辛辣なせりふを投げ返した。

「田舎もんは大バカか。それじゃったら東京もんは大エライんか」

「あたりまえじゃない。東京の人間にくらべたら、津久見の人間なんて原始人。東京にはデパートだってレストランだって遊園地だって高速道路だって地下鉄だって新幹線だって飛行機だって東京タワーだって霞ヶ関ビルだって国会議事堂だってなんだってあるけど、津久見にあるのは山と海だけ。東京には日本一の文化があるけど、津久見はゼロ。人間はね、文化の中で生きることで知性や教養を身につけられるのよ。だから東京の人間はエライの。津久見の人間はバカなの」

「ほう。そうなんか」

 ユカリの発する差別的な言葉の物量攻撃にひるむ様子も見せず、 落ち着きはらってブッチンが返す。

「それじゃったら訊くけどのう。山と海と原始人ばっかりで文化がゼロの津久見に、なんじゃあけん、おまえ、東京からわざわざ来たん?」

 このせりふは、 意外なほどの効果をもたらした。 さっきまで、 あれほど威勢よく口論を続けていたユカリが、急に黙りこんでしまったのだ。

 もちろん、これはブッチンの読み筋通りで、この問いかけがユカリに相当のダメージを与えたであろうことは、彼のみならず、私も、クラスのみんなも分かっているはずだ。

 津久見市の経済を支える主要産業、石灰石の採掘とセメントの製造。それを担っているのが、全国的にも名高い大企業、「矢倉セメント株式会社」だ。日本の各地で操業している石灰石の産出地の中でも、矢倉セメント津久見工場の生産能力は随一であり、その管理統括という重責を務める工場長が、東京本社から数年ごとの任期交替で赴任してくる。

 現工場長の深大寺和宏氏は、去年の4月に津久見へやってきた。東京生まれの東京育ちで、花の都から1000キロも離れた九州の片田舎で生活せざるを得なくなるとは夢想だにしていなかった妻と一人娘を伴って。単身赴任というスタイルなど、考えられなかった時代のことだから。

 5年生になったばかりの新学期。東京からの転校生としてクラスの一員になった深大寺ユカリのデビューは、私を始め津久見の子供たちにたいへんなカルチャーショックをもたらした。

 いまでこそ気の強さを如何なく発揮しているユカリだが、初めて登校してきた頃は、おおかたの転校生というものがそうであるように、実におとなしかった。とりわけ、それまで所属していた首都の生活環境とは、180度も異質な風土や人種とのファーストコンタクトを余儀なくされた彼女の場合、慎重の上にも慎重を期さねばならなかったであろうことは想像に難くない。

だが、彼女の思惑とは裏腹に、そのルックスや身につけているモノたちは何よりも雄弁に「東京のお嬢様」の出現を物語った。色白でやや切れ長の目をした、お雛様のような顔。きれいに手入れされた、つやつやのロングヘアー。とてもハイカラで高級感あふれるジャケットやスカート、シャツやソックスや靴。なんと、ピンクのランドセル。

転校してきて数週間も経つと、次第にユカリは本来の饒舌さを取り戻し、その愛らしい口から飛び出す洗練された標準語は、小柄で華奢な体つきの彼女の背後に、大都会という名の守護神が間違いなく存在しているのだと、聞く者たちに確信させた。

そして何よりも、ユカリは頭脳明晰だった。テストのたびに、すべての教科で100点満点を逃したことがないという事実は、彼女の学力が、他の生徒たちより少なくとも1年以上は進んでいることを先生たちに認めさせた。

5年生の第2学期からは、  ユカリは学級委員長を務めることになった。  学業優秀な者がクラスのリーダーの座につくことを先生は奨励したし、喜びもした。彼女もまた、几帳面な性格なのか倫理感が強いのか、学校生活における規律の遵守をクラスメートたちにたびたび要求し、生徒への徳育に関する協力者として、ますます先生の信頼を獲得していった。矢倉セメント工場長の娘というブランドをも、先生は愛したのかもしれない。

しかし、学級活動を通してユカリが津久見での小学生活に馴染み、心から定着したのかというと、そうではない。彼女は、機会のあるたびに、クラスのみんなに公言していた。

「津久見には来たくなかったの。東京に戻りたいの。一日も早く戻りたいの…」

 そういう言葉を口にするとき、彼女の顔からはふだんの勝ち気が消え、とても寂しくて哀しそうだった。

 それでも、ユカリの学級委員長としての任期は続いた。5年生の第3学期も。6年生になって、第1学期を迎えても。

その学級委員長が、 いま、 ブッチンとの対決で劣勢に陥っている。 成り行きを間近で見ている私は、もちろん、親友であるブッチンの側の人間だ。でも、心の中で、私は願っていたのだ。負けないでくれ、ユカリ。負けてあげてくれ、ブッチン。

 

「のう、ユカリ。なんじゃあけん、おまえ、東京からわざわざ津久見に来たん?」

 沈黙を続ける相手に、ブッチンは同じ言葉で追い討ちをかけた。

 いつまでも無言のままでいては学級委員長の沽券に関わると考えたのか、ようやくして、ユカリは口を開いた。

「だって、仕方がないじゃない。パパのお仕事の都合なんだから……」

 その返答を待ってましたとばかりに、ブッチンは意地の悪い笑みを浮かべ、

「パパっち言うたぞ、こいつ。パパじゃあち。のう、みんな、パパじゃあちよ」

 そう言うと、傍らのカネゴン、ヨッちゃん、ペッタン、それに私に向かって、さらに

「パパっち、何語かのう? 誰か、知っちょらんか?」

 と、話の水を向けた。

 それを受けて、くすくす笑いながら、カネゴンが、

「パパっち、パパ語じゃねえんかのう」

 にたにた笑いながら、ヨッちゃんが、

「パパっち、もしかしたら、とうちゃんのことかのう」

 へらへら笑いながら、ペッタンが、

「パパは文化人じゃあけど、とうちゃんは原始人じゃ」

 そう締めくくると、クラスの40人がどっと笑い出した。

 ブッチンの狡猾なリーダーシップに、学級委員長はすっかりやりこめられ、顔を真っ赤にして再び黙りこくってしまった。

 だが、ブッチンは追及の手を緩めない。

「のう、ユカリ。おまえのパパは、白い色が好きじゃろうが」

 体を折り曲げ、紅潮した彼女の顔を覗きこみながら、妙なことを言った。

「え……?」

 かすれた声を、ユカリがかろうじて口にすると、

「おまえのパパは、白い色が好きじゃろうがち訊きよるんじゃ」

 ブッチンは繰り返した。

「白い色が好き? ど、どういう意味……?」

「勉強ができるくせに、 そげんことも分からんのか。 6年生にもなっちょるくせにのう。ほんなあ、教えちゃるわい。あんのう、おまえのパパは矢倉の工場長じゃろう。毎日毎日、石灰山を発破で吹き飛ばして、白い粉塵が空に舞い上がって、それがみーんな屋根に降り積もって、おかげさんで、セメント町の家はみーんな真っ白じゃあ。洗濯物も、みーんな真っ白じゃあ。犬も猫も、みーんな真っ白じゃあ。おまえのパパの仕事は、 津久見を真っ白にすることなんじゃろう。 おまえが東京からわざわざ津久見に来たんは、 おまえのパパが町を真っ白にするんを眺めて喜ぶためなんじゃろう? そうなんじゃろう?」

 おっと、ブッチン、いくらなんでも、それは言い過ぎだろう。もう、こんな口論、やめにしようや。私がそう思ったのも束の間、ユカリの猛反撃が始まった。

「パパの悪口を言わないで! 私のパパは偉いのよ! 東大を出てるのよ! あなたたちのとうちゃんとは違うんだから! それにね、矢倉セメントには津久見の人たちもたくさん勤めていて、毎月高いお給料をもらってるんだから! それだけじゃないわ、矢倉セメントは津久見市に税金をいっぱい納めていて、それで津久見の経済やあなたたちの生活が成り立っているんだから!」

 学級委員長の、必死の抗弁。だが、これもブッチンをひるませることはできなかった。

「その高え給料をもろうちょる津久見の人間はのう、みーんな石灰石の採掘現場やら危ねえところで働かされちょるんを、おまえ、知っちょんのか? 発破が失敗して、ダイナマイトで手やら足やら体全部やら吹っ飛ばされてしもうた人間が、これまで何人おるんか、おまえ、知っちょんのか? おまえの一家は、 工場からずーっと離れたこっち側の町で、 矢倉が用意した料亭付きの豪邸に住んじょるけん、おまえやら、 向こうのことは全然分からんのじゃろうけどのう。 今度いっぺん、 セメント町に行って、見てこいよ。腕の無え人やら脚の無え人やら、ごろごろおるんじゃあけん」

「…………」

「それに、なんじゃあ? 東大を出たパパじゃあ? 東大のパパがエライんなら、東大の娘のパイパイはどげえじゃろうのう?」 

 そう言いながら、ブッチンは驚くべき行動に出た。目の前のユカリの胸部に両手を伸ばすと、わずかな膨らみしかない未熟な2つの乳房を、白いブラウスの布地ごと、ギュッと掴んだのだ。

「きゃああああああああーっ!」

 ユカリの叫び声に、

「なんじゃあ、東大の娘のパイパイは、ぺちゃんこじゃのう。あはははははー」

 笑い声を上げながら、ブッチンは両手を離した。

「先生に言いつけてやるーっ!」

 ベソをかきながら、職員室に向かって駆け出したユカリだが、すでにその必要はなかった。ちょうどそのとき2時間目開始のベルが鳴り、 それと同時に教室の戸がガラガラッと開いて、ヒゲタワシこと福山先生が入室してきたからだ。

 教室のすぐ外側で、 事の一部始終を聞いていたに違いない先生は、真っすぐブッチンに歩み寄ると、大きな右の手を振り上げた。

 パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン!

 発破のような凄まじい音と衝撃が、ブッチンの両頬に炸裂した。(※注)

 4往復の8連発ビンタ。 少なくとも私の知る限り、 これは福山先生の成し遂げた新記録だった。

 

(※注)いまの教育現場では考えられないかもしれないが、昔は教師による生徒たちへの体罰は日常的に行われていた。とくに悪童であった筆者など、小学校・中学校・高校を通じて何十発のゲンコツやビンタをもらったか、数えきれない。さすがに大学に入ってからは、そのようなことは起こらなかったが。痛かったけれど、懐かしい思い出でもある。

 

 

 

 

 

第1部  「青空の夏」  その3

 

 「やられてしもうたのう、ヒゲタワシに」

5人で歩く、下校の道中。カネゴンがブッチンに声をかけた。

「すまんかったのう。   俺が、少年マガジンやら持ってこんかったら、  こげなことにはならんかったにい……」

ペッタンが、申し訳なさそうに沈んだ口調で言った。

「まだ痛えんじゃろ、顔が。8発も叩かれたんじゃあけえ」

 ヨッちゃんの気遣いの言葉の通り、ブッチンの両頬は腫れて膨らんでおり、彼がペッとツバを吐くと、赤い血がまじっていた。口の中を切っているようだ。

 その様子はたしかに痛々しかったが、  私はそれほどブッチンに同情しているわけではなかった。福山先生の鉄拳制裁はひどいものだったが、その原因となったブッチンのユカリへの仕打ちはもっとひどいものだったと思うからだ。

言葉の暴力はまだ許せるとしても、まさかユカリの胸を掴むなんて。パイパイがぺちゃんこだ、なんて。彼女がブッチンに汚されてしまったみたいな気がして、私は少なからず不愉快だった。あるいはそれは、ブッチンに対するヤキモチのような感情だったのかもしれない。

商店街を通り抜けたとき、ヨッちゃんが言った。

「どうする、これから? グラウンド行って、野球する?」

 その問いかけに、ビンタをくらって以来ずっと口をつぐんでいたブッチンが、ようやく言葉を発した。

「そげな気分じゃ無えな、今日はもう」

 彼がそう答えると、みんなはその場で立ち止まった。

 盛夏の日差しは強い熱気を伴って照りつけ、半ズボンに半袖シャツを着た5人はすでに汗だくだった。太陽が沈んで暗くなるまで、これからの長い時間、今日は何をして遊んだらいいのだろう。

 そのとき、ウーッ、ウーッ、ウーッと、大きな音が辺り一帯に響き渡った。市民たちに正午の到来を告げる、 サイレンの唸り声。  ここからそう遠くない、 宮山という丘の頂上からその音は聞こえてくるのだ。

 ウーッ、ウーッ、ウーッ。ウーッ、ウーッ、ウーッ。

 その甲高い連続音が、グッドアイデアを運んできたらしく、ブッチンが口を開いた。

「そうじゃ、宮山じゃあ……

 4人の顔を見渡しながら、

「宮山に行こうや! 基地に行こうや!」

 サイレンに負けない大声で、彼は言った。

「宮山かあ!」

「基地かあ!」

「その手があったのう!」

「行こう! 行こうや!」

 みんなは異口同音に、やはり大きな声で賛成した。

 高さ100メートル足らずの宮山の中腹には、 この夏休みが始まったばかりの7月の末に、 みんなで作った秘密の基地がある。  そこへ入ることが許されるのも、 この5人だけ。 あんな出来事があった今日みたいな日には、 野球よりも基地で遊ぶことのほうがピッタリするように私たちには思われたのだ。

「今日は給食が無えかったけんのう」

 カネゴンが言うと、

「腹が空いちょるけんのう」

ヨッちゃんが応じ、

「生協に行ってのう」

 ペッタンも続き、

「パンやらジュースやら買うてのう」

 私も声をつなぎ、

「みんなで基地で食べようや!」

 ブッチンが締めくくった。

 そうと決まれば、行動に移すのみ。私たちは今朝の通学路を東の方向に曲がり、勢いを増してきたセミの合唱の中を、駆けるように歩いていった。

 

 福岡、大分、宮崎、鹿児島の4県にわたり、東九州の沿岸沿いを縦断する日豊本線。 津久見駅から上りの列車に乗ると、目の前に暗闇が口を開けて待っている。それが、宮山トンネルだ。(※注)

 そのトンネルの近くに、山への登り口があり、緩やかな傾斜道を行くと、大人の足なら5分、子供でも10分あれば頂上までたどり着くことができる。

 鉄製のサイレン塔のほかには特にこれといった施設もない山頂だが、そこからの景色は眺める人にちょっとした驚きを与えるかもしれない。

 青い南側と、白い北側。 この山裾を境界線にして、津久見市はまったく異質な2つの世界に分かれているのだ。

 南の青は、 海の色。 リアス式海岸の細長い半島の先には、 保戸島という遠洋漁業の拠点があり、その先はもう豊後水道だ。 私の母が女学生の頃、 そこを南下して進んでいく戦艦大和に向かって、みんなで旗を振ったそうだ。 海と山々に四方を囲まれた狭い陸地には、 行政、 交通、 教育、 医療、福祉などの主要施設や、いくらかの商業集積がある。ちなみに、津久見市で唯一の高等学校があるのも、こちら側だ。 

 北の白は、 セメントの色。 水晶山、 それと胡麻柄山と呼ばれる2つの石灰山には、矢倉セメントを筆頭に、 大小さまざまの採掘加工会社の鉱業施設がへばりついている。  そして今朝の教室でブッチンが話したように、 1日に数回行われるダイナマイトの爆破によって粉砕された石灰石の塵が、セメント町と名づけられたエリアの家々の屋根に降り積もり、 それはまるで一面の雪景色を見ているようだ。

 この両者に共通しているのは、名産みかんのオレンジ色。その栽培は南側のほうが盛んだが、北側には樹齢800年という日本最古のみかんの原木がある。

 南側の住人である私たちが、 反対側の町へ出かけることは、 ほとんどない。 行くのは、 ゴジラやモスラやラドンやキングギドラに会うときくらいだ。津久見には3軒の映画館があり、うち2軒はこちら側なのだが、1軒は時代劇専門で、もう1軒は私たちが観ることのできない成人映画の上映ばかり。大好きな怪獣映画は、あちら側の独占公開なのだ。

 

「ふうー。食うた、食うた」

 アンパンとジャムパンとメロンパンをがつがつと頬張り、ファンタオレンジで胃の中へ流しこんだペッタンが、満ち足りた顔をして言った。

 カネゴン、ヨッちゃん、それに私もご同様。パンとジュースだけでオカズのない献立は、学校の給食にくらべたら見劣りするのだけど、5人のほかは誰も知らない場所で取るランチは、どこか特別な味がした。ただ、ブッチンだけは、あまり食欲がなかった。口の中がまだ痛くて、むしゃむしゃとは食べられないのだろう。

 宮山の登り道から外れた、段々畑。雑木を何本も切り、紐で結わえて骨組みをし、上の段に群生している葦の茎と葉を折り曲げて屋根に仕立てた、私たちだけの秘密基地。

5人座ると、 もう隙間のないほど狭い空間だけど、  地面にはちゃんとビニールシートが敷いてあり(これはヨッちゃんが提供したもの)、トランジスタラジオや懐中電灯も常備して(電器屋のカネゴンが親に内緒で持ってきた)、 読み古してはいるが少年マガジンやサンデーなどの雑誌もいちばん奥に積んでいる(もちろんペッタン)。

私が持ちこんだのは、ベルは壊れて鳴らないけれど、きちんと時を刻む目覚まし時計。ブッチンは蚊取り線香とマッチを用意したが、残念ながら、この辺にはヤブ蚊がうようよ飛んでいて、いまのところ物の役には立っていない。

 ブーン、ブーン、ブーン。ブーン、ブーン、ブーン。

真夏の吸血鬼たちは基地の中にも遠慮なく侵入し、容赦なく5人に襲いかかってくる。私たちは腕を振り回して応戦し、防衛に成功したり、失敗したりした。

「ちきしょう! また食われた!」

 怒声とともに立ち上がったブッチンは、基地を飛び出し、自分の腕から血を吸い取っていったやつを執拗に追いかけ回して、ついに両手で叩き潰した。

「ほうら、見てみい」

 戻ってくるなり私たちに向かって両手を開くと、吸われたばかりの彼自身の鮮血の中でぺっちゃんこになっているヤブ蚊の死骸を見せつけ、ブッチンは言葉を続けた。

「こんやつはのう、ヒゲタワシじゃ。俺がのう、ぶち殺しちゃったんじゃ」

 吐き捨てるようにそう言うと、ブッチンは何度も何度も両手を叩き合わせた。

「こんやつめ!  こんやつめ!  こんやつめ!  ヒゲタワシめ!  ヒゲタワシめ!  ヒゲタワシめーっ!」

 怒り狂った顔で怒号を放ちながらバチバチと音を立て続けるブッチンの姿に、私たちは言葉を失った。

 そうして、しばらくすると、彼はやっとおとなしくなり、再び基地を出て、地面に生えたいろいろな葉っぱの中から大きくて柔らかそうなのをちぎり取ると、それで汚れた両手を拭いた。

 学校でヒゲタワシに食らった8発のビンタへの怒りと屈辱からやっと解放されたのだろうと、みんながそう思い、安堵の胸を撫で下ろしたそのとき。

ブッチンは、基地の中の私の顔をじっと見つめて、静かな口調でこう言ったのだ。

「タイ坊。おまえを仲間から外す」

 

 自分が何を言われたのか、 瞬時には理解ができなかった。 幼稚園のときから今日まで、8年間もいっしょに遊んできた親友の口から、こんな言葉が出てきたとは、まったく信じられなかった。根も葉もないことを突然言い出し、相手をからかい困らせて面白がる彼のいつもの悪い癖がまた始まったのだと、そう思いたかった。

 しかし、ブッチンの顔には、いたずらっぽい笑みは微塵もなく、冷たい無表情しかそこには存在しなかった。

「のう、分かったか。おまえを仲間から外すんじゃ」

 彼がもう一度そう言ったとき、もはやこれが現実の言葉であることを私は悟った。

「な、なんで……?」

 私は、声を絞り出した。

「なんで、俺を、仲間から外すん……?」

 実に弱々しい声だと自分でも情けなく思いながら私が訊くと、ブッチンから意外な答が返ってきた。

「おまえ、学校で、俺の加勢をせんじゃったろう」

「え……?」

「おまえ、俺がユカリと言い合いよるとき、俺の加勢をせんじゃったろう」

「…………」

「あいつが、パパっち言うたとき、俺はそれをからこうた。カネゴンも、ヨッちゃんも、ペッタンもからこうた。みんなで、あいつをからこうた」

「…………」

「じゃあけんど、おまえは、せんかった。なーんもせんで、黙っちょった」

「…………」

「おまえ、ユカリの味方じゃろ。ユカリに、惚れちょるんじゃろ」

「ええっ……。 違う……。 味方と違う……。 惚れちょるんと違う……」

「嘘言え。 おまえは、ユカリの味方じゃ。 東京もんの味方じゃ。 おまえは、ユカリに惚れちょるんじゃ。東京もんに、惚れちょるんじゃ」

 たしかに、 ブッチンの言う通りだった。 私は、 嘘をついている。 ほんとうは、 私は憧れの気持ちを抱いているのだ。 ユカリという女の子に対して。 東京という大都会に対して。そのことを、ブッチンは見抜いてしまった。 なんという鋭いやつだろう。 しかし、 いま、 この場で、 それを認めるわけにはいかない。 たとえ何があろうとも、 仲間外れにされることだけは避けなければならない。絶対にそれだけは、避けなければならない。なんとかして、ブッチンの心を宥めなくては。私は、出まかせを口にすることにした。

「何言いよるんか、ブッチン。俺がユカリに惚れちょるわけ、無かろうが。あげな生意気で、頭がいいち威張っちょって、東京の自慢ばっかりしよって、津久見を真っ白にしよる人間の娘で、チビスケで、おっぱいがぺちゃんこの女に、俺が惚れちょるわけ、無かろうが。だいたいのう、ブッチン、俺は昔からのう、男が女に惚れちょるやら、女が男に惚れちょるやら、そげんことが好きじゃ無えんじゃ。嫌いなんじゃ。ほんとうなんぞ、ブッチン。俺はのう、恋やら愛やらいうんが、ものすごう嫌いなんじゃ」

 私の必死の弁明を、ブッチンは黙って聞いていた。それから、何事かを思案するような表情になり、しばらくして口を開いた。

「おまえ、いま言うたこと、ほんとうか?」

「おう、あたりまえじゃあ、ほんとうじゃあ」

 私は即座に答えた。

「嘘じゃ無かろうのう?」

「おう、あたりまえじゃあ、嘘じゃ無え」

「絶対に、そうか?」

「おう、あたりまえじゃあ、絶対に、そうじゃあ」

「よっしゃ、分かった。ほんならのう、おまえをこれから、テストする」

「テスト?」

「そうじゃ、テストじゃ。 これから山頂に行って、おまえをテストしちゃる。 頂上のベンチでのう、いつもいちゃいちゃしよるアベックがおろうが。 今日も、やってきて、 いちゃいちゃするはずじゃ。 そいつをのう、ぶち壊してこい。それがテストじゃ。恋やら愛やらいうんが、ものすごう嫌いなおまえじゃったら、喜んで、 ぶち壊してえじゃろ。 テストに合格したら、これまで通り、おまえは俺どーの仲間の、タイ坊じゃ。もしも不合格じゃったら、おまえはこれから、ただの石村太次郎じゃあ」

 ああ、なんということに、なってしまったのだ。私は、心の中で、頭を抱えこんだ。

 

(※注)もちろん、まだ電化されていない鉄道路線なので、「列車」 と言っても 「電車」 ではなく 「汽車」 である。筆者が田舎で過ごした高校時代まで、ついに 「電車」 が走ることはなかった。上京して大学生になったばかりの頃、東京出身の級友たちの前で 「山手線の汽車に乗って」 という発言をした筆者は、みんなに笑われ大恥をかいてしまった。

 

 

 

 

 

 第1部  「青空の夏」  その4

 

 ブッチン、私、ペッタン、カネゴン、ヨッちゃんの順に、5人は山頂へと続く登り道を歩いていった。

私は、 ブッチンの指示を受けて、 ベルの壊れた目覚まし時計を持たされていた。 これから始まるテストでは、まず正確な時刻を把握することが要求されるからだ。

東西に細長い、宮山の頂上スペースに立つと、いちばん西側にサイレン塔が立っており、 反対の東側には、古い木製のベンチが海の方角を向いて据えつけられている。

やがてここにやって来て、仲睦まじく逢瀬のときを過ごす1組の男女のラブラブムードを、みごとぶち壊すことができるかどうか。それが、この私に与えられた課題なのだ。

「いま、何時じゃ?」

 ブッチンの問いかけに、手にした目覚まし時計を見ると、2本の針は午後3時半を指しており、私はそれを彼に伝えた。

「あと2時間じゃのう、テストの開始まで」

 ブッチンが言った。

「いつも5時半頃に、アベックがそこに座って、いちゃいちゃを始めるんじゃ。5時に仕事が終わって、着替えやら化粧をして、 5時半までにここに来れるっちゅうことは、 近くの会社に勤めちょるんじゃろう。市役所の人間かもしれんのう」

 たしかに津久見市役所は、宮山から遠くない。 市民グラウンドの脇を通って、 八幡様の神社の裏を進めば、もうそこは登山口だ。大人の足なら、20分もあればここまでたどり着けるだろう。

「いずれにしてものう、おまえに残された時間は2時間じゃ。どうやって、いちゃいちゃをぶち壊すか、その方法は任せるけえ。 よう考えて、 知恵を絞ってみいや。 俺どー4人は、いったん基地に戻って、アベックがそろう頃にまたここに上がってきて、おまえのすることを隠れて監視しよるけんの。しっかりやれやあ。仲間のタイ坊として、これまで通りいっしょに遊ぶか。ただの石村太次郎に落ちぶれてしもうて、誰からも相手にされんようになるか。あと2時間が、運命を分けるんじゃあけんのう」

 最後にそう言うと、ブッチンはペッタン、カネゴン、ヨッちゃんを引き連れ、山頂を後にした。

残された私は、ひとまずベンチに腰を下ろした。

青い海を眺めながら、今朝学校で起こったことを思い返していると、後悔の念が湧いてくる。どうしてあのとき、ブッチンの加勢をして、ユカリをからかわなかったのだろう。もちろん、それは私の本意ではないが、自分がいま置かれている苦境にくらべれば、たいしたことではなかったのに。

それに、どうしてあのとき、口から出まかせを言ってしまったのだろう。アベックの逢瀬をぶち壊すなんて、この自分にできっこないのはちゃんと分かっているのに。あのとき、すんなりブッチンに謝っていれば、仲間外れにするのを許してくれたかもしれないのに。

これからいったい、 どうすればいいのだろう。 私は誰かにすがり付きたい思いでいっぱいだった。ふと、家族の顔が、頭に浮かんだ。父、母、2人の妹、それに飼い犬。

父は、 洋服の仕立てや直しを仕事にしている。 若い頃、東京へ行って修業をし、津久見に帰ってからは「テーラー石村」の経営者として、松下さんという従業員といっしょに、毎日忙しく働いている。趣味は、将棋と歌。将棋は初段の免状を持っていて、近所では敵無しだ。でも歌のほうは、お風呂に入っているときに流行歌を大声でがなるだけ。とても音痴なので、近所に聞こえるのが恥ずかしいと、母はいつもこぼしている。

母は、専業主婦。趣味は、津久見の伝統芸能である「扇子踊り」を舞うこと、それとテレビを観ること。この4月から放送が始まった、NHKの連続テレビ小説「おはなはん」の大ファンだ。(※注1)

2人の妹は、4年生と1年生。上の子は、将来スチュワーデスになるのが夢。こないだ生理が始まったとかで、母に赤飯を炊いてもらっていた。下の子は、まだ青洟を垂らして、いつもビービー泣いてばかり。オカッパ頭は、月に一度、母が刈ってやっている。

飼い犬のジョンは、一昨年、道端のダンボール箱の中で鳴いているのを、私が家に抱いて帰った。父と母は、飼って良いとも悪いとも言わなかったので、そのまま家族の一員として現在に至っている。もちろん雑種だが、  何か大型犬の血がまじっているらしく、 いまでは私と同じくらいの体重になっている。

父、母、妹、犬。

母、妹、犬、父。

妹、犬、父、母。

犬、父、母、妹。

頭の中で家族の並び順をずらしていくと、最後は「犬」が「父」の上に来て、それがなんとなく可笑しかった。

犬、父。

犬は散歩、父は仕事。

犬の好物、父の趣味。

骨をかじるのが好き、流行歌をがなるのが好き。

「あっ」

 思わず、私は声を出した。

 頭の中でとりとめもない連想をしていたら、突然閃いたことがあったからだ。

「骨をかじるのが好き、流行歌をがなるのが好き」

 閃いたことを、声にして言うと、それは瞬く間に現実のアイデアの形を獲得した。

「これだ! これなら使える!」

 予期せぬ天啓の訪れに、私はドキドキ興奮しながらベンチから立ち上がり、宮山の頂上から一気に地上へ駆け下りていった。

 

 数時間前、 みんなでパンやジュースを買った生協のドアを開けると、 私は精肉売場の前まで走った。白い頭巾をかぶった年配の女店員の姿を見つけると、

「おばちゃん、牛の骨、あるん?」

 私は訊いた。

「牛の骨? そげなもの、どげえするん?」

 ちょっと驚いたような彼女の問いに、

「あんな、 うち、 犬を飼うちょってな、 おっきい犬でな、 柱やら柵やらなんでんかんでん、 かじってな、困っちょるんじゃわあ。 そしたらな、 かあちゃんがな、 肉屋に行って、牛の骨をもろうてきて、それを鍋に入れて、 ぐつぐつ煮て、 柔らこうして、 そいつを犬にやったらな、がりがり喜んでかじって、歯の掃除にもなって、 もう柱やら柵やらかじらんようになって、大助かりじゃあち、言うんじゃわあ。 じゃあけんな、 牛の骨、 余っちょったら、 くれんかなあ?」

 私は一所懸命、説明をした。その熱っぽさにほだされたのか、彼女は真ん丸い顔に笑みを浮かべ、

「いいで。持って行かんせ」

そう言いながら、傍らのポリバケツの中から、大きな牛骨を1本取り出し、ビニール袋に入れて手渡してくれた。

 その骨は、長さが60センチくらい、太さも直径10センチ近くある。脚の骨だろうか、ずっしりと重く、あちこちに肉片や膜や腱のようなものがこびり付いていて、グロテスクな迫力が充分だった。

「おばちゃん、ありがとっ!」

気のいい店員に礼を言うと、私は生協を飛び出し、再び宮山の頂上へ走っていった。

 

 時計の針は、5時25分。ベンチの左後方の茂みの中にブッチンら4人が隠れ、私が右後方の窪地に身を潜めていると、まず、男のほうがやってきた。

 年齢は25歳くらいだろうか。白いワイシャツに、グレーのズボン。ネクタイは紺色で、グレーの上着を脱いで右肩ごしにぶら下げている。やや細身で背は高く、髪を短く切り揃えたその顔は、なかなかの男前だ。 ズボンのポケットからハンカチを取り出すと、男はベンチの中央部分と背もたれを2人分のスペースに亘って丁寧に拭き、それから腰を下ろして、脚を組んだ。

 続いて、5時30分ジャスト、女が現れた。年齢は20歳くらい。黄色い半袖シャツに、白いミニスカート。こちらは背格好は普通だが、髪はパーマをかけた流行のカーリーヘア。眉と目元にやや濃い目の化粧をしている。まあ、美人の部類に入るだろうか。

 男が手招きすると、女はいそいそと近寄り、彼の左側に体を密着させるように座った。

 さあて、舞台は整った。あとは実行あるのみだ。

 頭の中で何度もリハーサルした手順を、もう一度私が繰り返していると、ベンチの男が女の顔をすばやく引き寄せ、いきなり唇を重ねた。

 うわー、接吻しよる……。テレビや映画のキスシーンは見たことがあるが、本物は初めてだ。半ズボンのチャックの下が、固く盛り上がって、私はうろたえた。

 長い口づけが続き、それが終わると、女はうっとりとした表情のまま、男に言った。

「うちのこと、愛しちょん?」

「ああ。愛しちょるで」

 男が優しく答えた。

「ほんとうに、愛しちょん?」

「ああ。ほんとうに愛しちょるで」

「いっぱい、いっぱい、愛しちょん?」

「ああ。いっぱいいっぱい愛しちょるで」

「もっと、もっと、愛してくれる?」

「ああ。もっともっと愛しちゃるで」

「うちのこと、ぜーんぶ、ぜーんぶ、愛してな」

「ああ。ぜーんぶぜーんぶ愛しちゃるで」

 いまだ! 男が最後の返事を言い終えるのと同時に、私は窪地を飛び出し、牛骨の入ったビニール袋を両手で背中に隠し持ちながら、アベックの背後へ走っていった。

 私がすぐそばまで走り寄ると、2人は振り向き、男はきょとんとした顔で、女はすこし恥じらいを浮かべた表情で、丸刈り頭の小学生を見つめた。すでに招かれざる客となった私は、腹の底から、ありったけの大声を絞り出して歌った。

「骨までーっ! 骨までーっ! 骨まで愛してーっ! ほーしいいーのよおーっ!」

 突然の歌声に、呆気に取られた2人。その膝の上に、

「ほーらっ! 骨まで愛せーっ!」

 そう叫びながら私は、透明袋に入ったままのでっかい牛骨を投げ落とした。

「うわわわわわわわわーっ!」

「ひゃああああああああーっ!」

 2人の悲鳴を背後に聞きながら、私は山を駆け下りた。茂みの中からブッチンらも飛び出し、5人そろって山を駆け下りた。

「こーのクソガキーっ!」

 男の声が後ろから迫ってくる。振り向くと、追跡者との距離は30メートル。怒りを顔いっぱいに漲らせている。その向こうには、女が両手で顔を覆って泣いているのが見えた。

 5人は必死で走った。いちばん俊足のヨッちゃんが先頭を疾走し、いちばん鈍足のカネゴンも全速力を振り絞った。

「こら待てクソガキーっ!」

 追っ手の声はさらに接近してきた。

 そのとき、2番目を走るブッチンの声が響いた。

「基地じゃあーっ!」

 その合図とともに、 5人は登山道から外れて茂みの中へ次々と飛びこみ、木々の小枝を掻き分けながら、段々畑を転がり落ちるように走り続けた。

 いつの間にか、背後の怒声は、もう聞こえなくなっていた。

 

「やったのう! タイ坊!」

 ブッチンが、とても嬉しそうに言った。

「みごとに、いちゃいちゃを、ぶち壊したのう!」

 ヨッちゃんが、褒め称えるように言った。

「まさか牛の骨を投げつけるとはのう!」

 カネゴンが、感心したように言った。

「骨まで愛してで、牛の骨か! よう考えたのう!」

 ペッタンが、賛嘆するように言った。

「とにかく、 テストは合格じゃあ! トップの成績で合格じゃあ! タイ坊は、 これまで通り、俺どーの仲間じゃあ! 俺どー5人は、固え絆で結ばれた同志じゃあ!」

 最後にブッチンが結果発表をすると、それを聞いた私の全身から、へなへなと力が抜け落ちていった。課題をやり遂げた達成感よりも、無事にそれを終えた安心感のほうが、ずっと大きかったのだ。秘密基地の壁にもたれながら、私は自分を窮地から救ってくれた、愛すべき家族に感謝の気持ちを捧げていた。

 いつもお風呂で、父が歌っている、城卓矢の大ヒット曲「骨まで愛して」。(※注2)

 いつも犬小屋の中で、ジョンがかじって遊んでいる、牛の骨。

 たまたまこの2つが私の頭の中で結びつき、先ほどの作戦が成功したのだ。

 でも、せっかくのデートを台無しにされたあの2人には、やっぱり悪いことをしたなあと思っていた。仲間外れにされずにすんだ、安堵感。  見知らぬ大人たちに迷惑をかけた、罪悪感。  この両者は、同じくらいの重みを、私の中で持っていたのだ。

 

「タイ坊、いま何時?」

 ブッチンの問いかけに目覚まし時計を見ると、時刻はすでに6時半を大きく回っていた。

「もうすぐ7時じゃ。家に帰ろうや。晩御飯の時間じゃし、腹へったし」

 私の言葉に、みんなは賛同し、立ち上がって基地を出た。

 上段の畑に群生している丈の長い葦の茎と葉を、みんなでたくさん折り曲げて、秘密の場所の入り口を塞ぐ。 それは、5人がここで過ごした1日を締めくくる暗黙のルールであり、聖なる儀式のようなものでもあった。

真夏の太陽は、すでに没し、辺りは薄暮から宵闇に移り変わろうとしている。

登山道に出て、地上まで下り、八幡様の裏を通って、5人がそれぞれの家路に着こうとという、ちょうどそのときだった。奇妙な音が、前方から近づいてきたのは。

ぎい、ぎい、ぎいこ。

ぎい、ぎい、ぎいこ。

ぎい、ぎい、ぎいこ。

それは、リヤカーを引く音だった。とても古びたリヤカーの牽引音だった。

ただのリヤカーだったら、別段珍しくもなく、わが家へ急ぐ私たちを立ち止まらせることなどなかっただろう。

だが、 5人の顔は、 すでに恐怖に凍りついていた。  誰がそれを引いてくるのか、 分かっていたからだ。

ぎい、ぎい、ぎいこ。

ぎい、ぎい、ぎいこ。

ぎい、ぎい、ぎいこ。

錆びついた車輪を無理矢理に軋ませる、地獄の折檻のようなその音は、しだいに大きくなり、道端に立った細い電柱の小さな灯は、ついにその持ち主の顔を照らし出した。

漆黒の顔面。それは、宵闇が映りこんだのではなく、積年の汚穢が満遍なく付着したものだった。

切り裂けた口。それは、単なる兎唇ではなく、歯茎を含む口蓋のすべてが左右に分断されているのだった。

そして、時おり、彼が不明瞭な空気音を吐き出すときには、口中の真紅が鮮やかに覗き、 それが顔や全身の闇色と、恐ろしいほどのコントラストを描き出すのだ。

「逃ぎーっ!」

悲鳴にも似た叫びをブッチンが発すると、私たち5人は一斉に、歩いてきた道を逆方向へ駆け戻っていった。

ぎい、ぎい、ぎいこ。

ぎい、ぎい、ぎいこ。

ぎい、ぎい、ぎいこ。

津久見じゅうの子供たちの心胆を寒からしめる、悪魔の人さらい。

4万の市民が、驚怖と侮蔑をこめて呼ぶその名は、「フォクヤン」。

 

(※注1)どんな困難にも挫けず、明治から昭和までの激動の時代を底抜けに明るく生き抜いた女性の一代記。平均視聴率45.8%を記録したその人気は、毎朝8時15分からの放送が始まると多くの主婦たちが家事の手を休めてテレビを観るため、水道の使用量が激減するという現象を引き起こしたほどだ。

(※注2)この年のレコード大賞受賞曲。「生きてるかぎりはどこまでも 探し続ける恋ねぐら 傷つき汚れた私でも 骨まで骨まで 骨まで愛してほしいのよ……」という衝撃的に濃い歌詞は、子供心にも強く刻まれたらしく、筆者はいまでも1番から3番までをすべて記憶している(カラオケで歌ったりはしないが)。

 

 

 

 

 

 

第1部  「青空の夏」  その5

 

 「ごめんくださーい。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

あれから数日後の、日曜日の午後。やはり他人の家の玄関ドアを勝手に開けて挨拶をしたのは、ブッチンではなく、夕泉寺の住職、島岡正真和尚だった。

正真和尚は、 お寺に併設した夕泉幼稚園の園長先生も務めており、私やブッチンもそこで2年間お世話になった。もう50をいくつか越えた歳だが、頭はテカテカ、顔はツヤツヤ、ふっくらとした血色のいいお坊さんだ。

「あれまあ、和尚さん。こんにちは。さ、どうぞ、どうぞ」

 応対に出た母がにこやかに招き入れると、正真和尚は夏物の僧衣の裾を引きずりながら、

「どうもお邪魔しますよ。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 と、母にお辞儀し、

「元気か、タイ坊。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 私にも一声かけて、そのまま父の部屋へと進んでいった。

 会話の末尾に、なんまんだぶなんまんだぶと、必ず付け加えるのが、津久見市民なら誰でも知っている、この人の奇癖。でも今日は法事ではなく、勝負のためのご来訪。

 父も和尚も、この辺ではちょっと知られた、将棋の強豪なのだ。片や「岩屋町の石村」、片や「大友町の島岡」。ともに居住する町の名人を自任し、ともに初段の免状を持つ2人は、格好の好敵手同士なのだ。さしずめ、升田幸三対大山康晴といったところだろうか。(※注)

 これから熱戦の繰り広げられる対局室へ、母が2人分のお茶とヨウカンを運び、戻ってきた。ちゃぶ台に肘をつき、テレビ番組の続きに見入る。

 ふと、私は、訊きたいことがあったのを思い出し、母に向かって言った。

「かあちゃん。こないだなあ、フォクヤンに遭うた」

「あ、そうな……」

 テレビに顔を向けたまま、母が答える。

「フォクヤンち、どうして、あげえ真っ黒けなん?」

「…………」

「フォクヤンち、どうして、あげえ口が裂けちょるん?」

「…………」

「フォクヤンち、どうして、子供をさらうん? どうして、警察に捕まらんの?」

「…………」

 テレビに釘づけの母から、いっこうに返答がないので、じれてしまった私は声を大きくした。

「なあ! なあ! 教えてくりいよ! フォクヤンのこと!」

 私の強い口調に、ようやく母は振り向き、そしてこう言った。

「あっち行って、とうちゃんたちの将棋でも観ちょらんせ」

 母の表情は、すこし怒ったように見えた。

 テレビを観るのを邪魔して、機嫌を損ねたのだろうか。それとも、何かいけないことでも訊いてしまったのだろうか。そう思いながら、私は仕方なくその場を離れ、母の言う通りに、将棋の観戦をすることにした。

 父の部屋のふすまを開けると、6畳間の真ん中に分厚い将棋盤が置かれ、それを挟んで「岩屋町の名人」と「大友町の名人」が向かい合っていた。

 2人の姿は、まったく対照的だった。正真和尚がそっくり返るようにして座布団に座り、お茶を啜っている一方、父は首を大きく折り曲げて、ウンウン唸りながら盤面を食い入るように見つめている。涼しげな表情の大山康晴と、紅潮した顔の升田幸三。

 それも、そのはずだった。両者の横に座って将棋盤の上に視線を注ぐと、初級者クラスの腕前しかない私にも、父の大劣勢が見て取れたのだ。

 お茶を旨そうに飲み干して、正真和尚が口を開いた。

「ほっほっほっ。将棋はもう終わっちょるよ。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

「…………」

「いくら考えても無駄じゃあよ。詰んじょるんじゃあけえ。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

「…………」

「やっぱあ、升田は大山には勝てんかのう。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

「…………」

「これで対戦成績は、ワシの123勝118敗じゃね。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 正真和尚の最後のせりふに、 弾かれたように父は身を起こし、 手持ちの駒を盤上に放り投げた。そして紅潮した顔をさらに紅く染め、黒縁のメガネの奥から怒りの光線を和尚にぶち当てながら、

「その、 なんまんだぶなんまんだぶは、 やめてくれんかのう! たしかに今日は負けた! じゃあけんどのう! 対戦成績はあんたの118敗じゃのうて、119敗じゃあ! 間違えたらいけんぞ! 俺はちゃーんとノートに付けちょるんじゃあけえ!」

と、わめきたてた。

「ほう。それは失礼。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 どうやら、盤上でも盤外でも、本日は父の完敗のようだ。

 

 ようやくして、父の興奮が治まると、正真和尚が話題を変えた。

「ところで、津高の新チームじゃが」

「うん?」

「なかなか、いいらしいよ」

「ほう」

 2人の話題は、将棋から野球に移った。 もちろん、父も和尚も、高校野球が大好きだ。人口4万の津久見市民の中に、高校野球に興味がない者など、1人もいないだろう。

「まずは、投手力。先発完投のできるピッチャーが2人おるらしい」

「ほう。2人も」

「うむ。1人は、津久見一中出身の浅田文夫。上背はさほどでも無えが、ストレートに伸びがあり、コントロールも抜群。キレのいいカーブとシュートもある。次期エースじゃな」

「おう、おう、知っちょる。美容院の息子じゃの。もう高校2年になったんか。早えのう」

「うむ。それともう1人は、大野郡朝地町の大恩寺中学出身、吉良修一。 甲子園に行きとうて、校区外から津高に入学し、市内に下宿しちょる。こちらは身長が180。体はやや細えが、毎日10キロの走りこみで足腰を鍛えちょるそうじゃ。直球のスピードは浅田には及ばんけど、やはり制球力が良く、なんとドロップを習得中」

「ほう、ほう、わざわざ大野郡から。ほう、ほう、ドロップを。それは楽しみじゃあ」

「去年、今年と、夏の甲子園は、三浦投手1人だけで投げ抜いたんじゃからな。それでも去年はベスト8まで行った。ところが新チームには、いい投手が2人おるちゅうわけ」

「おう、おう、2人ものう。ちゅうことは、ベスト4も夢じゃあ無えと」

 正真和尚の話に、父はすっかり引きこまれている。もちろん、私も。

「お次は、守備力。 新キャプテン、二中出身のサード山口久仁男と、一中出身のショート矢野敏明。この三遊間は、鉄壁」

「ほう、ほう、鉄壁の三遊間」

「臼杵西中出身のセカンド荻本有一、  日代中出身のファースト広瀬良介、 それに一中出身の前嶋幸夫、 二中出身の麻生立美。 内野手はみんな守りが良い」

「おう、おう、鉄壁の内野陣。前嶋ちゅうんは、津高後援会理事の徳松さんの息子じゃな」

「外野陣も、一中出身のセンター五十川貴義を要に、同じく一中出身のレフト大田卓司、二中出身のライト岩崎新次は、 揃いも揃って俊足で、 守備範囲が実に広い。 一中出身の吉田泰秀も良い選手じゃ。ちなみに、レフトの大田はまだ1年生」

「ほう、ほう、これまた鉄壁の外野陣。岩崎ちゅうんは、3年前の夏の甲子園出場チームのキャプテンやっちょった、あの岩崎の弟じゃろ。大田ちゅうんも、聞いたことあるのう。たしか、みかん農家の四男坊じゃろ。まだ1年生か。将来性抜群じゃあのう」

「最後に、キャッチャー。先発投手が2人なら、正捕手候補もまた2人。二中出身の山田憲治と、臼杵東中出身の足立由晴じゃ。ともに、頭脳的なリードが冴えわたる」

「おう、おう、いい投手にはいい女房が欠かせんわい。良妻が2人もおったら安心じゃあ」

 ここまで口滑らかに話し続けていた正真和尚が、ふと私の方を向き、

「タイ坊。しゃべり過ぎて、ワシ、喉が渇いた。お母さんに言うて、お茶のお代わりをもろうてきてくれんじゃろうか。お経を上げるより大変なんじゃあ」

 と言うと、すかさず父が

「おう、おう、太次郎。お茶だけじゃ無えで、ヨウカンも持ってこい。厚う切って、もろうてこい」

 と、上機嫌で付け加えた。 私も、話の続きが早く聞きたくて、 急いで母のもとへ行き、新しいお茶とヨウカンを持って父の部屋へ舞い戻った。

 正真和尚の一服が済むと、今度は父が会話の口火を切った。

「投手力と守備力は、分かった。打撃は、どうじゃあ?」

 その質問を受けて、おもむろに和尚が答える。

「打撃なあ……」

「うん、うん」

「そう、打撃はなあ……」

「うん、うん、うん」

「打撃は、あんまり大したことない」

 期待に身を乗り出していた父と私は、ずっこけた。

 和尚が続ける。

「まあ、いまのところはな。新チームができたばかりじゃあし。じゃけんど、山口、矢野、荻本あたりは中軸を打てるし、岩崎にもパンチ力がある。いずれにしても、投手を主体にした守りから固め上げていくのが、小嶋のニイちゃんのチーム作りのやり方じゃあから、これから打ちこみを続けていったら、バッティングの方もレベルアップしていくじゃろう。  今ごろ新チームの連中は、 津高のグラウンドで、小嶋のニイちゃんに鍛えまくられちょるはずじゃあ。 この夏の甲子園は、 早うに負けてしもうたけんのう。   『試合に負けて泣くのが嫌なら、 練習で思いっきり泣け』 ちゅう得意の文句を怒鳴りながら、猛暑の中の猛ノックで、選手たちを泣かしよるじゃろう、ニイちゃんが」

「小嶋のニイちゃん」。  正真和尚を始め、 年配の市民たちは親しみを込めた愛称でその人をこう呼ぶが、練習中の選手たちにとっては鬼より怖い、津久見高等学校野球部監督、小嶋仁八郎に他ならない。

 大正11年生まれ。旧制臼杵中学から中央大学に進み、八幡製鉄や別府星野組で投手として活躍し、 西鉄ライオンズの前身である西日本パイレーツにも在籍。 昭和24年から3年間、別府緑ヶ丘高校の監督を務め、数々のプロ野球投手を育てた。 当時、捕手であった某選手の素質を見抜き、投手に転向させたのも、彼。  その某選手とは、 誰あろう、 西鉄ライオンズの黄金時代を背負った、神様仏様の稲尾和久投手様なのだ。

 昭和27年からは、いよいよ津久見高校の監督に就任。それまで全く無名だった田舎の弱小チームを、いきなり甲子園出場に導くという離れ業をやってのけた。 これまで5回、夏の全国大会に出場し、うち2回は準々決勝に進出。すっかり甲子園の常連校として 「夏の津久見」 の異名を獲得している。

 小嶋仁八郎、45歳。「ノックの名人」とも呼ばれるその技術は、趣味のビリヤードでいっそう磨かれたというが、狙った地点へ寸分の狂いもなく打球を飛ばせるという噂は、ほんとうなのだろうか。

また、大変な酒豪で、一升二升なら晩酌程度、試合中にもベンチで酒を飲み、名采配を振るうという噂は、ほんとうなのだろうか。

そして、この風変わりな名監督は、生まれたばかりの新チームを、どのようにして全国に通用するチームに育て上げていくのだろうか。

「石村名人、 それじゃあそろそろお暇するけんのう。 また今度、将棋指しましょ。 ヨウカン、 どうもご馳走さん。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 そう言い残して、正真和尚が去っていった後も、私の胸はときめき続けていた。

 小嶋監督に、会いたい。

 津高新チームの練習を、見たい。

 もしかすると、このとき。12歳の私は、何か得体の知れない予感のようなものを掴んでいたのかもしれない。

 

(※注) 升田幸三 (1918〜1991年)、大山康晴 (1923〜1992年)。 ともに昭和を代表する大棋士である。升田は「将棋の鬼」、大山は「勝負の鬼」と呼ばれた。同門の兄弟弟子でありながら、両者は棋界の頂点をめぐる数々の勝負を戦い、この宿命のライバル同士の対決に、将棋ファンたちは胸を高鳴らせた。両者の対戦成績は、大山の96勝70敗1持将棋(引き分け)。昭和32年には将棋界の全タイトルを独占した升田も、その後は慢性的な体調不良で失速し、この頃は大山の全盛時代が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

第1部  「青空の夏」  その6

 

 夏休みも、残り1週間になった。

最後の日々をなごり惜しむように、 そして最後まで遊び尽くすために、私たち5人組は朝早くから行動をともにしていた。ブッチンはとっくに新聞配達のバイトを済ませている。

港の近くの魚市場。そのすぐ隣の魚屋。道路を挟んで、そのまた斜向かいの駄菓子屋が、今日のファーストステージだ。

私たち5人は、この夏最後の運試しをしようと、クジ引きに挑戦していた。

5円玉を駄菓子屋のおばちゃんに渡して、細長いクジの束の中から、好きな1枚を抜き取る。緑色をした薄くて細長い紙を、 口の中に入れて舐める。 口から取り出した紙に「スカ」の2文字が浮かび上がったら、ハズレ。ハズレの景品は、ちっちゃな袋に入った甘納豆だ。

もしも「大アタリ」の4文字が出たら、蛍光塗料が塗られて夜中でもピカピカ光るプラスチック製の戦車がもらえるのだそうだけど、少なくとも私たちの知る限り、この辺の子供たちでそれを手に入れた者はまだ誰もいない。

我ら5人衆も、 この夏休みの間、 なんとか戦車をゲットしようと、  幾度もチャレンジを重ねてきた。しかし、 結局はズボンのポケットに甘納豆の袋を入れて、 残念じゃったねー、また来てねー、 というおばちゃんの声を後にして、店を去るのが常だった。

よっしゃ、今日こそ!

まず、 ペッタンがポケットから5円玉を取り出して、おばちゃんの手の平に落とし、 どれにしようかなー、これだーっと気合を込めてクジの束から1枚を抜き、口に入れて取り出してみたところ、「スカ」。あああーと、うなだれた。

2番手は、カネゴン。あれこれ迷った末にクジを引いて舐めたが、同じく「スカ」。

3番手は、ブッチン。当たれーっと叫んでクジを口に放りこんだが、やっぱり「スカ」。

4番手は、私。神様たのみます……、と念じたにも関わらず、とほほの「スカ」。

最後にヨッちゃんが、5円玉をおばちゃんに手渡したそのとき、

「よう、何しよるんか?」

 と、店の外から声がした。

 みんなが振り向くと、男の人が立って、こちらを眺めていた。

半袖の白いトレシャツに、 青いトレパン。  右手にスポーツバッグを下げている。  頭は、 私と同じ丸刈り。真っ黒に日焼けした顔にかけたメガネの中の目はにこやかに笑っており、真っ白い歯を覗かせて、

「何しよるんか、ヨッちゃん?」

その人はもう一度、声を出した。

「あっ、ユキにいちゃん!」

 クジを引こうとしていたヨッちゃんが、嬉しそうな顔で言いながら、男の人に駆け寄り、彼の手を引いて、店の中へ連れこんだ。

「あんのう、 みんな。 この人、 ユキにいちゃんち言うて、 俺の従兄弟。 津高野球部の前嶋幸夫選手じゃあ」

 ヨッちゃんの口から飛び出した意外な言葉に、みんなは一様に驚き、

「ええー、ほんとー?」

「すっげえー」

「かっこいいー」

 などと、ささやき合っている。

 駄菓子屋のおばちゃんは、ニコニコしながらみんなの様子を眺めている。

「ユキにいちゃん、これから練習?」

 ヨッちゃんが訊くと、

「おお、そうじゃあ。猛練習じゃあ」

 前嶋選手が答え、

「ヨッちゃんは何しよるんか? クジ引きか?」

そう付け加えた。

するとヨッちゃんは、

「あっ、そうか! ユキにいちゃんに頼まあいいんじゃあ!」

 そう言って、私たち4人の顔を見つめまわしながら、

「あんのう、みんな! このユキにいちゃんはのう! すっげえクジ運がいいんじゃあ! 去年の正月の商店街の福引きで、1等賞の別府温泉旅行券、当てたんぞ! すっげえじゃろう!」

 かなり興奮気味にまくしたてた後、再び前嶋選手の顔を見上げて、

「なあ、なあ、ユキにいちゃん! 俺の代わりに、このクジ、引いて! 蛍光塗料の戦車、当てて!」

 大きな声で頼みこんだ。

 年下の従兄弟からのリクエストをニヤニヤ笑いながら聞いていた前嶋選手は、それではとばかり、腰をかがめ、クジの束に大きな手を伸ばした。そして、あれこれ迷う様子もなく、その中の1枚をサッと抜き取り、

「ほらよ」

 と、ヨッちゃんの手に握らせた。

 大きな深呼吸をひとつして、それを口の中に入れる、ヨッちゃん。

 数秒後、 舌の上に乗せてクジを口外に出した彼は、 ツバで濡れた細長い紙を指でつまみ、じっと目を凝らした。それから、満面の笑みを浮かべて、私たち4人にそれを順ぐりに見せた後、店のおばちゃんに差し出した。

「大アタリーっ! おめでとーっ!」

 威勢のいいおばちゃんの祝福のメッセージとともに、ピカピカの戦車が、ヨッちゃんに贈呈された。

「すっげえ……」

「すっげえ……」

「すっげえ……」

「すっげえ……」

「強運じゃあ……」

「強運じゃあ……」

「強運じゃあ……」

「強運じゃあ……」

 目の前で見せられた奇跡の衝撃に、私たちは顔を見合わせ、同じ呟きを繰り返すしかなかった。

 

「練習、見に来るか?」

 駄菓子屋を後にした前嶋選手の口から出た、思わぬ誘いの言葉は、夏休みの最後を有意義に過ごしたい子供たちにとって願ってもないことだった。

先日、正真和尚の話を聞いたときに起こった胸のときめきが、私の中で勢いよく蘇った。小嶋監督に会えるのだ! 新チームの練習を見れるのだ!

 津高グラウンドへ向かって大股で歩いていく前嶋選手に遅れを取るまいと、私たち5人は小走りに付いていった。高校2年生は、小学生6年生から見れば立派な大人に他ならず、進むスピードもまるで違った。

「ユキにいちゃん。新チームの対外試合、いつから始まるん?」

 ヨッちゃんの問いに、ずんずん歩き進みながら前嶋選手が答える。

「まず、 9月の初旬に、大分県南リーグ。その次、中旬に、大分県の中央大会。 そのまた次、10月の初旬に、九州大会の大分県予選。 それから今年は国体が大分で開催されるけえ、夏の甲子園は1回戦で負けたけど、 地元代表ちゅうことで津高が出場する。 これが10月の下旬。それが終わったら、11月の中旬に、いよいよ九州大会。そこでベスト4以上の成績じゃったら、春のセンバツ甲子園に出場できる。絶対に頑張らんとなあ。年内はそれで終わりじゃあ」

「ユキにいちゃん、レギュラーになれそう?」

 再度の質問に、前嶋選手は、しばし考えこみ、おもむろに口を開いた。

「そうじゃなあ。頑張らんとなあ。絶対に頑張らんとなあ」

 晩夏の午前の日差しの中を進んでいく1人の高校生と5人の小学生の目前に、津久見市のシンボル、標高639メートルの「彦岳」の山容が迫ってきた。この山の名を校歌に刻む、津久見高等学校のグラウンドまで、あとすこしだ。私の胸の高鳴りは、ますます勢いを増していく。

 

 グラウンドのホームベースから、右の方に30メートルほど離れた草むらに並んで腰を下ろし、私たちは練習を眺めていた。

 照りつける太陽の下、夏の最後を歌い終わろうとするセミたちの大合唱。それを遥かに凌ぐ、選手たちの大きな掛け声の中で、 ノックが放たれ、 守備練習が行われている。  向こうのブルペンでは、6組のバッテリーが並び、投球練習の最中だ。

「オーイッ! オーイッ! オーイッ!」

「オーイッ! オーイッ! オーイッ!」

「オーイッ! オーイッ! オーイッ!」

 野手たちの発する掛け声が絶え間なく響き、バッターボックスに立って傍らの選手からボールを受け取るたびに、ノッカーから鋭い打球が内外野へ打ち出されていく。

 サードへ、ショートへ、セカンドへ、ファーストへ。 レフトへ、センターへ、ライトへ。 それぞれのポジションに列を作り、捕球の順番を待つ選手たちに向かって、テンポのいい打音とともに間断なくボールが飛んでいく。

 サードへ、ショートへ、セカンドへ、ファーストへ。レフトへ、センターへ、ライトへ。 内野から外野へ、内野から外野へ、内野から外野へ。

 私たちがここへ来て、もう2時間くらい経つのに、守備練習はいっこうに終わる気配がない。前嶋選手もずっとセカンドの位置に立ち並び、打球を好捕したり、捕り逃がしたりしている。

「オーイッ! オーイッ! オーイッ!」

「オーイッ! オーイッ! オーイッ!」

「オーイッ! オーイッ! オーイッ!」

 セミたちの鳴き声を掻き消すかのように、選手たちの掛け声はグラウンドに響き渡り、ノッカーは交代することなく、 ボールを弾き出していく。 あれが小嶋監督だろうか。ここからは遠くて、バッターボックスの人物の顔はよく見えないが、もしもそうだとしたら、恐るべき45歳の体力だ。

 そんなことを私が考えていたとき、右横に座ったペッタンが突然声を発した。

「おっ、ゴマダラカミキリじゃあ!」

 みんなが振り向くと、 ペッタンが草むらから1匹の昆虫をつまみ上げ、 左手の親指と人差し指の間に挟んでいる。 体長3センチ、それよりも長い2本の触角。黒地に白い斑紋のゴマダラカミキリ虫は、みかんの木の枝や葉っぱを食い荒らす、害虫の中の害虫。津久見の農家の人たちを悩ませる、とても悪いやつだ。

「知っちょるか? こんやつの頭を引っこ抜いてのう、農協に持っていくとのう、1匹につき10円くれるんぞ。いい小遣い稼ぎじゃあ」(※注)

 得意げに説明しながら、ペッタンは、6本の脚を懸命に動かしてなんとか脱出しようともがく獲物の頭を、右手の人差し指で突っついた。そして

「引っこ抜いちゃろうか」

 彼が恐ろしいことを言ったので、思わずみんなは

「うわ」

「やめれ」

「気色わりい」

「見とう無え」

 口々に反対の意思表示をした。

 それが、彼をますます図に乗せたらしく、 ペッタンは右隣のカネゴンの顔にゴマダラカミキリを突きつけ、

「ほうら、おまえが引っこ抜いちゃれ」

 ニタニタ笑いながら、そう言った。

「うわーっ! やめれーっ!」

 反射的にカネゴンが手で払いのけると、昆虫はペッタンの指の間からこぼれて、草むらの中に落ちた。

「あれ? あれあれ? あれれ?」

 慌てて草を掻きわけ、落とした獲物を探すペッタンだが、雑草の海は深く、もはや探しものは見つからなかった。私は、ホッと安堵した。

 そのときだった、グラウンドのバッターボックスから大きな声が聞こえてきたのは。

「よーしっ! 休憩じゃあーっ!」

 

(※注)本当の話である。当時のみかん農家は、ゴマダラカミキリ虫によるみかんの木の食害にそれほど悩まされていたのだ。昆虫好きの子供だった筆者には、とても真似のできないことだったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

第1部  「青空の夏」  その7

 

 グラウンドの野手たち、ブルペンの投手と捕手たちが、いっせいに水飲み場へと向かう。 オーイッオーイッの掛け声は消え、セミたちの合唱が勢いを取り戻した。

 ふと見ると、先ほどまでノックを放っていた人物が、片手にバットを握ったまま、こちらの方へ近づいてくる。 「T」 のイニシャルを縫いつけた野球帽をかぶり、両袖の裾をまくり上げた黒いアンダーシャツに、白いズボン。オレンジ色のストッキングと、黒いスパイクシューズ。

 私たちの目の前で立ち止まったその人は、 とても大きな体をしていた。 真っ黒い顔に、ぶっとい眉毛。 黒澤明の映画に登場する、 野武士のような風貌。体格ではヒゲタワシも負けていないが、風格や貫禄といったものが遥かにこちらの方が勝っているのをありありと感じとったとき、私はこの人こそ津久見市の押しも押されぬ英雄、小嶋仁八郎監督であると確信した。

「坊たち」

 とても低く野太い声で、けれども優しさのこもった声で、監督は言った。

「坊たち、野球、好きか?」

 神様のような存在。そんな人から声をかけられた私たちは、ビックリして立ち上がり、嬉しくて大声をそろえた。

「はいっ!」

 監督の問いかけは続き、5人はそのつど声を合わせて返事をする。

「坊たち、練習、面白いか?」

「はいっ!」

「坊たち、津高、入るか?」

「はいっ!」

「坊たち、甲子園、行くか?」

「はいっ!」

「よっしゃ」

 そう言うと、小嶋監督は、真っ黒い顔の筋肉を緩めて、ニッコリと笑った。

 野球通の大人たちは 「鬼の仁八郎」 と、  その選手指導の厳しさを評するが、  ほんとうはとても優しい人なんだな。 そう直感した私は、 これまで聞き知った彼に関する噂を、 思いきって口に出そうと決心し、実行した。

「あのう、監督」

「うん?」

「あのう、監督は、ノックの名人で、狙ったところへドンピシャで打球を飛ばせるというのは、ほんとうですか?」

「ほう」

「それと、監督」

「うん?」

「それと、監督は、すごい大酒飲みで、試合中にもベンチの中でお酒を飲んでいるというのは、ほんとうですか?」

「ほほう」

 さすがに2番目の質問は失礼だったかなと内心ビクビクしていると、小嶋監督の野太い声が返ってきた。

「酒の件はのう、まあ、ちょいと内緒じゃ。 じゃあけんど、ノックの件は、ほんとうぞ。よっしゃ、坊たち、ついて来い。小嶋仁八郎のノックを、見せちゃろう」

 

 小嶋監督に連れられて、私たち5人は津久見高校のグラウンドに入り、ホームベースの後方に立ち並んだ。

 そこから外野の向こう側、レフトの方角の奥の方を眺めると、高くて白いポールが1本、立っている。ポールのいちばん上には、津久見高校の校旗が掲げられ、時おり吹き起こる風にはためいている。

 いつの間にか、休憩中の選手たちが数十名、私たちの背後に集まり、みんな良く日焼けした顔に和やかな笑みを浮かべて、 並んで座っている。  その中の1人、前嶋選手が、 こちらに向かって手を振った。それに応じるように、ヨッちゃんが手を振り返した。

「よっしゃ、坊たち、見ちょれー」

 バッターボックスに立った小嶋監督はそう言うと、ボールを投げ上げ、バットを振った。

 コキーン! という快音とともに放たれた打球は鋭いライナーとなってレフトへ一直線に飛び、白いポールの校旗の1メートル下に命中し、跳ね落ちた。

「よっしゃ、2発目、見ちょれー」

 続いて打ち出されたボールは、先ほどとまったく同じ真っ直ぐの弾道を行き、まったく同じポールの校旗の1メートル下を直撃した。

「よっしゃ、3発目、見ちょれー」

 次の打球も、また同様。3発続けて同じ標的の同じ位置にボールが当たったとき、果たしてこれが現実なのかそれとも夢でも見ているのか判断できなくなり、私たちはポカンと口を開けたままでいた。

「坊たち、驚くのはまだ早い。よう目を開けて、見ちょれー」

 その言葉とともに監督のバットから飛び出した4発目のボールは、今度はややセンター寄りに高く舞い上がり、 それからククククッと左に折れ曲がって、 最後はやはりポールの校旗の1メートル下を正確に捉えた。

「坊たち、特別サービスにもう1本。 さあさあ、よーく、見ちょれー」

 最後の1球は、ややファウルゾーン寄りに打ち上がり、間もなくキキキキッと右に落ち曲がって、もう言うまでもなく、これまでの4球と寸分違わぬ着地点に到達した。(※注)

「どうじゃあ、坊たち、あっはっはーっ」

 監督の笑い声と、 背後の選手たちから巻き起こった拍手と歓声の中、 5人の小学生は、ただただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

「小嶋監督ち、もしかしたら人間じゃあ無えかもしれんのう」

 津高グラウンドからの帰り道、ブッチンが口を開いた。

「ほんとうじゃあ。あげな芸当、人間じゃあ、できん。神様しか、できん」

 それに応じて、ペッタンが言葉を返した。

「神様が率いるチームじゃったら、ものすごう強かろうのう」

 ワクワクした顔をして、カネゴンが続けた。

「まず、県南リーグ戦か。津高の新チームがどれだけ強えか、試されるのう」

 やや専門家ぶった口調で、私が言った。

「とにかく今日は、 最高の1日じゃったわい。 蛍光塗料の戦車も当たったし、小嶋監督のものすげえノックも見れたし」

 最後にヨッちゃんが嬉しそうな声を出すと、彼が左手にぶら下げている景品の入った紙袋を、みんなが羨ましそうに見つめた。

そう。 ヨッちゃんが言ったように、今日は最高の1日だった。夏休みがもうすぐ終了して、また学校通いの毎日が始まるのかと思うと、私たちは少なからず憂鬱だった。

 でも、 2学期の始まりとともに、 津久見高校野球部の新しい活躍もまた始まるのだ。 9月という月が、私たちのために、楽しみいっぱいの秋を運んできてくれるのだ。夏の終わりに、こんな気分になれるなんて、今日はなんと素晴らしい1日だったのだろう!

 しかし、現実は、そう甘くなかった。それぞれの満足を胸に、家路に着こうとしている私たちの耳に、またしても聞こえてきたのだ。忌まわしい、あの音が。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 錆びた車輪が立てる不気味な回転音は、私たちの目前の三叉路の角から突然発せられ、不意を衝かれた5人に、もはや逃げる暇はなかった。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 三叉路を左折して、 とうとう姿を現した、 全身闇色の老人と老朽著しいリヤカー。 お願いだから見逃してくれと、私たち5人は道端の石垣に並んでピッタリ張りつき、なんとか人さらいを遣り過ごそうとした。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 石垣にへばりついた私たちには見向きもせず、フォクヤンとその道連れは、この世のものとは思えない悪臭を放ちながら、5人の目の前を通り過ぎていく。ホッとしたのも束の間、地獄のような光景が視界に飛びこんできて、私たちは言い知れぬ恐怖に凍りついた。

 古びたリヤカーの鉄柵に吊るされた、いくつものビニール袋。その中いっぱいに詰めこまれているのは、胴体からちぎり取られたゴマダラカミキリの頭部だったのだ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 無数の賞金首を積載した悪魔のリヤカーは、 晩夏の落陽に向かって、 ゆっくりとゆっくりと進んでいった。

 

(※注)ビリヤードの達人でもあった小嶋監督にとって、これくらいの芸当は朝メシ前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第2部  「連戦の秋」  その1

 

 新学期は、意外な出来事とともに幕を開けた。

5年生の秋から丸1年、3期連続して学級委員長を務めてきたユカリが、なんとその座から滑り落ちてしまったのだ。

9月1日の木曜日、第2学期始まりの日の1時間目。ホームルームの場で実施された学級委員長選挙に、名乗りを上げたのは、深大寺ユカリと山本佳代子の2名だった。

「立候補する者は、手を挙げて」

 福山先生の言葉に、まずはユカリが応じ、続いて佳代子が同じく意思表示をしたとき、クラスのみんなからざわめきが起こった。ヒゲタワシ先生もまた、おや、という顔をした。

 それもそのはず、この1年、選挙のたびに立候補するのはユカリだけ。対立候補のいない中、自らの抱負を述べてしまえば、それで彼女の就任は決まった。学業最優秀で、東京文化のバックボーンを持ち、矢倉セメント工場長の娘というブランドをも有するお嬢様の威光に逆らう者などおらず、加えて先生という後ろ盾の存在は強力だった。

 ところが、今回は違う。夏休みの臨時登校日、あのブッチンとの一件で、ユカリのリーダーシップは少なからず傷つけられた。もはや、彼女のキャリアは、完璧なものではなくなっていた。

 片や、佳代子の人気には根強いものがあった。津久見生まれの津久見育ちで、みんなと同じ言葉を話し、みんなと同じような服を着た彼女は、性格が明るく、いわゆる姉御肌で、クラスの女子たちにとても好かれている。  また、 チャーミングな顔立ちとコケティッシュな体つきは、 男子たちの憧れの的だ。

 思い起こせば、 ユカリが転校してくる以前の、 5年生の1学期。   学級委員長を務めていたのは、佳代子だったのだ。東京娘の登場で、彼女の存在感はやや霞んでしまったのだが、あれから1年と半年、心と体の著しい成長が、いまこそ捲土重来のときと彼女自身に告げたのかもしれない。

 誰も予期していなかった、 現職と元職の対決。 かくて2人の候補者は、学級委員長就任に向けた各々の抱負を述べ、その後、40名のクラスメートによる投票に己の運命を委ねることとなった。

 先生に促されて、2人は教室の黒板の前に進み出た。並んでこちらに向き直ると、両者の姿はまったく対照的だった。

 男女を合わせ、クラスの中でいちばん背の低いユカリと、いちばん長身の佳代子。

 まだ小学3年生くらいにしか見えないユカリと、 もう中学3年生くらいの早熟ぶりを見せている佳代子。

 2人のスピーチもまた、対照的なものだった。

「世の中の規則や約束事をきちんと守り、社会に貢献できる立派な人間に将来なれるよう、みんなを引っぱって、しっかり学んでいきたいと思います」

 と、ユカリ。

「毎日いっしょに楽しく勉強して、 毎日いっしょに楽しく遊んで、 思い出に残る小学校生活にしたいです。困ったことがあったら、なんでも相談してな」

 と、佳代子。

 両候補者が席に戻ると、いよいよ投票が始まった。

 福山先生からクラスのみんなに投票用紙が配られ、 自分が支持を決めた候補者の名前をそれに書きこんで折りたたみ、1人ずつ壇上に置かれた投票箱の中に入れていく。

「全員、終わったか?」

 先生の言葉に、40人が返事をすると、ついに運命の開票。

 深大寺ユカリ、山本佳代子と、黒板にあらかじめ書かれた名前の下に、1枚1枚投票用紙を開きながら、先生がチョークで「正」の字を形づくっていく。

 その作業は手間を要するものだったが、両候補者の間で明暗が分かれるまで、さほど時間はかからなかった。 うつむく、ユカリ。 満面笑みの、佳代子。

「それでは発表する。深大寺、8票。山本、32票。よって、第2学期の学級委員長は、山本佳代子に決定」

 思わぬ大差だった。

「みんな、ありがとーなっ!」

 佳代子の就任挨拶を聞くヒゲタワシの表情は、どこか憎々しげだった。

 

 2時間目の国語、3時間目の算数、4時間目の社会、そして給食の時間が終わって、昼休み。

 クラスのみんなは、ドッジボールをやりに、校舎の階段を駆け下りていった。

「おめでとーっ、佳代子!」

 ペッタンが、笑顔といっしょに声をかける。

「やったのう! 学級委員長じゃあけんのう!」

 ヨッちゃんも、自分のことのように嬉しそう。

「俺どー、みーんな佳代子に投票したんぞ!」

 カネゴンが大きな声で言うと、

「俺も俺も、佳代子に投票したけん」

 ブッチンがやや照れ臭そうに主張し、

「もちろん、タイ坊も、のう?」

 と、私の顔を見ながら付け加えたので、

「う、うん。俺も佳代子に投票した」

 私は、嘘をついた。

 さらに大勢のクラスメートたちから贈られる祝福の言葉の中、新しい学級委員長とみんなは、勢いよく校舎を飛び出し、広い校庭のど真ん中に集合した。

 みんなの靴のつま先でラインを引いて、でっかいコートを作る。2人ずつジャンケンして、2つのチームに分かれ、用具室から空気がパンパンに詰まったボールを持ってきたら、プレーの始まりだ。

 ヨッちゃんがコートの外側から、 味方の陣内にロングパスを投げ入れる。 それをキャッチしたブッチンが、 後ずさる敵陣のメンバーに狙いをつけて振りかぶり、 いちばん近くにいた佳代子は標的にせず、別の子めがけてボールを投げつける。

 コートの中を行ったり来たりしながら、 こうして昼休みにみんなで遊んでいると、 ああまた学校が始まったんだなあと、あらためて私は実感する。

 いつの間にか、 校庭は全校の生徒たちでいっぱいになっていた。 私たちの両隣で、 やはりドッジボールに興じている6年生や5年生。イチョウの木々と草花の植えこみの向こうで、三角ベースボールを楽しんでいる4年生や3年生。でっかいクスの木の裏手に据えつけられた、ブランコや鉄棒で遊んでいる2年生や1年生。

ふと、私は気がついた。歓声を上げてゲームに熱中するクラスメートたちの中に、ユカリの姿が見えない。

どうしたのだろう。 ユカリは、 昼休みのドッジボールの常連なのに。 勉強と違って運動は得意じゃないけど、 キャッキャとはしゃぎながら、 いつもコートの中を逃げまわっているのに。  もしかしたら、今朝の委員長選挙の一件が……? そんな考え事をしていたら、ペッタンにボールを投げ当てられてしまった。

コートの外に出る、私。だがやはりユカリのことが気になって、そのまま小走りに、私は校舎の方へ向かっていった。

 

階段を駆け上がり、教室の入り口に着くと、私は静かに戸を開けた。

そこには、窓を向いて立つ、ユカリの後ろ姿があった。他には、誰もいない。彼女が見つめる窓の下には、クラスメートたちが元気に走りまわっているドッジボールのコートがあるはずだ。

私は、声をかけた。

「いっしょに遊ばんの?」

 ユカリが、振り向いた。

 私を見て、すこしビックリしたような顔になり、しばらくして、また窓の方を向いた。

 私は、もう一度、声をかけた。

「いっしょにドッジボール、せんの?」

 再度の問いかけに、ユカリは黙ったままでいたが、やがて窓の下を眺めたまま、振り返らずに言った。

「バッカみたい」

「え?」

 彼女の口から出た意外な一言に、私は驚き、戸惑い、その意味を知りたくて、教室の中へ足を踏み入れた。そして彼女の立つ窓際へ歩み寄り、訊いた。

「バッカみたい、ち、どげなこと?」

 ユカリは、今度は振り向いた。色白の愛らしい顔が、いくぶん険しくなっている。私を挑発するような口調で、彼女は答えた。

「もうすぐ中学生になるのに、バッカみたいってこと。 いつまでもドッジボールなんかで遊んで、バッカみたいってこと」

「…………」

「中学生になったら、その次は高校生。高校生になったら、その次は大学生。私はね、東大に行くの。パパと同じ、東大に行くの。東大に行って、偉い人になるの」

「…………」

「でも、このまま津久見にいたら、東大に行けないわ。田舎の中学校なんか、勉強が遅れてるし、いい高校なんか、ないし」

「津久見高校があるじゃろう」

 私は反論した。津久見高校は、いい高校に決まっているではないか。だが、ユカリの口からは、さらに私の理解を超えた言葉が飛び出してきた。

「なあに、それ。野球が強いだけの学校でしょ。東大へはね、勉強の進んだ学校からじゃないと行けないの! 東京教育大付属の駒場高校とか、日比谷高校とか、麻布高校とか、開成高校とか、頭のいい学校からじゃないと行けないの!」

「コマバ……? ヒビヤ……? アザブ……? カイセイ……?」

 ふん、あなたなんかが知ってるはずないわよね。そんな冷ややかな面持ちで、ユカリが私の反応を見ている。

「コマバ……、ヒビヤ……、アザブ……、カイセイ……」

バビブ、バビブと、まるで外国語のようなそれらの名称を、私は繰り返して口にした。

「コマバ……、ヒビヤ……、アザブ……、カイセイ……。コマバ……、ヒビヤ……、アザブ……、カイセイ……。コマバ……、ヒビヤ……、アザブ……、カイセイ……。あっ! そうじゃ! 海星高校なら知っちょる! 三重県の学校じゃろ! 去年の夏の甲子園で、開会式のすぐ後の試合で、津高が当たって、7対4で勝った! 三浦投手が完投して勝った! あんときの相手の、海星高校じゃろ!」(※注)

 得意げな私の返答に、ユカリは、しばしポカンとした表情になり、それから顔を崩してアハハハハッと笑った。

「面白いわねー、石村君って」

 最後にユカリがそう言ったとき、自分のことをほんのちょっとだけ彼女が認めてくれたような気がして、私は嬉しかった。

 そうするうちにも昼休み終了のベルが鳴り、クラスメートたちが廊下を歩いてくる音が聞こえてきた。

 ユカリと私は、窓際から離れ、それぞれの席に着いた。

 

 

(※注)「海星」と言えば、長崎の海星高校もまた、当時の甲子園の常連校の1つだった。なかでも1976年度の夏の甲子園大会でベスト4進出の原動力になった、酒井圭一投手 (怪物サッシーと呼ばれ、のちにヤクルトスワローズに入団) の快投は印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 第2部  「連戦の秋」  その2

 

 それから3日後の、日曜日。そして翌日の、月曜日。

 玄関ドアの新聞受けから、配達されたばかりの朝刊を抜き取った父は、2日続けてスットンキョウな声を上げた。

「なんじゃあ、こりゃあ?」

「またまた、なんじゃあ、こりゃあ?」

 父が驚いたのも、無理はない。届いたばかりの、4つ折りにたたまれた新聞の表面いっぱいに、赤いマジックペンで大きな 「○印」 が書きこまれていたのだから。

 だが、父が長年購読しているその地元紙 「大分日日新聞」のスポーツ面を、私も2日続けて読んだとき、このイタズラを誰が何のためにやったのか、すぐに分かった。

 いよいよ土曜日から開幕した、高校野球の大分県南リーグ戦。 臼杵市、津久見市、佐伯市の3市から出場する合計6チームの総当たり戦で、我らが津久見高校野球部の新チームは、幸先よく2連勝を上げていた。

 この朗報を、 赤い○印によって、真っ先に私に伝えたかった者。なおかつ、このエリアの新聞配達に関与している者。それは、我が友、ブッチンに他ならないではないか。

「そうじゃあ、俺じゃあ。よう分かったのう」

 月曜日の登校中、私の隣を歩くブッチンが、笑いながら白状した。

「津高が勝っちょったら、『○』。 もし負けちょったら、『×』。 そうやって、 試合の結果が新聞に出ちょるたんびに、 赤ペンのサインで、おまえに教えちゃろうち思うてのう。 じゃあけんど、今朝、おまえのとうちゃんから販売店の大将に苦情の電話があってのう。俺がやったち、すぐバレてしもうた。すげえ怒られたわい」

 頭を掻きながら歩くブッチンの肩を、ポンポンと私は叩いた。

ブッチンの書きこみはなくなっても、津久見高校の新チームには勢いがあった。

 臼杵高、 臼杵商、 佐伯高、 佐伯鶴城高、 佐伯豊南高を相手にした9月初旬のこの大会で、みごと5戦全勝の優勝。

 続いて、各地区大会の成績上位2高、合計16チームのトーナメント制で争われる、9月中旬の大分県中央大会でも、 津久見市民の愛するオレンジソックスはグラウンドを走りまわり、 ダイヤモンドを駆けめぐった。 そして優勝こそ県北代表の高田高に譲ったものの、準優勝という堂々の成績。10月に開催される、九州大会大分県予選のシード権を勝ち取ったのである。

「やった、やったあ!」

と、父。

「やったのう、やったのう! なんまんだぶ、なんまんだぶ!」

 と、正真和尚。

 岩屋町の名人も、大友町の名人も、このときばかりは棋敵の関係を忘れ、対局そっちのけで、津久見オレンジソックスの大健闘に快哉を叫んだ。

 

 ブッチンの母親が倒れた。

それを知ったのは、9月も終わりに近い火曜日だった。

 その朝、いつもの「生きちょんか」の挨拶がなかなかやって来ず、遅刻してはいけないと、1人で私は学校へ行った。

 教室の中にも、ブッチンの姿はなかった。

 ベルが鳴って福山先生が入室し、出席確認の点呼が終わった後、 みんなに向かってこう言ったのだ。

「今朝、 職員室に吉田から電話があった。 お母さんの具合が悪いので、 今日は看病のため学校を休むそうだ」

 幼稚園のときから8年間、 ブッチンが欠席するなんて初めてのことだったので、私は驚いた。 体の丈夫な彼は、 たとえ風邪を引いて熱があっても学校を休むことなく、 次の日にはもうケロリと治って校庭を走りまわっていた。

 だが、彼の母親が、息子ほどに丈夫なのかどうかは分からない。これまでに2度か3度、ブッチンの家に遊びに行ったとき、彼女に会ったことがある。痩せた、無口な人だ。みかんの缶詰工場で、働いているらしい。何人もの工員たちが手作業で、皮を取り除いたみかんの実だけを、シロップの入った果汁でヒタヒタにして缶に詰めるその工場は、港の南の外れにある。

 ブッチンは、一人っ子だ。母親と、2人暮らし。父親は、家にはいない。「家には」というのは、ブッチンから聞いたことであって、では、どこにいるのかというと、私はよく知らない。もう長い間、都会に働きに出かけているのだと、一度、彼が言ったことがある。毎月、お金を送ってくるのだとも、彼は付け加えた。

 でも、それはほんとうなのだろうかと、実は私は疑っていた。もしも彼の言う通りであれば、缶詰工場のきつい仕事を母親がやらなくても済むはずだ。毎朝4時半に起きなくてはならない新聞配達を、彼がやらなくても生活していけるはずだ。線路の向こう側にある小さな古い借家で、母と子2人で暮らさなくてもいいはずだ。

 雨が降ろうが風が吹こうが、 いつも明るく元気いっぱいに遊び、 豊かな話題でみんなを楽しませるブッチンだが、自分の家や家族については多くを語ろうとしない。

 私やペッタンやカネゴンやヨッちゃんの家には、 彼はよく遊びに来るが、  逆に私たちが彼の家へ遊びに行くことは、 ほとんどない。 それをブッチンが望んでいないことを、みんなは何となく分かっていて、暗黙のルールのようなものとして守っているのだ。

 だから放課後、ブッチンの家へ様子を見に行く件について4人で相談したとき、私1人が代表者として赴くという結論に達したのも、ごく自然な成り行きだった。幼稚園からの馴染だし、家も近いし。

 お見舞い品には、バナナを持っていくことにした。母親が好むかどうかは分からないが、ブッチンの大好物だから。学校の正門を出て、商店街の青果店に寄り、1人10円ずつ出し合ってバナナを2本買い、紙袋に入れてもらった。

 

 ブッチン宅への道は、私の帰り道でもある。

青果店から歩くこと20分余り。 自宅に着いた私は、ドアを開けるとランドセルを廊下に放り投げ、バナナを入れた紙袋だけを持って、再び外へ出た。

残暑はすでに去り、 夕刻前の涼しい風が、 顔や半ズボンから下の両脚を撫でさするように吹いていく。 あんなに騒がしかったセミたちは、1匹残らず姿を消した。 地面の下では幼虫たちが、来夏の訪れをじっと待っているのだろう。

遮断機の上がった踏み切りの脇では、 国鉄(※注)のおじさんが1人、 詰め所の中で煙草を美味しそうに吸っている。 朝と夜に長い列をつくる貨物列車の他は、 行き来する客車の少ないその線路を渡り、すこし歩いて、右へ。

そこには、周囲に数軒の貸家を持つ、高木正仁先生の豪邸が建っている。

先生は、 長年、 中学校の校長や教育委員会の委員長を務めていた地元の名士で、 引退した今は日曜日のたびに自宅で習字の塾を開き、 子供たちに硬筆や毛筆を教えている。 私も小学3年生のとき通ったことがあるが、 墨を磨るのと正座を続けるのが嫌で、 1か月も経たないうちにやめてしまった。

この大家さんが所有する、貸家のうちの1軒が、ブッチンの家だ。

築後もう数十年は経過しているのではないかと思われる、その老い朽ちたガラス戸を、私はコンコンと叩いた。

しばらくすると内側からガラガラと戸が開かれて、ブッチンが顔を出し、私を見るなり、

「おう」

 と、ぶっきらぼうに言った。

「おまえのかあちゃんが悪いち、先生に聞いて、心配して来たんじゃあ」

 私が訪問の理由を述べると、

「おう」

 またしても、そっけない声。

 そこで私は、

「これ、お見舞い。俺とペッタンとカネゴンとヨッちゃんで、お金を出し合うて買うてきたけん」

 そう言って、バナナの入った紙袋を差し出した。

 それを受け取ったブッチンは、袋の中を覗き、

「おう」

今度は、嬉しそうな顔で言った。

 

私とブッチンは、彼の家から100メートルほど離れた、レンガ工場の跡地へ移動した。

母親が奥の部屋で寝ているので、話し声で起こしたくないという彼の気持ちはもっともだった。

数年前に廃業し、取り壊された工場だが、まだあちこちに建物の残骸が散らばっており、それらの中に低くて平らなレンガ塀を見つけて、2人は腰を下ろした。

私は口を開いた。

「大丈夫か? おまえのかあちゃん」

「おう。 今朝、 佐藤医院の先生に来てもろうて、 診てもろうた。 倒れたんは、 過労のせいじゃあち。薬を飲んで、 2、3日、 横になっちょったら、 良うなるち。 俺も、明日から、学校に行くけん」

 倒れた! 過労で! ブッチンの口から出た2つの事実に、 私は衝撃を受けた。  生活のために、倒れるまで働かなければならない人が、自分の身近にいたことが、ショックだった。 1日中、テレビを観ている、私の母。 1日中、缶詰工場で作業している、彼の母親。 でも、私の父は忙しく仕事をしている。 だが、彼の父親は……。

 すこしためらった後、私は言った。

「のう、ブッチン。おまえのかあちゃんのこと、とうちゃんに知らせんで、いいんか?」

「え……」

「今日、かあちゃんが倒れたこと、とうちゃんに知らせたほうが、いいんじゃねえんか?」

「…………」

 返事はない。 しかし、 私は彼の父親のことを、 聞きたいと思った。 いや、聞かなければならないと思った。

「のう、 ブッチン。 おまえのとうちゃん、 もうずっと長え間、 都会に働きに行っちょるち、 前に聞いたけど、 都会っち、 どこ? 東京? 大阪?」

「…………」

「なあ、どこ? 横浜? 名古屋?」

「…………」

「京都? 神戸? 博多? 小倉?」

 私が知っている都会の名前をすべて口にしたとき、突然ブッチンが立ち上がり、大声を発した。

「訊くなーっ!」

 私は驚き、彼の顔を見上げた。彼は続けて大きな声で言った。

「訊くな! 都会は都会じゃあ! どこじゃろうと構わんじゃろうが!  おまえに言わんでもいいじゃろうが!」

 激しくわめくブッチンの顔を、私は見上げたままでいた。 彼もまた、私を見下ろし、険しい目つきで睨みつけていた。

 数十秒間の沈黙。

やがて彼は最後のせりふを残し、くるりと向きを変えて、工場の跡地を去っていった。

「都会は都会じゃあ。 都会は都会じゃあ。 都会は都会じゃあ」

 1人になった私の周りで、秋の虫たちが鳴き始めた。

 

(※注)「日本国有鉄道」の略称。1987年4月1日に、分割民営化されたJR各社が発足するまで、日本の国有鉄道を運営していた公共企業体である。

 

 

 

 

 

 

 

 

第2部  「連戦の秋」  その3

 

 10月がやって来た。

 あの一件があった後も、ブッチンと私は毎朝いっしょに学校へ通い、放課後は仲よしの5人組でいっしょに遊んだ。

 そして、月曜日の朝。

 いつものように玄関ドアの新聞受けから、届いたばかりの朝刊を抜き取った父は、その表面いっぱいに、でっかい「◎印」が赤々と書きこまれているのを見ても、もうスットンキョウな声を上げたりすることはなく、逆に、ワクワクした表情になった。

 先月の一件は、親友のブッチンが良かれと思ってやったことであること、それが津高に関する朗報を知らせるサインであったことを、すでに私が父に伝えていたからだ。

 いそいそと朝食前のちゃぶ台に着いた父は、4つ折りにたたまれた大分日日新聞を広げ、政治面などには目もくれず、真っ先にスポーツ面を開いた。

 傍らから私も覗きこむと……、

あった! やった!

 そこには、

「津久見が優勝 九州高校野球大会大分県予選」

 と書かれた大きな見出しが躍っていたのだ!

「やった、やったあーっ!」

「すげえ、すっげえーっ!」

 父と私は、大歓声を上げた。

「おい、かあさん、鯛の尾頭付きを出せ!」

 と、はしゃぐ父に、

「何を言いよんの」

 と、返しながら、アジの干物をちゃぶ台の上に並べていく母。

 やがて2人の妹たちも着座して、我が家の朝食が始まった。

「やったのう。大分商を相手に、4対0で勝ちか」

 ほかほかの御飯を頬ばりながら、父が言う。

「すげえのう。浅田が先発完封か。さすがはエースじゃあ」

 あつあつの味噌汁を啜りながら、私が続ける。

「優勝して、これから津高はどげえなるん?」

 干物を箸で切り分けながら、母が訊く。

「どげえもこげえも、来月の九州大会に出場じゃあ」

 タクアンをかじりながら、父が答える。

「九州大会でベスト4以上になったら、センバツ甲子園に出場じゃあ」

 お代わりした御飯を海苔で巻きながら、私が言い添える。

「津高の選手の中に、ハンサムな人おるん?」

 お茶をふうふう吹いて冷ましながら、上の妹の智子が大人びた声を出すと、

「あーん、かあちゃーん、醤油、服にこぼしたあー」

 下の妹の郁子が、セーターの左袖を黒く濡らして、泣き出した。

「こら! 郁! 昨日もこぼしたばかりじゃろ!」

叱りながら母が雑巾で袖を拭いてやり、

「こら! 智! 御飯を残したらいけん!」

 上の妹にも怒声を飛ばした。

「御飯を食べたら、太るけん。太ったら、スチュワーデスになれんけん」(※注)

 そう言いながら智子は立ち上がり、

「残した御飯は、ジョンにやったらいいわあ。行ってきまーす」

 と、ランドセルを手に取った。

 自分の名前が聞こえたのか、家の裏手から、ウォンウォンと飼い犬の吠える声。

「ねえちゃーん、待ってえー、いっしょに行くうー」

 拭いてもらったばかりの袖にランドセルを通しながら、下の妹が、また泣き声を出した。

 そうするうちにも、玄関のドアが開いて、

「タイ坊、生きちょんか」

 と、ブッチンの声。

 私と同時に、父も立ち上がり、玄関へ行くと、

「おお、吉田君。津高の優勝速報、ご苦労さん。これからも、よろしくなっ」

 そう言ってブッチンの頭を撫でまわしたので、

「はあ……どうも……」

 彼は、いささか妙な顔をした。

 

 意外な人物から電話があったのは、その5日後の、土曜日の夜だった。

 夕食を終え、お風呂から上がり、パジャマに着替えたばかりの私を、母が大声で呼んだ。

「太次郎、電話―っ! 学校の友だちからーっ!」

 自分の部屋から茶の間へ行き、母の手から黒い受話器を受け取ると、

「はい、もしもしっ」

 応対に出た私の耳に聞こえてきたのは、ブッチンやペッタンやカネゴンやヨッちゃんの声ではなく、他の男子からのメッセージでもなかった。

「あ、石村君? 深大寺です。夜遅くに電話してごめんなさい」

 当然のことながら、私は自分の耳を疑った。学校の友だちからと母が言うものだから、てっきり男からだと思っていた。 女子からだなんて、思いもしなかった。 ましてや、私にとって、特別な存在である女の子からの電話だとは。

「もしもし、石村君? 深大寺ですけど。聞いてる?」

「あ。はい、はい。あははい、はい」

 私は、バカのような返事をした。

「あ、石村君の声だ。良かったあ。ごめんね、こんな時間に電話して」

「え。いえ、いえ。いええい、えい」

 バカのような応答を、私は繰り返した。

「うふふっ。面白いわねー、石村君って」

 以前、教室で聞いたのと同じせりふを耳にして、私は胸の鼓動が高まるのを覚えた。

「あ。どうもどうも。それは、どうもどうも」

「ところでね、石村君。来週の日曜日って、何か予定、入ってる?」

「よてい? よてい、よてい、よてい……」

「何か、用事、ある?」

「ようじ。ようじ、ようじ、用事。いえ、別に用事は……」

「ああ、良かったあ。あのね。来週の日曜日ね、私のお誕生日なの」

「お誕生日。あ、はいはい。来週の日曜日。あ、はいはい」

「それでね。お誕生日パーティーをやるんだけど、石村君にも来てもらいたくて、それで電話したの」

 私は、またしても耳を疑った。いや、疑いっぱなしだった。いま、自分は深大寺ユカリと話をしているのだ。 しかも、なんと、お誕生日会に誘われてしまったのだ。 いったい、これは現実の出来事なのだろうか。

「それでね、石村君」

「あ、はい」

「うちの学校からご招待するの、石村君だけなんだけど」

「あ、はいはい」

「私のお誕生日パーティー、来てくれる?」

「あ、はいはい、はい」

 私の口が、勝手に、了解の返事をしてしまった。

「あー、良かったあ。どうもありがとう。じゃあ、来週の日曜日のお昼に、私のおうちでパーティーやるから、12時頃に来てね」

「来週の、日曜日の、お昼。あ、はいはい」

「10月16日の、正午。ね」

「10月の、16日の、正午。あ、はいはい」

「忘れないで来てね。10月16日。私ね、天秤座生まれなの」

「て、てんびん? てんびんざうまれ?」

「そう、天秤座。石村君は、何座?」

「え? なにざ? な、なにざ、かなあ?」

「何月、何日、生まれ?」

「え? あ、ああ。4月13日生まれじゃあけど」

「だったら、牡羊座じゃない」

「お、ひつじ? ひつじ? 俺、ひつじ? 俺、めえええーっち鳴くん?」

「アハハハハッ。やっぱり面白いわねー、石村君って」

「あ。どうもどうも。それは、どうもどうも」

「じゃあ、来週の日曜日、楽しみにしてるからねー。バイバーイ」

 電話が切れ、 受話器を戻した後も、 私の胸の動悸は治まらなかった。 反対に、頭の中はボーッとして動かなかった。

 果たして、これは現実なのか、それとも夢でも見ているのか。

 そのとき、

「やるじゃあねえな、にいちゃん」

 と、先ほどの会話の一部始終を聞いていたらしい上の妹の智子が冷やかすように言い、反射的に私がポカリと彼女の頭を小突いたら、

「いてえっ」

 と、リアルな声を上げたので、やっと私は、自分が現実の中にいることを確認できたのだった。

 何はともあれ、行動に移らなければ。

 とは言っても、どんな行動を起こせば良いのか。

 私は、しばし、沈思黙考した。

 そうするうちに、とりあえずの方策が浮かんできた。

 相手は、矢倉セメント工場長の娘。

 自分は、テーラー石村の息子。

 よしっ、それならば。

 私は、茶の間を出ると、父の部屋へ向かい、ふすまを開けた。

 6畳間の真ん中に分厚い将棋盤を置き、将棋の本を読みながら駒を動かしていた父は、私が部屋に入っても顔を上げようとはしなかった。

 私は言った。

「とうちゃん、ちょいとお願いがあるんじゃあけど」

「うん?」

 将棋盤の上に目を落としたまま、父は返事をした。

「あんな、俺な、友だちの誕生日会に呼ばれることになったんじゃあけど」

「うん」

「その友だちいうんは、同じクラスの人間でな」

「うん」

「男子じゃ無えで、女子でな」

「うん」

「普通の女子じゃ無えで、金持ちの娘でな」

「うん」

「東京から転校してきた、ハイカラなお嬢さんでな」

「うん」

「父親が東大を出ちょって、本人も全校で成績トップでな」

「うん」

「矢倉セメントの工場長の娘なんじゃあけどな」

「うん」

「その立派な家に呼ばれて行くんじゃあけどな」

「うん」

「あんまり恥ずかしい格好はして行かれんけえな」

「うん」

「とうちゃんは、洋服の仕立て屋さんじゃろう」

「うん」

「将棋も名人じゃあけど、服を作るのも名人じゃろう」

「うんうん」

「津久見で一番、服を作るのが上手いんじゃろう」

「うんうんうん」

「大分県でも一番、服を作るのが上手いんじゃろう」

「うんうんうんうん」

「日本全国でも一番、服を作るのが上手いんじゃろう」

「うんうんうんうんうん」

「それを見こんでのお願いなんじゃあけどな」

「うんうんうんうんうんうん」

「俺が誕生日会に着て行く服を、作ってほしいんじゃあ。日本一の服を、作ってほしいんじゃあ。来週の日曜日の午前中までに、作ってほしいんじゃあ」

「うんーっ?」

 父は、初めて顔を上げ、まじまじと私を見つめた。

                                   

(※注)もちろん、この時代はまだ「キャビンアテンダント」でも「フライトアテンダント」でもなく、「スチュワーデス」。人気の「バスガイド」の遥か上を行く、女の子の超憧れの職業であった。

 

 

 

 

 

 

 

第2部  「連戦の秋」  その4

 

 秋も、たけなわ。

 快晴の空の下、学校の運動会や市民体育祭が行われたが、どちらの大会でも勇名を馳せたのは、我らが誇る韋駄天、ヨッちゃんだった。

 小学校時代の最後となる運動会では、徒競走で後続のランナーに30メートル以上の大差をつけてゴールに駆けこんだのは、まあ当然。

さらに、 1年生から6年生まで、 各学年から選出されたアスリートたちによって競われる最終種目の紅白対抗リレーでは、 紅組のアンカーの重責を務め、 バトンを受けたときには50メートル以上も白組に離されていたのに、 400メートルの周回走路を土煙を上げながら疾走するヨッちゃんは相手アンカーとの差をグングン縮め、 ゴール前5メートルでとうとう並び、 大逆転でテープを切ってしまったのは圧巻中の圧巻だった。

市民グラウンドで毎秋開催される体育祭でも、ヨッちゃんの健脚ぶりは如何なく発揮された。子供から大人まで、市内の各地区から大勢の選手たちが参加する中、小学生による短距離走の部に出場した彼は、予選でも決勝でも胸のすくような快足を飛ばし、津久見市ナンバーワンの少年ランナーの座に輝いた。

ヨッちゃんの所属する宮本地区チームは、彼の余勢を駆って他の選手たちも大奮闘し、なんと3年連続の総合優勝。競技スペースの外側にゴザを敷いて応援していた住民たちは、嬉しさと酒の飲み過ぎで、顔を真っ赤に染めて乱舞した。

まったくもって見事の一言に尽きる、ヨッちゃんの大健闘。

だが、同じこの時期、人目にはつかない狭い仕事部屋の中で、ひっそりと健闘を続けるもう1人の人物がいたのである。

 

日本一の洋服を作ってほしいという私の頼みを、父は受け入れてくれた。

そしてさっそく私の体を採寸し、作業に取りかかってくれた。

小さな仕立て屋だが、 東京仕込みの腕の良さが評判の父は、 かなりの得意客を抱え、 この秋もたくさんのオーダーを受けていた。

朝の9時から夜の7時過ぎまで、従業員の松下さんといっしょに、布地を裁断したり、ミシンを踏んだり、 休む暇もなく働く。  松下さんが帰ると、 父は遅い夕食を取り、  流行歌をがなりながら風呂に浸かり、ひと休みした後に、夜の時間外労働――つまり私の服作りを開始した。

この頃、父の入浴時の歌は、城卓矢の「骨まで愛して」から、加山雄三の「君といつまでも」に移っていた。 相も変わらず、近所に聞こえて恥ずかしいと母がこぼす、音痴な大声だったが、そんなことはちっとも意に介さず、父はがなり続けた。

そんなある夜、 風呂場から私の部屋に聞こえてきたのは、 いつもの「二人を〜夕闇が〜」のメロディーではなく、初めて耳にする歌詞と曲調だった。

 

彦岳に 朝の陽映えて 雲白く 湧きたつところ

大いなる 抱負を胸に 寄り集ふ 若人われら

向学の 息吹きはつらつ ああ希望あり 津久見高校

 

市のシンボルである「彦岳」を歌詞に読みこんだ津久見高校の校歌が、今年の1月にできたばかりだということは、私も知っていた。けれども、その全容を聴いたのは、初めてだった。

昭和14年創立の同校だが、それまで校歌というものを持っていなかった。これまでに出場した夏の甲子園大会では、チームが勝利すると、校歌の代わりに「生徒歌」が流されていた。昭和30年に初めてベスト8に進出したときも、甲子園球場に響き渡ったのは、やはり生徒歌だった。

ところが、昨夏の甲子園で2度目の準々決勝に勝ち進んだ際、これほどのチームにまさか校歌が無いなんてと驚いた大会本部は、 試合後の場内放送で「津久見高校に校歌を寄せてください!」と大勢の観衆に向かって呼びかけたのだ。

すると、 さっそく全国各地から、130余りもの歌詞が同校に届けられた。 そして、それらの中から選ばれた1つの作品(※注)に、 地元出身の声楽家が曲を付けて、ついに念願の校歌が完成したのである。

今夏、5回目出場の選手権大会では、初戦で敗退してしまったため、残念ながらスタンドの観客や全国の視聴者に、生まれたばかりの歌を聴いてもらうことはできなかった。

だが、来年こそは、甲子園球場に津高の校歌を! それが、4万市民の、心からの願いなのだ。

父の音感の悪さのせいで、かなり歪曲されたメロディーだったが、どこかノスタルジックな響きのあるその歌を、私は好きになった。

そして、父が私の望みを聞き入れ、毎夜の作業に励んでくれているその陰には、活躍を続ける津久見オレンジソックスの存在があるのだということを理解した。

 

「あさっての日曜、何して遊ぶ?」

 学校の休み時間、ペッタンがそう切り出したとき、私はドキリとした。

「そうじゃあのう。おう、津高のグラウンドに行って、練習観ようかあ」

 ブッチンが答えると、

「そりゃあ、いい考えじゃあ。もうすぐ国体が始まるけん、練習にもますます気合が入っちょろうのう」

 ヨッちゃんが賛同し、

「甲子園の借りを、返してほしいのう。 いまのチームは絶好調じゃあけん、いいとこまで行くかもしれんのう」

 カネゴンも目を輝かせて言った。

 10月の23日から始まる、 第21回国民体育大会。 大分県で開催されるのは初めてということで、県民の関心はとても高い。高校野球に地元代表として出場するのは、もちろん津久見高校だ。

「タイ坊も、練習観に行くじゃろう?」

 ペッタンに再び声をかけられ、 私はまたまたドキリ。 こいつめ、何というタイミングの悪い話を持ち出すのだ。その日は、ユカリの誕生日会があるというのに……。

 私が口を閉ざしていると、

「どげえしたん? 何か用事でもあるん?」

 ブッチンが不審そうに訊いたので、

「あ、ああ。実は、臼杵の爺ちゃんの具合が悪うての。それで、日曜日は家族みんなで、爺ちゃんの見舞いに臼杵に行くことになっちょるんじゃあ」

 私は、 とっさに思いついたことを述べた。  もしかすると自分は嘘つきの天才なのかもしれないと、心の中で呆れながら。

「そうかあ。そりゃあ大変じゃあ。そんなら、俺どー4人で練習観に行くことにしようや」

 ブッチンが、そう話をまとめてくれたので、私はなんとか窮地を脱した。

 誕生日会に招かれているのは、 学校からは私1人だけ。 それだけでもじゅうぶん嫉妬の対象になるのに、 ましてや招待主は、 みんなの大嫌いな東京者のユカリだ。  もしも、このことがバレたら、仲間外れにされるどころでは済まないだろう。夏休みの、あの宮山での一件を思い出し、私は身震いをした。

 もちろん、 ユカリもまた、 誕生日会の件については学校では口をつぐんでいる。 招待もしていないクラスメートたちに、そんな話をするのは、愚の骨頂と分かっているからだ。

 言うなれば、 これは、私とユカリ、2人だけの秘密なのだ。 先週の土曜日の夜に、彼女から電話をもらって、 1週間。 私たち2人は、 この秘密をじっと守り続け、 共有し続けている。 そのことが、この私を、何とも言えぬ、甘くていい気持ちにしてくれていた。

 そして、 教室の中ではなく、 周囲にクラスメートのいない廊下でふとユカリとすれ違ったりする際、彼女が私に軽く目くばせなどをするものだから、私の胸はいやがうえにも高鳴っていくのだ。

 あと、2日だ! いよいよ、あさってだ!

 

「できたぞーっ、太次郎!」

 10月16日。いよいよ、その日。

 朝食を済ませた後も、 仕事部屋に入り、 洋服の最後の仕上げをしていた父が、大きな声で私を呼んだ。

 喜び勇んで仕事部屋へ行くと、そこには、この1週間、父が夜間労働の末に完成させた労作が3つのハンガーに掛けられていた。

 1つ目のハンガーには、紺色のブレザー。金色のボタンがピカピカと輝き、それは両の袖口にも3つずつ付いていた。近寄って、触ってみると、ウールの柔らかな温もりが心地よかった。

 2つ目のハンガーには、グレーのズボン。やはりウール製で、両裾はダブルの仕上げ。ピシッとアイロンが掛けられ、履くのがもったいないような気がした。

 3つ目のハンガーには、 細い縦縞の入った白い厚手の綿シャツ。 両襟はボタンダウンの体裁で、やはりシワひとつなくアイロンが掛けられていた。

 それらのファッションアイテムに、私がうっとり見とれていると、

「どうじゃあ、オシャレじゃろう。トラディッショナルちゅうやつじゃあ」

 と、自慢そうに、父。

「とら、でぃっしょ、なる……」

 聞いたこともない用語を私が繰り返すと、

「それだけじゃあ無えぞ」

 そう言いながら父は、 壁に立てかけたタンスの扉を開けると、 その中からさらに2つのアイテムを取り出して私に見せた。

 ブレザーもズボンもシャツも、 色合いとしてはオーソドックスなものだったが、  新たに出現した2品は、私の目を驚かせた。

 それは、ネクタイと靴下で、どちらも無地ではあるが、なんとお揃いのオレンジ色をしていたのだ。

「どうじゃあ。津久見名産の、みかんの色じゃあ。津高のストッキングと、同じ色じゃあ」

 私は、幸せの絶頂にいた。仕立ての立派なブレザーやズボンやシャツは、父の腕前による成果物として当然のハイレベルを誇っていたが、 まさか、  大好きな津久見高校野球部のシンボルカラーをした逸品が飛び出してくるとは夢想だにしていなかったからだ。

オレンジネクタイ! オレンジソックス! 風呂場で津高の校歌をがなっていたとき、すでに父の脳中には、この鮮烈な発想があったのだろうか。

「とうちゃん! ありがとーっ!」

 思わず抱きついた私の背中を、ポンポンと叩きながら、父は嬉しそうに笑った。

「あっはっはーっ、太次郎。これだけじゃあ、無えぞ。まだまだ、あるんぞ」

 そう言って、タンスの中から、父が最後に取り出したモノ。

 それは、これまでに披露してもらった格調高く鮮やかな品々とは、まるっきり一線を画していた。15センチほどの、ひょうたん形をした、縫いぐるみ。ネクタイや靴下と同じオレンジ色で、顔と思しき上部の球形には、ボタンの両目やファスナーの口が縫い付けられている。胴体に見立てた下部の膨らみには、布切れで上着とスカートの飾り付け。

両手と両足は無く、まるでオレンジ色をしたダルマさんだが、頭のてっぺんと目の上に付けられた、毛糸の髪の毛と眉毛は緑色で、 この縫いぐるみ人形のデザインが何をモチーフにしているのか、すぐに分かった。そう、みかん、なのだ。

「つく美ちゃん、じゃあ」

 父が、得意げに言った。

「俺が考案した、 津久見のマスコットキャラクター、 つく美ちゃんじゃあ。 可愛いじゃろう。 おまえも、東京から来たお嬢さんの誕生日会に呼ばれて行くんじゃ。 まさか手ぶらで行くわけにはいかん。誕生日のプレゼントが必要じゃあ。  こげなハイカラで可愛い人形を持っていって、 その子にあげてみよ。大喜びすること、間違い無しじゃあ」

 洋服作りの腕は抜群でも、 キャラクターデザインの才能が父には欠落していることを、 このとき私は知った。 父の自信作「つく美ちゃん」は、 ちっともハイカラではなく、どこから見ても可愛くなんかなかった。

 

 できたてのシャツに袖を通し、アイロンの効いたズボンを履いてベルトを締める。オレンジソックスは両足にフィットし、父に結んでもらったオレンジネクタイも、ピカピカの紺色ブレザーと鮮やかなコントラストを見せた。

「おう! 頭のてっぺんからつま先まで、いい男じゃあ! 日本一の洋服が、よう似合うちょるぞ!」

 姿見に全身を映す私は、父の誉め言葉が照れ臭かった。 頭のてっぺんからいい男と言われても、丸刈りの髪形は、日本一の洋服に比べるとかなり貧相に見えた。

「ほら、太次郎。これも履いてみよ」

 昨日買ってきてくれた黒い紐靴(ビニール製だけど)を、母が差し出した。新品の靴に両足を入れ、座りながら紐を結わえてまた立ち上がると、全身の服装がいちだんと引き締まった感じになった。ズボンの両膝の辺りをひょいとつまんで持ち上げると、 オレンジ色のソックスが覗き、黒い靴との組み合わせが、津高の選手みたいで格好よかった。

「ありゃまあ、にいちゃん。いい男になって、どこ行くん?」

 上の妹の智子が、からかうように言ったので、彼女の頭をポカリとやると、

「いてえ。照れてから、もう」

 智子は、ふて腐れた顔をした。

「にいちゃん、にいちゃん、どげえしたん、この服?」

 下の妹の郁子が、 饅頭を食べたばかりの汚れた手でブレザーに触ろうとしたので、 彼女の体をグイッと押しやると、畳の上に倒れ、

「にいちゃんが、こかしたーっ! にいちゃんが、こかしたーっ!」

 郁子は、大声で泣き出した。

 その声に反応するように、家の裏手でウォンウォンと、ジョンが吠えた。

 ふと、茶の間の掛け時計を見ると、すでに11時半を回っている。ユカリの家までは、歩いて20分くらいだ。そろそろ出かけなくては。

 玄関で見送る父が言った。

「分かっちょるか、太次郎。ナイフは右手、フォークは左手ぞ。ボールを持つ手に、ナイフ。グローブをはめる手に、フォーク。そう覚えちょけ」

 右利きの私には、分かりやすいアドバイスだった。

「ナイフとフォークがいっぱい並んじょったら、外側の方から順番に使うていくんぞ」

 外側から、外側から。私は頭に刻みつけた。

「もしも水の入った小せえ鉢が出てきても、そいつはフィンガーボウルちゅうて、汚れた指先を洗うためのものじゃあけん、絶対に飲んじゃあいけん。死ぬほど恥をかく」

 小鉢に入った水は飲むべからず。これも、同様に刻みつけた。

「よっしゃ、行ってこい。思いっきり、楽しんでこい。東京のお嬢さんに、気に入られてこい」

 父の最後の言葉に頷き、

「行ってきまーす」

 と、私はドアを開け、家を出た。

 母が小箱に入れ、オレンジ色のリボンを掛けてくれた「つく美ちゃん」を携えて。

 

(※注)採用された歌詞は、福岡県田川市に在住の男性から届けられたものだった。同じ九州のよしみとは言え、本当にありがたいことだ。

 

 

 

 

 

 

 

第2部  「連戦の秋」  その5

 

  自宅を出て最初の角を右に曲がり、踏み切りを背にして、ブッチンの住む家とは反対の方向へ。

コンクリート製の橋を渡り、川沿いの舗装された道路をしばらく歩いていくと、高台の上に建つユカリの家が見えてきた。その向こうは、もう海だ。

深大寺宅を訪れるのは今日が初めてだが、 家の前を通り過ぎたことは、 これまでに何度かある。ブッチンやペッタンやカネゴンやヨッちゃんといっしょに、 自転車を漕ぎながら。 青く広がる太平洋を眺め、南の方へサイクリングを楽しみながら。

だが、  道路から離れて緩やかな坂道を昇り、 門の前に至った私は、 矢倉セメント工場長一家の暮らす社宅が、 その他大勢の津久見市民の居住する家屋と比べてケタ外れに大きく堂々たる威容を見せていることに言葉を失った。

高台を独り占めしているその敷地は、私たちが学校の昼休みに遊ぶドッジボールのコートが10個くらいは収まりそうなほど広く、 私の背丈よりもずっと高い門柱から、 ぐるりと一周、コンクリートの分厚い塀で囲まれていた。

門から20メートルほど左へ進むと、高い塀はそこだけが黒い鉄製の扉になっており、鉄柵の隙間から、同じように黒くて大きな乗用車が置かれているのが見えた。

豪邸とは、こういう家のことを言うのかと、私はあらためて思った。ブッチン宅の大家さんである高木先生の屋敷が、 これまでの私が知っている一番の邸宅だったが、 深大寺工場長一家の住居は、何よりもそのスケールの大きさで先生宅を圧倒していた。この建物が、ふだん見慣れている日本家屋ではなく、クリーム色の外壁を持つ洋館であることも、私に与えた衝撃の度合を強めていた。

腰が引けそうになるのをこらえて、門の前に戻り、コンクリートの柱に取りつけられたチャイムの赤いボタンを、恐る恐る、私は押した。

 

この家の使用人らしき中年の女性に案内されて、広い敷地の中を歩いていくと、前方に瓦屋根を葺いた木造家屋が建っていた。

矢倉の工場長宅には料亭が併設されており、そこでは毎晩のように津久見市のお偉いさんたちが集まって酒宴に興じるのだとブッチンから聞いたことがあるが、それがこの建物なのだろうか。 同じ敷地内のクリーム色の洋館にはまったくそぐわない和風の佇まいだが、それでも市内の歓楽街に並ぶ居酒屋に比べれば、遥かに立派な店構えをしている。

引き戸を開けて中へ通されると、  広い店内の右半分は座敷、 左半分は石張りの床という構成になっており、  床の上にはテーブルが細長く並べ接がれて、 すでに10名ほどの人たちが着席していた。

「あっ。最後のゲスト、登場―っ」

 テーブル席の真ん中に座ったユカリが、私を見るなりそう言い、

「さっ。早く座って」

 と、促した。

 出席者の全員がこちらを振り向く中、きょろきょろとテーブルを見まわした私は、左隅に空席が1つだけ残っているのを見つけ、 居並ぶ人たちの外側を半周してたどり着くと、椅子を引き、腰を下ろした。

「みんな、紹介するね。彼は、津久見小学校の6年生。私のクラスメートの、石村太次郎君です」

 緊張しながら私がお辞儀をすると、みんなも会釈を返した。

「あのね、石村君。ここにいるのは、みんな青江小学校の生徒さんたち。お父さんたちが、私のパパと同じ、矢倉セメント津久見工場で働いているの」

 ユカリの説明に、なるほどそういうことか、父親の部下の子供たちに誕生日を祝ってもらうのが恒例になっているのだなと、私は悟った。しかし、宮山の向こうのセメント町のあんなに遠くからやって来るなんて、たいへんだな。歩けば2時間以上はかかるだろうに。それとも、自転車に乗って来たのかな。

 そんなことを考えていると、

「石村君、紹介するね。あなたの右隣から順番に……」

 ユカリがそう続けたので、私は出席者の1人1人と挨拶を交わすことになった。

「5年生の、 大沢修一君。 6年生の、 染谷正則君。 6年生の、 山崎友春君。 4年生の、 野中竜介君……」

 私を含めて、男子は5人。

「それとテーブルのこちら側、あなたの一番遠くに座っているのが、5年生の菊池博子さん。あなたの真向かいに座っているのが、6年生の麻生信子さん」

 ユカリを入れて、女子は3人。彼女は、同性よりも異性の方が好きなのだろうか。

「最後に、私の左にいるのが、パパ。深大寺和宏、43歳です。パパは、東京大学の工学部を卒業してるのよ」

 自慢顔の娘からの紹介に、

「きょうは、ユカリのためにわざわざ来てくれて、みんな、どうもありがとう。いっぱい食べて、たくさんお話をして、楽しいお誕生日会にしようね」

 父親が笑顔満面の挨拶で応じると、

「はいっ!」

 と、自分を除くゲストの6人が揃って大きな声を発したので、しまった、遅れを取ったかと、私は悔やんだ。

「そして、 私の右にいるのが、 ママ。 深大寺礼子、 36歳です。 ママは、 聖心女子大学の文学部を卒業。 皇太子妃の美智子様と、同じ大学の同じ学部で、4つ先輩なのよ」

 娘がやはり得意そうに紹介すると、

「まあまあ……」

 上品な笑みを浮かべた母親は、

「みなさん、これからも、ユカリと仲よくしてくださいね」

 優しい声でそう言った。

「はいっ!」

 他のゲストたちと、今度は私は声を合わせた。

 みんなで交わす挨拶の合間に、私は各人の着ている衣服を観察し、自分のそれと優劣を比較していたのだが、父が心血を注いで作ってくれた日本一の洋服の右に出るものはなく、ホッと安心するとともに、とても誇らしい気分になっていた。

 ただし、テーブルの向こう側の中央に陣取る親子3人の装いには、さすがに東京の上流階級の底力がこもっており、その着こなしの見事さに私は目をみはった。

 まず、父親。

 焦げ茶色をしたツイードのジャケットに、チャコールグレーのズボンの組み合わせ。黄色いシャツの襟元を締める、 緑と銀色のレジメンタルネクタイ。 渋い色調の中に光る鮮やかなカラーコーディネーションは、 もうすぐ晩秋を迎える季節に催されている愛娘の祝宴を象徴しているかのようだ。

 そのうえ、彼はとてもハンサムだった。濃い眉毛に大きな目をした顔はよく日に焼けており、どこか加山雄三を思わせるスポーツマンの雰囲気は、加山雄三の曲を風呂場で歌う私の父には微塵もないものだった。(※注)

 ブッチンは「津久見を真っ白にするために来た男」と悪態をついたが、この人がそんなことをするとは、とても考えられなかった。

 次に、母親。

 秋の深まりとともに実をつける、山葡萄のような、 濃い紫色のスーツ。 仕立ての良さが際立つジャケットとスカートはシックそのもの、まさしく貴婦人の装いだ。胸に輝くプラチナのカメオには、微笑む女神の横顔が浮き彫りにされ、それは愛娘の誕生日を祝福する彼女自身の喜びを映しこんだもののように見える。

 そして、彼女の美貌を形作っている色白の肌や涼しげな目、つややかな黒髪は、まさに愛娘に受け継がせたものだった。母親とユカリは、とてもよく似ていたのだ。

 ユカリから聞かされた、 皇太子妃と同窓という事実。 まもなく開催される大分国体には、 皇太子ご夫妻もお見えになる。 ああ、何という絶妙な符合なのだろう。

 最後に、ユカリ。

 本日の主役のいでたちは、落ち着いた色調の、ピンクのワンピース。 襟元、 袖口、 裾に控えめに覗いている白いレースの飾り付けと相まって、彼女の可愛らしさを、いちだんと引き立てている。

 椅子に座って、ぶらぶらと動かしている2本の足元には、白いソックスと焦げ茶色の靴。 つま先が丸みを帯びた小さなその靴には、彼女が着ているワンピースとまったく同じ色調の、ピンクのリボンが付いている。そして、そのピンクのリボンは、きれいに手入れされた、つやつやのロングヘアーの両耳の辺りにも。

 そう言えば、彼女のランドセルも、またピンク。 それは、一番お気に入りの色であるのに違いない。花の都からやって来た、ピンクのピンクのプリンセス。

 

憧れの少女に見とれていると、洋装をした男の給仕が数名、10人分の食器を運んできた。

恭しくテーブルの上に並べられていくそれらの中には、 父の心配していた、たくさんの器具や、水の入った小さな容器はなく、  大小数枚の皿と、 グラスと、 ナイフとフォークが1本ずつだったので、私は 「ボールを持つ手にナイフ、 グローブをはめる手にフォーク」 と、頭の中で確認するだけで事足りた。

それぞれのグラスに、 お好みのジュースやコーラが注がれると、 大きなバースデーケーキが登場し、ユカリの目の前に置かれた。

イチゴやクリームやチョコレートで、 賑やかに装飾が施されたその上には、 12本のロウソクが立っており、給仕が1本1本、火を点けていく。

やがてすべてのロウソクが赤く灯ると、出席者たちの間から手拍子とともに「ハッピーバースデー・トゥー・ユー」 の歌声が湧き起こり、 それに促されるように身を乗り出したユカリが、 12本の火に向かって息を吹きかけた。

ふーっ、ふーっ、ふーっ。ふーっ、ふーっ、ふーっ。ふーっ、ふーっ、ふーっ。

小さな口から出る息は、なかなかロウソクの火を消すことができず、何度も繰り返して彼女が吹きかけるうちに、ようやく作業は完了した。

パチパチパチパチと高鳴る拍手の中、招待客たちが祝福の声を上げていく。

「おめでとうございます、お嬢様!」

「おめでとうございます、お嬢様!」

「おめでとうございます、お嬢様!」

「おめでとうございます、お嬢様!」

「おめでとうございます、お嬢様!」

「おめでとうございます、お嬢様!」

「おめでとう、のう、ユカリ!」

 7番目の声が上がった直後だった。突然みんなの拍手が鳴り止み、しいんとした静寂にテーブルが支配されたのは。

 そして、 本日の輝かしい主役である我らがお嬢様のことを、 名前で呼び捨てにしたのが彼女の父親ではなく、 母親でもなく、 お誕生日会の新参者であるこの私であることをゲストたちが知ったとき、強烈な敵視の光線がいっせいに彼らの両目から放たれ、私の顔や体に突き刺さった。

 憎々しげな表情をむき出しにした彼らの無言の攻撃に、私は一瞬ひるんだ。

けれども、自分は彼女への祝福の気持ちを素直に言葉にしただけなのだと、やがて思い直し、いつも学校生活をともにしているクラスメートの名前を、親しみをこめて呼んだのがなぜ悪い。ふん、この、使用人根性丸出しの、情けないやつらめと、心の中で反発した。

 しかし、敵意いっぱいの6人の招待客たちは、非難の視線を私に浴びせるだけでは満足できず、ついに言葉を武器にした攻勢に転じた。

「なんじゃあ、こりゃ、おまえ。お嬢様のことを呼び捨てにして」

 6年生の染谷正則が、口火を切った。

「矢倉セメント工場長のお嬢様に対して、失礼なこととは思わんのか」

 同じく6年生の山崎友春が、後に続いた。

「初めてお嬢様のお誕生日会に来たくせに、偉そうな態度を取って」

 5年生の大沢修一もまた、攻撃に参加した。

「こいつはバカモンじゃあ。大バカモンじゃあ」

 4年生の野中竜介までもが、侮言を声にした。

 そのとき、せっかくの祝宴のステージが、あわや抗争の場になりそうなことを懸念したユカリの父親が、

「まあまあ、みんな。喧嘩はやめよう、仲よくやろう。石村君の言ったことは、別に失礼なことでも、偉そうなことでも、なんでもないんだから」

 両手を広げて、ゲストたちを制しようとしたが、

「いいえ、工場長様。津久見市のこちら側で暮らしているこの人には、矢倉セメントという存在の偉大さが、分かっていないみたいです。津久見市の全体に大きな貢献をしている、矢倉セメントのありがたさが、分かっていないみたいです。私たち青江小学校の生徒は、セメント町の代表として、こちら側のこの人に教えてあげなくてはなりません。矢倉セメントの工場長様が、どれだけご立派な方かということを。矢倉セメントの工場長様のお嬢様が、どれだけご立派な方かということを」

 戦火は女子の間にも燃え広がり、 私の真向かいに座った6年生の麻生信子が、 優等生の発言をした。

 そして、

「ほんとうじゃあ。あん人、なーんも分かっちょらんのじゃあ。頭が悪いけん、なーんも分かっちょらんのじゃあ。頭が悪い証拠に、あげな派手なネクタイをしちょるんじゃあ」

 一番遠くの席から、5年生の菊池博子が最後の雑言を吐いたとき、私の忍耐はとうとう限界を超えた。 根拠のまったくない悪口が、私ばかりでなく、父の作ってくれたオレンジネクタイにまで及んだ今となっては。

 

(※注)この頃、「加山雄三」は、カッコイイ男の代名詞だった。 1961年に「夜の太陽」で歌手デビュー。1965年12月に映画「エレキの若大将」の主題歌として発売された「君といつまでも」は、350万枚の大ヒットになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第2部  「連戦の秋」  その6

 

  私は、椅子を引き、立ち上がり、靴を履いたまま、椅子の上に跳び乗った。

 そしてネクタイをブレザーから引き出すと、みんなに見せながら大声で言った。

「おまえどー、 このネクタイの色が、 何の色なんかを知っちょるか! このネクタイの色はのう、津久見の名産の、 みかんの色じゃあ! おまえどーの側の畑にも、 俺どーの側の畑にも、いっぱい実が成る、名産みかんの、オレンジ色じゃあ!」 

 靴を履いたままの両足で椅子の上に立ち、 興奮で顔を真っ赤にし、 店じゅうに響き渡る大音声を張り上げる私を、 みんなは黙って見つめている。  敵対する6人の招待客たちも、 ユカリの父親も、母親も、ユカリ本人も。また、店に勤める従業員たちも。

 私は、 ダブルに仕上げたズボンの裾を、 両膝の上までたくし上げ、2本の足にフィットしたオレンジソックスをみんなに見せながら、さらに続けた。

「おまえどー、この靴下の色が、何の色なんかを知っちょるか! この靴下の色はのう、4万の市民たちが誇りに思うちょる、津久見高校野球部のユニフォームの、ストッキングの色じゃあ! おまえどーの側の人たちも、俺どーの側の人たちも、みんなでいっしょに応援しよる、津高野球部のストッキングの色じゃあ! おまえどーの側の畑にも、俺どーの側の畑にも、同じように実をつける、津久見の名産みかんの色から採った、津高野球部のオレンジソックスがこれじゃあ!」

 自分の発する大声の話の内容が、ちゃんとした論理の筋道に沿ったものであるのかどうか、そんなことは私には分からなかった。ただただ、自分の気持ちを伝えたい。自分の心の中にあるものを、思いっきり吐き出したい。その衝動が続く限り、私はしゃべりまくるつもりだった。

「おまえどーの側にある津久見二中からも、俺どーの側にある津久見一中からも、大勢の卒業生たちが津高に入って、 野球部に入って、 猛練習を積んで、 上手うなって、 試合に出て、活躍しよる! みんなで力を合わせて、いっしょうけんめいプレーをして、県南リーグで優勝して、中央大会でも準優勝して、こないだの九州大会の県予選では大分商に完封勝ちして、優勝じゃあ! もうすぐ国体もあるし、来月の九州大会でベスト4以上に勝ち上がったら、センバツ大会に出場じゃあ! 夏の甲子園にはこれまで5回行っちょるけど、 春の甲子園は初めてじゃあ! みんなで力を合わせて、センバツ初出場に向こうて行くんじゃあ!  おまえどーの側とか、 俺どーの側とか、 そげなことは全然、関係無えんじゃあ! みんなで、いっしょになって、センバツ甲子園に行くんじゃあ! 津久見じゅうが一つになって、みんなでいっしょに、甲子園に行くんじゃあ!」

 夢中で演説を続ける私は、思わず右手の握りこぶしを振り上げ、その弾みでバランスを崩して、椅子から転げ落ちてしまった。

 いててててててっ。石張りの床に、背中をしたたかに打ちつけた私は、しばらくの間、身動きができなかった。

 それから、 ようやくして上半身を起こし、テーブルの縁に両手をかけて立ち上がろうとした、そのとき。

 聞こえてきたのだ、拍手の音が。

 それまで黙って私の大声を聞いていた、聴衆たちから。

 ユカリから。

父親から。

母親から。

店の従業員たちから。

 そして、ひときわ高い拍手の音が、6人のゲストたちの間から。

 みんなで両手を叩き合わせる嵐のような音響は、いっこうに鳴り止む気配がなく、思いも寄らなかったこの出来事は、床から立ち上がったばかりの私に、背中の痛みをすっかり忘れさせてくれた。

 

 それから先は、楽しいパーティーの真っ盛り。

 ケーキを切り分けてみんなで食べ、ジュウジュウと焼きたての音を立てる柔らかいビーフステーキを堪能し、揚げたてアツアツのチキンも、パリパリと香ばしいコッペパンも、ポテトがたっぷり入ったサラダも、とろけるような舌触りのアイスクリームも、残すことなくきれいに平らげた。自分の胃袋にこんなにたくさんの食べ物が収まるのかと心配する暇もないほど、次から次へと出てくる料理のすべてが抜群に美味しかった。

 食欲に負けないくらい、会話も弾んだ。

 津久見小学校と、青江小学校。お互いの学校に、どんな先生がいて、どんな授業をしているのか。お昼休みや放課後には、何をして遊んでいるのか。そっくりなところもあり、 まったく異なることも多くて、興味は尽きず、話は止まらなかった。

 とりわけ私が強く惹かれたのは、生まれてから11年間を過ごした、東京でのユカリの思い出話だ。

 たくさんの買い物客で賑わう、  大きなデパート。  いつも動いている、 エスカレーターや、 エレベーター。 空高く上げられた、アドバルーン。 1日じゅういても飽きない、オモチャ売場。レストランでの好物だった、カレーライス、ハヤシライス、お子様ランチ。

 たくさんの家族連れが集まる、遊園地。父親といっしょに乗った、ゴーカート。母親といっしょに回った、 メリーゴーランド。 家族みんなでスリルを味わった、 ジェットコースターや、観覧車や、お化け屋敷。いろんな形のプールは、夏の楽しみ。(※注)

 たくさんの建物が小さく見える、東京タワーの展望台。道路を走る自動車は、ほとんど豆粒のよう。すぐ近くには海が広がり、 その向こうには長い山影が連なっている。 望遠鏡を覗くと、遠くのものが目の前に飛びこんできた。

 たくさんの乗り物が走る、 東京の街。 地面の上や下を、 色とりどりの電車が行き来する。 バスや自動車と並んで進む、路面電車。モノレールに乗ると、でっかい空港に着き、そこから飛行機に乗り換えて、ユカリは津久見にやって来た。

 

 楽しかったパーティーも、そろそろお開き。

 お誕生日おめでとうの気持ちを、もう一度こめて、7人のゲストたちからプレゼントの贈呈が始まった。

 まず最初に、 2人の女子から。 これから寒くなるので風邪を引かないようにと、 手分けをして編んだ、毛糸のマフラーと手袋。

「あーっ! どうもありがとう!」

 冬が来るのが楽しみとばかり、ユカリの顔はニコニコしている。

 続いて、 4人の男子から。  それぞれが貯金箱の中からお金を出し合って買った、 24色の色鉛筆セット。

「うわーっ! どうもありがとう!」

 さっそくスケッチブックに何か描こうと、ユカリの胸はワクワクだろう。

 そして最後に、私から。オレンジ色のリボンが掛かった小箱。

「へぇー、このリボン、石村君のネクタイやソックスと同じ色なのね。何が入っているのかな? 開けてみようっと」

 私がうつむいていると、

「ひゃーっ! 何、これーっ? みかんの、ダルマさーん?」

 びっくり顔のユカリの問いかけに、うつむいたまま、私は答えた。

「俺のとうちゃんが考案して形にした、津久見のマスコットキャラクターじゃあ……」 

「ひゃーっ。そうなんだー。いちおう、女の子よねー、これ。スカート付いてるしー」

「そ、そうみたいじゃのう……」

「名前は、あるの?」 

「つ、つ……」

「えっ?」

「つく、つく……」

「ええっ?」

「つく、つく、つく美ちゃん……。つく美ちゃん、じゃあ……」

「つくみ、ちゃん?」

「お、俺じゃあ無えぞ。と、とうちゃんじゃあ、名前を考えたのも。津久見のマスコットじゃあけん、つく美ちゃん。そういうことらしいんじゃあけどの……」  

 消え入りそうな私の返答に、ユカリは、しばし沈黙し、それから顔を崩して大笑いしながら言った。

「アハハハハーッ! とうちゃんまで面白いのねー、石村君って!」

 

(※注)津久見の子供だって、大分のデパートへ連れて行ってもらえばレストランで食事ができたし、別府の遊園地へ行けば乗り物で遊べた。だが、その規模やクオリティにおいて、やはり東京には敵わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

第2部  「連戦の秋」  その7

 

  それから1週間後、10月23日の日曜日。

大分国体の秋季大会が、幕を開けた。

県下では初めての国民体育大会の開催に、120万の県民の心は大いに沸き立ったが、もしかするとこの時期、一番ウキウキしていたのは、この私だったのではないだろうか。

憧れのユカリの誕生日会から帰宅した夜も、頭の中では嬉しさと楽しさがごちゃ混ぜになり、首尾よくいったかどうかを訊ねる父や母に対しても、私はただニタニタと笑い顔を返すだけ。パーティーでの体験を何度も何度も反芻し、布団に入ってもなかなか寝つけなかった。

さらに翌朝、学校の教室で、登校してきたユカリのピンクのランドセルの左横に、なんとあの「つく美ちゃん」がぶら下がっているのを発見したとき、前日から続いていた私の喜びは最高潮に達した。

東京の最先端の文化を身につけたお嬢さんが、田舎町の農産物をモチーフにしたミョウチキリンな縫いぐるみを、 気に入ってくれたのだ! でも、どうして?  少なくとも私の目には、できそこないとしか映らない人形を? いったいこれは、現実か?

だが、ユカリの隣の席の女子が

「それ、みかんのダルマさんみたいじゃあね」

 と、彼女に話しかけたとき、

「うん、そうなの。可愛いでしょ」

 そう答えるユカリの笑顔を見て、 まさしくこれが現実であることを私は確認し、ああ、やはり東京仕込みの腕前とセンスは大したものなのだなあと、父への評価を一段と高めたのだ。

 誕生日会の件は、その後も私たち2人だけの秘密にされていたが、ときどき廊下ですれ違うユカリから微笑みを投げかけられると、私の胸はこれまで以上に高鳴るのだった。

 

 良く晴れた火曜日の午後、私たち津久見小学校の全校生徒1000人は、それぞれの片手に国体のシンボルマークが入った青い小旗を持ち、学校の正門から長い列を作って行進した。

歩くこと、30分。 河口に架けられた鉄橋の見える路上で、行列は停止した。先生たちの指示を受け、行列が3分の1の長さに短縮整理されていく。最前列に、1年生と2年生。真ん中の列に、3年生と4年生。最終列に、5年生と6年生。

道路いっぱいに並んだ生徒たちの背後には、先生たちが立ち、近くの住民たちも集まり寄って、そこに加わった。余った小旗が、彼らの手にも渡された。

道路の後方の高台の上には、3日前の日曜日に私が訪れた、深大寺家の邸宅が見える。クリーム色のその洋館の2階のベランダには、私たちの小旗と同じ、明るいブルーの服を着た人影があった。あれは、ユカリの母親だろうか。

そのとき、川の向こうから、列車の姿が見え始めた。

 先頭は、煙を上げるいつもの蒸気機関車ではなく、紅色が鮮やかな新型のディーゼル車。それに牽引されてくるのは、 車体に白い横ラインが際立つ、 ブルートレイン。 大分国体の開催されるこの期間だけ、県内の線路を走る、特別列車だ。

 紅い機関車と青い客車の数列は、 ゴトンゴトンと大きな音を立てて鉄橋に近づいてくる。 そして間もなく、先頭の機関車がピーッという甲高い汽笛を鳴らし、 それを合図に沿道の私たちは、手にした小旗をいっせいに振り始めた。

 機関車が鉄橋を渡り終えると、それに続くブルーの客車の3両目が橋の中央まで至り、大きく長い窓の向こうから、2人の人影がこちらへ手を振っている。

 それに応じて、私たちの間から大きな歓声が巻き起こり、旗を振る勢いは最高潮に達し、列車の最後の1両が鉄橋を通過して、やがて視界から消えていった後も、私たちは懸命に手を動かし続けた。ふと後方の高台を見上げると、クリーム色のベランダに立った青い服の人物もまた、手を振り続けていた。

 テレビの画面や新聞を通してではなく、 自分の目でじかに見た、 皇太子殿下と妃殿下。(※注)  国体という非日常的な出来事が、 この1週間足らずの間だけ、 大分県を日本の中心にしてしまったのだろうかと、私は思った。

 

 第21回国民体育大会秋季大会では、大分県下の16市町で28種目の競技が行われたが、私たちの注目の的は、何といっても硬式高校野球だった。

 この競技種目において、開催県である地元大分の代表、我らが津久見高校は、120万の県民たちが目をみはるような大活躍を見せたのだ。

 8月の甲子園で優勝した愛知代表の中京商、準優勝した愛媛代表の松山商を始め、全国各地から名乗りを上げた12校は、この夏の大会で上位を占めた強豪チーム揃い。

 津高もまた、いま躍進中の新オレンジソックスではなく、夏の甲子園に出場した3年生たちのチームだったが、エースの三浦保雄投手が後輩たちの今後を思いやり、自らマウンドを2年生の投手たちに譲ったので、 この国体での試合は、 来月の九州大会に臨む新チームの投手力がどれだけのものであるかを見定める試金石となった。

 まず1回戦は、クジ運よく不戦勝。

2回戦では、 秋田代表の秋田高を相手に、 先発の吉良が三塁を踏ませぬ好投で2対0の完封勝ち。

 続く、準決勝戦。群馬代表の桐生高を相手に、今度は浅田が力投し、打線も長短10安打を放って5対2の勝利。

 ついに決勝戦へと進出した津高は、 夏の甲子園準チャンピオンの松山商と対戦。  吉良と浅田のみごとな継投で相手の強力打線を1点に抑えたが、 味方の打線が沈黙。  0対1で惜敗したものの、なんと国体準優勝の座に輝いたのだ。

 日本全国の強豪校の強打者たちを相手に、胸のすくような快投を披露した、新オレンジソックスの投手陣。

 この調子なら、九州大会でもやれる! センバツ甲子園へも行ける!

 私だけでなく、父も正真和尚も、ブッチンもペッタンもカネゴンもヨッちゃんも、そして4万の津久見市民の誰もが、そう確信したに違いない。

 

 校庭のイチョウの木々の葉が、緑から少しずつ黄色に変わり始め、それらの間からたくさんのギンナンが覗いている。やがて木の葉は黄一色に染まり、そして実を伴って地面へ落ちてくるのだろう。

 もう、11月なのだ。

 国体が終わった後も、私たち5人組はウキウキ気分でいた。

 津高が成し遂げた準優勝という快挙は、 私たちの脳裏にいまだ覚めやらぬ興奮を残していたし、まもなく開幕する九州大会への期待は、私たちの胸を膨らませるばかりだった。

 それに加えて、私には、深大寺ユカリという存在があった。

 あの誕生日パーティーから、もう2週間以上が経過しているが、ユカリのランドセルの左側にぶら下がっている「つく美ちゃん」の姿は健在だった。毎日毎日、彼女といっしょに登校し、彼女といっしょに下校していった。

 ダルマのような縫いぐるみ人形は、実は私の分身であり、学校にいるときしか私は彼女に会うことができないけれど、私の分身はいつも彼女といっしょにいる。そう思うことに決めたとたん、私の心はますますバラ色になり、喜びで満開になった。

 そして、それを凌ぐほどの大きな喜びに包まれているのが、現在のユカリ自身だった。

 昨日の日曜日に父親からもたらされた朗報を、 さっそく今日の1時間目の授業の終了後、 彼女は嬉しさいっぱいの大声で、クラスメートたちに報告した。

「冬休みになったら東京に帰るの! こっちに来てから1年半ぶりに東京に帰るの! おじいちゃんやおばあちゃんたちに会えるの! いとこたちにも会えるの! お友だちにもたくさん会えるの! もうすぐもうすぐ会えるの!」

 自分の好きな子が大喜びしている様子は、私にも、とても嬉しいものだった。果たしてユカリは、東京にも連れて行ってくれるだろうか、つく美ちゃんを。

 とにかく、みんながみんな、心の浮き立つ晩秋の初めを過ごしていたのだ。

 

 そしていよいよ、11月19日の土曜日。快晴の熊本市、藤崎台球場および水前寺球場。

第39回九州高校野球大会の、熱戦の火蓋が切って落とされた。

参加11チームは、開催県の熊本から、鎮西高、熊本工、済々高。

福岡から、小倉工、三池工。

佐賀から、唐津商。

長崎から、海星高。

宮崎から、宮崎高。

鹿児島から、玉龍高。

沖縄から、那覇高。

そして大分から、津久見高。

                             

すでに11月7日の組み合わせ抽選の結果、 我らがオレンジソックスの初戦の相手は、鹿児島の玉龍高と決まっていた。

「文武両道の伝統校じゃあけんど、まあ、浅田や吉良の球は打てんじゃろう。ごくごくごく、ぷっはー」

「相手の投手に、矢野、山口、岩崎の中軸打者は抑えられんじゃろうな。ごくごくごく、ぷっはー。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 もう勝ったも同然とばかり、酒を楽しみながらの父と正真和尚の戦前予想に、応援する市民がこんなに弛んだ気分で良いのだろうかと不安に駆られた私だったが、それは杞憂に終わった。

 試合翌日の、朝。玄関ドアの新聞受けから抜き取った大分日日新聞の表面に、ブッチン直筆の赤い「○印」がちゃんと書きこまれているのを確認した父は、

「ほうら見い」

 さも当然そうな顔をして私に言い、

「どうれどれ」

 と、ちゃぶ台に着いて新聞をペラペラとめくり、スポーツ面を開いた。

 私が覗きこむと、そこにあった大見出しは、

「津久見初戦に大勝 九州高校野球大会」

 それに続く中見出しは、

「本塁打を含む猛攻10安打 吉良も13の三振を奪う快投」

 というものだった。

「ほう。6対0とは、こりゃまた豪勢な」

 美味そうに、お茶を啜る父。

「おう。岩崎が大会第1号のホームラン、打っちょる」

 私も、お茶をズズズー。

 次の相手は、熊本工。それに勝てば、ベスト4だ! センバツ出場だ!

 

 だが、大事な一戦を前にしても、大人たちの能天気な態度は変わらなかった。

 連夜のようにウチにやって来る、和尚。

酒と肴の用意を母に言いつける、父。

「明日は熊本工か。あの川上哲治を生んだ名門校じゃあけん、ちったあ骨のあるところを見せてもらいてえもんじゃあのう。ぐびぐびぐび、びゅっはー」

「骨のある相手じゃ無えと、監督も選手もやる気が起きんじゃろうな。 このブリのような硬え骨が無えとのう。むしゃむしゃむしゃ、ぐびぐびぐび、びゅっはー。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 度を越した楽観ぶりに、私は呆れ、今度こそ本気で心配をした。

 そして、心配は、とうとう現実のものとなった。

 11月21日の月曜日。

 試合翌朝の新聞に、ブッチンが初めて付けた「×印」。

 それを目にした父の顔は、すっかり青ざめていた。

 新聞を持つ手を、ぶるぶる震わせる、父。

 お願いだから、ブッチンの冗談であってくれと祈る、私。

 数十秒後、ちゃぶ台の私たちの目に押し入ってきた見出しは、

「津久見ベスト4進出ならず 熊本工に惜しくも敗れる」

 2回表に1点を先取した津高だったが、 その裏に先発の吉良が打たれ、 2点を失った。 代わった浅田がその後よく投げ、相手打線を封じたが、 自軍は拙攻の連続。 8回の表に迎えた無死満塁という絶好機にも、 後続の打者3人が凡退。 相手を上回る10安打を放ちながら、1対2のまま、無念のゲームセット。

 ああ!

 悲しき親子は、天を仰いだ。

 

(※注)現在の天皇陛下と皇后陛下。 客車の窓から、お二人が私たちに大きく手を振ってくださったのを、いまも鮮明に覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

第2部  「連戦の秋」  その8

 

  オレンジソックスの敗戦は、 言うまでもなく、 津久見じゅうの大人と子供を落胆させ、意気消沈させた。

県南リーグ戦での全勝優勝、県中央大会での準優勝、九州大会県予選での優勝、そして新投手陣の活躍による国体での準優勝と、 これまでの津高新チームの快進撃ぶりは、まったく申し分のないものだった。

この勢いに乗って、九州大会を制し、同校としては初めての、大分県勢としては18年ぶりの、選抜高校野球大会への出場権を勝ち取るのはもはや確実だと、4万市民の誰もが思いこんでいた。

それが、よもやの2回戦敗退。

やんぬるかな、 センバツ出場が絶望となってしまったからには、 もはや来夏の甲子園に期待をするしかない。

まあ、このチームなら、夏の県予選が始まる頃までには格段の力強さを身につけ、「夏の津久見」の異名に恥じない6回目の甲子園出場を果たしてくれるに違いない。 多くの市民たちが、そう思い、気を取り直していくのに、さほど時間はかからなかった。

なかには、なあに楽しみを4か月ほど先延ばしにしただけだと、笑い飛ばす人もいた。サバサバとしたところが、津久見人の気質であり、美徳でもあるのだ。(※注)

だが、私たち5人組は、敗退のショックからなかなか立ち直れずにいた。

あの、夏休みの終わり。 前嶋幸夫選手に誘われて津高の練習を初めて見学に行き、小島監督からノックの至芸を披露されて以来、 たびたび津高のグラウンドを訪れるようになった私たちは、選手たちとも顔馴染になり、陰のチームメイトであることを自任するまでになっていた。

オレンジソックスの敗戦は、私たちの敗戦でもあったのだ。

 

そういう訳で、学校の放課後。さあどこかへ遊びに行こうという、いつもの元気を喪失した5人は、校庭の植えこみの辺りに所在なく佇んでいた。

「あれをぜんぶ食うちゃったら、ちったあ腹の虫が治まるじゃろうか」

 もうすっかり黄葉したイチョウの木を見上げ、いまにも落ちてきそうなその実を指差して、ペッタンが言った。

「まるでギンナンのせいで、津高が負けたみたいな言い草じゃあのう」

ヨッちゃんが呆れた。

「やめちょけ、やめちょけ、腹こわすだけじゃあ」

私がたしなめた。

「熊本工に負けて、腹こわしたら、バカみたいじゃあ」

 カネゴンも続けた。

 とりとめもない4人の会話には耳を貸さず、ブッチンだけは後ろを向いて、遠くのクスの木をぼんやりと眺めていたが、やがて、ポツリと言葉を発した。

「基地に行ってみようか」

 

 宮山を登るのは、3か月ぶりだった。

 ブッチンとユカリの口論の件で、私が仲間外れにされそうになり、アベックのいちゃいちゃをぶち壊すテストに合格することでかろうじて難を逃れた、あの日以来。

 夏休みには他にも遊ぶことがたくさんあったし、 それから津高新チームの活躍が始まり快進撃が続いたおかげで、私たちの頭の中から秘密基地のことは、すっぽりと抜け落ちていたのだ。

 だが、傷心で虚脱状態のいま。 狭いながらも楽しい5人だけの空間が、自分たちを癒してくれるかもしれない。憩いのひとときを提供してくれるかもしれない。そう思いながら、宮山の中腹へと歩いていく。

 夏の盛りから秋の終わりへ、鮮やかな緑から枯草色へ、山はすっかり衣替えをしていた。段々畑に群生する葦の茎も、いまや薄茶色に変色し、色あせた葉は、ところどころに小さな穂を抱えている。

 そして、久しぶりの、基地。

 しかし、愕然とした、5人。

 そこにあるものは、ただの草木の残骸だったのだ。

 雑木を紐で結わえた骨組みは、無残に折れ潰れ、枯色の葦の屋根に覆い尽されている。それらを5人で抱えて払いのけると、かつては設備を有していたその空間は、もぬけのからだった。

 ビニールシートが、なかった。

 トランジスタラジオも、懐中電灯も、見当たらなかった。

 少年マガジンやサンデーの山も、消えていた。

 目覚まし時計も、蚊取り線香も、どこかへ行った。

 むき出しの地面だけが、そこにあった。

「誰がやったんじゃろうか」

 ブッチンが呟いた。

「セメント町のやつらじゃろうか」

 ペッタンが応じた。

「中学生かもしれん」

 ヨッちゃんが続けた。

「それとも……もしかしたら……」

「……フォクヤン!」

 カネゴンと私が、声を揃えた。

 私たちの基地を破壊し、物品を略奪していった者。それがフォクヤンである可能性は高いように思えた。

 フォクヤンは、 八幡様の神社の境内にある、 戦時中の防空壕跡に住んでいるし、 この辺一帯は、宮山も含め、彼の活動範囲なのだ。

「フォクヤンか」

 ブッチンが言った。

「俺どーの基地をメチャクチャにして、シートもラジオも懐中電灯も漫画も時計も蚊取り線香も、みんなリヤカーに積んで、あんやつが防空壕に持って帰ったんじゃろうか」

 感情を抑えた声で言葉を続けていた彼は、

「ぶち殺しちゃる!」

 最後に怒りを爆発させた。

 これまで、私たちにとって恐怖の対象でしかなかったフォクヤンが、このとき初めて、憎悪の対象にもなったのである。

 

 その夜、私は母に言った。

「フォクヤンに、俺どーの基地を壊されてしもうた」

 父は町内会の寄り合いに出かけ、妹たちは夕食を済ませた後それぞれの部屋に戻って、いま茶の間には、私と母の2人きりだった。

「夏休みに作った秘密基地に、 今日みんなで3か月ぶりに行ってみたら、 跡形も無う壊されてしもうちょった」

 母には以前にもフォクヤンについて質問をしたことがあったが、そのときは何も返事をしてもらえなかった。テレビを観るのに夢中で、返事をしてくれないのかとも思った。だが、今夜の我が家のテレビはスイッチが入っておらず、彼女は夕食の後片付けが終わってお茶を飲んでいたので、この話を切り出すいいチャンスだと私は考えたのだ。

「壊されただけじゃあ無え。 基地の中に置いちょった、 ビニールシートやらトランジスタラジオやら懐中電灯やら漫画やら目覚まし時計やら蚊取り線香やら、みーんな持って行かれてしもうちょった」

 私の訴えに、母は黙ったまま、お茶を啜っている。

「あんやつは、悪いやつじゃあ。他人の物を盗んでいく、悪いやつじゃあ」

 私がそう言ったとき、ようやく母が口を開いた。

「太次郎。基地を壊して、物を盗っていったんが、フォクヤンじゃあっちいう証拠でも、あるん?」

「え? 証拠?」

「フォクヤンが基地を壊したり物を盗ったりするところを、おまえは見たん? おまえの友だちの誰かが見たん?」

 母の質問に、私は口ごもった。

「証拠も無えのに、人を疑うたら、いけん」

 彼女の言う通り、あれをやったのがフォクヤンだという証拠は、ない。だが、他に誰がやったというのだ、あんな酷いことを。フォクヤン以外には、考えられないではないか。そう思った私は、再び意見を述べた。

「証拠が無えっち言うたって、 フォクヤンしか、 おらんじゃろう。 あげえ真っ黒けに汚れちょって、あげえ臭えニオイをぷんぷんさせちょって、あげえ口が裂けた恐ろしい顔をしちょって、あげえオンボロのリヤカーを引きよって、子供をさろうていく悪い奴じゃあ。他人の物を盗むぐらい、平気でやるに決まっちょるわい」

 すると母は、

「フォクヤンが、子供をさろうていくっちゅう証拠、あるん?」

 またしても「証拠」を盾に、私の申し立てを退けようとした。

 どうして、息子の言い分を受け入れてくれないのだろう。私はついに感情的になり、声を荒らげた。

「フォクヤンが子供をさらうっち、ブッチンもペッタンもカネゴンもヨッちゃんも、みんな言いよる! クラスの男子も女子も、みんな言いよる! 6年生も5年生も、 みんな言いよる! 4年生も3年生も2年生も1年生も、 みーんな言いよる!」

「…………」

「それだけじゃあ無え! ゴマダラカミキリの頭を胴体から引っこ抜いて、ビニール袋の中にいっぱい詰めこんで、そげん袋をリヤカーにいっぱい吊るして、フォクヤンが農協に運んで行くんを、俺、この目で見た! ブッチンもペッタンもカネゴンもヨッちゃんも、みーんな見たけん、確かな証拠がある!」

「それは、生活のためじゃろう?」

 そう言うと、母は残りのお茶を飲み干し、茶碗をちゃぶ台の上に置いた。

 それから、私の顔をじっと見つめ、静かな口調で話を始めた。

「あのな、太次郎。フォクヤンちゅう人は、とても可哀相な人なんで……」

 母の口から語られた、 フォクヤンの身の上話は、 数十分にも及んだ。 それは、 こういう内容の話だった。

 

 フォクヤンの本名は、誰も知らない。

口の奇形のせいで 「フォッフォッ」 という空気音主体の発声しかできないので、昔から市民たちは、彼のことをフォクヤンと呼んでいる。

生誕地は、津久見市、あるいは隣の臼杵市の山奥らしい。

生まれたばかりの我が子を産婆に見せられたとき、母親はショックのあまり気を失ったという。

二重まぶたの可愛い目には、あまりにもそぐわない、酷い兎唇。

割れた歯茎からは、1本の乳歯も生えず、奇妙な声は出ても言葉は出て来ず、とんでもない化け物を生んでしまったと、母親は嘆き続けた。

そして思いつめた彼女は、 息子が12歳か13歳のとき、 包丁を突きつけて 「いっしょに死のう」と迫ったのだ。

驚いた少年は、母親の手から逃れ、家を飛び出し、山の中へ。そのまま、一人暮らしを始めた。

若い頃は炭焼きで生計を立て、歳を取ってからは町へ下りてきて、廃品回収業。おもに鉄屑などを拾い集めてリヤカーで運び、業者に売り渡して日銭を稼いでいる。

いまでも彦岳の山中に自分の炭焼き場を持ち、毎年冬の訪れとともに彼は八幡様境内の防空壕跡から遠くの山小屋へ移り住み、炭を焼きながら冬を越して、春になるとまた町へ。

顔も手足も全身真っ黒なのは、 昔から彼が入浴という習慣を持たず、 加えて炭焼きという生業がそれに輪を掛けたのだ。

「人さらいのフォクヤン」という悪名も、心無い者たちによる風説が広めたものに他ならず、決して温厚とは言えない性格の持ち主だが、彼が自ら進んで人々に危害を加えるようなことは、まず、ない。

 ただし、他者から攻撃を受けない限りにおいては。

 

「じゃあけん、人を見かけや噂だけで判断したら、いけん。証拠も無えのに、フォクヤンを疑うたら、いけん」

 長い話を、母はそう締めくくった。

 だが、熱心に聞き入っていた私は、怪奇の人物が背負っている、恐ろしい出自の秘密を知り、ただただ興奮するばかりだった。

 

(※注)古くから城下町として栄えてきたお隣の臼杵市とは異なり、津久見市は基本的に鉱山の町であった。石灰岩をダイナマイトで吹き飛ばすようなキップの良さが、津久見の人々にはあったような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

第2部  「連戦の秋」  その9

 

  11月、最後の月曜日。

 その朝、大きなブリキのバケツを持って登校してきたのは、ペッタンだった。

「そげなもん、どげえするん?」

 私が訊くと、

「このバケツいっぱいにのう、ギンナンを拾うて、持って帰るんじゃあ。ウチのとうちゃんがのう、酒のツマミに最高じゃあち。かあちゃんがのう、茶碗蒸しに入れてくれるち」

 ペッタンが、張り切り声を出した。

 間もなく、冬だ。 校庭のイチョウの木々の植えこみの中や周辺には、黄色い落葉といっしょに、たくさんのギンナンが転がっている。

 しかし、 まだ木に付いていたときには何ともなかったのに、 地面に落ちたとたん、あの実が発する強烈な腐臭といったら!

 うっかり靴で踏んづけようものなら、1日じゅう悪臭と歩行をともにすることになってしまう。

 昼休み恒例のドッジボールも、 もしもボールが植えこみの方に飛んで行って、 ギンナンの上を転がり、その汁が付着してしまったら、そこでゲームは終了。

そんな臭いボールを服に投げつけられたら、 たまったものではないし、 たとえボールを水で洗っても、臭いは落ちやしない。かと言って、用具室に代わりの球を探しに行っても、残っているのは空気の抜けたへなへなのボールばかりなのだから。

 放課後の、掃除の時間。

植えこみの一帯を掃いてきれいにするのは、4年生の役割だ。気の毒な掃除当番の子たちが、鼻をつまみながらホウキやクマデを動かしていると、そこへ大きなバケツを持って登場したのは、ペッタンだ。

「おまえら、今日はもう帰っていいぞ」

 と、下級生たちを促し、私たちの見ている前で、彼はさっそくギンナン拾いを開始した。

 中腰になったり、座ったり。

素手のままの両手でギンナンの実を掴んでは、ブリキのバケツに投げ入れ、大きな楕円形をした植えこみの周囲を、ジリッ、ジリッと、少しずつ進んでいく。

 やがて30分余りが経過し、ペッタンが楕円の4分の1あたりまで移動したとき、

「いつまで拾い続けるつもりじゃあ?」

 ブッチンが声をかけると、

「バケツが満杯になるまでじゃあ。まだまだ半分にも達しちょらん」

 そう、答が返ってきた。

 やれやれ、ご苦労なことだ。

「そんなら、俺どーは、先に帰るけんのう」

 ブッチンの再度の呼びかけに、

「おう、すまんのう。俺はまだまだ、頑張るけん」

 そう言ってペッタンは立ち上がり、 私たちに向かって手を振った後、 両手でパンパンと頬を叩いて気合を入れるしぐさを見せた。

 私たち4人もまた、彼に手を振ると、くるりと向きを変え、正門の方へ歩いて行った。

 その途上で、私は思い返していた。

 津高が九州大会の2回戦で敗退した翌日、 イチョウの木に成るギンナンを見上げながら、 あれをぜんぶ食べたら少しは腹の虫が治まるだろうかとペッタンが言ったとき、 ほんとうはただ、彼はあの実を味わいたかっただけだったのではないだろうか。

 

 しかし、校庭のギンナンは、禁断の果実だった。

 翌朝。授業開始前の、出席確認の点呼。福山先生に名前を呼ばれても、ペッタンの返事はなかった。

 39人の生徒たちを相手に始めた、1時間目の授業。国語の教科書を1人1人順番に朗読させながら、先生の様子はどこか苛立たしそう。

 怒っているのだ。何か理由があって遅刻するにせよ、欠席するにせよ、連絡をよこさなかったペッタンのことを。

 ああ、ペッタンよ。今日はもう、姿を見せない方が身のためだぞ。もしもこれからやって来たら、間違いなくヒゲタワシ18番の、往復ビンタのエジキだからな。

 私がそう思ったのも束の間、ガラガラッと教室の戸が開いて、40人目の生徒が入室してきた。

 とっさに右手を振り上げ、入り口へ突進するヒゲタワシ。

 だが、無断遅刻をしてきた教え子に、彼が大きな手の平を振り下ろし、両頬を赤く染め上げる必要などなかった。

 なぜならば、ペッタンの顔は、すでに真っ赤。異様なほどの大きさに腫れ上がり、まったく別人の人相になっていたからである。

「な、な、なんだ、おまえ! そ、そ、その顔は!」

 驚いたヒゲタワシの大声に、

「あい。ギンナンの汁に、カブレてひまいまひた」

 どうやら、ものすごい顔の腫れは口の中にも及んでいるらしく、不明瞭で情けない声を発しながら、ペッタンは両の手を差し出して見せた。

 そこには、顔に負けないくらいの激しい症状があり、大きく腫れた彼の両手は、まるで2つの真っ赤なグローブをはめているかのようだった。

 あまりの驚愕に、怒りなど吹っ飛んでしまったらしく、

「ま、まあ、と、とにかく、せ、席に着け」

 ヒゲタワシが、しどろもどろに言うと、

「あい。ヒコクひて、どうもふみまへん」

 ペッタンは、一礼し、自分の席に向かった。

 予期せぬこの事態に、驚き呆れたのは、もちろん先生だけではない。

 クラスの全員が、変わり果てたペッタンの顔や両手に、絶え間なく視線を注いでいる。

 ただでさえ、 ゼッペキ頭で平べったい顔をした彼は (だからこそペッタンというニックネームが付いているのだが)、ギンナンによるカブレのせいで容貌の特徴がいっそう際立ち、駄菓子屋で売っている、大きくて真ん丸い海老せんべいが服を着ているようだった。

 

「素手のまんまでギンナンなんか拾うけん、そげなことになるんじゃあ」

 ブッチンが、たしなめるように言った。

 真っ赤に腫れ上がった顔や両手には激しい痒みが走り、その苦痛と闘いながら、ペッタンが何とか長い1日を終えた帰り道。私たちは、彼に意見をしながら歩いていた。

「その通りじゃあ。ちゃあんとゴムの手袋をして、ギンナンの汁が手に付かんようにしてから拾わんと」

 ヨッちゃんも、遅すぎる忠告をした。

「それに、 汁の付いた手でホッペタをパンパン叩いて、 気合なんか入れるけん、 そげな顔になるんじゃあ」

 カネゴンもまた、愚行について指摘をした。

「じゃあけんど、口の中まで腫れてしもうたんは、どげえして? まさか、おまえ、あの臭え実を、そのまんま……?」

 私が問いただすと、

「あい」

 ペッタンは、そう頷き、

「1個らけ、食べた」

 信じられない返事をしたので、私たち4人は、呆れ果ててしまった。

 ギンナンをバケツに入れたら、水を注ぎ流してよく洗い、果肉を除去して種だけを取り出す。それを何日も天日で干してしっかりと乾燥させ、しかる後にフライパンで炒る。

 それが基本的な調理の方法であることくらい、私の妹の智子でさえ知っているだろう。いったい、彼の母親は何をしていたのだろう。

「おまえのかあちゃんに、バケツごと渡して、ぜーんぶ任せたら良かったんじゃあ」

 私の意見に、

「かあひゃん、パチンコ。家におらんやった」

 ペッタンがそう答えたので、私はもう何も言うことがなくなった。

「まあ、とにかく、早う良うなるといいのう。いつまでも、その顔のまんまじゃったら、フォクヤンの仲間にされてしまうぞ」

 ブッチンが最後に、冗談めかしたせりふを口にしたそのときだった。冗談では済まされない事態が訪れたのは。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 これまで私たちを何度も震え上がらせたあの音が聞こえてきたかと思うと、前方の木陰から突然、恐怖の老人とその道連れが姿を現したのだ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 ぎい、ぎい、ぎいこ。

 闇色の怪人と錆色のリヤカーは、 真っすぐ、 こちらへ向かってくる。 私たちとの距離は、30メートル……20メートル……10メートル……。

 そのとき、列の一番左側にいたブッチンが、サササッと素早い動きで道端を走り進み、フォクヤンの右後方へ回りこんだ。

 それには気づかず、私たちの目の前まで到達したフォクヤンは、そこで立ち止まると、黒く不気味に光る双眸で、4人の顔を見回し始めた。

 ペッタンを見て、ヨッちゃんを見て、カネゴンを見て、私を見る。

 それからまた、逆の順に、カネゴンを見て、ヨッちゃんを見て、ペッタンを見たとき、フォクヤンの両目の動きはそこで停止した。

 大きく腫れ膨らんだペッタンの顔に、じっと注がれる、怪老の視線。

 不気味な沈黙。恐怖に凝固したままの4人。

 やがて、闇色の顔の口が開き、そこから出てきたのは、獣の咆哮にも似た大声だった。

「ふおーふおーふおーっ! ふおーふおーふおーっ! ふおーふおーふおーっ!」

 怪人の咆哮は、鳴り止まない。

「ふおーふおーふおーっ! ふおーふおーふおーっ! ふおーふおーふおーっ!」

 いつしか、私は気づいていた。これは、笑い声なのだ。無様に腫れ上がったペッタンの課を見ながら、この老人は笑っているのだ。

「ふおーふおーふおーっ! ふおーふおーふおーっ! ふおーふおーふおーっ!」

 その最後の哄笑が響き終わらないうちに、フォクヤンの背後でじっと状況を窺っていたブッチンが、いきなり走り出し、跳躍すると

「基地のカタキじゃーっ!」

 鋭い叫び声とともに、老人の背中に飛び蹴りを食らわした。

 突然の衝撃に、つんのめったフォクヤンは、リヤカーの鉄の柄に腹部を折り曲げ、

「えほっ、えほっ、えほっ」

 と、むせ返った。

「今じゃ! 逃ぎーっ!」

 飛び蹴り後の体勢を立て直したブッチンが叫ぶのと同時に、 私たちは駆け出し、 フォクヤンとリヤカーの脇を通り抜けて走った。

 ふと背後を見やると、リヤカーの柄から抜け出したフォクヤンが、私たちの後を追いかけてくる。老人の脚とは思えない猛スピードで。

 逃げる5人、追いすがる怪老。

 少年の頃から山中で暮らし、いまも炭焼きで彦岳を登り下りするフォクヤン。いつも、重いリヤカーを引いて町じゅうを歩きまわっているフォクヤン。だからこそ、これほどまでに健脚なのか。

 他者から攻撃を受けない限り、フォクヤンが人々に危害を加えることはない。だが、すでにブッチンが痛手を与えてしまった。

 母から聞いた話を思い出しながら逃げ走っていたせいか、 突如私の脚はもつれ、 路上に転んでしまったのだ。

「待ってくりーっ!」

 前方を走る4人に向かって思わず叫んたが、もう遅かった。

 仰向けに倒れた私の上に、追っ手の黒い影が覆い被さり、その重みが身動きを封じた。

「ふおおおおおおおおーっ! ふおおおおおおおおーっ! ふおおおおおおおおーっ!」

 地面に私を押さえつけ、顔に顔をくっつけて、怒りの咆哮を放ち続けるフォクヤン。

 鼻がひん曲がりそうな息を吐き出す、その口。

 左右にめくれ上がった、唇。

 大きく分断された、歯茎。

 どこまでも裂け割れた、口蓋。

 そこから延々と赤い、喉。

 その奥でぶるぶると振動する、懸壅垂。(※注)

「ひゃああああああああーっ!」

 最後の叫びを残して、私は失神した。

 

 それから、どれくらいの時間が経ったのだろう。

 気がつくと、私は道の上に仰向けに寝ていた。

 辺りはすでに暗く、風が土ぼこりを舞い上げている。

寒い。

 私の顔を覗きこんでいる、4つの顔。

「大丈夫か? タイ坊」

「ケガは無えか?」

「何もされんじゃったか?」

「フォクヤンはもう行ってしもうたぞ」

 それらの言葉で、いったい何が起こったのかを、私は思い出した。

 5人で歩いていた、帰り道。

 突然現れた、フォクヤン。

 ペッタンの顔を見て笑い声を上げた、怪老。

 彼を蹴飛ばした、ブッチン。

 逃げ出した、5人。

 追いかけた、老人。

 そして転倒し、捕まった、自分。

 私は、のろのろと上半身を起こし、それから立ち上がった。

 どこにも、ケガはないようだった。

フォクヤンは、私に危害を加えず、ただ怖がらせただけだったのだ。

だが、私は、あまりにも怖がり過ぎてしまった。

私の両足は、冷たく濡れていた。

暗がりと、自分が履いている長ズボンのおかげで、ブッチンにもペッタンにもカネゴンにもヨッちゃんにも、それを悟られずに済んだのは、不幸中の幸いだった。

ユカリにも、このことを知られずに済みそうなのは、とてもありがたいことだった。

小学生時代最後の、秋の終わりに、この私は、なんと小便を漏らしてしまったのである。

 

(※注)のどちんこ。

 

 

 

 

 

 

 

第3部  「事件の冬」  その1

 

  冬休みは、珍客を連れてやって来た。

その朝、通学の煩わしさから解放されて惰眠をむさぼっていた私を、温かい布団の中から引っぱり出したのは、いつもの母の叱責ではなく、飼い犬のジョンの吠え声だった。

ウォン、ウォン! ウォン、ウォン! ウォン、ウォウォーン!

いったい何事かと、 まだまだ眠たい目をこすりながら起き出した私は、パジャマの上に丹前をはおり、家の裏口へと向かった。

土間へ下り、サンダルを履き、引き戸を開けた私は、ビックリ。

そこに広がっていたのは、初めてこの目で見る、雪景色だったのだ。

地面はどこまでも真っ白く覆われ、 隣家の瓦屋根も土塀も、 ジョンが寝起きする小屋の三角屋根も、ふわふわの綿帽子を被っている。

空から次々と舞い降りてくる花びらのような雪は、 裸の木々にも降り積もり、その重みに耐えられなくなった枝が積雪を地面に振り落とすドサドサッという音が、 しんしんとした静寂の中に時おり聞こえてくる。

「おう、雪か……

 いつの間にか私の背後に立っていた父が、感慨深げに言った。

「津久見に雪とは、珍しいのう。たしか、5年くらい前にも、降ったような覚えがあるけんど、ちょこっとした粉雪で、積もったりはせんじゃった」

 そんなに前の、わずかな雪だったのなら、私が記憶しているはずもない。ましてや生後3年に満たないジョンにとっては、正真正銘、初めての雪なのだ。

 ウォン、ウォン! ウォン、ウォン! ウォン、ウォン!

 飼い犬の鳴き声に、

「おう、ジョンよ。この雪じゃあ、今朝の散歩は中止じゃのう。おまえの足が凍えてしまうけんのう」

 父が、宥めるように言った。

 まだ子犬の頃は、ジョンの散歩相手は私だった。 だが、見る見るうちに体がでっかくなり、私が引き綱を自由に操れなくなってからは、 父にその役目を譲った。 1日じゅう仕事部屋にこもりっきりの父にとって、ジョンとの朝の散歩は、運動不足解消のための良い習慣になっていた。

 サンダル履きのまま、私は真っ白い戸外へ出ていき、両手いっぱいに雪を掬ってみた。初めて手にした雪は、ふんわりと柔らかく、やがてじわじわと冷たさを沁みこませてきた。

 

 ジョンの散歩は中止になっても、私たちの遊びに休みはない。

 朝食を済ませると、いつもの仲間と電話で連絡を取り合い、私たちはさっそく市民グラウンドに集合した。

 市役所の前に位置するグラウンドは、津高のそれに負けないくらい広々として、スポーツ好きの市民たちでいつも賑わっている。

 だが、今日の一番乗りは、私たち。さすがに、このグラウンドコンディションの中で野球やサッカーに興じようという物好きな人たちはおらず、だだっ広い雪原のど真ん中に私たちは陣取っていた。

「さーて。まず、何から始めようかのう」

 5人分の足跡の他は、 何ひとつ汚されていない純白のグラウンドを見渡しながら、 ブッチンが言った。

「雪の中で遊ぶちいうたら、やっぱあ雪合戦かのう」

 あのギンナンかぶれの腫れがすっかり消えた、元通りの顔をほころばせて、ペッタンが応じた。

「雪ダルマっちゅうやつも、いっぺん作ってみてえのう」

 毛糸の手袋をした両手をパンパン叩き合わせ、期待にワクワクした表情で、カネゴンが続けた。

「北海道やら東北やら北国の子供たちじゃったら、スキーとかで遊ぶんじゃろうのう」

 市内のスポーツ用品店のどこにも置いていない遊具の名前を出したのは、さすがは運動能力抜群のヨッちゃんの発言だった。

「まあ、俺どーは、ふだんから雪に馴染の無え南国の子供じゃあし……」

 そう言いながら私は腰をかがめ、手袋で雪を掬い取って、それを球状に固めながら、

「……映画やら漫画やらで見たんを真似してみるしか無かろうのう。えいっ!」

 その言葉と同時に、右手に持った雪の球をブッチン目がけて投げつけた。

 私の奇襲は成功し、雪球は彼の茶色いジャンバーの胸に命中して砕け散った。

「やったのーっ! こんやつめーっ!」

 ブッチンは大仰に怒りの声を発し、すぐさま自分も雪を掬って丸く固めると、

「ほーらっ! お返しじゃーっ!」

 そう叫びながら私に狙いを定めて右手を振り上げ、  その直後、 左側に立っているペッタンに向き直って雪球を投げつけた。 ペッタンの青いジャンバーの肩で雪が弾けた。

「ちーくしょーっ! ひきょーものーっ!」

 今度はペッタンが叫び声を上げ、同じように雪の塊を手にしてブッチンに投げつけるふりをした後、正面のカネゴンに向かって球を放った。ベチャッと大きな音を立てて雪塊はカネゴンの左の頬を直撃し、

「あいたたたーっ!」

 悲鳴を上げて、犠牲者はその場にくずおれた。

「だ、大丈夫か……?」

 ちょいと、やりすぎたかな。そんな顔をして、左手で頬を押さえたまま前のめりに倒れているカネゴンに歩み寄ったペッタンだが、  このときすでにカネゴンは空いた右手で雪球を作り、 反撃の機会を窺っていた。そしていきなり立ち上がると、

「大丈夫か、じゃ、無えじゃろーっ!」

 怒号とともに目の前のペッタンに復讐するかと思いきや、くるりと身をひるがえして、後ろにいたヨッちゃんに向かい雪の塊を投げ放った。

 それを予期していたかのごとく、素早く左へ飛びすさって雪球をかわしたヨッちゃんは、そのまま雪のグラウンドをくるくると回転しながら、いつの間にか左手に弾丸を用意し、次の瞬間、雪上に起き上がったサウスポーの投じた鋭い雪球は、見事に私の急所を捉えた。

「いててててーっ!」

 ズボンの股間を両手で私が押さえると、みんなはゲラゲラ大笑いし、雪遊びの第1ラウンドは終了した。

 気がつくと、すでに雪は止んでおり、朝の太陽の光が白いグラウンドに降り注いでいる。

 私たちがひとしきり遊んだ跡は、ところどころ雪のカーペットがめくれ、湿った黒い土が覗いている。やはり津久見に降り積もる雪など、この程度の厚さなのか。

 広いグラウンドのあちこちには、私たちと同じように、雪合戦をしたり雪ダルマを作ったりして遊んでいる子供たちの姿が散見され、歓声も聞こえてくる。

 それらの様子を私が眺めていると、後ろからペッタンの声がした。

「不意討ち雪合戦の次は、雪球の宝探し、どうじゃあ?」

 

 自分が発案した新しいゲーム「雪球の宝探し」についてのペッタンの説明は、こういうものだった。

 まず、5名のそれぞれが、ズボンの中から10円玉を取り出し、ジャンケンをする。

 次に、 ジャンケンに勝ち残った1名が、 各人から10円玉を受け取り、 自分のお金と合わせて合計50円を預かる管理者となる。

 管理者は、 自ら5つの雪球を作り、その中のどれか1つに、 みんなから預かった10円玉5枚を埋めこむ。 その間、管理者以外の4名は、後ろを向いてじっと目をつぶっていなければならない。

 それが完了すると、いよいよゲームのスタート。管理者を除く4名が再びジャンケンをし、勝った者から順番に、好きな雪球を選び取っていく。残った1つが、管理者の雪球だ。

 さあて、 見事、 50円の大金を手にするのはいったい誰でしょう、という、実に単純な遊びで、いかにもペッタンらしい思いつきではあるのだが、彼の説明を聞き終えたみんなは、俄然やる気になっていた。

 何といっても50円というお金は子供たちにとって大金だったし、「宝探し」という呼び名には、私たちの射幸心を煽るワクワクした響きがあった。(※注)

 ということで、管理者を決める最初のジャン、ケン、ポン。

 4人がグーで、1人だけパー。一発で管理者の資格を得たのは、カネゴンだった。やはり、おカネのことならカネゴンか。

 ルールの通り、 4人揃って反対側を向き、 目を閉じた、 ブッチンとペッタンとヨッちゃんと、私。 その背後ではカネゴンが、せっせと5つの雪球を作っている。

 やがて、 「できたぞー」の声に目を開け、 私たちが振り返ると、 大きさも形もまちまちだが、雪球が5個、そこには並んでいた。

 この中のどれかに、50円のお宝が! 期待に胸を膨らませて、私たち4人が順番決めのジャンケンをしようとした、そのとき。

 ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュッ。ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュッ。

 雪を踏みしめながら、こちらへ走ってくる足音が聞こえてきたのだ。

 その音の方を私たちが見やると、近づいてきたのは1人の男性。

 紺色のウインドブレーカーに、 青いトレパン、 黒いシューズ。 茶色い毛糸の帽子を頭に被り、白い軍手を両手に着けて、口から湯気のような息を吐いている。

「あっ、ユキにいちゃん!」

 ヨッちゃんが大きな声を上げたのと同時に、私たちは、この人物が津久見高校野球部の前嶋幸夫選手であることに気づいた。あの夏の終わりの日、私たちを津高グラウンドでの練習見学に連れていってくれた人。 ヨッちゃんの従兄弟。 蛍光塗料の戦車のクジを引き当てた、強運の持ち主。

 私たちのすぐそばで立ち止まり、ランニングを終えた前嶋選手は、両手を両膝に置いた前傾姿勢のまま、しばらくハアハアと荒い息をついていたが、やがて呼吸が治まると体を立て直し、私たちの方を向いて、

「よう、何しよるんか?」

 メガネの奥の目をにこやかに笑わせながら訊いた。

「雪球の宝探し、しよったんじゃあ」

 ヨッちゃんが答えると、

「雪球の宝探し? 何じゃあそりゃ?」

 と、前嶋選手。

「あそこに雪の球が5つ並んじょるじゃろう。あの中のどれか1つに、50円が入っちょるんじゃあ。ユキにいちゃん、どの球じゃか分かる?」

 ヨッちゃんの説明に、前嶋選手は、

「そりゃあ、おまえ……」

 と呟きながら、並んだ雪球を眺めていたが、やがて

「右から2番目のやつじゃろう」

 何気ない顔をして、そう言った。

 その言葉に、ビックリした表情を見せたのは、管理者役のカネゴン。

「中を開けてみい」

 ブッチンの声に促されて、カネゴンが右から2番目の雪球を手に取り、高く掲げ、両手で握り潰したとたん、ポロポロポロポロポロと、10円玉が続けざまに5枚、雪の上に落ちていった。

 私たちは、言葉を失った。駄菓子屋でのクジに続いて、二度までも……。

「あっはっはーっ、驚いたかー。 じゃあけんど、お金をオモチャにして遊んじゃあいけんのう」

 さすがは高校生。前嶋選手は、小学生の悪ガキどもを、たしなめることも忘れなかった。

「ユキにいちゃん、今日はトレーニングしてきたん?」

 ヨッちゃんが話題を変えると、

「おう。 西ノ内の万年橋まで、2往復してきた。 10キロくらい走ったかのう。 今日だけじゃあ無えぞ。明日も、明後日も、その次の日も。冬の間は毎日、ずーっと走りこみじゃあ」

 前嶋選手は、力強い口調で答えた。

「万年橋まで2往復も! この雪の中を!」

 ブッチンが驚きの声を上げると、

「ユキの中の、ユキにいちゃんじゃあ!」

 お調子者のペッタンが、くだらないシャレを飛ばした。

「あっはっはーっ。 雪が降ろうがユキにいちゃん、 雨が降ろうがユキにいちゃんじゃあ。走りこみだけじゃあ無えぞ。冬休みの間も、毎日グラウンドに行って猛練習じゃあ。早う、レギュラーの座を掴まんとのう」

 笑いながら話す前嶋選手だが、正二塁手のポジション獲得への思いには必死なものがあるのだろうなと、私は思った。現在の彼の役割が、試合の終盤での代打要員であり、守備固めの要員であることを、大分日日新聞の記事で知っていたからだ。

「ユキにいちゃんは、すげえ強運を持っちょるけん、絶対にレギュラーになれるわい」

 ヨッちゃんの言葉に、

「運だけじゃあ、ダメ。一に努力、二に努力、三四も努力、五も努力じゃあ」

 前嶋選手は返事をすると、

「見てみい、あれを」

 そう言って、市民グラウンドの向こう側、線路沿いの道を、宮山の方へ向かって走っていく人影を指差した。

「あの人は?」

 私が訊くと、

「おまえどーも良う知っちょる、 吉良修一投手じゃあ。 あいつが大野郡の大恩寺中学から入部してきたばかりの1年生の頃は、 ブルペンで投げよっても、 キャッチャーミットまでやっと届くくらいのヘナヘナボールじゃった。 そこで、 あいつは努力を始めたんじゃあ。  学校での練習が終わってから、 毎日10キロのランニング。 雨が降ろうが、 嵐が来ようが、 1日たりとも休むことなく走り続けて、今もああやって走り続けよる。 しかものう、 普通のシューズじゃあ無え。 重てえ鉄板の入っちょる、 工事現場用の安全靴をどっかから探してきて、 それを履いて走り続けよるんじゃあ。 その努力が実って、あいつの足腰はものすごう鍛えられて、直球の威力が以前とは比べもんにならんくらい増した。コントロールも抜群に良うなった。 ウイニングショットのドロップも、秋の初めの頃はまだまだじゃったけど、国体の試合からは格段にキレが鋭う落ちるようになった。 エースの浅田に追いつけ追いこせっちゅう必死の思いで努力に努力を重ねて、 今じゃあ肩を並べるまでになった。 九州大会までは背番号 『10』 を付けちょったけど、 次の大会では、ひょっとして 『1』 を付けるようになるかもしれん。 あいつを見習うて、 この俺も、 努力、 努力、 努力じゃあ!」 

 前嶋選手は、ひとしきり熱弁を振るった。

「次の大会って、来年の夏の甲子園の県予選のことですよね? センバツには、もう出られんし……」

 さらに私が訊くと、

「まあ、 九州大会の成績の上ではのう。 じゃあけんど、 監督は、俺どー選手たちにいつも言いよる。いつ試合が始まってもいいように準備だけは怠るな、っちのう。 おっと、ちょいと長話をし過ぎたのう。ほんなあ、 俺、 これから学校の練習に行くけん。 またなあ」

 そう言い残すと、前嶋選手は私たち5人に手を振り、その場から走り去っていった。

 ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュッ。ザシュ、ザシュ、ザシュ、ザシュッ。

 その後ろ姿を眺めながら、私は頭の中で繰り返していた。

 あの小嶋監督が、選手たちに言い聞かせているという言葉を。

 いつ試合が始まってもいいように、という、その言葉を。

 

(※注)この頃のサラリーマンの初任給がだいたい2万円だから、当時の50円は現在の500円くらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第3部  「事件の冬」  その2

 

  明けましておめでとうの、昭和42年。

 生まれて13回目のお正月の朝は、嬉しいことが1つと、嬉しくないことが1つ、私の身に起こった。

 まず、嬉しかったこと。

 それは、両親から渡されたお年玉袋の中から、千円冊が1枚、出てきたことだ。

 まだ3歳のときの元日に、初めて父と母がくれたお年玉は、100円。それが翌年の4歳の元日には200円、5歳の元日には300円と、毎年100円ずつ増額されていったのだが、前年の900円に続いて、12歳のこの新年は、とうとう1000円の大台に乗ったのである。

 伊藤博文の肖像の入った真新しいお札を手にした私は、なんだか自分が一人前の人間になったみたいな気がしてウキウキし、

「ありがとーなっ! とうちゃん! かあちゃん!」

 と、大声で感謝の意を表した。

「おう。おまえも4月から中学生じゃあ。野球部に入って、しっかり練習せえや」

 お屠蘇でほろ酔い加減の父が応じると、

「中学生になったら、勉強も、ちったあ頑張らんとなあ」

 数の子をポリポリ齧りながら、母がそう付け加えた。

 4年生の智子がもらったお年玉は、 800円。 さっそく何か買いたいものでもあるのか、 ニタニタと笑い顔をしている。

 1年生の郁子には、500円。 お札に描かれた岩倉具視の肖像を見つめて、

「このおじちゃん、誰? 怖い顔をしちょるなあ……」

 と呟いた。去年までは、百円札の板垣退助の顔しか知らなかったのだ。(※注)

 次に、嬉しくなかったこと。

 それは、深大寺ユカリからの年賀状が来なかったことだ。

 去年の暮れに、たくさん出した年賀状。私が真っ先に書いたのは、もちろんユカリへの葉書だった。けれども今朝、クラスメートたちから届いた年賀状の中に、彼女からの1枚はなかった。

 冬休みになったら東京に帰るの、と大喜びをしていたユカリの笑顔が、ふと私の脳裏に浮かんだ。その準備で忙しくて、年賀状を書く暇などなかったのだろうか。

それとも、1年半ぶりの東京で、いろんな人たちと会ったり、いろんなところで遊んだりして、年賀状を書いて投函するのが年末ぎりぎりになってしまったのだろうか。 もしもそうだったら、東京から津久見までの遠距離を、葉書が運ばれて私のもとに届くのは、あさっての1月3日になるだろう。

お節料理やお雑煮で満腹になり、  コタツの中にごろりと寝転びながら、  私はそんなことを考えていた。

 

結局、ユカリからの年賀状は届かなかった。

お正月の3日目の、夜。そういう訳で、1日じゅう気落ちしたままの私は、家族といっしょにテレビのバラエティ番組をぼんやりと眺めていた。

白黒テレビの画面の中を、走り回りながらギャグを飛ばす、ザ ・ ドリフターズの熱演に、

「あっはは、あっはは、あっはははー」

 母は、笑いっぱなし。

 そして、 いかりや長介が、巨大な豆腐の中に頭を突っこむシーンが到来すると、 その笑いのボルテージは最高潮に達した。

 そのときだった、父が口を開いたのは。

「豆腐が食いてえ」

 だがその言葉は、大笑いを続ける母の耳には届かず、父はもういちど大声で繰り返した。

「豆腐が食いてえ!」

 こんどは母も気づいたらしく、

「えっ?」

 顔をテレビから父の方へ向けて反応を示すと、

「豆腐が食いてえち、言いよるんじゃあ! さっきのドリフの豆腐の場面を見よったら、豆腐が食いとうなったんじゃあ! お節料理はもう飽いた! 今夜は湯豆腐にせえ!」

 父は大声を出し続けた。

「とうふ? とうふ、とうふ、とうふ……」

 そう呟きながら立ち上がった母は、台所へ歩いていき、冷蔵庫のドアを開けると、中を覗きこみ、それから父に向かって言った。

「残念じゃあけど、豆腐は品切れ」

 すると父は、私の方を向き、

「太次郎、豆腐を買うて来い」

 と、命令した。

 突然の仰せに驚き、

「こげな時間に、豆腐屋、開いちょるん? しかも正月じゃあに?」

 私が訊くと、

「おう。 線路の向こうの錦屋豆腐店じゃったら、 夜遅うまで開いちょるはずじゃあ。 あそこの爺さん、働き者じゃあけん、 盆も正月も関係無え。 早う行って、 買うて来い」

 と、父。

 仕方なく立ち上がった私は、豆腐3丁ぶんの60円と大きなボウルを母から受け取り、ジャンバーを着てマフラーを首に巻きつけ、玄関へ向かっていった。

 

 豆腐屋の爺ちゃんに10円玉を6枚渡して、豆腐を3丁ボウルの中に入れてもらい、私は帰途に着いた。

 田舎の街外れ、しかも正月三が日の夜とあって、暗い夜道はすっかり静まり返っている。

 その静寂が打ち破られたのは、 私が表通りに歩き出たときだった。 線路の踏み切りとは反対側、通りの右の向こうから、 大きな声が聞こえてきたのだ。

「ふじーのたーかーねえーにふーるゆうきもおー、きょおうーとぽんとちょおうにふーるゆうきもおー」

 酔っぱらった男の、歌い声。

「あらあら、先生、大丈夫ですかあー。ほらほら、足元に注意しなくっちゃあー、もうー。飲み過ぎですよおー、先生ったらあー、もうー」

 それに付き添っている、女の声。

「にゃあに、きょうは、新年会じゃったけん。しゃけを飲んで、どきょが悪い。ええー?」

「いくら新年会でも、5軒ハシゴは飲み過ぎですよおー。ほらほら、しっかり歩いてー」

 こちらへ近づいてくるにつれ、声はますます大きくなり、やがて、よろめきながら進む男と、その肩を抱きかかえながら歩く女の、2人のシルエットが街灯に浮かび上がった。

「こりゃー、マユミ。こにょワシに向こうて、説教をたれるとは、にゃにごとじゃあー。お尻にチュウしちゃろうか、こにょ女めー」

「あらまあ、やめてくださいよおー、先生。お尻にチュウだなんて、もうー。それに、私、マユミじゃーありません。アケミですよおー、もうー」

「おおっ、しょうかしょうか、アケミじゃったかー。マユミじゃ無えかったかー。こりゃまた失礼、いたひまひたっ。ぺん、ぺんっ」

「そおですよおー、失礼ですよおー、もうー。 マユミなら、大阪に行ってしまったじゃないですかあー。店の客と駆け落ちして、7年前に行ってしまったじゃないですかあー」

 酩酊した男と、介抱しながら歩く女は、もう私のすぐ近くまで来ている。そして、またしても2人の姿が街灯に照らし出されたのを見たとき、私は反射的に飛びすさり、建物の陰に身を隠した。

 水商売の女に肩を抱えられた酔客は、地元の名士、高木正仁先生だったのだ。

 中学校の校長や教育委員会の委員長を歴任し、津久見でも指折りの書道家として知られ、引退後の現在は、この近くにある自宅の一室で習字の塾を開いている。また、その屋敷の周囲には数軒の貸家を持ち、その中の1軒が、我が友ブッチンの住む家だ。

 先生が無類の酒好きという話は以前から聞き知っていたが、実際にその事実をこの目で確認したのは初めてだった。

 いつもは、きれいに整えられているふさふさの銀髪は、まるで頭じゅうを引っ掻きまわしたかのように、ヒマラヤ山脈みたいな形に乱れていた。

 いつもは、きちんと顔の中央に掛けられているベッコウ縁のメガネは、だらしなく小鼻の辺りまでずり落ちて、コメディアンの演技みたいだった。

だが、今こうして、私が身を潜めているのは、その泥酔ぶりに驚いたからではない。新年会で酔い潰れた先生と、彼を自宅まで送ってきた飲み屋の女。先ほどから聞こえている2人の会話の内容に、何か自分にも関係のありそうな、深刻な事実の存在することを感じ取ったからだった。

 我が家で、豆腐の到着を今や遅しと待ち焦がれているに違いない父には申し訳ないが、 私はこの2人の話を聞き取り続けることに決めた。

「おおっ、しょうじゃ、しょうじゃ、しょうじゃったー。 駆け落ちをしたんじゃったのー、マユミのやちゅは。大阪にのー、おまえんとこの店の客といっしょにのー。あれからもう、7年になるんかー。早えもんじゃあーのー」

「そおですよおー、早いものですよおー。あの客、たしか矢倉セメントの採掘現場で働いていて、発破の事故で左手の指をみいんな吹き飛ばされちゃったんでしたよねえー。それでヤケになって、会社を辞めて、来る日も来る日もウチの店にやって来て酒びたり。 ウチにとってはいい客だったんですけどもねえー、きちんと現金で払ってくれていましたからねえー」

 2人は、私の目の前を左に曲がり、高木先生宅の方へ歩いて行く。私も建物から離れ、数メートルの間隔を置いて、彼らの後をつけていく。

「おおっ、しょうじゃった、 発破の事故じゃったー。  気の毒じゃったのー、 指を失くしてしもうてのー。可哀相じゃったのー、酒びたりになってしもうてのー」

「そおですよおー、気の毒でしたよおー。マユミもすっかり同情して、毎晩毎晩、あの客の酒の相手をしてあげて、話を聞いてあげていましたからねえー。 だけどもねえー、 まさかねえー、 いつの間にやら、同情が愛情に変わって、 駆け落ちしちゃったんですからねえー。  ビックリしちゃいましたよおー、これから2人で大阪に行くって、マユミから電話が掛かってきたときはねえー。 慌てて彼女のアパートに行ったら、もう出発した後だったんですからねえー」

「おおっ、しょうか、しょうか、 同情が愛情にのー。 2人で大阪に行くっち、電話がのー。おまえがビックリしたんも、無理は無えわいのー」

「そおですよおー、 ビックリ仰天でしたよおー。  だけど、マユミもマユミなら、客も客。 妻子を捨てて、家を出て行っちゃったんですからねえー。 まったくねえー、 残された家族が、 あまりにも哀れですよねえー。 あの客、何て名前でしたかねえー? 妻子は今、どこで暮らしているんでしょうかねえー?」

 女の問いに、高木先生は、

「名前は、吉田。住まいは、ここ」

 そう言って、ブッチンの家を指差した。

 ああ! 予感の的中! 最悪の的中だ!

 私の手から、ボウルが抜け落ちた。 飛び出した豆腐が3丁、 地面の上で、 ぐちゃぐちゃぐちゃっと潰れた。

 

(※注)この時代に流通していた紙幣の肖像画の人物は、百円札が板垣退助、五百円札が岩倉具視、千円札が伊藤博文、五千円札と一万円札が聖徳太子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第3部  「事件の冬」  その3

 

  1月9日の月曜日、第3学期が始まった。

いつものようにブッチンが通学の誘いに立ち寄り、いつものように私たち2人は、でこぼこの道を歩いていった。

「短えかったのう、冬休み」

 ブッチンがそう言い、

「たったの2週間じゃったけんのう」

 私が応じた。

 たしかに短い休みではあったが、その期間にはとてもショッキングな体験をした。

 高木先生と飲み屋の女の人から聞いた、ブッチンの父親のこと。

 ダイナマイトの事故で、左手の指をすべて失ったこと。

 それで矢倉セメントでの勤務を辞め、酒びたりになってしまったこと。

 マユミという名前の飲み屋の女の人と、駆け落ちをしたこと。

 ブッチンと母親を捨てて、大阪へ行ってしまったこと。

 今から7年前、当時5歳だったブッチンは、この悲惨な出来事について、どれくらいを憶え、どれくらいを知っているのだろうか?

 父親の顔を、彼は記憶しているのだろうか?

 父親がいなくなったのが駆け落ちのためであることを、その行き先が大阪であることを、知っているのだろうか、彼は? 彼の母親は?

 だが、少なくとも発破の事故の一件に関しては、ブッチンは知っているのに違いない。

 あの、夏休みの、 臨時登校日。 ユカリとの激しい口論の中に、石灰石の採掘現場の話を持ちこんだのは、自分の父親に大ケガを負わせた会社に対する強い恨みと憎しみを、今も彼が抱き続けているからだと私は確信していた。

「どげえしたんか、タイ坊。さっきから黙ってばかりで」

 ふとブッチンが口を開き、

「え? いやいや、別に……」

 言葉を濁した私だが、 自分の心の中を相手に悟られてはまずいと思い、 冗談でも口にすることにした。

「ところでのう、ブッチン」

「うん?」

「おまえ、今日、学校に行くんが楽しみじゃろ」

「なんで?」

「2週間ぶりに会えるけんのう、山本佳代子に」

 その名前を言い終わらぬうちに、ブッチンが私の頭をポカリとやった。

「いててっ」

 思いのほか強く叩かれたのは、もちろん私が彼の本心を衝いたからだった。

「なに言いよるんか」

 ブッチンは顔をやや赤らめ、ふくれっ面をし、

「おまえこそ、あの東京もんに会いてえんじゃねえんか。まさかとは思うけどのう」

 私の本心を衝いて返した。

 

 この学期もまた、新しい学級委員長選びで幕を開けた。

 1時間目の、ホームルーム。

「立候補する者は、手を挙げて」

 福山先生の毎度の言葉に、すばやく反応したのは、前委員長の山本佳代子だった。

「山本の他に、立候補する者は?」

 挙手をした佳代子をちらっと見やり、先生は言葉を続けた。

 だが、それに反応する人物はいなかった。

「他に、立候補する者はっ?」

 それでもなお、ヒゲタワシは声を出し続けた。その声は、かなり苛立たしげで、視線は深大寺ユカリの席へ注がれていたが、彼女はじっと座ったままだった。

 私はすでに気づいていたのだが、今朝のユカリは、どこか冴えない表情をしている。

 前期の選挙での思わぬ敗戦の屈辱が、彼女の脳裏によみがえったのだろうか。それとも、東京での冬休みに、何か良からぬことでも起こったのだろうか。

 そんなことを考えていると、

「それでは、第3学期の学級委員長は、山本佳代子に決定」

 やや落胆した口調で、ヒゲタワシが言った。

 対照的に、満面笑みの佳代子は、

「小学校の最後の2か月半、 いっしょに楽しく勉強して、 いっしょに楽しく遊んで、 将来いい思い出になる毎日にしましょう!」

 元気いっぱいの就任挨拶をした。

クラスメートたちの間から、鳴り響く拍手。 嬉しそうに両手を叩き合わせるブッチンの動作は、ひときわ大きかった。

 

給食が終わって、昼休み。

2期連続して学級委員長の座に輝いた佳代子を先頭に、6年3組の生徒たちは勢いよく校庭へ飛び出していった。

イチョウの木々はすっかり裸になり、きれいに掃除をされた植えこみの中や周囲には、もはや1枚の葉っぱも1粒のギンナンも落ちていない。 風の冷たさだけを除けば、とても快適な環境で、心置きなくドッジボールが楽しめるのだ。

だが、 ボールを投げ合いながらコートの上を走り回っているクラスメートたちの人数は、 38名。残りの2名は、教室の中にいた。

それは、ユカリと私だ。

今朝からまるで元気のない様子の、 ユカリ。  その理由を知りたくて、 また東京の土産話を聞きたくて、私は彼女の席へ歩み寄った。

机の横に掛けられたピンクのランドセルの左側に、ちゃんと「つく美ちゃん」がぶら下がっているのを見つけて、安心し、私は声をかけた。

「明けまして、おめでとう」

「あ……、おめでとう……」

「どげえじゃった、東京は?」

「…………」

「じいちゃんやばあちゃんたちに、会うた?」

「…………」

「いとこたちは、元気にしちょった?」

「…………」

「友だちと、遊んだ? 何して、遊んだ?」

「…………」

 矢継ぎ早に問いかけをした、私。 だが、ユカリから言葉は返ってこない。 相変わらず、浮かない表情のままだ。 どうしたのだろう? 体の具合でも悪いのだろうか?

 それでも、久しぶりに彼女と再会した嬉しさが、私にさらなる質問を促した。

「デパートには、行った? カレーライス、食べた?」

「…………」

「遊園地は、どうじゃった? ゴーカート、乗った?」

「…………」

「東京タワー、昇った? 望遠鏡、覗いた?」

「…………」

「地下鉄は、どげえじゃった? モノレールにも乗ったんじゃろ?」

「…………」

 やはり、返事はない。 ほんとうに、どうしたのだろう?。 あんなに喜んでいた東京帰りだったのに。

 無言の連続に、私は戸惑い、どうしたら良いのか判らぬまま、立ち尽くしていた。

 すると、やっと、重たげに、ユカリが口を開いた。聞き取るのが難しいくらい、小さな声で。

「東京には、帰らなかったの……」

「えっ……」

「ママが病気になって、帰れなかったの……」

「…………」

「ママがインフルエンザに罹って、40度も熱を出して、寝こんでしまったの……」

「…………」

「お医者さまを呼んで、 注射を打ってもらって、 薬をもらって飲んだけど、 ぜんぜん良くならなかったの……」

「…………」

「冬休みに入る前の日から、ずっとベッドに寝たきりだったの……」

「…………」

「パパと私の2人で東京に帰ればいいって、ママはそう言ったけど、パパが反対したの。 病人を置いたまま東京に帰るなんて、そんなことはできないって……」

「…………」

「だから、 東京に帰るのは、 取りやめに、なったの。  だから、 飛行機のチケットも、 キャンセルしたの……」(※注)

「…………」

「ママの病気が、やっと治ったのは、お正月を過ぎてからだったの。パパのお仕事が、始まった日に、やっとママは良くなったの……」

「…………」

「だから、もう、間に合わなかったの。 東京に帰るのには、間に合わなかったの……」

「…………」

「私、とっても楽しみにしていたの。 おじいちゃんやおばあちゃんたちに会えるって……」

「…………」

「いとこたちにも、会えるって……」

「…………」

「お友だちにも、会えるって……」

「…………」

「デパートにも、東京タワーにも、遊園地にも行けるって……」

「…………」

「くやしい……」

「…………」

 か細い声を聞きながら、ただ立ち尽くしているだけの、私。

 その目の前で、ユカリは泣き出した。

 涙を止める言葉を、かけてあげることが、私にはできなかった。

 

(※注)当時の大分空港は、津久見から列車で1時間ほどの大分市の中心部にあった。その後の市街地の開発に伴って4年後の1971年に、県の北東部に位置する国東市に移転し、現在に至っている。なお、この頃の東京への旅は、空路よりもブルートレインの方が一般的だった (博多駅や小倉駅から新幹線が利用できるようになったのは、1975年)。

 

 

 

 

 

 

 

第3部  「事件の冬」  その4

 

  ユカリの涙は、事件の予兆だったのかもしれない。

その日の放課後、忽然と、彼女は姿を消したのだ。

私たちの前から。父親と母親の前から。4万市民の前から。

翌、1月10日、火曜日の朝。

ユカリの席だけがぽつんと空席になっている教室に現れたのは、校長先生、福山先生、そしてもう1人は私たちが見たことのない中年の男性だった。

 まず、口を開いたのは、校長先生だった。

「皆さん、これからお知らせするのは、とても重大な出来事です。新学期を迎えたばかりの我が津久見小学校の生徒の1人に、大変なことが起こりました。皆さんのクラスメートである深大寺ユカリさんが、昨日の放課後から、行方不明になってしまったのです……」

 ツルピカ頭の明るい輝きとは対照的に、とても暗くて重い表情をした校長先生の口から出た驚きの知らせに、クラスの39人はたちまち騒然となった。

 そのざわめきを打ち消すように、大声を発したのは、福山先生だった。

「みんな、静粛に! 非常に大事な話なので、静かに聞きなさい!」

 生徒たちが口を閉ざすのを待ってから、福山先生はユカリの身に起こったことについて説明を始めた。

「昨日の夜、7時頃、深大寺のお父さんから先生の家に電話があった。ユカリがまだ家に帰ってこないのだけど、学校で何かあったのでしょうかと。 いつも4時前には帰宅するのに、今日はまだ帰ってこないのは、いったいどうしたのでしょうかと。 先生にも思い当たる節はなかったが、もしかすると寄り道でもしているのではないかと考え、もう少しだけお待ちになってみてはいかがでしょうとお答えし、それで電話は終わった」

 濃いヒゲに覆われた口から出てくる重い言葉に、クラスの全員は真剣な面持ちで、じっと耳を傾けている。

 先生は、再び話を始めた。

「2度目の電話がお父さんから掛かってきたのは、9時半頃だった。あれからずっと待ち続けたけど、ユカリさんはまだ帰ってこない。そこでお父さんは、警察に捜索願いの連絡を入れた。通報を受けた警察署から、さっそく消防署に連絡が行き、消防署から深大寺さんの住まいの地域を管轄する消防団の第1分団にも連絡が行った。先生たちの教職員組合も参加して、今朝からユカリさんの捜索が開始されたという訳だ」

 そこまで状況説明をすると、先生は、先ほどから鋭い視線で私たち生徒の顔を見回していた中年の男を右手で指し示し、みんなに紹介しながら言った。

「こちらにお見えになっているのは、津久見警察署(※注)の丸岡刑事さんだ。丸岡さんは、同僚の刑事さん2人といっしょに、まず最初に我が小学校に情報収集のためにお越しになった。みんな、刑事さんのお話をよーく聞いて、捜査にご協力するように」

 先生にバトンタッチされて、目つきの鋭い刑事が話し始めた。

「津久見署の丸岡です。昨日から行方不明になっている深大寺ユカリさんは、何かの事件や事故に巻きこまれた可能性が高い。しかし、その捜査の手掛かりは、今のところまったくありません。そこで、一番必要なのは、最後にユカリさんを見かけたのは、いつ、どこで、どのような様子だったかという、市民の皆さんの目撃情報です。われわれ3人の刑事がこの小学校を真っ先に訪れたのは、昨日の放課後にユカリさんがどのような行動を取っていたのか、生徒の皆さんのうちの誰かが見たり、知っているのではないかと考えたからです」

 丸岡刑事は、身長こそヒゲタワシ先生より5センチくらい低いものの、肩幅などは逆に10センチ以上広いがっしりとした体格で、とても腕っぷしが強そうだった。短く刈りこんだ、頭髪。低く抑えられた声には聞く者たちを威圧するような凄みがあり、テレビの刑事モノのドラマの取調室で容疑者に暴力的な尋問を行うシーンを連想させるような人だった。

「1年生から6年生まで各4クラス、合計24クラスの中でも、とりわけユカリさんが在籍するこの6年3組の生徒さんたちからの情報は極めて重要です。皆さん、よく思い出してください。昨日の最後の授業が終わった後、深大寺ユカリさんは、いったい何をしていましたか?」

 返事をする者は、誰もいない。

 細い目からの視線をさらに鋭くして、黙りこくり下を向いている生徒たちの顔を1人1人見つめ回した刑事は、しばらくして、また口を開いた。

「昨日の放課後、深大寺ユカリさんといっしょにいたのは、いったい誰ですか?」

 だんだんと声高になってきた刑事の質問だが、やはり誰からも返事はない。

「昨日のユカリさんの様子に、どこか変わったところはありませんでしたか?」

 またしても、無反応。

 そのとき、丸岡刑事の隣に立っていた福山先生が大声を出した。

「こらっ! 黙ってばかりいないで、何か言わんか、おまえたち!」

 さらに、山本佳代子の方を向いて、

「こらっ! 学級委員長! 何か発言しろ! 何のための学級委員長なんだ! みんなを代表しておまえが発言しろっ!」

 いちだんと声を張り上げた。

 いきなり名指しをされて驚いた様子の佳代子は、 しばらく無言のままでいた。 だが、 やがて、意を決したように椅子から立ち、青ざめた顔をして話し始めた。

「あ、あのう……、き、昨日の最後の授業は、図工でした……。教室の窓から見える風景を……、校庭とか、山とか、自分たちの好きな風景を、す、水彩で描いていました……。それから、終業のベルが鳴って……、先生が今日はこれで終わり、後片付けをして帰るようにと言ったので……、みんな水道のところに行って、 パレットとか筆とかを水で洗って、 拭いて……、  それから机の中にしまいました……。  じ、深大寺さんも、みんなと同じように、図画の後片付けをしていたと思います……」

 威圧的な眼差しの刑事と、怒号を飛ばす教師。それらの恐怖に耐えながら、一語、一語、搾り出すように、佳代子は答えた。

 だが、唯一の回答者に興味を示したらしい丸岡刑事は、佳代子の席の近くまで歩いていき、さらに問い詰めるような声を発した。

「で、それから?」

「え……?」

「終業のベルが鳴って、図画の道具の後片付けをした。 そこまでは分かりました。で、それから後はどうしたんですか?」

「…………」

「図画の道具の後片付けを終えた後、それからどうしたんですか、深大寺ユカリさんは?」

「か、帰った、と思います……」

 クラスの中でも最長身の佳代子だが、それでも丸岡刑事に比べると15センチくらいは低い。えぐるような視線を上から浴びせられながら、うつむいたままの格好で、彼女はかすれた声を返した。

「ほう」

 しかし、刑事の追及は終わらなかった。

「授業の後片付けが済んだら、 すぐに帰っちゃったわけ?  さようなら、も言わないで、帰っちゃったわけ?」

「…………」

「一人ぼっちで、帰っちゃったわけ?」

「…………」

「いっしょに帰る友だちとか、いなかったわけ? えっ?」

 高圧的な声色はともかく、言葉使いだけはそれまで丁寧だった刑事だが、ここへ至ってその配慮すらも失い、内側に秘めた野獣のような獰猛さがだんだんと滲み出してきた。

 もうすでに、立っているのも限界のように見える佳代子は、それでも学級委員長の責務を果たそうと、最後の声を振り絞った。

「じ、深大寺さんには……、友だちが……、いないんです。い、いつも……、一人で……、 帰っていくんです……」

 そのときだった、またしてもヒゲタワシの怒声が飛んだのは。

「こらっ! 山本!  深大寺に友だちがいないのは、 おまえのせいだろう!  学級委員長の立場を悪用して、おまえが深大寺をみんなから仲間外れにしたんだろう!」

 あまりにも無慈悲で無神経なその大声が、とうとう佳代子の忍耐力を打ち砕いた。

「ち、違います! ひ、ひどい! わあーっ!」

 椅子にくずおれ、机に突っ伏して、佳代子はわあわあ泣き出した。

 その姿を、短い頭髪をボリボリ掻きながら丸岡刑事が見つめていると、

「委員長の言うたことは、ほんとうじゃあ!」

 教室の隅の方から、新たな発言者の声がした。

 刑事、 先生たち、 そしてみんながそちらを振り向くと、椅子から立ち上がり、ヒゲタワシを睨みつけながら大きな声で話し始めたのは、ブッチンだった。

「委員長が言うた通り、 ユカリには友だちがおらん! 一人も、おらん!  勉強が一番できるけんち、矢倉の工場長の娘じゃあけんち、 いつも威張っちょるけん、 友だちが一人もおらん! 東京生まれの東京育ちじゃあち言うて、 いつも自慢ばっかりしよるけん、友だちが一人もおらん!」

 これは貴重な証言だと思ったのか、泣いている佳代子の席から離れ、丸岡刑事がブッチンの方へ歩み寄っていった。ヒゲタワシは、憎々しげな表情で、ブッチンの顔を睨み返している。その横で、オロオロとしているのは、校長先生だ。

 ブッチンの視線と声は、丸岡刑事に向きを変えた。

「じゃあけん、刑事さん。 ユカリはいつも一人で帰るんじゃあ。 友だちといっしょに帰りとうても、肝心なその友だちがおらんのじゃあ。 一人も、 おらんのじゃあ。 じゃあけん、 刑事さん。 昨日もユカリが一人で帰ったんは、間違いの無えことなんじゃあ。じゃあけん、昨日の放課後、ユカリがどこで何をしよったんか、このクラスの誰も知らんのは、仕方の無えことなんじゃあ。 じゃあけん、昨日のユカリの様子に変わったところが無えかったかち訊かれても、誰もそげなことに気付いておらんのじゃあ」

 佳代子に代わって、熱弁を振るうブッチン。

 それを黙って聞いていた刑事は、彼が話し終えると、おもむろに訊いた。

「君の名前は?」

「吉田。吉田文吾、です」

「吉田君、話をどうもありがとう。とても参考になったよ」

 そう言うと、刑事は生徒たちの方を振り返り、今度はみんなに向かって言葉を発した。

「深大寺ユカリさんの行方不明を知らされたばかりで、 今朝の皆さんは気が動転しているだろうし、それも無理のないことです。 われわれ警察は、 これから消防署や消防団の人たち、 それに先生方といっしょに、 一刻も早くユカリさんを捜し出すよう努めますが、そのためには、やはり皆さんを始めとする市民の方々の情報提供のご協力が欠かせません。 ですから、 ユカリさんについて何か思い出したことがあったら、 どんなことでも構わないので、 先生を通じて、 あるいは直接警察署に電話をくれてもいいですから、ぜひとも私たちに知らせてください」

 話し終えると、丸岡刑事は、校長先生とヒゲタワシを伴って教室を出ていった。

 その後の授業は、すべて自習時間になり、3人の刑事と先生たちによる全校24学級での聴き取り捜査が終了した午後3時過ぎ、新学期を迎えたばかりの津久見小学校は休校となった。

 消息を絶った小学6年生の少女を、誰かが見つけ出す、そのときまで。

 

(※注)警察署は、港のすぐ近くにある。筆者は小学生のとき、社会の授業で見学に行った。子供の目から見た刑事さんたちには、なんだか近寄りがたい雰囲気があった。 いま思えば、生徒たちの手前、威厳を保っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

第3部  「事件の冬」  その5

 

  ギギギーッ、ガシャン!

用務員のおじさんの手で、正門の扉が閉められ、内側から鍵が掛けられた。

他の生徒たちと同様に、休校になったばかりの学校から追い出された私たち5人組は、とりあえず商店街の方へ歩いていく。

「どえれえことに、なってしもうたのう」

 ペッタンが言い、

「ユカリはいったい、どげえしたんじゃろうか」

 ヨッちゃんが続けた。

「ふんっ」

 ブッチンが不機嫌そうに鼻を鳴らして、

「今ごろ、フォクヤンにさらわれて、ゴマダラカミキリみたいに頭を引っこ抜かれちょるわい」

 物騒なことを口にすると、

「ゴマダラの頭は、1個10円じゃあ。 ユカリの頭を農協に持って行ったら、いくらの値段になるんじゃろうか」

 つられたペッタンが、とんでもないせりふを発したので、

「バカ。そげなことをしたら、殺人罪で死刑に決まっちょろうが。恐ろしいことを考えるんじゃのう、おまえどーは」

 カネゴンがそう言って、2人をたしなめた。

 恐ろしいこと。

 まさに、その通りだった。

 みんなと並んで歩く、私の心の中は、恐ろしさでいっぱいだった。

 大好きなユカリが、行方不明になった。

 それをとても心配し、悲しく思う気持ちは、もちろんある。

 だが、そんな気持ちよりも、今は恐ろしさの方がはるかに強かった。

 今朝の教室で、刑事さんが訊いたこと。

 昨日のユカリさんの様子に、どこか変わったところはありませんでしたか?

 その質問に答えるべき事実を、私は知っていた。

 ユカリの表情が、朝から冴えなかったこと。

そして昼休みに、東京に帰れなかったと泣き出したこと。

 この事実をちゃんと知っていながら、私はそれを刑事さんに伝えなかった。

 それは、刑事さんが怖かったからだ。

 ユカリと親密なことを、ブッチンたちに知られるのが怖かったからだ。

怖さのために、  重要な事実を刑事さんに知らせぬまま、 ユカリの捜索活動が始まってしまった。それが、私は恐ろしかった。

私が知っている事実を隠したまま、警察や消防署や消防団や教職員組合の大勢の人たちから成る捜索隊が動き始めた。それが、とても恐ろしかった。

やがて津久見じゅうが大騒ぎになり、テレビ局や新聞社なども報道に乗り出してくる。それが、たまらなく恐ろしかった。

そして、最悪の場合。 もしも、ユカリの命に関わるような事態が起こった場合。それは重大な事実を自分だけの秘密にしてしまった、この私の責任になるのだと考えると、気が狂いそうになるほど恐ろしかった。

さらに、私は打ちひしがれていた。

自分という人間の、情けなさに。

自分の身を守るために重要な事実を隠し、 そのために今こうして恐怖にぶるぶる震えている、私という人間の、あまりの情けなさに。

こんな私とは正反対に、ブッチンという人間は、なんと勇敢なのだろう。

ヒゲタワシから名指しで発言をさせられ、丸岡刑事に詰め寄られ、挙句の果てに担任の教師の暴言によって泣き出してしまった、佳代子。

大好きな佳代子を救うために、 教師と刑事を恐れることなく敢然と立ち向かい、 説得力のある意見をきちんと述べたブッチンは、なんという男らしい人間なのだろう。

それに引きかえ、この私ときたら……。昨日の昼休みに、目の前で泣いているユカリを慰めてあげることすらできなかったのに……。

そのとき、並んで歩くブッチンの声がした。

「フォクヤンの防空壕に行ってみるか」

 その言葉に、みんなは立ち止まり、えっという表情で、彼の顔を見つめた。

「もちろん、人さらいち言われちょるフォクヤンじゃあけんど、今回のユカリの行方不明とは何の関係も無えかもしれん。じゃあけんど、やっぱりあいつは怪しいけんのう」

「俺どーの力で、ユカリを助け出すんか」

 ペッタンが訊いた。

「フォクヤンは、手強えぞ。あの丸岡っちゅう刑事が言うたように、先生とか警察に連絡をした方がいいんじゃねえんか」

 ヨッちゃんが忠告した。

「いや」

 首を横に振りながら、ブッチンが言った。

「今朝の教室で、ヒゲタワシのやつがどげな態度を見せたか、覚えちょろう。 あんやつは、罪も無え佳代子に、無理矢理、発言をさせた。 そのうえ、 ユカリに友だちがおらんのは、佳代子が学級委員長の立場を悪用してみんなから仲間外れにしたけんじゃあっち、 根拠も無えし、 刑事の聞き取り捜査とは何の関係も無え、場違いなことをわめいた。 それはのう、 あんやつが焦っちょるけんじゃあ。自分が担任を務めるクラスから、 生徒が1人、 おらんようになった。 しかもその生徒は、 矢倉セメント工場長の娘。 津久見のお偉いさんどーがみーんなペコペコ頭を下げよる重要人物の大事な一人娘じゃあ。それが突然、消息が分からんようになって、ヒゲタワシのやつは焦りまくっちょるんじゃあ」

 みんなは、じっとブッチンの話に聞き入っている。

「つまりのう、 ヒゲタワシのやつは今、担任教師としての管理責任を問われる立場に追いこまれちょるっちゅう訳なんじゃあ。もしもユカリの身に何か大変なことが起こったら、あんやつにはダメ教師ちゅう評価が下されて、 この先、学年主任やら教頭やら校長やらに出世していく道が閉ざされることになる。 それはそれで大歓迎なんじゃあけんどの。 もしもユカリが行方不明のまんまの状態が続いたら、あんやつのことじゃあ、 こんどは何をしでかすか分からん。 学級委員長の佳代子に自分の責任を押しつけて、もっともっとひでえ仕打ちをするかもしれん。つまりのう、ヒゲタワシっちゅうやつは、信用のできん人間なんじゃあ。信用のできん先生には、なーんも任せられんのじゃあ」

 彼の話に耳を傾けるみんなの表情が真剣みを帯びていき、 時おり相槌なども打っている。 私もまた、先ほどからの恐怖心を忘れ、ぐいぐいと話の中へ引きこまれていた。

「じゃあけんのう。俺どー5人は、たった今から、特別捜索隊を結成する」

 ブッチンの口から飛び出した、意外な名称に、みんなは敏感に反応した。

「特別捜索隊かあ。カッコいーのう」

 と、ペッタン。

「ウルトラマンに出てくる、科学特捜隊みたいじゃあのう」(※注)

 と、カネゴン。

「俺どー5人の力で、特別に捜索をするっちゅうことじゃあのう」

 と、ヨッちゃん。

「みんなで、力を合わせて、ユカリを捜し出すっちゅうことじゃあのう」

 と、私。

 すると、ブッチンは、

「もちろん、俺どーが捜し出すのは、深大寺ユカリ。 じゃあけんど、これはユカリのためじゃあ無え」

 そう言って、4人の顔を見つめまわした後、

「正義のためじゃあ!」

 彼は大きな声で、話を締めくくった。

 正義のために結成された特別捜索隊は、 商店街の通りの路上に、記念すべき第一歩を踏み出した。 そして、 隊列を組んだまま、  ザッザッとしばらく歩き進むと、  いつもの通学路を東の方向へ曲がった。

5人が目指すのは、八幡様の神社の境内。 あの怪老が住む防空壕跡だ。

 

毎年、 夏祭りの季節になると、 敷地の中にわずかな隙間も残すことなく、いろいろな出店がびっしりと並び、  大勢の見物客や香具師たちで賑わう神社だが、 さすがに初詣も終わった厳寒のこの時期、私たちの他に人影はなかった。

風に吹きさらされ、地面から舞い上げられて運ばれた多くの枯葉が、境内の外れに位置する土手に開いた、真っ黒い穴の入り口の周辺に散り敷いている。

茶褐色の落葉は、穴の横に置かれたリヤカーの荷台にも厚く降り積もり、2つの車輪のゴムタイヤもまた、地面に接する部分の半分くらいが朽ちた絨毯の中に埋没している。

その光景は、このリヤカーが久しく使われていないことを意味していた。

以前に母から聞いた話の通り、フォクヤンは彦岳の山中にあるという炭焼き小屋へ、すでに移り住んでしまったのだろうか。

「特別捜索隊、行動開始!」

 それでもブッチンは、私たちに威勢のいい号令を発し、それとともに5人の隊員たちは防空壕跡の入り口を取り囲んだ。

「やるぞ」

 そう言うとブッチンは、真っ暗な穴の奥に向かって身構え、顔に両手を添えて大声を振り絞った。

「こーらっ、フォクヤン! 出て来ーいっ! 人質を連れて、出て来ーい! 出て来んと、こないだみたいに蹴っ飛ばすぞーっ!」

 ブッチンが威嚇のメッセージを送りこんだ後も、 穴の中からの反撃に備えて、 私たちはずっと戦闘態勢を崩さなかった。

だが、いくら待っても、敵からの反応はない。

 そこで、こんどはペッタンが進み出て、穴の奥へ大声を放った。

「こーらっ、フォクヤン! おまえはすでに包囲されちょーる! 抵抗しても無駄じゃあぞーっ! 今すぐ、人質といっしょに出て来ーいっ!」

 しかし、いくら待っても、やはり何の反応もなかった。

「ここにはもう、おらんみたいじゃあのう」

 ヨッちゃんが言うと、

「捕まるのを恐れて、どっかに逃げ隠れたんじゃろうか」

 カネゴンが返した。

 そして最後に、私が発言をした。

「フォクヤンは、彦岳の山小屋におる」

 その意外な言葉に4人が振り向くと、私は母から聞いた話を、彼らにも聞かせた。

 フォクヤンという呼び名の由来、生い立ち、家出、山中生活、炭焼きと廃品回収の兼業、真っ黒な容姿の理由、人さらいという噂の捏造……。

母から入手した情報のすべてを、彼らにも提供した。

 私が話し終えた後、彼らは無言のままだった。

 数奇な人生を歩んできた怪人のことを、 自分たちの頭の中にどのように位置づけ直し、 整理すれば良いのか、4人は考え続けているようだった。

 そして数分後、口を開いたのは、ブッチンだった。

「フォクヤンが人さらいっちゅう噂が、ほんとうかどうかは、実際に確かめてみたらいいことじゃあ」

 そう言うと、彼は、傍らのヨッちゃんに向かって、

「悪いけど、時計を見て来てくれんかのう」

 と、頼みごとをした。

 それを受けたヨッちゃんは、

「おう」

 と返事をし、さっそくその場から走り去っていった。

 私たちは誰も、腕時計を持っていない。 ブッチンが口にした「時計を見て来て」という言葉は、市役所の建物の外壁に設置されている大時計を見て、現在の時刻を確認してきてほしいという意味を示す。

 市役所のその時計は、この神社の向こう側の階段を降りた位置から見える。ヨッちゃんの俊足であれば、戻ってくるまで1分もかからないはずだ。 ブッチンが彼に頼んだのも、もちろんそれを考えてのことなのだ。

 案の定、すぐに帰り着いたヨッちゃんが、告げた。

「4時40分じゃあ」

 その報告に、しばらくの間、腕組みをして思案をめぐらしていたブッチンは、やがて、4人の顔を見まわしながら、大きな声を上げた。

「我らが特別捜索隊は、 夜の部の活動に移る!  これから各自は、 いったん帰宅し、自転車に乗って、午後6時30分に再度集合のこと! 集合場所は、 彦ノ内橋! 各自、水と食料と懐中電灯を必ず持参のこと! 滑りにくい靴を履いてくること! 防寒の備えも、欠かしてはならない!」

 私たちが頷きながら聞いている中、特別捜索隊のリーダーは、最後の大声を発した。

「目的地は、彦岳!

 

(※注)ムラマツ隊長(キャップ)、ハヤタ隊員、アラシ隊員、イデ隊員、フジ・アキコ隊員、ホシノ少年…懐かしい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3部  「事件の冬」  その6

 

  だが、私たちの意気込みとは裏腹に、特別捜索隊の夜の活動は、その必要性を失った。

午後5時過ぎ。八幡神社から帰宅した私を待ち受けていたのは、母の口から出てきた、予期せぬ知らせだったのだ。

「良かったなあ、太次郎。 昨日から行方が分からんようになっちょった、おまえの友だちのユカリちゃんが、中央町で見つかったち、さっきPTAの役員さんから電話があったんじゃあ」

 思わぬ朗報に、私は驚き、喜び、ホッとしたあまり、全身から力が抜け落ちて、へなへなと茶の間の絨毯の上に座りこんでしまった。

「今日の4時頃、中央町の勝山病院の前にユカリちゃんがおるところを、見廻り中の消防団の人たちが見つけて、保護したんじゃあと。ほんとうに良かったなあ」

 母は、とても嬉しそうだった。

もちろん、私も同じだった。大好きなユカリが、無事に保護されたのだから! 自分を悩ませていた情報の秘匿が、大事を招かずに済んだのだから!

でも、どうして、勝山病院の前で? 意外な場所での事件の解決を不思議に思った私が訊ねると、母は一転、表情を曇らせて答えた。

「それがなあ……、ユカリちゃんは、1人じゃ無えかったんじゃあと……。フォクヤンといっしょに、おったんじゃあと……。 フォクヤンがユカリちゃんを背負うて、病院の前に立っちょるところを、 消防団の人たちが見つけて、 捕まえたんじゃあと……。 ユカリちゃんはそのまま病院の中に運ばれて入院して、フォクヤンは警察署に連れて行かれたんじゃあと……」

「やっぱあフォクヤンじゃったんか! ユカリをさろうたんは!」

 思わず、私は大声を上げた。人さらいの噂は、ほんとうだったのだ!

「まさかなあ……。フォクヤンがなあ……。そげな恐ろしいことをする人間とは思えんのじゃあけんどなあ……」 

 誘拐犯を擁護する母の言葉を無視して、 私は立ち上がり、電話に飛びつくと、受話器を取ってブッチン宅のダイヤルを回した。3回目のコールで、彼は出た。

「おう、俺じゃあ。今、ウチのかあちゃんから聞いたんじゃあけんど、ユカリが見つかったんじゃあちのう。犯人はフォクヤンじゃったっちのう」

「おう、俺もさっき、高木先生から聞いた。やっぱあ俺どーの勘は当たっちょったのう。やっぱあフォクヤンのやつは人さらいじゃったのう」

「おう、じゃあけんど、どげえして勝山病院の前じゃったんかのう。彦岳の山小屋じゃあ無えかったんかのう」

「おう、俺もそいつを不思議に思うちょったところじゃあ。どげえしてかのう。もしかしたら今晩のテレビのニュースに出るかもしれんのう。 まあ、 これで、 特別捜索隊の任務は終了じゃあ。明日からまた、学校が始まることになったし。ペッタン、ヨッちゃん、カネゴンにも、俺から電話しちょくわい」

「おう、頼んだぞ。ほんじゃあまた、明日のう」

 そう言って、私は電話を切った。 果たして、今夜7時からのOTV大分テレビジョンのニュースに、ユカリの誘拐事件は採り上げられるだろうか。

 

 午後7時、母がテレビのチャンネルを「4」が真上に来るように回した。

 丸いチャンネルには、12も数字がぐるりと並んで付いているのに、津久見市の視聴者が実際に観ることができるのは、3つだけ。「1」のNHKと、「3」のNHK教育と、あとは東京の民放の系列局である「4」のOTV大分テレビジョンだ。(※注)

 いつもの日なら、 まだ仕事中の父も、 今日ばかりは早めにコタツに入り、 じっと画面を見つめている。

 ふだんはニュース番組などにはまったく興味を示さない2人の妹たちも、今朝の学校でそれぞれのクラスにも刑事さんの聞き取り捜査が入ったとあっては、事件の詳細を知らずにはおれないといった表情だ。

 しかし、待望の「ザ ・ ニュースおおいたセブン」が始まっても、 衆議院議員選挙の立候補者の届け出の締め切りがいつだとか、激動する中国情勢がどうのこうのとか、いつものメガネの男性アナウンサーは、小学生にはチンプンカンプンの話題を読み上げるばかり。

 やがて画面にコマーシャルが流れ始めたのを見ると、 私はコタツを出て、 便所へ行った。 暖房のまったく無い空間は寒く、 今ごろフォクヤンも警察署の牢屋の中でガタガタ震えているのだろうかなどと想像しながら小用を足していると、扉の向こうから、

「おーいっ、太次郎! 始まったぞーっ!」

 父の大声が聞こえたので、私は慌てて用を済ませ、ちょちょいと手を洗って、ささっとタオルで拭き、便所を飛び出して、テレビの前に舞い戻った。

「……津久見市で行方不明になっていた女子児童に関するニュースです。昨日の下校途中から行方が分からなくなっていた津久見小学校6年生の深大寺ユカリさんは、本日10日の午後4時頃、同市中央町の勝山総合病院前の路上に、老人男性と2人でいるところを市内の消防団員2名によって発見され、無事保護されました。ユカリさんは右の足首を捻挫し、顔や手に軽いかすり傷を負い、現在同病院に入院して治療を受けていますが、担当の医師によると、その他の健康状態にまったく問題はなく、意識もしっかりしているとのこと。なお、いっしょにいた老人男性は津久見警察署に連行され、同署内で事情聴取を受けていましたが、その後のユカリさん自身による証言から、実はこの男性が、山道で転んで右足首を捻挫して動けなくなっていたユカリさんを見つけ、山中にある小屋まで背負って運び、 暖を取らせ、 食事や水を与え、 その夜充分な睡眠を取らせた後に、 今日の午後から再びユカリさんを背負って下山し、治療を受けさせるために市内の同病院まで歩いて運んできたことが判明。 津久見署は、 ただちにこの男性を釈放しました。 ユカリさんを遭難から救ったこの老人男性は、同市で廃品回収業や炭焼き業を営む、住所不定・年齢不詳のFさん。また、ユカリさんが遭難した山は、津久見市・佐伯市・上浦町・弥生町の2市2町の境に聳える標高639メートルの彦岳で、学校からの帰りに、なぜユカリさんがこの山を登っていたのかは明らかにされていません。ユカリさんの父親で、矢倉セメント株式会社の津久見工場長を務める深大寺和宏さんは、世間をお騒がせして誠に申し訳なく思っております。 娘の捜索に全力を上げてくださった警察署、消防署、消防団、並びに教職員組合の皆様はもちろんのこと、娘の命を救ってくださったFさんには心から感謝申し上げており、ぜひともお礼の気持ちを形にして差し上げたいと思っている次第ですと、語っているとのことです」

 ニュースを読み上げたメガネのアナウンサーの顔がテレビの画面から消え、再びコマーシャルが流れ始めたそのとき、パチパチパチパチという拍手の音が母の両手から鳴り響き、

「やっぱりフォクヤンは、いい人じゃったんじゃなあ……」

 しみじみとそう語る彼女の目は、涙で潤んでいた。

「人さらいやら悪口を叩くバカもんがいっぱいおるけんど、見てみい、こげな立派な人間じゃったんじゃあ、フォクヤンは」

 父もまた、感心しきりの表情で、母に同調した。

「にいちゃん、良かったなあ、彼女が無事に見つかって」

 智子が、例によって冷やかすように言い、

「へぇーっ、このユカリさんちいう人、にいちゃんの彼女じゃったんなあ」

 郁子がつられて声を上げたが、私は妹たちを怒る気にはなれなかった。

 なぜならば、依然として、大きな謎に頭を支配されていたからだ。

 われわれ特別捜索隊の睨んだ通り、やはりユカリはフォクヤンといっしょに彦岳の山小屋の中にいた。

 だが、われわれの予想と決定的に違っていたのは、ユカリが自ら進んで彦岳に登ったという点だ。

 真冬の厳寒の中を、あんな高い山に、なぜ?

 みんなといっしょの遠足ならいざ知らず、1人ぼっちの下校時に、なぜ?

 行き先を、誰にも告げずに、なぜ?

 それが明らかにされていないと、ニュースの中でアナウンサーが述べていたが、それもまた、なぜだろう?

 分からない。まったく分からない。

 謎を追いかけようとする私の思考は、

「さあ、メシじゃ、メシじゃあーっ!」

 という父の大声に、虚しく掻き消されてしまった。

 

(※注)3年後の1970年に、もう1つ民放系のテレビ局が開局したときは嬉しかった。その6年後、大学進学で上京した筆者は、東京のテレビの放送チャンネル数の多さに腰を抜かした。田舎と首都の情報量の差を知り、愕然としたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

第3部  「事件の冬」  その7

 

  翌朝。

 ユカリの失踪事件がスピード解決し、さっそく休校が解除されて、私とブッチンは新学期の3日目の通学路をいっしょに歩いていた。

「ニュース、見たか?」

 私の問いに、

「おう、見たわい」

 ブッチンが答える。

「やっぱあ、彦岳の山小屋じゃったのう」

「おう、俺どーの思うた通りじゃったのう」

「じゃあけんど、驚きじゃのう。ユカリの方から彦岳に行ったんじゃあけんのう」

「おう、驚きじゃあ。フォクヤンは、さろうたんじゃ無えで、助けたんじゃあけんのう」

「どげえして、ユカリは、彦岳なんかに登ったんじゃろうか?」

「さあ、どげえしてかのう。分からんのう、東京もんの考えることは」

 昨夜からの私の疑問に対して、 ブッチンから返ってきたのは、 素っ気のない言葉だった。 やはり、自分の父親に大ケガを負わせた矢倉セメントへの暗い思いが、彼にそういう態度を取らせているのだろうか。

 しばらく歩いてから、こんどはブッチンが口を開いた。

「実はのう、タイ坊……」

「うん?」

「昨夜、おまえから電話があった後、俺もまたペッタンとヨッちゃんとカネゴンに連絡をしたんじゃあけんど……」

「おう、連絡するっち言いよったけんのう」

「その後での、実は、別の人間から俺の家に電話が掛かってきたんじゃあ……」

「別の人間?」

「うん……」

「誰じゃあ、そりゃ?」

「それがのう……」

「うん、うん」

「佳代子じゃったんじゃあ……」

「ええっ!」

 私は驚いた。佳代子から、電話が! 思いを寄せる女の子から、電話が! これはまたなんと、喜ばしく、興味を引く話ではないか!

「そ、それで、その電話っちゅうんは、どげな電話じゃったんか?」

 勢いこんで私が訊くと、

「それがのう……、お礼の電話じゃったんじゃあ……」

「お礼?」

「うん……。 昨日の朝、教室で、ヒゲタワシと刑事に責められて、泣いてしもうた佳代子を、 俺が庇うて、 代わりに発言しちゃったじゃろう……。 その、 お礼じゃあ……。 助けてくれて、ありがとうなっち、佳代子が電話で言うてきた……」

「おう! やったじゃあねえか、ブッチン!  わざわざ電話をしてくるっちゅうことはのう、 佳代子がおまえに、そうとう感謝しちょるっちゅうことじゃあ! 佳代子におまえが、気に入られたっちゅうことじゃあ!」

 私は、自分のことのように喜んだ。

 だが、ブッチンの表情は冴えず、話す言葉も重そうだった。

「それはそれで、嬉しいんじゃあけどのう……」

「うんっ?」

「佳代子がのう……、今日、学校を休むっち言うんじゃあ……」

「えっ……」

「今日だけじゃあ無え……。明日も明後日も、休みてえっち言うんじゃあ……」

「ええっ……」

「それだけじゃあ無え……。もう、学校には、行きとうねえっち言うんじゃあ……」

「ど、どげえして……?」

「ヒゲタワシに怒鳴られて、ショックじゃあち……。学級委員長の立場を悪用したやら、有りもせんことを言われて、ものすげえショックじゃあち……。 もう、立ち直れんくらいショックじゃあち……。 電話の向こうで、また泣きよった……」

「…………」

「のう、タイ坊……」

「うん……?」

「俺はのう、今日こそヒゲタワシのやつに、ケリをつけちゃろうち、思うちょるんじゃあ」

「ケリか……」

「協力してくれるか?」

 悪に立ち向かおうとする親友の決意に、私は大きく頷いて、言った。

「おうっ! もちろんじゃあ!」

 

 全校生徒を前にしての、校長先生の朝のあいさつ。

 ガーガーピーピーのオンボロスピーカーを通しての、いつもの聞き取りにくいメッセージではあったけれど、先生の言葉からは、ユカリが無事に見つかってほんとうに良かった、みんなも事件や事故に遭わないことを心から願っている、という真摯な気持ちがひしひしと伝わってきた。

 それは校長先生が、生徒のことを本気で思いやってくれる、善人だからだ。

 しかし、1時間目の授業開始前。

 意気揚々と事件解決についてのスピーチを始めたヒゲタワシの顔と声は、身勝手な人間ならではの、どす黒い濁りを隠すことができなかった。

「えー、昨日のPTAの役員の方々からの連絡を通じて、深大寺ユカリさんが無事に発見され、保護されたことを知って、 みんなもさぞかし安心したことと思う。 これもひとえに、 警察署の方々、消防署の方々、 消防団の方々、 そして先生を含む教職員組合のメンバーの全員が、必死の思いで一致団結し、ユカリさん捜索のために全力を尽くした結果に他ならない。昨夜の大分テレビジョンのニュースを見た者もこの中には多いと思うが、深大寺さんのお父さんも、われわれの努力に心から感謝をしているとおっしゃった。 本日、あらためて新学期を迎えた、ここにいるクラスの全員が、先生に元気な顔を見せてくれるのは、 ほんとうに喜ばしいことであり、これからもまた、君たち全員の元気な姿を見守っていられるよう、ますます教師としての最善の努めを果たしていこうと、先生は心から思っている」

 ヒゲタワシがそこまで話をしたとき、さっそく教室の隅の席のブッチンが立ち上がり、言葉を発した。

「ユカリを救うたのは、フォクヤンじゃろう。 警察でも消防でも消防団でも先生どーの教職員組合でも無え。ユカリを彦岳から助け出したんは、フォクヤンじゃあ」

「なにい……」

 ヒゲタワシの顔つきが変わり、ブッチンを睨みつけた。

 それにはお構いなしに、ブッチンは続ける。

「テレビのニュースのアナウンサーが紹介した、ユカリの父親のコメントは、心から感謝をしちょる相手はフォクヤンで、ぜひともお礼の気持ちを形にしてえち、いうものじゃった」

「なんだとお……」

 ヒゲタワシの表情が険しくなり、黒板の前からブッチンの席へと歩み寄っていく。

 それにも構わず、ブッチンは続ける。

「それに、さっき先生が口にした、ここにいるクラスの全員っちゅう言葉は、嘘じゃあ。 ほんとうは、全員じゃあ無えで、2人足らん。うち1人は深大寺ユカリで、いま入院中じゃあけん、おらんのは仕方が無えにしても、 もう1人は山本佳代子で、どうしてここにおらんのか、俺どーには分からん。 先生、佳代子がおらん理由を教えてくれんかのう」

「や、山本佳代子は、た、たぶん、風邪でも引いたんだろう……。それで、欠席をしとるんだろう……」

 いかにも偽り臭い返答をしたヒゲタワシに向かい、さらにブッチンが追い討ちをかける。

「へええー。 そうすると、 さっき先生が口にした、 これからもまた君たち全員の元気な姿を見守っていられるようますます教師としての最善の努めを果たしていこうと心から思っているっちゅう言葉は、いったいどげえなるんかのう。 そげな立派な考えを持っちょる先生が、 ここにおらん大事な生徒を、たぶん風邪でも引いたんだろうっちゅう曖昧な言葉で片付けるんは、 どこから見ても矛盾しちょるんじゃあねえんかのう」

 ブッチンの放った鋭い一撃に、とどめを刺されたようにヒゲタワシは顔を大きく歪め、その直後、歪んだ顔をものすごい形相に変えて、ブッチンの席へ突進した。

 そして、

「悪い生徒だ、おまえはーっ!」

 というわめき声とともに思いっきり右手を振り上げた、そのとき、

「悪いのは先生じゃあ!」

 大声を上げて立ち上がったのは、私だった。

 新たな敵の出現にヒゲタワシがひるむと、

「悪いのは先生じゃあ!」

 こんどは、窓際の席のペッタンが立ち上がった。

 ビックリしてヒゲタワシが振り返ると、

「悪いのは先生じゃあ!」

 さらに、真ん中後方の席のヨッちゃんが立ち上がった。

 まさかという表情でヒゲタワシが後ろを見やると、

「悪いのは先生じゃあ!」

 またまた、右奥の席のカネゴンが立ち上がった。

 ヒゲタワシの驚愕は、これだけにとどまらなかった。

 私たち5人組に続いて、なんと他の生徒たちも、男女の別なく、次々と立ち上がったからだ。

「悪いのは先生じゃあ!」

「悪いのは先生じゃあ!」

「悪いのは先生じゃあ!」

「悪いのは先生じゃあ!」

「悪いのは先生じゃあ!」

 いつの間にか、教室の中に、座っている生徒は1人もいなくなっていた。

 クラスにいる全員が大声を上げて立ち上がり、教壇でうろたえ続けるヒゲタワシの顔を睨みつけていた。

 そしてとうとう、38人の発する圧倒的な力の前に、ヒゲタワシは腰を抜かし、その場にへたりこんでしまった。

 6年3組の大合唱パワーは、担任教師を意気阻喪させるだけでは治まらず、校舎じゅうを揺るがす大騒ぎに、校長先生と教頭先生が飛んできた。

 2人の先生は教室内に入り、しばらくの間、じっと佇んでいた。そして、先ほどからの大声と、今まさに目の前に広がっている光景から、いったいこのクラスで何が起きたのか、状況を把握し、その原因をも理解したように思われた。

 やがて、座りこんだままのヒゲタワシに声をかけて立ち上がらせると、私たちには何も言わず、校長先生と教頭先生は、しおたれた大男を連れて教室から出ていった。

 新学期が再開されたばかりのこの日、放課後までのすべての授業が、自習の時間に変更された。

 

 そして、放課後。

 6年3組の38名は、 欠席している残り2名のクラスメートのお見舞いにいくため、 校庭で2つのグループに分かれた。

 1つ目のグループは、ブッチンが率いる、37名。

 行き先は、正門を出て左側、山本佳代子の家だ。

 悪に立ち向かおうとするブッチンの決意は、クラスの仲間たち全員の心を動かし、結集されたみんなの力は、宿敵ヒゲタワシを見事に打ち倒した。そのうえ、校長先生と教頭先生という2人の心強い味方を、どうやら私たちは手に入れたらしい。

 この戦果を報告すれば、昨日の朝のショックに打ちひしがれている学級委員長は、きっと元気を取り戻してくれるに違いない。

 そして2つ目のグループは、この私だけの、1名。

 行き先は、正門を出て右側。深大寺ユカリが入院している勝山総合病院だ。

 これまで内緒にしていた彼女への気持ちを、私はもはや隠す必要がなかった。

 ブッチンにも、ペッタンにも、ヨッちゃんにも、カネゴンにも、その他のクラスメートのみんなにも。

 なぜならば、今日のヒゲタワシとの闘いを通して、私たち全員が、ひとつに結束できる仲間どうしであることを確認できたからだ。

 強い絆で結ばれた友人たちに、隠し事など、いらない。

 かくて37名と1名は、正門を出たところで手を振り合い、それぞれの方向へ歩いていった。

 1人になった私は、商店街を通りながら、ふと思いついた。

 ユカリに、何か、お見舞いの品を。

 それには、バナナがいいのではないかと考えた。(※注)

 あれは、 去年の9月の終わり頃。 ブッチンの母親のために、 みんなでお金を出し合ってバナナを買った、あの青果店が、ちょうど目の前に見えてきたからである。

 

(※注)子供も大人も、バナナは大好物。遠足に行くときの必需品でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3部  「事件の冬」  その8

 

 勝山総合病院は、津久見市で一番大きな病院だ。(※注1)

 学校から歩くこと、40分あまり。 市内の目抜き通りから、海の方向へ1本外れた通りに面する5階建てのビルの入り口に、私は至った。

 ユカリとフォクヤンが昨日発見されたのは、この辺りなのだろうか。

 そんなことを考えながら、ドアを開けて病院の中に入り、受付でユカリの病室を訊ねると、太った女性事務員が、305号室だと教えてくれた。

階段を昇って3階のフロアに達すると、長い廊下が延びており、それを途中まで歩いて、止まる。

右側の部屋のドアに「305」と記された白いプレートが付いているのを確認した私は、コン、コンと、2回ノックをした。

しばらくすると内側からドアが開かれ、ユカリの母親が姿を見せた。

「あら、石村君。お見舞いに来てくれたのね。どうも、ありがとう」

 笑顔でそう言った彼女だが、その表情はとてもやつれた感じに見えた。

 無理もない。インフルエンザが治ったばかりのところへ、娘の失踪。彼女がこうむった心痛は、相当なものだろう。 茶色のセーターに黒っぽいズボンという普段着の姿は、 あの誕生日会で貴婦人の装いを見せた彼女とは、別人のようだった。

 病室の中へ通されると、そこにはベッドが1台置かれてあり、布団から覗いた小さな顔が、私の方を向いている。

 ベッドへ歩み寄り、ユカリの顔を見ながら、私は訊いた。

「具合は、どう?」

 横になったまま、視線を私の顔に注いで、彼女は答えた。

「うん……。 右足がまだ少し痛くて歩けないんだけど、 来週中には良くなって退院できるだろうって、お医者さまが……」

 その声は意外に元気そうで、私を安心させたが、 色白のきれいな顔に、 傷あての大きなガーゼが2枚貼られている様子は何とも痛々しかった。

「石村君、これに座ってちょうだい」

 そう言って母親が出してくれた折りたたみ椅子を受け取り、 ベッドの脇に据えて腰を下ろした私だが、まだお見舞いの品を渡していなかったことに気づき、

「あのう、これ」

 立ち上がって、バナナが2本入った紙袋を母親に差し出した。

「あら、まあ。 お心づかい、どうもありがとうね」

 紙袋を受け取った彼女は、中身をちらっと覗いて微笑み、病室の窓際に設置された棚の上に、袋ごと置いた。

 そこには、 昨夜からこの部屋を訪れた数多くのお見舞い客が持参してきたものと思われる、 たくさんの花束が、 花瓶に収まりきれないまま並べられており、 果物かごに山と積まれた色とりどりのフルーツの中に、大きなバナナの一房が丸ごと入っているのを見つけて、私は恥ずかしくなった。

「ごめんね……」

 そのとき、ベッドに寝ているユカリが言った。

「え……?」

「いろいろと心配をかけて、ごめんね……」

「いやあ、ぜんぜん気にせんでいいけん、そげんことは」

 返事をしながら、私は思った。ユカリには、何も知らせまいと。

 学校にやってきた刑事のことも、 怒鳴り声を上げたヒゲタワシのことも、 責められて泣いた佳代子のことも、それを庇ったブッチンのことも、5人で結成した特別捜索隊のことも、神社の防空壕跡での捜査のことも、 失踪者の無事を伝えたPTAの連絡網のことも、 テレビニュースの報道のことも、そして、クラスの全員でヒゲタワシを打ち倒したことも。

 ユカリが傷ついているのは、体だけではないはずだ。昨日の朝から起こったさまざまな出来事のうちの、たった1つでも、彼女に知らせてはならないと、私は思ったのだ。

「あのね、石村君……」

「うん……?」

「私ね、もうひとつ謝らなくちゃいけないことがあるの、石村君に……」

「…………」

「失くしちゃったの、つく美ちゃんを……」

「え……」

「あのお爺さんにおんぶしてもらって、山小屋に連れて行ってもらって、暖炉で温まっているとき、気がついたの。ランドセルから、つく美ちゃんが失くなっていることに……」

「…………」

「たぶん、山道で転んだときに、その弾みで、ランドセルから外れて落ちちゃったんじゃないかと思うんだけど……。 ごめんね……、 せっかく石村君のお父さんが作ってくれたのに……」

 この事実には少なからず落胆したが、それを悟られまいと、私は言った。

「いいけん、いいけん、ぜんぜん気にせんでいいけん、そげなこと。また、とうちゃんに頼んで、作ってもらうけん。こんどは、スーパーつく美ちゃんを、作ってもらうけん」

「スーパーつく美ちゃん? いったい、どんな、つく美ちゃん?」

「スーパーつく美ちゃんはのう、とにかく、スーパーなんじゃあ。ものすごう、スーパーなんじゃあ。頭のてっぺんからつま先まで、信じられんくらい、スーパーなんじゃあ」

 私の、口からの出まかせに、

「つく美ちゃんって、つま先、あったっけ?」

 ユカリから、思わぬ指摘があったので、

「あっ、そーかーっ」

 私は、頭をボリボリ掻いた。

 そのしぐさが可笑しかったらしく、ユカリが

「アハハハハッ」

 と、声を出すと、窓際に座っている母親までつられて笑った。

 思わぬ会話の好転に、病室の空気が和んだ。

 そして、この、明るくて柔らかな雰囲気が、私の心の中にある大きな疑問を、口に出すよう促した。

「あんのう、ユカリ……」

「うん……?」

「ひとつだけ、質問しても、いいじゃろうか?」

「え……?」

「どげえして、彦岳に、行ったん?」

「…………」

 それまで私に注がれていたユカリの視線が、質問と同時に、横に逸れた。

 病室の白い壁に顔を向けたまま、彼女は黙りこんだ。

 窓際の母親が、慌てたように椅子から立ち上がり、

「石村君。なにか、フルーツ、召し上がる?」

 場を取りつくろうように訊いたが、私は返事をしなかった。

 壁を向いたままのユカリの顔を、じっと見つめていた。

 そうして、しばらく。

 ユカリはようやく口を開き、視線を壁から離さずに、私に言葉を送ってきた。

「あのね、石村君……」

「うん」

「おとといの学校の、最後の授業、覚えてる……?」

「うん。図工じゃろ。教室の窓から見える、好きな風景を描いた」

「石村君は、何を描いたの……?」

「俺は、イチョウの木を描いた。葉っぱが無うなって、描きやすいけん、描いた」

「そう……。 私はね……」

「うん」

「彦岳を描いたの……」

「え……」

「教室の窓から見える、いちばん高いものを探したの。それが、彦岳だったの……」(※注2)

「…………」

「だから、彦岳を描いたの……」

「…………」

「彦岳を描きながら、私、考えていたの……」

「え……? 何を……?」

「この授業が終わって放課後になったら、あの山に登ってみようって、考えていたの……」

「えっ……? どげえして……?」

「あの山の頂上からなら、見えるかもしれないって、思ったの……」

「えっ……? 何が……?」

「東京タワー……」

「えっ……」

「彦岳の上からなら、見えるかもしれないって、思ったの。東京タワーが……」

「…………」

「見えるはずなんかないってことは、分かってたの……。でも、でも……、もしかしたら、見えるかもしれないって、そう思ったの……」

「…………」

「だから、彦岳に、行ったの……。頂上まで、登ろうと、したの……」

「…………」

「バッカみたい……」

「え……?」

「私って、 バッカみたい。  もうすぐ中学生になるのに、 東京タワーが見えるかもしれないなんて思っちゃって、バッカみたい……」

「…………」

「九州の山から、東京タワーが見えるかもしれないなんて思っちゃって、バッカみたい。私って、ほんとうに、バッカみたい……」

「…………」

 そのときだった。むせぶような声が、窓際の方から聞こえてきたのは。

 振り向くと、ユカリの母親が、椅子に座ったまま、両手で顔を覆っていた。

 彼女は、泣いていた。低い声を絞り出して、泣いていた。

 娘から、失踪の理由を聞かされて以来、いったい彼女はどれだけの涙を流したのだろう。

 母親は、泣き続けた。ずっと、泣き続けた。

 だが、目の前で泣いているのが、実は母親なのではなく、ほんとうはユカリ自身が泣いているのだということが、私には分かっていた。

 

(※注1)現在は、臼杵市に、勝山動物病院というのがある。院長先生は名医らしい。

(※注2)津久見市には、高層建築物が1つもなかった。今も、そうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3部  「事件の冬」  その9

 

  担任の先生が、変わった。

 次の日の朝。 佳代子が復帰して39人が着席した6年3組の教室に、校長先生に伴われてやって来たのは、平林幸江という名前の、女の先生だった。

 もう50は越えた年齢と思われる平林先生は、鼻の右側に大きなホクロがある以外は、とくにこれといった特徴のない人だったが、物静かで穏やかな雰囲気は私たちを安心させるのに充分だった。

 ところで、 担任の職務を解かれたヒゲタワシだが、 今日から職員室の自席だけが、彼の居場所になったらしい。

 万事に計算高い人間のくせに、山本佳代子の父親が教育委員会の委員長と大の仲よしだということを知らなかったのは、あまりにもウカツだった。

 昨日、学校を休んだ娘にその理由を訊いた山本源一郎氏は、たちまち怒り心頭に発し、20年来の釣り友だちである宇都宮公太郎委員長にさっそく電話連絡。続いて宇都宮委員長から連絡を受けた校長先生が、6年3組で起こった生徒たちの反乱劇を目撃したばかりだったというのは、実にグッドタイミングだった。

 顔の下半分を覆うご自慢のヒゲを撫でさすりながら、哀れなタワシ先生は、4月からの転任先が決まるのを、じっと待ち侘びるハメになったという次第。

 とにもかくにも、卒業式まであと2か月と少し。私たちは小学校時代の最後の日々を、新しい先生のもとで送ることになったのである。

 

 私たちにもたらされたのが新しい先生なら、フォクヤンにもたらされたのは新しい人生だった。

 大分テレビジョンのニュースで紹介された彼自身のコメントの通り、深大寺和宏氏は、娘の命を救ってくれた恩人に対する感謝の気持ちを、現実の形にしたのだ。

「恐怖の人さらい」から一転、「心優しき英雄」の名声を獲得したフォクヤンは、警察署から釈放されたその夜、久々に八幡神社の防空壕跡に帰り、掻き集めた枯葉を布団にして眠りに就いた。

 翌朝、老雄のもとを訪れたのは、矢倉セメントからの使者。

 工場長宅の庭の掃除役として、あなたを雇いたい。

 実は、前任者が3か月前に腰を痛めて退職し、 代わりの勤務者を探していたのだが、ちょうどそこへ、あなたが現れた。

 ついては前任者に優る給与に加え、住み込み ・ 食事付きという好条件であなたをお迎えしたいのだが、いかがだろうか。

 広大な敷地は、 あなたと愛車のリヤカーが活躍するのに打ってつけの舞台だと、われわれは信じて疑わない。ぜひ、ご承諾をいただきたい。

彼は、そういう内容の話を伝えに来たのだ。

この雇用交渉は、通訳を必要としなかった。

矢倉セメントから送られてきた使者は、 NHKの人気テレビ番組「ジェスチャー」(※注)の大ファンらしく、全身をくまなく使った巧みな動作で交渉相手との意思の疎通を図り、 フォクヤンもまた、 身振り手振りの熱演でこれに応じた。

かくて、交渉はスムーズに運び、やがて契約の成立に至ったのだ。

少年時代から山野を巡って炭を焼き、荷車に鉄屑を積み重ねながら齢を重ねてきた老人は、体を酷使し続けるライフスタイルを、そろそろ変えたいと思っていたのかもしれない。

だが、 フォクヤンが一般社会のメンバーになるためには、やらなければならないことがあった。 それは、積年の汚れを洗い落とすこと。 つまり、入浴だ。

1月15日の日曜日、午後。

フォクヤン、ついに風呂へ! その噂を聞きつけた市民たちは、私たち5人組も含めて、宮本町の銭湯「えびす湯」の前に集合し、主役の登場を今や遅しと待ち侘びていた。

「矢倉がのう、えびす湯を1日、借り切ったち。30万円払うて、男湯も女湯も借り切ったち」

 どうだ俺は情報通だろうと、得意げな顔をして、ペッタンが言った。

「ひえーっ、30万円も! 大人の入浴料金が、 30円じゃあけん、 えーと……、 おう! その1万倍かーっ!」 

 お金の計算に強いカネゴンが、驚き呆れた声を上げた。

「まず最初に、 男湯の湯船に石鹸を100個ほうりこんで、 ぶくぶくの泡だらけにして、 その中にフォクヤンを浸けこんで、 下洗いをするっち。 その次に、 女湯に移動して、さら湯の中で、すすぎ洗いをして、仕上げるっち。 新聞の販売店の大将が、今朝言いよった」

 まるで洗濯物を洗うかのように、ブッチンが解説をした。

「湯船の中が、真っ黒けっけになってしまうじゃろうのう。明日からもう、えびす湯には、客が来んようになってしまわんかのう」

 ときどき、父親といっしょにこの銭湯を利用しているというヨッちゃんが、心配そうに呟いた。

「なあに、フォクヤンはもう、津久見の英雄じゃあ。銭湯に、汚れは付いても、箔が付く」

 とっさに閃いたシャレを私が飛ばしたが、誰も笑ってくれなかった。

 そのとき、おおーっという観衆のどよめきの中を、3人の人物が一列になって登場してきた。

 先頭は、紺色のスーツの上にステンカラーのコートをはおった中年の男性。背筋をピンと伸ばしたその姿は、彼がこの入浴プロジェクトのリーダーであることを思わせた。

 2番目を歩くのは、 えんじ色のオーバーを着た、中年の女性。 その顔を見て、彼女が、ユカリの誕生日会のときに、 料亭へと案内してくれた深大寺家の使用人であることを私は思い出した。 これからはフォクヤンの同僚となる彼女が持っている大きな風呂敷包みの中には、入浴後の新しい衣類が入っているのだろうか。

 そして、列の最後尾には、本日の主役のフォクヤン。これで見納めとなる真っ黒な顔と体に向かって、

「ピカピカになって来いよーっ!」

 誰かが大声を投げかけると、老人はそちらの方を振り向き、

「ふおおおおおおおおーっ!」

 返事の雄叫びを上げた。

 1か月半前に私を失禁させた独特の叫び声には、 今はもう、 恫喝と入れ替わって歓喜がこもっていた。

 3人が男湯の前に到着すると、ガラガラッと戸が開き、えびす湯の主人が、えびす顔をして現れた。

「いらっしゃいませ! お待ちしておりました! さっ! どうぞっ! どうぞっ!」

 主人の挨拶に迎えられた3人は、風呂屋の中へ姿を消した。

 

 1時間が経ち、2時間が過ぎた。

 フォクヤンは依然として銭湯の中にいたが、 大勢の観衆の中に、 待ちくたびれて帰ってしまう者は一人としていなかった。

 生まれ変わったフォクヤンの姿を、その目に焼き付けようと、寒風に吹かれながら、市民たちは期待に胸をふくらませていたのだ。

 そんな彼らに、強力な助っ人が現れた。

 今日の入浴イベントを、大きな商機にしようと、どこからともなく集まってきたのは、屋台、屋台、屋台の群れだ。

 ホッカホカに焼けた、回転饅頭。ジュジュッと音を立てる、タコ焼き。鉄板の上に舞う、焼きソバ。豚骨の匂いを漂わせる、ラーメン。もうもうと湯気を立ち昇らせる、おでんと熱燗のトックリ。

 それぞれの屋台にたちまち観客たちが群がり、食べ、啜り、噛み、頬張り、飲みこみ、呷り、酔い、騒ぎまくって、もはや突然の冬祭り状態だ。

 ブッチンとカネゴンは、回転饅頭を1個ずつ。ペッタンとヨッちゃんと私は、タコ焼きを1串ずつ。お金を出し合って買い、分け合って食べていると、

「出て来たぞーっ!」

 誰かの大声とともに、大観衆の視線が、いっせいに銭湯に注がれた。

「あああーっ!」

「なんじゃあ、ありゃあーっ!」

「ほんとに、フォクヤンかのうーっ!」

 立て続けに驚きの声が飛んだのも、無理はない。

 私たちの視線の先に立っている人物は、上から下まで、真っ白だったのだから。

 純白の帽子、純白のジャンバーとセーターとシャツ、純白の手袋、純白のズボン、純白のソックスと靴。

 そして、汚れの堆積をすっかり取り除いたフォクヤンの顔は、ビックリするほど、色白だった。今までの数十年間、市民の誰一人として知らなかったフォクヤンの素顔が、そこにあった。

 知られざる歳月の、空白の白。明かされた無実の、潔白の白。新しき出発の、無垢なる白。そして、連想を誘うのは、セメントの白。

 それはまさに、彼が余生を託した雇い主による、見事なまでの演出に他ならなかった。

 呆気に取られたままの観衆たちの前に、颯爽と滑りこんできた、白い乗用車。

 その後部ドアが開き、乗りこもうとしたフォクヤンは、ふと顔を上げ、 自分の門出のために集まってくれた大勢の市民たちの顔をしばらく眺め回した後、最後の雄叫びを上げた。

「ふおおおおおおおおーっ!」

 喜びのようにも哀しみのようにも聞こえるその声は、 車が走り去った後も、ずっと私の心の中に響き渡っていた。

 

(※注)1953年から1968年まで、NHKで放送されたクイズ番組。テレビの草創期において、そのメディア特性を活かした代表的な番組であり、日本のテレビ史上初めてのクイズ番組でもある。柳家金語楼率いる白組(男性陣)と、水の江滝子(先日94歳で亡くなられた。ご冥福をお祈りします)率いる紅組(女性陣)に分かれ、視聴者から募集した問題を、解答者がジェスチャーのみで表現し、それを制限時間内に当てていくゲームにより30分番組が進行していった。司会を務めたのは、小川宏アナウンサー。筆者は、この番組が大好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3部  「事件の冬」  その10

 

 別れは、突然やって来た。

 1月23日の月曜日。1時間目の授業の始まる前。

 平林先生の口から出た知らせに、私は耳を疑った。

「深大寺ユカリさんが、東京の小学校に転校しました」

 冗談かと思った。だが、冗談を言うような先生ではなかった。

「先週の火曜日に退院したユカリさんは、金曜日にお母さんと東京へ帰って行きました。実は、水曜日の夕方に、 お母さんが転校の手続きをしに職員室にお見えになったのですが、クラスの皆さんには週が明けるまで内緒にしてほしいとおっしゃいました。 そういう理由があったので、今こうして、先生から皆さんに、初めてお知らせをしている訳なのです。 卒業を前にしてクラスの仲間がいなくなったのはとても寂しいことですが、 深大寺さんは今日から東京の学校に元気に通っているはずです。皆さんも、小学校時代の残りの日々を、ユカリさんと同じように元気に過ごしましょう」

 

 昼休み。

 私は校庭へは出ずに、教室に1人残って、座っていた。

 ユカリが、いなくなった。

 津久見から、いなくなった。

 東京へ、転校して行った。

 時間が経つに連れて、先生から聞かされたことが、私の中で、現実としての重みを増していった。

 

 放課後。

私はいつもの仲間たちとは遊ばずに、1人で家路を歩いていた。

 どうして、ユカリは、いなくなったのだろう。

 どうして、ユカリは、津久見からいなくなったのだろう。

 どうして、ユカリは、東京へ転校して行ったのだろう。

 それが、あの失踪事件と関係していることは、私にも分かっていた。

 娘をこれ以上危ない目に遭わせてはならないという、 両親の配慮によるものであろうということも、しだいに分かってきた。

 東京の生活に戻りたいという娘の強い思いを、両親が心を痛めるほどに認識し、それを受け入れた結果がこうなのだということも、だんだんと分かってきた。

 でも、どうしてユカリは、いなくなってしまったのだろう。

 さようならも言わないで。

 

 夜になっても、布団の中で、私は彼女のことを考えていた。

 東京に戻ったユカリは、もう、おじいちゃんやおばあちゃんたちと再会したのだろうか。

 いとこたちとも、再会したのだろうか。

 友だちとも、再会したのだろうか。

 1年半ぶりに、デパートに、出かけるのだろうか。

 東京タワーにも、昇るのだろうか。

 遊園地にも、遊びに行くのだろうか。

 これから、東京のどこかの中学校に入学して、それから、コマバとかヒビヤとかの高校へ進学して、その後は、東大で勉強をして、将来は、偉い人間になるのだろうか。

 ユカリが望んでいた、いろいろな事柄は、津久見にいたままでは叶わないことばかりだ。

 東京にいなければ、実現できないことばかりだ。

 そして彼女は、東京へ戻った。

 そして彼女は、いろいろな望みを実現できる。

 つまり、東京の生活に戻ったということは、彼女にとって、とても良いことなのだ。

 とても、喜ばしいことなのだ。

 だから、私も、それを喜んであげなくてはいけないのだ。

 それを私ができないのは、彼女のこれからを喜んであげたいという気持ちよりも、彼女がいなくなったことを悲しく思ったり寂しく思ったりしている今の気持ちの方が、はるかに強いからなのだ。

 

 枕元の時計の針が午前零時を回ったころ、心の中はぐちゃぐちゃのまま、私の頭の中は、だんだんと整理されていった。

 そして、ユカリが彦岳の山中であのオレンジ色の人形を失くしたことを思い出し、今となっては彼女と自分をつなぐものがこの世に1つも存在しなくなったことに気づいたとき、私は自分の初恋が終わったことを知った。

 

(※注)本章の(注)は、ありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3部  「事件の冬」  その11

 

 私の悲しみは、3日後に、癒された。

 その夜、「ザ ・ ニュースおおいたセブン」の放送中。

いつものメガネのアナウンサーの口から、音吐朗々と発せられたコメントは、コタツの中にだらしなく寝そべっていた私を跳ね起こさせた。

「県民の皆さまに、 たいへん嬉しいお知らせです。 第39回選抜高校野球大会の出場校を決める最終選考委員会が本日午後、大阪市内で開かれ、我らが郷土の津久見高校が初めて選ばれました」

 反射的にコタツから飛び出した私は、父の仕事部屋のドアを開け、大声で叫んだ。

「たいへんじゃあ! 津高がセンバツじゃあ!」

 背広のボタン付けをしていた父は、私の絶叫に驚き、縫い針を親指に、ズブリ。

「あいたたーっ! 津高がセンバツ! あいたたーっ! そりゃたいへんじゃあ!」

 指をくわえて、部屋からテレビの前へすっ飛んだ。

「……という訳で、本日は特別ゲストとして、この方にスタジオにお越しいただきました」

 アナウンサーの声とともにカメラが引くと、画面に現れた人物がまたまた私たちを驚かせた。

「あーっ! 監督じゃあ!」

「おーっ! 小嶋のニイちゃんじゃあ!」

 ユニフォームを着ていなくても、野武士のような顔は、一目瞭然だった。

「……津久見高校野球部の小嶋仁八郎監督です」

 アナウンサーが画面に向かって紹介した後、隣に座ったゲストに語りかけた。

「監督、このたびは、おめでとうございます」

「はい、おめでとうございます」

 ぷぷっ。人を食ったような受け答えに、私は噴き出した。

「全国から選ばれた24校(※注1)の中に、みごと、津久見高校が入った訳ですが、率直に、今のお気持ちは?」

「はい、率直に、嬉しいです」

 ぷぷぷっ。こんどは父も噴き出した。

「津久見高校としては初めて、大分県勢としても実に18年ぶりのセンバツ出場となった訳ですが、正直なところ、監督、今回選ばれる自信のようなものはお有りでしたか?」

「はい、当然、選ばれるものと思っておりました」

おっほー。私と父は、賛嘆の息をもらした。

「あのう、通常ですと、選出されるには、九州大会でベスト4に入るというのが基本的な目安になっていますよねえ。 ところが津久見高校は、2回戦で敗退しています。 条件的には、かなり厳しいものがあったのではないかと思われるのですが……」

「いいえ、そんなことは、まったくありませんでした」

「えっ。そ、そうですか。な、何か、根拠のようなものが……?」

「はい、 根拠ありです。 九州大会を制したのは熊本工業ですが、 ウチは2回戦でその熊本工業と対戦し、1対2で惜敗したものの、試合の内容では圧倒しておりました。優勝したチームを圧倒したのだから、ウチが選ばれない訳などないでしょう」

「な、なるほど。そ、それは確かに、根拠と言えなくもありませんね……」

「それだけでは、ありません」

「は……? と、言いますと……?」

「ウチは、国体で準優勝しました」

「あ、そうそう、そうでした。準優勝しましたよねえ、国体で。あれは、みごとな戦いぶりでした」

「その通り。決勝戦は0対1で松山商業に惜敗しましたが、やはり試合内容では圧倒です。国体優勝チームを圧倒したのだから、ウチが選ばれない訳などないでしょう」

「な、なるほど。い、言われてみれば、まさにその通りですよねえ……」

「しかもその国体では、浅田と吉良が、実に良く投げた。 これまでの通算防御率は、浅田が0.30、吉良が0.74。 どうです、すごいでしょう」

「あ、そうそう、そうでした。 浅田投手に、吉良投手。 津久見高校の誇る、 2人のエースですよねえ。浅田投手の速球は外角低めにビシッと決まるし、吉良投手のドロップなんか、30センチくらい落ちるんではないですか?」

「吉良のドロップは、1メートル落ちます」

「い、1メートル! ほ、ほんとうですか!」

「嘘です」

「え……? あ、あはは……。小嶋監督は、ご冗談がお好きなようで……」

「打撃のことは、訊かんのですか?」

「あ、そうそう、そうでした。 キャプテンの山口選手を筆頭に、3割打者がズラリ。通算のチーム打率は、たしか3割6分で、九州随一の破壊力。今回の選出にあたっては、この素晴らしい打撃力も評価されたことは間違いありませんねっ」

「3割6分じゃなくて、3割6厘」

「あ、ど、どうも、失礼しました……」

「打線は、例年よりは小粒です。 それでも、夏場に比べたら、ちっとはマシになりましたけどね。 今年の津久見は、投手力を軸にした総合力のチーム。そう、ご記憶いただきたい」

「なるほど、投手力を軸にした総合力のチーム、ですか。 ところで監督、今回選出された24チームを見ますと、史上最強と噂される京都の平安高校を始め、いずれ劣らぬツワモノ揃いです。 激戦必至のこの中で、ずばり、津久見高校の目標は?」

「目標ですか。目標ねえ……」

「過去5回出場した夏の甲子園では、 2度のベスト8に輝いていますが、 初出場のこの春、果たしてどこまで勝ち上がれるか。 私のみならず、大分県民なら誰もがお訊きしたいところでしょう」

「そうですなあ……。 ベスト8はもう飽きたから、それ以上、ということにしときましょうか」

「ベスト8以上! と、いうことは……」

「そりゃあ、あんた。 ベスト4か、準優勝か、優勝に決まっとるでしょうが」

「ベスト4か、準優勝か、優勝! おお! 期待して、よろしいでしょうか?」

「はい、よろしいですよ。 津久見市民の皆さんも、 大分県民の皆さんも、全九州の皆さんも、 大いに期待してください。 われわれ津久見高校は、 九州の代表として選ばれました。 甲子園では、九州男児の名に恥じない戦いぶりを、皆さんとイッパチローさんにぜひともお見せしたいと思っています」

「イッパチローさん?」

「はい、小嶋一八郎さん。私の父親です。オヤジの名前がイッパチローで、セガレの私がニハチロー。面白いでしょう?」(※注2)

「…………」

「あ、面白くなかったですか。これは、失礼。甲子園では、面白い試合をお見せします。皆さん、どうぞ応援してください」

「……あ、はい、はい。 それでは皆さん、3月29日に開幕する、 選抜高校野球大会。 我らが津久見高校の活躍に期待しましょう。 小嶋監督、今夜はお忙しいところを、どうもありがとうございました」

 テレビの画面がコマーシャルに変わった後も、私と父は笑い転げていた。

 津高のセンバツ出場決定の知らせだけでも最高なのに、サービス精神いっぱいで、抱腹絶倒の小嶋監督のスピーチまで聞けて、私の気分は超最高だった。

「小嶋監督っち、こげな面白え人じゃったん?」

 ようやく笑いが止まった私が訊くと、

「ああ。選手の前では、鬼の仁八郎じゃあけんど、みんなの前では、お調子者のニイちゃんち言われて、昔から有名でのう。人を笑わせたり、からこうたりするのが趣味みたいな面白えオッサンよ」

 まだまだ笑い足りないといった表情で、父が答えた。

「良かったなあ、とうちゃん!」

「良かったのう、太次郎!」

 良かった。ほんとうに良かった。私の思いは、その一言に尽きた。

 ユカリの転校とともにどこかへ消えて行ってしまった私の希望が、オレンジソックスの活躍という希望に姿を変えて、私のもとへ戻って来てくれたのだ。

 あの、雪の日。

トレーニング中の前嶋選手から聞いた、小嶋監督の言葉を、私は思い出していた。

 いつ試合が始まってもいいように、準備だけは怠るな。

 その「試合」が、2か月後に、ほんとうに始まるのだ!

 いよいよ開幕するのだ、私たちの、みかんのチームの甲子園が!

 思い返せば、なんと事件の多い冬だったのだろう。

 聞いてしまった、ブッチンの父親の秘密。

 行方不明になってしまった、ユカリ。

 英雄になってしまった、フォクヤン。

 失脚してしまった、ヒゲタワシ。

 そして、東京に帰ってしまった、初恋の人。

 たいへんなショックを受けたり、 気が狂いそうなくらい恐ろしくなったり、 どうしたらいいのか分からなくなったり、 目を疑うほどビックリしたり、 煮えくり返るみたいに怒ったり、 涙が出そうになるくらい悲しかったり、 何かが起こるたびに、 私の心はあっちこっちへ振り回された。

 ほんとうに、事件だらけの冬だった。

 だけど、 いちばん最後に起こったのは、 これから先、 何回でも何十回でも何百回でも、 繰り返して起きてほしい、 最高に嬉しい事件だった。

 

(※注1)現在は32チームで競われている同大会だが、この当時の出場チームは24校だった。

(※注2)本当の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4部  「熱狂の春」  その1

 

  6年間を過ごした津久見小学校と、お別れをする日が来た。

3月20日の卒業式。

その朝、私は、紺色のブレザーにグレーのズボンという出で立ちで、両親といっしょに最後の通学路を歩いた。

細い縦縞のシャツには、オレンジ色のネクタイ。足には、やはりオレンジ色のソックス。

つまり、あのユカリの誕生日会のときとまったく同じ服装なのだが、5か月ぶりに着てみると、父の手製の晴れ着は、ブレザーやシャツの袖もズボンの裾もかなり短くなっており、いつの間にか自分の身体が大きくなっていることに気づいた私は、少なからず驚いた。

講堂で行われた、式典。

1人1人、名前を読み上げられて壇上に昇り、 父兄たちの拍手を聞きながら、 校長先生から卒業証書を受け取った。 そして最後に、卒業生全員で「仰げば尊し」を歌って、私たちは校門を出た。

こうして、晴れて小学校卒業の身となった私だが、とくに感慨というものはなかった。

6年間をともにした仲間たちみんなとは、 春休みが終わって4月10日が来たら、 こんどは津久見第一中学校でまたいっしょになる訳だし、 つまりそれは単なる登校先の変更を意味するに過ぎず、小学校よりも自宅から近い中学校へは、わずか15分で通学できるということが、私はむしろ嬉しかった。

お世話になった先生たちとは、 狭い町なか、 これからもちょくちょく顔を合わせるだろうから、別れの寂しさというものもなかった。

ただし、昼休みの校庭で夢中になって遊んだドッジボールが、中学校ではもうできなくなるのだろうなと思うと、それが少し残念だった。

とにもかくにも、これから春休み。

もはや小学生ではなくなり、 けれどもまだ中学生にはなっていないという、 妙な立場の12歳の心を占めていたのは、もちろん、あと10日後に甲子園で活躍をしてくれる、 みかんの色の野球チームだった。

 

翌日の午後、いつもの仲よしたちと、私は市民グラウンドにいた。

中学生になったら、みんな野球部に入ることに決めていたので、その肩慣らしということもあって、本日はキャッチボールを。

広いグラウンドの中、めいっぱいの距離を取り、私はカネゴンと、ブッチンはヨッちゃんと、体を思いっきり動かして投球、捕球を繰り返していた。

あの雪の日の寒さが嘘のように、 春の日差しは温かくて心地よく、 市役所の外壁に取り付けられた 「祝・津久見高校センバツ初出場」 の大きな垂れ幕は、私たちの気分をウキウキさせていた。

「おーいっ!」

 そのとき、遅れてやって来たペッタンの、大きな声が聞こえた。

「いいもの、持って来たぞーっ!」

 その声に、私たちはキャッチボールを中断し、ペッタンの方へ近寄っていった。

「ほうら、見てみい、これ」

 得意げな顔をして、 彼が私たちに差し出したのは、 A4くらいのサイズの横開きのパンフレットだった。

赤と黒の2色で印刷された表紙には 「ガンバレ、センバツ!」 という大きな見出しがあり、 それに続くタイトルは 「津久見高校野球部を送るしおり」 と書いてある。 それらの下、表紙の真ん中にレイアウトされているのは、 バットを持って立ち並んだ、 オレンジソックスの選手たちの写真だった。

「おおーっ!」

 ブッチンが感嘆の声を上げると、

「どげえしたんか、これ!」

 ヨッちゃんも負けないくらいの賛嘆を示し、

「こげなもの、どげえして、おまえが持っちょるんか!」

 カネゴンのさらに大きな驚嘆に続いて、

「見せて! 見せて! 早う! 見せて!」

 最大ボリュームの声で、私が請願した。

 私たちを充分すぎるほどにビックリさせたことに満足したらしく、

「これはのう、 津高野球部の後援会が作ったパンフレットじゃあ。 ウチのとうちゃんが昨夜、 手に入れて、何べんも繰り返して読みよった。 俺も、今朝、読んだ。津高チームの最新情報やらが満載じゃあ。 おまえどーにも読ませてやろうち、持って来たんじゃあ」

 そう言いながらペッタンは、私たちに見えるように、ゆっくりと冊子をめくり始めた。

 最初のページには大分県知事と大分県高野連会長からの、次のページには津久見市長と津久見市議会議長からの、津高野球部への激励のメッセージ。

その次のページには、津久見高校長と津久見高校同窓会長からの、ご挨拶。

ここまでの内容は、漢字だらけで、私たちが理解するには至難なものだったが、

「さーて、行くぞーっ!」

 ペッタンの気合声とともに開かれた、 その次のページは、 たちまち4人の目を輝かせ、釘付けにした。

 そこには、小嶋監督以下、部長や選手たちの全身写真が大きく載っており、センバツに臨む各メンバーのポジションや抱負が、数ページに渡って紹介されていたのだ。

 猛練習の末に、最終的に甲子園ベンチ入りの座を獲得した14名。(※注)それらを、1人1人じっくりと確認しながら、私たちは読み進んでいった。

 

監督、小嶋仁八郎。

「今回の出場は、 昭和27年の監督就任以来、 15年目にしてやっと掴んだチャンスだ。 投打ともに良くまとまった選手たちとともに、 晴れの舞台で暴れてみせる」

 野球部長、児玉義行。

「初出場だけに、 選手の喜びは大きく、 張り切りぶりは頼もしいばかりだ。 実力は、出場全チームの中でもAクラスだと信じている。 ぜひとも郷土の期待に応えたい」

 背番号1。投手、吉良修一。

「郷土のため、母校のため、チームのため、悔いのない戦いをします」

 背番号2。捕手、山田憲治。

「日頃の練習の成果を充分に発揮し、一戦一戦、ベストの試合をします」

 背番号3。一塁手、広瀬良介。

「何ものも恐れないファイトで、最善を尽くします」

 背番号4。二塁手、萩本有一。

「とにかく、力いっぱいやるだけです」

 背番号5。主将 ・ 三塁手、山口久仁男。

「勝って勝って勝ち抜いて、校歌をできるだけ多く甲子園に流させたいです」

 背番号6。遊撃手、矢野敏明。

「思いきったプレーをやる。ただそれだけです」

 背番号7。左翼手、大田卓司。

「守っては、絶対にボールを逃しません。攻めては、好球を必ず打ち返します」

 背番号8。中堅手、五十川貴義。

「しぶといバッティングをし、出塁して敵の内野を掻き乱します」

 背番号9。右翼手、岩崎新次。

「ここ一発というチャンスに打ち、郷土の声援に応えたいです」

 背番号10。投手、浅田文夫。

「優勝旗の花を郷土に咲かせ、津久見の歴史を飾りたいです」

 背番号11。捕手、足立由晴。

「思いっきりやります。悔いのないプレーをやります」

 背番号12。内野手、前嶋幸夫。

「一試合一試合に全力を尽くし、チームのため、郷土のために頑張ります」

 背番号13。内野手、麻生立美。

「チームプレーに徹し、大いに甲子園を沸かせたいです」

 背番号14。外野手、吉田泰秀。

「全国制覇を目標に、頑張ります」

 

「おおっ! 吉良が背番号 『1』 じゃあ! エースナンバーはずーっと浅田が付けちょったにい!」

 ブッチンが、驚きの声を上げた。

「あの雪の日に、 前嶋選手が言うた通りになったのう。 重てえ鉄板の入った靴を履いて、 毎日10キロのランニングを欠かさんかった努力が実ったんじゃあのう」

 彼のドロップが1メートルも落ちると言った、小嶋監督のジョークを思い出しながら、私が応じた。

「その、 前嶋のユキにいちゃんは、 背番号 『12』 かあ……。何とかベンチ入りは果たしたけど、セカンドのレギュラーポジションは獲れんかったのう……」

 従兄弟の写真を見ながら、ヨッちゃんが、やや残念そうに口を開いた。

「なあに、 前嶋選手は、 あれだけの強運の持ち主じゃあ。 甲子園でも、 なんか、 どえれえことをやりそうな気がするわい」

 カネゴンがそう言って、ヨッちゃんを慰めた。

「最後のページにのう、 出場する24校の名前が載っちょる。 もう新聞で見ちょるけど、 もういっぺん確認しちょかんと、のう」

 その言葉とともに、 ペッタンがもう1枚をめくり、 そこに並んだ津高のライバルたちを、 私たちは頭の中に焼き付けた。

 

 札幌光星高(北海道東北地区/北海道)初出場

 仙台商高(北海道東北地区/宮城県)初出場

 桐生高(関東地区/群馬県)11回目

 桜美林高(関東地区/東京都)初出場

 甲府商高(関東地区/山梨県)初出場

 愛知高(中部地区/愛知県)初出場

 三重高(中部地区/三重県)2回目

 県岐阜商高(中部地区/岐阜県)20回目

 富山商高(中部北信越地区/富山県)2回目

 若狭高(中部北信越地区/福井県)2回目

 平安高(近畿地区/京都府)25回目

 近大付属高(近畿地区/大阪府)初出場

 明星高(近畿地区/大阪府)4回目

 報徳学園高(近畿地区/兵庫県)2回目

 三田学園高(近畿地区/兵庫県)初出場

 市和歌山商高(近畿地区/和歌山県)3回目

 倉敷工高(中国地区/岡山県)5回目

 尾道商高(中国地区/広島県)2回目

 新居浜商高(四国地区/愛媛県)初出場

 松山商高(四国地区/愛媛県)13回目

 高知高(四国地区/高知県)4回目

 津久見高(九州地区/大分県)初出場

 熊本工高(九州地区/熊本県)9回目

 鎮西高(九州地区/熊本県)初出場

 

「おりょー。 優勝候補筆頭の平安は、25回目の出場かあー。 数字だけでも圧倒されるのう。 続いて県岐阜商の20回、松山商の13回……」

 各校の出場回数を見比べながら、ブッチンが言った。

「初出場の学校も、多いのう。 ひい、ふう、みい……。 津高を入れて、10校もある」

 指でなぞって数えながら、カネゴンが続けた。

「なあに、出場回数ばかりが能じゃあ無え。 たしか新聞の下馬評では、優勝候補は平安の他に桐生やら甲府商やら市和歌山商やら報徳学園やら松山商やら高知やら熊本工やら……、 おう、 西日本勢が多いのう」

 ヨッちゃんが西高東低の事実を発見すると、

「津高も西日本じゃあし、優勝候補に上げられちょる熊本工と接戦をしたんじゃあけん、有力候補っち言うてもいいかもしれんのう」

 ペッタンが自信たっぷりの意見を述べ、

「まあ、組み合わせのクジ運にもよるけんどのう。 もしも熊工と対戦することになったら、 九州大会の借りを返さんといけんし、 もしも報徳と当たったら、去年の夏の甲子園の雪辱を果たさにゃならん!」

 私が、意気込みを披露した。

「ああ! 燃えてくるのう! 優勝してえのう!」

 私に触発されたのか、ブッチンが大声を上げ、

「おうーっ!」 

すばやく呼応して、4人も声をそろえた。

「ところで、津高は、いつ出発するんじゃろうか?」             

 ブッチンが、誰にともなく訊ねると、

「明後日。 23日じゃあ。 津久見駅から汽車で別府駅まで行って、別府港からフェリーに乗って、翌朝に神戸港着。 そこからバスで、 甲子園の近くにある宿舎まで直行じゃあ」

 さすがはペッタンが、情報通ぶりを発揮して答えた。

「ちゅうことは、今頃、最後の猛練習の最中かのう」

 カネゴンがそう言い、

「行ってみるか!」

 ヨッちゃんの提案に、

「おうーっ!」

 またしても、みんなが声をそろえた。

 そろそろ、夕刻。春とはいえ、日が落ちるのは早い。

 暗くなるまでに、オレンジソックスの練習を、この目で見なければ。

 都会とは違って、田舎の練習場には、照明の設備などないのだ。

 私たちは、津高のグラウンドへと急いだ。

 

「うわーっ! なんじゃあ、こりゃあーっ!」

 目的地に着くなり、ペッタンが驚きの声を発したのも、無理はなかった。

 私たち5人の目に飛びこんできたのは、選手たちの姿ではなく、グラウンドをぐるりと取り囲む、見物客たちの人垣だったのだから。

 何千人もの市民たちが形成している、 十重二十重の人間フェンス。 津高の熱狂的なファンが自分たちだけではないことに、私たちは気づくのが遅かった。

「オーイッ! オーイッ! オーイッ!」

「オーイッ! オーイッ! オーイッ!」

「オーイッ! オーイッ! オーイッ!」

 大観衆の人垣とざわめきを飛び越えて、選手たちの掛け声が聞こえてくる。それを耳にしていると、見えない選手たちの動きが、心のスクリーンに鮮やかに映し出されてくる。今日の私たちには、もはやそれだけで充分だった。

 そして、声は、グラウンドだけから聞こえてくるのではない。 私たちの頭の上からも、雷鳴のように轟き、降り注いでくるのだ。

 ふと見上げると、その発信源は、津久見高校の校舎の屋上。

そこには、黒い学生服に身を包み、オレンジ色のハチマキを締めた、応援部員たちの姿があった。

「オラオラオラーッ! もっともっと声を出せーっ!」

「オラオラオラーッ! 腹の底から声を出せーっ!」

「山に向かって声を出せーっ! 声が山に跳ね返りーっ、戻って来るまで声を出せーっ!」

「山に向かって声を出せーっ! 戻って来るまで声を出せーっ! 死んでもいいから声を出せーっ!」

 選手たちが燃えている。

観衆たちが燃えている。

応援部員たちが燃えている。

そして、津久見市民の、4万の闘志が燃えている。

センバツの開会まで、あと8日。

だが、すでに、熱狂の春は幕を開けているのだ。

 

(※注)現在は18人の選手がベンチ入りできるが、この当時は14人に限られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4部  「熱狂の春」  その2

 

 「選手、入場!」

大会本部役員の威勢の良い号令とともに、行進曲が場内に流れ始めた。

3月29日、水曜日、午前9時。

第39回選抜高校野球大会の開会式が、いよいよ始まったのだ。

テレビの画面は、6万人の大観衆で埋まった、阪神甲子園球場。

テレビの前には、15人の津久見市民。場所は、金子電器店の茶の間である。

「やっぱあ、 カラーテレビはいいのう! (※注)  しかも、 26インチの大画面じゃあ! 迫力が違うわい!」

 他人の家であるにも関わらず、遠慮のない大声を上げたのは、私の父。

「芝生の緑も、 土の黒も、 バトンガールの衣装の黄色も、 みーんな目に沁みるのう。 なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 どこの家を訪れても、せりふの奇妙な語尾が変わらないのは、正真和尚。

「じゃあけんど、 どげえして行進曲が 『世界の国からこんにちは』 なんじゃろう?  これ、万博のテーマ曲じゃろう。 万博が大阪で開かれるんは、 3年後じゃろうに」

 この家の当主である、カネゴンの父親がそう言うと、

「そりゃまあ、あんた、前宣伝ちゅうやつじゃろうがな」

 カネゴンの母親が、答えた。

 両親と祖父母、 それにカネゴンと3つ年下の弟を含めて、 金子家の人たちは、 計6人。 それに、ブッチン、 ペッタン、 ヨッちゃん、 私といった、 いつもの仲間が、4人。 そして、 私にくっついて来た、父と和尚の、 2人。 さらに、 カネゴンの弟の友だちが、 3人。

 みんな合わせて合計15人のテレビ観戦客たちのために、 金子家の人たちは、 茶の間のふすまを取り外して隣の部屋といっしょの広いスペースを作り、 人数分の座布団まで用意してくれていた。

「今年の入場行進は、 南のチームからです。 まず先頭は、 九州地区代表、 熊本県の鎮西高校。嬉しい初出場に、 胸を大きく張って元気いっぱいの行進です……」

 NHKのアナウンサーの紹介コメントが流れると、 校名の記されたプラカードを掲げたボーイスカウトの隊員に続いて、 最初の14人が画面に映し出された。

 甲子園球場のスタンドから、 巻き起こる拍手。 だが、 テレビの前の15人は無言のまま、静かに行進を見つめている。

「……2校目は、 同じく九州地区代表、 熊本県の熊本工業高校です。 センバツは、 9回目の出場。昨秋の九州大会を制した、 投打の活躍はみごとでした……」

 やはり、 無言のままの15人。 それは、 次に訪れるシーンのために、 じっとエネルギーを蓄積させているのだ。

「……続いて、 3校目。 同じく、 九州地区代表。 大分県の津久見高校が、 初めて春の甲子園球場の土を踏みました……」

 その瞬間、15人のエネルギーが一気に放出された。

「津高じゃあ!」

「津高じゃあ!」

「津高じゃあ!」

 茶の間に響き渡る、歓声と拍手。みんなの顔が、興奮に染まっている。

 アナウンサーのコメントは続き、

「……みかんとセメントの町からやって来た、 14人の選手たち。 その名産みかんの色をあしらったオレンジ色のストッキングが、 緑の芝に鮮やかに映えています……」

 郷土の紹介がされたとたん、

「津久見みかんじゃあ!」

「オレンジ色じゃあ!」

「オレンジソックスじゃあ!」

 15人の歓声と拍手のボリュームは、いちだんと大きさを増した。

「……続いて、 4校目のチームのお目見えです。 四国地区代表の最初の学校は……」

 津高の選手たちの姿が画面から消えて、 アナウンサーのコメントが次のチームの紹介へ移ると、金子家の茶の間は、再び静まり返った。

 ややあって、口を開いたのは、正真和尚だった。

「おう、 もう9時半か。 ワシ、 そろそろ行かんといけん。 実は、 立花町の伊東さんとこの安兵衛さんが、老衰で亡くなってのう。 昨夜がお通夜で、 今日の昼から告別式なんじゃあ。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

「ほう、安兵衛さんがのう。 そりゃまた、気の毒なことじゃあのう。 いくつじゃった? あの爺さん」

 父が訊くと、

「98。 もう充分に長生きしたけど、津高のセンバツ初出場を、見せてやりたかったのう。 なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 立ち上がり、 僧衣の身づくろいをしながら、 正真和尚が答えた。

「そうかあ。 さあて、 俺も、 そろそろ戻って、 仕事をせんといけん。 津高の初戦は、 土曜の第2試合じゃったのう。 金子さん、 またカラーの中継を観せてもらいに来るけん、 よろしゅうなあ」

 父の言葉を受けて、カネゴンの父親が、

「おう。 いつでも観に来んせ。 さてさて、 ウチもそろそろシャッターを上げて、 店の仕事を始めるとするかのう」

そう言い、 大人たちはその場から立ち去ることになった。

 残されたのは、 私たち5人組と、 カネゴンの祖父母、 弟、 その友だち3人の、 11人。

 せっかく、26インチのカラーテレビの前に座っていることだし、私たちは今日の高校野球の中継放送をすべて観ていくつもりだった。

「さあて、ひとまず、試合の組み合わせの確認をしちょこうかのう」

 そう言いながらペッタンが、ズボンのポケットの中から、折りたたんだ新聞の切り抜き記事を取り出して、みんなの前に広げた。

 数日前に大分日日新聞に掲載されたその記事は、 私もすでに読み知っていたが、 今こうしてテレビ中継の現場であらためて目にすると、 いよいよ8日間にわたる戦いが始まるのだなあと、 胸の高鳴りを抑えることができなかった。

 出場全24チームの名前が並んだ、そのトーナメント表。

 それを、決勝進出までの、2つのブロックに分けて眺めてみる。

 

 まず、1つ目のブロックの組み合わせは。

 高知―仙台商

 松山商―桐生

 熊本工―富山商

 尾道商―三田学園

 近大付―甲府商

 市和歌山商―三重

 

 このうち、クジ運よく、2回戦からの試合を戦うのが、近代付、甲府商、市和歌山商、三重の4チームだ。

 

 次に、2つ目のブロックの組み合わせは。

 明星―県岐阜商

 倉敷工―津久見

 札幌光星―新居浜商

 平安―桜美林

 愛知―鎮西

 報徳学園―若狭

 

 やはりクジ運に恵まれて、2回戦からのスタートとなった4チームは、明星、県岐阜商、倉敷工、そして我らが津久見高校だ。

 

「1試合ぶん儲かったけど、抽選の結果は、果たして、良かったんかのう、悪かったんかのう。平安と同じブロックに入ってしもうて……」

 カネゴンが、心配そうに呟くと、

「津高が順調に勝ち進んだら、平安と当たるんは、準決勝か。 ここが優勝への最難関じゃあのう…」

ヨッちゃんが、思案げに返し、

「なあに、いくら史上最強の呼び声が高え平安ちゅうたって、勝負はやってみんと分からんわい。そげえ弱気になって、どげえするんか」

 叱咤するようなブッチンの発言に、

「そうじゃあ、そうじゃあ。 津高には、 吉良もおるし浅田もおる。 相手が、いくら強打を誇る平安でも、そう易々とは打たれんわい」

 私も、強気の言葉で応じた。

 すると、それまで黙ってテレビに見入っていた、カネゴンの祖父が口を開いた。

「そうそう。 心配は無用じゃあ。 津高には、 小嶋のニイちゃんがついちょるけん。 小嶋のニイちゃんは、 勝負師じゃあけん」

 続いて、カネゴンの祖母も、

「小嶋のニイちゃんは、 昔から大酒飲みで有名じゃあけんど、 ただの大酒飲みじゃあ無え。 野球の名人の大酒飲みじゃあ」

 ニコニコ笑いながら、付け加えた。

 禿げ頭の爺ちゃんと、白髪頭の婆ちゃん。 年季の入った老夫婦にそう言われると、何となく大船に乗ったような気持ちになるから不思議だった。

 よしっ。

 まずは、4月1日、土曜日。

 オレンジソックスの初陣の相手は、倉敷工。

 全国的にその名を知られた、強豪校だ。

 

(※注)日本でカラーテレビの放送が開始されたのは、1960年。 当初は 「総天然色テレビジョン」 と呼ばれていた。たいへん高価なうえ、カラーで放送される番組もごくわずかしかないためにあまり普及しなかったが、1964年の東京オリンピックを前に各メーカーが宣伝に力を入れ始め、カラー放送番組の増加に伴って、しだいに家庭へ広がっていった。1968年頃から70年代にかけて、メーカー各社から高性能の機種が出そろい、それと同時に大量生産で値段が下がったことによって、爆発的に普及。1973年には、カラーテレビの普及率が白黒テレビを上回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第4部  「熱狂の春」  その3

 

  今日から、4月。

我が家の小庭の桜の花は、ここ数日の寒さのせいか、いまだ三分の咲きくらい。

だが、私の闘志は、すでに満開だった。

第39回選抜高校野球大会の4日目、本日の第2試合。

我らが津高の初戦突破を、この自分の声援力で実現させてみせるぞ、と。

その思いは、父も同じらしく、 朝刊のスポーツ面の「高校野球 ・ 今日の見どころ」欄に走らせる視線は真剣そのものだ。

「先発が予想される津久見の吉良の防御率は0.74、 倉敷工の小山は0.61と、 投手力は互角。 打撃力は、 チーム打率3割6厘の津久見が、 2割5分6厘の倉敷工を上回り、 守備力は、ともに隙がなく堅実。 総合的に見て、 津久見が有利か……、 ふむふむ、なかなか良いことを書いちょるわい」

 満足そうに頷くと、父は美味そうにお茶を啜った。

 その隣で、私はスケッチブックを開き、眺めていた。

 画用紙に黒いボールペンで、 新聞に載ったトーナメント表を書き写し、 勝ち上がっていくチームの線を赤いマジックペンで太くなぞったものだ。 そこには、勝者と敗者が上げた得点も書きこんである。昨日までの時点で、すでに10のチームに赤い印が付いている。

 

 まず、1回戦の結果。

 高知―仙台商は、4対0で高知が勝って、2回戦進出。

 松山商―桐生は、3対4で桐生が勝って、2回戦進出。

 熊本工―富山商は、4対2で熊本工が勝って、2回戦進出。

 尾道商―三田学園は、6対11で三田学園が勝って、2回戦進出。

 札幌光星―新居浜商は、0対6で新居浜商が勝って、2回戦進出。

 平安―桜美林は、5対0で平安が勝って、2回戦進出。

 愛知―鎮西は、0対5で鎮西が勝って、2回戦進出。

 報徳学園―若狭は、9対1で報徳学園が勝って、2回戦進出。

 

次に、2回戦の結果。

 近大付―甲府商は、1対5で甲府商が勝って、ベスト8に一番乗り。

 市和歌山商―三重は、5対0で市和歌山商が勝って、同じくベスト8入り。

「どれどれ、見せてみい」

 そう言って、 スケッチブックを取り上げた父は、 私が結果を記入したトーナメント表にじっと見入り、過去3日間の試合を思い出しながら語った。

「うーむ。やっぱあ、優勝候補に上げられちょったチームが、順当に勝ち進んじょるのう。高知、桐生、熊本工、平安、報徳学園、甲府商、市和歌山商……。 平安の5‐0勝ちは、 さすがは優勝本命校の貫禄を見せたけど、 報徳学園も持ち前の機動力を発揮しての大勝は見事じゃった。 圧巻じゃったのは、 昨日の市和歌山商。 左腕、 野上の成し遂げたノーヒット・ノーラン試合には驚いた。このチームも、 相当、 上の方まで行くでえ。 あとは、 九州勢。 熊本工も鎮西も、 初戦突破じゃあけん、 津高も絶対に負けられんのう」

「そうじゃあ、とうちゃん! 絶対に、負けられん! 今日勝って、ベスト8進出じゃあ!」

 気合を入れて、私が応じると、

「第2試合は、 たしか、12時半からじゃったのう。 よしっ、太次郎! 早目に昼メシを食うて、金子電器店へ出発じゃあ!」

 

 父と2人で、目抜き通りを歩き、カネゴン宅のある中央町へ。

 商店街に至ると、 道路の両脇の店はすべてシャッターを下ろしており、 土曜日の昼だというのに、通りを行き来する買い物客の姿は一人もない。

 知らない人が見たら、ここはゴーストタウンかと思うだろう。

 だが、私たち親子からすれば、とくに驚くには当たらない風景だ。 甲子園での津高の試合がテレビ中継される時間帯は、商店はもとより、会社も役場も工場も、仕事はいったんお休み。ゲームの終了とともに活動が再開されるというのが、津久見市での常識なのだ。

 これまで5回出場した夏の甲子園大会の最中は、いつもそうだった。 センバツへの出場が叶い、この光景が春に出現したのは初めてのことなのだが、 これを恒例化したいと願わない市民は、一人としていないだろう。

 金子家の茶の間に入ると、 26インチのカラーテレビの前には、すでに先日と同じ顔ぶれがそろっており、 先着した正真和尚が私たちを見るなり、

「いよいよ本番到来じゃのう。 なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 期待に目を輝かせて、そう言った。

 座布団に座り、テレビの画面を見ると、すでに両チームの試合前練習は終わり、あとは開始を待つばかりというところだった。球場のスコアボードに記された、本日の第1試合の結果を見ると、県岐阜商業が1対0で明星を降していた。

 そのとき、画面が変わり、主審の号令とともに、一塁側ベンチから津高の、三塁側ベンチから倉敷工の、それぞれの選手たちが勢いよくグラウンドへ飛び出して行った。いよいよ、プレーボールだ。

 

 先攻は、津久見。その、スターティング・ラインアップは。

 1番、レフト、大田。

 2番、センター、五十川。

 3番、ショート、矢野。

 4番、ライト、岩崎。

 5番、セカンド、荻本。

 6番、サード、山口。

 7番、キャッチャー、山田。

 8番、ファースト、広瀬。

 9番、ピッチャー、吉良。

 

 後攻は、倉敷工。その、スターティング・ラインアップは。

 1番、キャッチャー、藤川。

 2番、ライト、山口。

 3番、ピッチャー、小山。

 4番、サード、金田。

 5番、ファースト、西山。

 6番、ショート、田口。

 7番、レフト、河本。

 8番、センター、見村。

 9番、セカンド、土倉。

 

  1回の表、津高の攻撃が始まった。

頼んだぞ、オレンジ打線! 15人がそう願いながら見つめる中。

トップバッター大田の放った打球は、ショートの左へ。相手守備陣の捕球、送球、捕球よりも一瞬早く、打者の足が一塁ベースを駆け抜けた。内野安打だ。

「やった、やった! いいぞーっ、大田―っ!」

 いきなりの出塁に、沸き返る茶の間だが、続く五十川の送りバントはキャッチャーへのファウルフライとなって走者を進めることができず、

「あーっ……」

 と、ため息の15人。

 しかし、3番の矢野が、カウント1‐3からの好球をセンター前に弾き落として、ワンナウト一塁二塁のチャンスが到来すると、

「やった、やった! よっしゃ、よっしゃ!」

 茶の間は、再び活気づいた。

 ここで登場の、4番、岩崎。コキーンと快音を残した打球は、三遊間をきれいに破り、二塁走者の大田がホームイン。待望の先取点だ。

「やったーっ! さすがは4番じゃーっ! 岩崎じゃーっ!」

 試合開始後、早くも金子電器店球場は、興奮の坩堝と化した。

 チャンスは、さらに広がった。

 先制後のワンナウト一塁三塁から、一塁走者の岩崎が、すかさず二盗に成功すると、

「よっしゃーっ! この回で一気に決めちゃれーっ! なんまんだぶーっ! なんまんだぶーっ!」

 正真和尚の口からものすごい絶叫が飛び出したが、続く5番の荻本は2球目のスクイズを空振り失敗。走者の矢野は、三本間で挟殺され、ツーアウト。さらに荻本、三振に倒れ、結局、初回の攻撃は1点にとどまった。

「あああ……、なんまんだぶ……なんまんだぶ……」

 しおたれる和尚と、14人。

「ま、1点先取じゃあ、いいスタートじゃあ」

 父の言葉に、私は気を取り直した。

 

 1回の裏、こんどは津高の守り。

 果たして吉良が無難な立ち上がりを見せるかどうか、ドキドキの面持ちで画面を見つめる15人だが、その不安は的中してしまった。

 倉敷工の先頭打者、藤川に、いきなりライト線を破られる二塁打を喫し、次打者の山口にはフォアボールで、たちまちノーアウト一塁二塁のピンチだ。

「どげえしたんかのう、吉良……」

 ブッチンの心配そうな声。

「初戦の初回で、緊張しちょるんかのう……」

 ペッタンもまた、同様の口ぶり。

「浅田の先発の方が、良かったんかのう……」

 カネゴンが呟いた、そのとき。一塁側ベンチの小嶋監督が、早くも動いた。選手交代の指示のようだ。カネゴンの言葉の通り、吉良から浅田にスイッチか?

「ニイちゃん、 さっそく、 勝負手か。 守りの、 どげな、 勝負手か」

 突然、口を開いたのは、カネゴンの禿げ頭爺ちゃん。

 続いて、伴侶の白髪頭婆ちゃんが、

「ニイちゃん、 昔から大酒飲みじゃ。 右手に持っちょるあの缶ジュース、 ほんとは中身はウイスキーじゃろう。 大酒飲みの、 野球の名人、 いい考えが浮かんだじゃろう」(※注)

 ニコニコ笑いながら、信じられないことを言った。これが、小嶋の酒仙伝説だろうか。

 茶の間の観衆が固唾を飲んで見守る中、二塁手の荻本がグラウンドからベンチへ下がり、代わって元気よく飛び出して来たのは、背番号 「12」。

「あっ! ユキにいちゃん! ユキにいちゃんじゃあ!」

 予期せぬ従兄弟の登場に、思わずヨッちゃんが大声を上げた。

 守備固め専任の前嶋選手を、なんと初回から起用。これが、小嶋監督の勝負手だったのだ。

 

(※注)本当の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4部  「熱狂の春」  その4

 

  プレーが再開された。

 守備要員の前嶋選手を、初回から起用するという奇策。これが、はたしてどう出るか、15人は気が気でないが、ところがこれが「吉」と出た。

守りが代わって、ゲームの流れも変わったのだ。

倉敷工の3番打者、小山のピッチャーゴロを捕球した吉良は、すばやく三塁に送球して、走者はアウト。

続く4番の金田、5番の西山を、得意のドロップで連続三振に抑え、みごとピンチを切り抜けたのである。

小嶋の采配、ずばり的中。

「やった、やった! ユキにいちゃんの強運が、チームに乗り移ったんじゃあ!」

 大はしゃぎのヨッちゃんの顔を見ながら、

「ふっふっふっ」

「ほっほっほっ」

 カネゴンの爺ちゃんと婆ちゃんは、静かな笑い声を、そろえて出した。

 

 2回、3回は、両チームともに無得点。津高1点リードのままゲームは進み、すっかり本来の調子を取り戻した吉良は、ここまですでに7個の三振を奪う好投を見せていた。

 テレビの前の観客たちも、やっと穏やかな顔になっていたが、そろそろ追加点をというのが、みんなの共通した願いだ。

 そして、4回の表、津高の攻撃。

 この回の先頭打者、4番の岩崎がチャンスを作った。右中間を深々と破るツーベースをかっ飛ばしたのだ。

「よっしゃーっ! よう打ったーっ!」

「今日の岩崎は、大当たりじゃのーっ!」

 ノーアウト二塁。絶好の追加得点機に、金子電器店球場が盛り上がる。

 ここでバッターボックスに入ったのが、1回の裏のピンチからセカンドの守りに着いた、5番の前嶋。今日の初打席だ。

「守備要員の前嶋じゃあ、ここは送りバントしか無え。きちんと送れよー」

 カネゴンの父親がそう言うと、

「守りは上手いんじゃろうけど、バントはどげえなん?」

 カネゴンの母親がそう訊き終わらぬうちに、前嶋は二度続けてバントをファウルしてしまった。 あっという間に、ツーナッシングのカウントだ。

「あっちゃー。もう、こうなったら、何でもいいけん、打ってくれー」

 カネゴンの弟が、力のない声を出した、そのとき。

 インコースに投げこまれた第3球目を、力いっぱい、前嶋が引っぱたいた。

 ガッチーン!

 派手な音とともにレフト方向へ高く舞い上がった打球は、右からの風に乗り、左へ左へと流されながらも伸びて行き、ラッキーゾーンの金網に当たってファウルグラウンドに跳ね落ちた。二塁ランナーの岩崎が2点目のホームを踏み、打った前嶋もセカンドへ。

「やったーっ! ユキにいちゃんが、打ったーっ!」

 大喜びの、ヨッちゃん。

「守備要員が、タイムリー・ツーベースじゃあーっ!」

 驚き顔の、私の父。

「世の中は、何が起こるか、分からんのう! ああ、ビックリじゃあ、ビックリじゃあ! なんまんだぶ、なんまんだぶ!」

 和尚も、然り。

 テレビの前の15人全員が、驚き、驚き、驚いて、喜んだ。

 だが、みんなの驚きは、これだけでは終わらなかった。

 画面は、セカンドの塁上でガッツポーズを取る前嶋選手から、ホームベースの後方に集まった主審と3人の塁審たちの姿に移り変わっている。そして、4人の審判による協議が終わると、主審が右手を上げ、ぐるぐると回したのだ。

 それは、ホームランの宣告に他ならなかった。

 なんと前嶋選手の打球が当たった金網は、ラッキーゾーンのそれではなく、左翼ポールに取り付けられた幅わずか30センチほどの金属ネットだったのである。(※注)

 思わぬ判定に喜色満面の前嶋選手は、二塁上から三塁ベースを蹴って、3点目のホームイン。それはこの17歳が、生まれて初めてのホームランを完結させた瞬間だった。しかも、相手を一気に突き放す、価値あるツーランの一発だ。

「すっげえ……」

「すっげえ……」

「強運じゃあ……」

「強運じゃあ……」

「今日は4月1日じゃあけんど……」

「まさかエイプリルフールじゃ無えじゃろうのう……」

 飛び上がって喜ぶヨッちゃんの横で、驚嘆の呟きを繰り返すブッチン、ペッタン、カネゴン、私。

夏休みの終わりの、駄菓子屋でのクジ引き。冬休みの初めの、雪球の宝探し。それらに続く3度目の奇跡を、この春の甲子園で、前嶋選手は私たちに披露してくれたのだ。

これほどのラッキーボーイのいるチームが、試合に負けるはずがない。もはやこのとき、勝敗は決したのだと言っても過言ではないだろう。

 

その後も熱戦は続き、7回の裏、倉敷工は2安打に2盗塁をからめて2点を返し、9回の裏にもワンナウト二塁の得点機を得たが、後続の打者が吉良のドロップの前に連続三振に倒れ、ついにゲームセット。

3対2。実力伯仲の大接戦だったが、結果的に12個の三振を奪った吉良の力投で、何とか津高は逃げ切った。

「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」

 テレビの前に15人が立ち、ベスト8入りの三唱をしていると、画面に小嶋監督の勝利インタビューの光景が映し出された。

「それでは、みごとベスト8進出を決めた、津久見高校の小嶋仁八郎監督にお話を伺います。監督、どうも、おめでとうございます」

「はい、おめでとうございます」

「ははは。それにしても手に汗を握る大熱戦でしたが、振り返ってみて、いかがですか?」

「今日は吉良の出来がパッとせず、最後までヒヤヒヤ。勝てたのは、ラッキーでした」

「ラッキーと言えば、4回に飛び出した前嶋選手のツーランホームラン。3対2という結果から見ると、あの1本が大きかったのではないでしょうか?」

「大きかったですねえ。送りバントを2回続けて失敗したときは、引っぱたいてやろうと思いましたが、その直後、よくぞボールを引っぱたいてくれました」

「クリーンアップを打つ荻本選手に代えて、 控えの前嶋選手を初回から起用。  この作戦がずばり当たった訳ですが、監督にとっては予定通りの策だったのですか?」

「いえ。一杯やってたら、思いついただけです」

「はあ?」

「いえいえ。精一杯やろうと、思っただけです」

「なるほど。さて監督、いよいよ次はベスト4を賭けて、県岐阜商との対戦です。こんどは、どのような作戦で試合に臨むおつもりですか?」

「なあに、思いつきでやるだけです」

「はあ?」

「いやいや、思いきってやるだけです」

「なるほど、ただ全力を尽くすのみ、そういうことですね。監督、どうもありがとうございました」

「はい、ありがとうございました」

 いかにも小嶋監督らしいユーモアたっぷりの受け答えだったが、その裏には苦しい戦いに競り勝った者だけに許される、大きな安堵のあることが、はっきりと窺えた。甲子園で勝ち上がっていくのが、いかに大変なことであるのか、それが私にも分かったような気がした。

 果たして、みかんのチームは、どこまで行けるだろうか。

 家に帰ったら、真っ先にスケッチブックを開いて、赤いマジックペンで、ぶっとい線を引いてやろう。

歓喜の中で、私は、そんなことを考えていた。

 

(※注)この小説における野球の試合の内容は、投手の一投、打者の一打、走・攻・守のすべてにわたり、42年前のデータに基づいて、事実をそのまま再現している。打球が左翼ポールの金属ネットに当たったことで、判定がツーベースから変更された前嶋選手のホームランも、100パーセントの事実である。とにかく彼は、強運の持ち主だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4部  「熱狂の春」  その5

 

  翌、4月2日。

津久見は、朝から雨だった。

ということで、今日はブッチンたちと遊ぶことはせず、私は茶の間の白黒テレビの前で高校野球の観戦をして過ごすことにした。

幸いなことに、甲子園球場にはまだ雨の気配はなく、ベスト8の残り3枠をめぐって、朝から熱戦が繰り広げられていた。

もはや野球観戦に欠かせなくなっているスケッチブックを開くと、そのトーナメント表には、2回戦の結果の続きが赤いマジックペンで記されている。

明星―県岐阜商は、0対1で県岐阜商が勝って、ベスト8進出。

津久見―倉敷工は、3対2で津久見が勝って、ベスト8進出。(これは特別に太線で記入)

高知―桐生は、3対2で高知が勝って、ベスト8進出。

そして、本日行われる、2回戦残りの3試合は。

熊本工―三田学園

新居浜商―平安

鎮西―報徳学園

スケッチブックのこのトーナメント表と同じく、テレビ観戦の興味を盛り上げるのが、大分日日新聞朝刊のスポーツ面の「高校野球 ・ 今日の見どころ」欄だ。

先ほど、目を通したところ、本日の試合予想は次のようになっていた。

まず、 第1試合。 九州大会の覇者で優勝候補の1つに数えられている熊本工は1回戦で富山商相手に4‐2勝ちとまずまずのスタートだが、 相手の三田学園は1回戦の対 ・ 尾道商戦で11得点を上げるなど、打線が好調。熊本工有利とはいえ、接戦となる可能性が大。

続いて、 第2試合。 優勝候補最右翼と評される平安は、 1回戦で桜美林に5‐0勝ちと貫禄を示した。 これに挑む新居浜商も、 やはり1回戦では札幌光星に6‐0の快勝。 強打の平安打線を、 新居浜商のエース合田が1、2点に抑えれば勝機もなくはない。

そして、 第3試合。 報徳学園は平安、 高知に続く優勝候補。 1回戦の対・若狭戦で9得点を稼ぎ出した自慢の 「カモシカ打線」 の機動力は抜群だ。 対する鎮西も1回戦では愛知に5‐0と快勝しているが、 報徳学園有利と見るのが順当だろう。

なるほど、今日の3試合にはすべて、優勝の行方が絡んでいるのだな。これは、楽しい1日になりそうだと思った私の目の前で、 早々と第1試合が終了し、 熊本工が三田学園に2対1で競り勝った。「今日の見どころ」の、 予想通りの接戦。 さすがは、 大分日日新聞だ。

ふと、視線を窓の外へ移すと、雨足が強くなっている。試合の間はアナウンサーの声やスタンドの応援で気づかなかったのだが、第1試合の喧騒が途切れた今、テレビの音声を打ち消すかのようなザーッザーッという雨音が、茶の間の中にも大きく聞こえて来る。

この雨で、庭の桜が見頃になるのは、また何日か先へ延びるだろう。

それに、明日は甲子園も雨天となり、ベスト8の激突が順延になるかもしれない。

予定では、 明日の準々決勝の第3試合、 春夏を通じて初めてのベスト4入りを賭けて、 県岐阜商業と対戦することになっている津高だが、試合の先延ばしは、果たして吉と出るのか凶と出るのか。

それにしても、雨音とテレビの音声の他は、物音のしない静かな日曜日だ。

母と2人の妹たちは、 今日は臼杵の爺ちゃんの家に出かけているし、 父は、休日にも関わらず仕事のやり残しがあるとかで、今朝からずっと作業部屋にこもりっきり。飼い犬のジョンは、犬小屋の中にうずくまり、この雨をやり過ごしているのだろう。

私は再び、テレビの画面に目をやった。本日の第2試合、新居浜商と平安の戦いが、これから始まるところだ。

そのとき、ぐーっと、お腹が鳴った。

時計を見ると、すでに午後1時を回っている。

朝食が済んで、臼杵へ出かける際、お昼にはインスタントラーメンに卵を入れて食べなさいと母から言われていたのを、私は思い出した。(※注)

台所へ行くと、ラーメンの袋が2つ。私と父の、2人分なのだろう。

どうせだから、 父のラーメンもいっしょに作ってあげようと親孝行を思い立った私は、 仕事部屋へ行き、 ドアを開けて、 ミシンを踏んでいるその背中へ声をかけた。

「とうちゃん」

「うん?」

 作業中のままの姿勢で、父が返事をした。

「チキンラーメンと出前一丁、 どっちがいい?」

「うーん。 ごまラー油が付いちょるのは、 どっちじゃったかのう?」

「出前一丁」

「ほんなら、 出前一丁」

 台所へ戻った私は、鍋とヤカンに水を入れ、火にかけた。

 ちょうどそのとき、テレビの歓声が大きくなり、絶叫のようなアナウンサーの声が聞こえて来た。

「先制したのは新居浜商業! 早くも1点先取です!」

 

 父と並んで、ちゃぶ台に着き、アツアツの即席ラーメンを啜る。

 テレビの画面は、試合の中盤。依然として、新居浜商がリードしている。

「ちゅるちゅるちゅる、はふはふはふ。太次郎、もしかしたら」

「ちゅるちゅるちゅる、はふはふはふ。とうちゃん、もしかしたら、っち?」

「じゅるじゅるじゅる、はぐはぐはぐ。この試合、もしかしたら」

「じゅるじゅるじゅる、はぐはぐはぐ。この試合、もしかしたら、っち?」

「ずるずるずる、ずずずー、ぷっはー。優勝候補の大本命が」

「ずるずるずる、ずずずー、ぷっはー。大本命が、どげえなる、っち?」

「負けるかもしれん」

「えっ、平安が?」

 どんぶりを置き、お茶を飲みながら、父が言った。

「うむ。見てみい、この新居浜の、合田っちゅうピッチャー。内角、外角、ストライクとボールのすれすれのところに、いい球を投げ分けよる。球のキレもいい。こりゃあ、なかなか、打ち崩せんぞ」

 父の解説の通り、優勝候補最右翼の打線は、相手投手の攻略に手こずっていた。新聞の「今日の見どころ」欄の予想には、平安打線を1、2点に抑えれば新居浜商に勝機も生じると書いてあったが、まさにその展開でゲームは進んでいた。

 そして、1時間後。

 インスタントラーメンを食べ終わった後も、ずっとテレビに見入っていた父の予感は、ずばり的中した。

 3対1で、新居浜商の勝ち。

 優勝候補筆頭の平安が、2回戦で姿を消してしまったのだ。

「こうなると、津高の前に立ち塞がるのは……」

 立ち上がり、仕事部屋へ向かいながら、父は呟いた。

「報徳じゃろう……」

 

 父がオレンジソックスのライバルに指名した報徳学園は、続く第3試合に登場。

 このゲームでも、父の予感は見事に当たった。

大分日日新聞の 「今日の見どころ」 欄が絶賛していた 「カモシカ打線」 は、 ダイヤモンドを颯爽と駆けめぐって、 次々と加点。 6対2で、 報徳学園が鎮西を降したのだ。

 これで、ベスト8が出揃った。

 私は、さっそくスケッチブックを開き、トーナメント表に今日の試合結果を反映させた。

 かくて、準々決勝の組み合わせは。

 高知―熊本工

 甲府商―市和歌山商

 県岐阜商―津久見

 新居浜商―報徳学園

 

 夜になって、母と妹たちが臼杵から帰ってきた。

「ほんとうに、よう降るなあ。明日もたぶん、雨じゃろう」

 そう言いながら、母は晩御飯の支度に取り掛かり、

「臼杵の爺ちゃんから、麦焼酎をもろうて来た。太次郎、とうちゃんを呼んで来んせ」

 一升瓶をちゃぶ台の上に置いて、私に指図した。

 仕事部屋に行って父に声をかけ、2人で茶の間に戻って来た、ちょうどそのとき、

「こんばんはー。 なんまんだぶ、 なんまんだぶ」

 番傘をたたみながら、正真和尚が玄関に現れた。

「いやあ、よう降るのう。今日は法事の後、ちょいと宴席があってのう。いい気分になっちょるんじゃあけど、まだちょいと飲み足りんでのう。 それで、寄らせてもらいました。 なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 そう言うと和尚は、私たちといっしょにちゃぶ台に着き、麦焼酎の一升瓶を見るなり、

「おうおう、いいものが、置いちょるのう。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 ほろ酔いの顔を、ほころばせた。

 さっそく父と晩酌を始めた、和尚。

これはいい機会だとばかり、私はスケッチブックを開いて見せた。

「おうおう、ベスト8の決定かあ。どれどれ。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 焼酎のお湯割りをグイッと呷り、トーナメント表を見つめていた和尚は、しばらくして口を開いた。

「まあ、 客観的に言うとじゃのう。 決勝へ勝ち上がるのは、高知と報徳学園じゃろうな。 まず、高知。1回戦で松山商に勝った桐生を、 2回戦で降したのはさすがじゃあ。 桐生も松山商も、 戦前の予想では優勝候補じゃった。 その激戦ブロックを勝ち抜いてのベスト8進出は、 平安が消えた今、 優勝本命校であることの証と言える。 『黒潮打線』 の破壊力は、 天下一品じゃあ」

 ここで、お湯割りを、もう一口。音吐朗々と、和尚は続ける。

「次に、 報徳学園。 高知の 『黒潮打線』 に引けを取らないのが、機動力抜群の 『カモシカ打線』 じゃあ。 1回戦では9点、 2回戦でも6点と、 足を絡めた攻撃は得点能力が非常に高い。 その上、 長打力も備えちょるから、 鬼に金棒。 投手力を見ても、 左腕の安田と下手投げの森本の力は、 高知のエースの三本に匹敵しちょる。 やはり野球は総合力じゃあけん、 投打の抜きん出た、高知と報徳の2校が本命ちゅうことになるのう」

 またも、お湯割り、もう一口。和尚の弁舌は、滑らかだ。

「ダークホースは、 新居浜商。 平安打線をたったの1点に抑えた、 エース合田の投球術は、 みごとじゃった。 しかも天気予報では、 甲子園は明日も明後日も、 雨。 エースの休養が充分なら、報徳のカモシカたちを沈黙させることができるかもしれん」

 さらに、お湯割り、もう一口。和尚の話は、いよいよ佳境へ。さて、津高は、どうだ?

「2日続けての休養の雨は、ノーヒット・ノーラン男の野上投手を擁する市和歌山商にも好材料。九州の覇者、 熊本工。 関東の雄、 甲府商。 どちらも戦前からの優勝候補じゃあし、伝統力を誇る県岐阜商も、 虎視眈々と、 栄冠を狙うちょることじゃろう。 以上、酔っ払い和尚の解説でございました。 なんまんだぶ、 なんまんだぶ」

「えっ? それだけ?」

 オレンジソックスの評価を期待していた私は、肩透かしを食らった。

「津高は? なあ、津高は? なあ、なあ、和尚さん、なあ、なあ、なあ」

 肝心カナメの解説を私がせがむと、

「津高は、ずばり、優勝です!」

 和尚は、声高に宣言した。

「えっ? 優勝は、高知か報徳じゃ無えん? さっきから、そう言いよるし……」

 訳が分からず、私が訊くと、

「それは、 客観的な話でのう。主観的に申し上げると、津久見市民のこのワシが、 津高の優勝を断言せんで、 どげえするんか。 はははははははっ、 はははははははっ、 はははははははっ。 なんまんだぶ、 なんまんだぶ」

 そう答えながら、焼酎のお代わりを自分で作った。

 ほんとうに、酔っ払い坊主だなあ。

 呆れながらも、私は嬉しい気分になっていた。

 

(※注)インスタントラーメンの第1号である 「チキンラーメン」 が日清食品から発売されたのは、1958年の3月。60年代に入ってからは、各社が続々と即席めんを発売し、戦後食文化のシンボルとして定着していった。なお、即席カップめんの登場は、1971年の9月。日清食品の 「カップヌードル」 が最初の製品である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4部  「熱狂の春」  その6

 

  正真和尚の言った通り、甲子園は2日続けて、雨。

そして、マンモス球場に日差しの戻った4月5日の午後、私たちはいつもの金子電器店球場に集合していた。

準々決勝は、すでに2試合が終わり、高知が熊本工を2‐0で、甲府商が市和歌山商を1‐0で降し、ともにベスト4進出を決めていた。

いよいよ、これから、第3試合。

津久見対県岐阜商の、プレーボール目前。

テレビ画面を食い入るように見つめる15人の観客たちの前で、両チームのスターティング・ラインアップが発表された。

 

先攻の、津久見。

1番、レフト、大田。

2番、センター、五十川。

3番、ショート、矢野。

4番、ライト、岩崎。

5番、セカンド、前嶋。

6番、キャッチャー、山田。

7番、サード、山口。

8番、ファースト、広瀬。

9番、ピッチャー、吉良。

 

後攻の、県岐阜商。

1番、セカンド、四至本。

2番、ショート、岩田。

3番、ライト、高橋隆。

4番、センター、坂。

5番、ファースト、稲山。

6番、レフト、田島。

7番、サード、桜井。

8番、キャッチャー、高橋康。

9番、ピッチャー、細野。

 

期待の先発メンバーの顔ぶれに、早くも15人は沸いた。

「今日も吉良か! 浅田は投げんのか!」

「雨で2日延びて、吉良は休養充分じゃあわい!」

「もし打たれても、浅田が控えちょるけん大丈夫じゃあ!」

「2人もエースがおって、頼もしいのう!」

「おりょーっ、山口が7番に下げられちょる!」

「前の試合は6番でノーヒット。それで下げられたんじゃあ。小嶋監督も厳しいのう!」

「甲子園に行くまでは、通算打率4割3分2厘で、堂々の4番じゃったけどのう!」

「甲子園に行ってからは、練習でもスランプじゃあち! どげえしたらいいんかのう!」

「やったーっ! ユキにいちゃんが先発じゃあ! とうとうレギュラーじゃあ!」

「倉敷工戦での一発が評価されたのう! 監督は調子のいい者をどんどん使うけんのう!」

「じゃあけんど、守備要員がクリーンアップで、果たして打てるんじゃろうかのう!」

「打てるように応援せんとのう! なんまんだぶ! なんまんだぶ!」

「おっ! プレーボールじゃあ! それ行けーっ! つーっ! くーっ! みーっ!」

 

1回の表、津高の攻撃。

 トップバッターの大田が、ストレートのフォアボールで、早くも出塁。

「よう見た、大田! さすがは津高の1番じゃあ!」

 続く五十川への第1球は、なんとワイルドピッチ。キャッチャー後逸の間に、大田、すかさず二塁へ。

「やった、やった、儲かったーっ! 早くもチャンス到来じゃあーっ!」

 五十川、送りバント、みごとに成功。これで、ワンナウト三塁。

「よっしゃ、よっしゃ、きれいに決めた! よっしゃ、よっしゃ、おまえはエライ!」

 ここで打席には、3番の矢野。カウント1‐1からの3球目、三塁走者の大田が猛然とスタートを切り、外角低目の直球を、矢野が上手くバントで転がした。スクイズ成功だ。

「やったーっ! 先取点じゃあーっ! ノーヒットで、1点もぎ取ったーっ!」

 

 1回の裏、津高の守り。

 県岐阜商の1番、四至本を、吉良は速球で早々とツーストライクに追いこみ、 最後はドロップで三振。

「おーっ! 今日の立ち上がりは、なかなか、いいぞーっ!」

 続く2番の岩田も、同じくドロップで三振。

「おおーっ! 今日の立ち上がりは、そうとうに、いいぞーっ!」

 3番の高橋隆も、やはりドロップで三振。3者連続三振で、早くも攻撃を終わらせた。

「おおおーっ! 今日の立ち上がりは、めちゃくちゃに、いいぞーっ!」

 

立ち上がりだけでは、なかった。

 4日前の対 ・ 倉敷工戦に比べ、吉良の出来は格段に良かった。

 伸びのある速球を内外角に巧みに投げ分けて、県岐阜商の打者を追いこみ、ウイニングショットのドロップがストンと落ちて、バットに空を切らせた。

 4回の裏が終了した時点で、早くも奪三振7個の快投だ。

「今日の吉良は、安心して見ちょられるのう」

 ブッチンが言うと、

「このままの調子じゃと、三振15個は行きそうじゃあのう」

 ペッタンも余裕で応じ、

「ユキにいちゃんが内野のカナメにおるけえ、吉良も心強えじゃろうのう」

 ヨッちゃんも得意顔のコメント。

「じゃあけんど、1点だけじゃ分からんぞ。早う、追加点を取っちゃらんとのう」

 カネゴンは、浮かれていなかった。

 その言葉の通り、 吉良のピッチングの冴えとは対照的に、津高の打線は相手の細野投手の前に沈黙を続けていたのである。

好投の吉良がもしも打たれたら、試合がこの先どうなるか、まったく予断を許さないことになる。

早く来い、追加点のチャンス。

誰もがそう願っていたが、来たのはピンチだった。

 

5回の裏、県岐阜商の攻撃。

この回の先頭打者、5番の稲山のバットに、吉良のストレートが完璧に捉えられた。

快音を残した打球はライト方向へグングン伸び、右翼手岩崎の頭上を越えて、ラッキーゾーンの手前で落ちた。

「やられたーっ!」

 テレビ観衆たちの悲鳴をよそに、稲山は一塁ベースを蹴り、二塁ベースも回る。やっとボールに追いついた岩崎からの返球を中継したショート矢野。だが、その送球も虚しく、ランナーは悠々三塁へ達した。

 ベース上に立ち、ガッツポーズの稲山。三塁側スタンドから、大きな歓声と拍手が巻き起こる。

 この試合、吉良が初めて許した安打は、長打。しかも三塁打だった。

 ノーアウト、三塁。 試合の中盤に訪れた一打同点のピンチに、 金子電器店球場の15人は静まり返った。

 画面が、一塁側ベンチに切り替わる。右足を踏み出すように立ち、戦況を見つめる小嶋監督。その手に握られた、ジュースの缶。

 その中身は、ウイスキーなのか。ピンチを凌ぐ、秘策が出るのか。

だが、酒仙のニイちゃんは動かず、画面は再びマウンド上の吉良へ。

次打者、 6番の田島と対峙した長身メガネのエースは、 三塁走者の動きを警戒しながら、 キャッチャー山田のミットへ速球を投げこんでいく。

スクイズの気配は見られず、2つのストライクを得た吉良。こうなれば得意のドロップが落ちる。田島のバットが空を切り、三振。

「ほーっ……」

 テレビの前に、安堵の息。しかし、まだまだ、一死三塁。

 続くバッターは、7番の桜井。

 こんどはスクイズありと見たのか、吉良、初球からドロップ。2球目もドロップ。

 カウント1‐1となり、 次の3球目、 吉良の左足が上がると同時に三塁ランナーの稲山がスタート。呼応してバントで身構える桜井。だが、外角に大きく落ちる吉良のボールをファウルするのがやっとだった。

 カウント2‐1からの仕切り直し。ここで一転、岐阜商ベンチは強攻策に出たが、吉良のドロップにかろうじて当てた打球はセカンドゴロ。名手前嶋が捕球と同時にバックホームして、ランナーを封殺。

 これで二死一塁とした吉良は、続く打者をも退けた。

「やった、やった、ピンチ脱出じゃーっ!」

「良かったのう、良かったのう。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 15人の顔に、笑みと活気が戻った。

 

 相変わらず打線は追加点を奪えなかったが、メガネのエースは踏ん張った。

 6回の裏は、3人でピシャリ。

 7回の裏の、一死二塁のピンチでも、決め球のドロップで後続の2打者を撃退。

 8回の裏も、ドロップ、ドロップ、ドロップで、3者を凡退させた。

 

 そして、9回の表。念願の追加点が入った。

 先頭の大田がヒットで出塁すると、続く五十川とのヒットエンドランがみごとに決まり、ノーアウト二塁三塁。3番の矢野は凡退したが、4番の岩崎がセンター前に弾き返して、三塁から大田が2点目のホームイン。

 ここへ至っての追加点は、事実上のダメ押し点となり、県岐阜商の意気をくじいた。

 9回の裏は、スイスイと気持ちよく投げて、ゲームセット。

 終わってみれば、合計13個の三振を奪った、吉良のドロップ・ショーだった。

 

 恒例の、勝利監督へのインタビュー。

「伝統校の県岐阜商を相手に、2対0の勝利で、ベスト4進出。おめでとうございます」

「はい。おめでとうございます」

「県岐阜商打線を、2安打完封。 今日は、吉良投手の好投に尽きますね。 最大のピンチは、5回の裏のノーアウト三塁の場面でしたが、監督、あのときのお気持ちは?」

「はい。吉良が私のサイン通りに、きちんと投げてくれました」

「ベンチからサインを? どんなサインを送られたのですか?」

「簡単なやつです。 私が缶ジュースを右手に持ったら、 直球。 左手に持ったら、ドロップ。 それだけですよ。 あ、 しゃべってしまった。 もう明日からは使えませんね」

「なるほど、缶ジュースが良く効いた訳ですね」

「はい、良く効きました。いい気分です。酔っています」

「は……? 酔って……?」

「いえいえ、吉良の完封劇に酔っているのです」(※注)

「なるほど、なるほど……」

 またしても、酒仙のインタビューだろうか。

 とにもかくにも、 春夏を通じて初のベスト4進出の快挙。  金子電器店球場の観客たちは、 笑顔、笑顔、笑顔でいっぱいだ。

「おい! ビールとジュースを出せ! みんなで祝杯じゃあ!」

「はいよ! 今日はもう祝勝閉店のまま! 明日も勝たんとなあ!」

 カネゴンの両親が、意気の合ったところを見せた。

「ふっふっふっ」

 禿げ頭のカネゴン爺ちゃんが笑い、

「ほっほっほっ」

 白髪頭のカネゴン婆ちゃんも和した。

 緊迫の勝負の場から、歓喜ほとばしる宴席へと変わった、金子電器店の茶の間。

 その26インチのテレビ画面の中で、報徳学園のカモシカたちが躍動を始めていた。

 

 2時間後、オレンジソックスの準決勝の相手が決まった。

 5対2で、報徳学園の勝ち。

 あの平安を打ち破った新居浜商も、カモシカ打線の機動力を封じることはできなかったのだ。

 こいつは、たいへんな試合になるぞ。

 スケッチブックのトーナメント表に今日の試合結果を書きこみながら、私の視線は、早くも明日のグラウンドへ注がれていた。

 

(※注)もちろん、ウイスキーにも酔っていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4部  「熱狂の春」  その7

 

「今日勝ったら、甲子園に行くぞ」

 朝食後のちゃぶ台で、父が言った。

 一瞬、私は意味が分からなかった。津高はすでに甲子園にいるし、今日勝ったら、行くのは決勝戦だろうに。

「聞いちょるんか、 太次郎。 今日の試合に津高が勝ったら、 甲子園に応援に行くっち言いよるんじゃあ」

「えっ!」

 驚く私に、父は言葉を重ねた。

「センバツが始まってから、 『豊後交通社』 の観戦ツアーが人気らしいんじゃあ。津久見駅の前から、甲子園球場直行の貸し切りバスが出よって、 倉敷工戦の前夜も、 県岐阜商戦の前夜も、数台のバスが出発したっち聞いちょる。  昨夜も、 大勢の市民たちがバスに分乗して、 今ごろ甲子園に向こうて走りながら、 報徳学園に絶対に勝ってみせるぞっち、 気勢を上げよることじゃろう。今日の試合に津高が勝ったら、 明日の決勝戦の応援に、俺どーも今夜出発する。 分かったか、太次郎。 15時間の長旅はきついかもしれんが、 それが津久見市民としての、 当然の務めじゃあ。 心しちょけ」

 

 金子電器店の茶の間も、甲子園観戦ツアーの話題で持ちきりだった。

「中央町の商店会は、 もう豊後交通社に申し込みを済ませちょる。 ウチの隣のガラス屋も、メガネ屋も、 時計屋も、 オモチャ屋も、 魚屋も、 肉屋も、 八百屋も、 菓子屋も、酒屋も、乾物屋も、呉服屋も、パチンコ屋も、 自転車屋も、 本屋も、 文房具屋も、 蕎麦屋も、 ラーメン屋も、 寿司屋も、 床屋も、パーマ屋も、 金物屋も、 みーんな行くち言いよる。 ウチからも、 ワシと女房と息子2人がバスに乗る。じいちゃん、 ばあちゃん、 留守番たのんだで」

 カネゴンのとうちゃんがそう言うと、

「俺も、とうちゃんと、甲子園に行くんじゃあ!」

 ペッタンが元気のいい声を出し、

「俺も、とうちゃんと、ねえちゃんと、観戦に行くんじゃあ!」

 ヨッちゃんも嬉しそうに主張した。

「実はのう、 俺も、 かあちゃんと行くんじゃあ! かあちゃんの勤めよる缶詰工場の会社の社長さんがのう、 みんなが毎日頑張って働いてくれよる褒美じゃあち言うて、 従業員と家族の旅費をぜーんぶ出してくれることになったんじゃあ!」

 ブッチンもまたニコニコ顔で、 ツアーの参加を表明し、 これで仲よし5人組が勢ぞろい。私は、最高に嬉しくなった。

 続いて、カネゴンの弟の、友だち3人も、

「俺も!」

「俺も俺も!」

「俺も俺も俺も!」

 競うように大声を上げた。

 最後に口を開いたのは、正真和尚。

「こないだ立花町の安兵衛爺さんが亡くなったばかりじゃあちいうのに、 今朝、 中田町の磯部さんとこのチヨ婆さんがポックリ逝ってしもうた。 それで今夜、お通夜をのう。 なんまんだぶ、なんまんだぶ」

「おう、 それはまた気の毒な。 あんたも残念じゃなあ、 甲子園に行かれんで……」

 私の父が言うと、

「いや、 お通夜を頼まれたんじゃあけんど、 あいにく今夜と明夜は都合が悪いち言うて、 明後日に延ばしてもろうた。 じゃあけん、 ワシも今夜、 バスに乗るでえ。 津高の応援のためなら、 ホトケさんも許してくれるじゃろう。 なんまんだぶ、 なんまんだぶ」

 信じられない返事を、和尚がした。

 ということで、ここに集まった人たちのうち、13人が、今夜津久見を出発。

 だがそれは、あくまでも今日の試合に勝利した上での話だ。

 そのとき、 カラーテレビのスピーカーからサイレンの音が鳴り響き、 26インチの画面に、準決勝第1試合の終了シーンが映し出された。

 なんと、11対1の大差で、高知が甲府商を破り、明日の決勝戦に駒を進めたのだ。

 恐るべし、黒潮打線!

 

 そして、午後2時前。

運命の第2試合に臨む、両チームのスターティング・ラインアップが発表された。(※注)

 

先攻は、津久見。

1番、レフト、大田。

2番、センター、五十川。

3番、ショート、矢野。

4番、ライト、岩崎。

5番、セカンド、前嶋。

6番、サード、山口。

7番、ファースト、広瀬。

8番、キャッチャー、足立。

9番、ピッチャー、吉良。

 

後攻は、報徳学園。

1番、セカンド、吉田。

2番、ファースト、太田。

3番、ライト、米田。

4番、センター、安田。

5番、レフト、寺尾。

6番、キャッチャー、大西。

7番、サード、佐藤。

8番、ピッチャー、森本。

9番、ショート、加藤。

 

津高の先発投手は、今日も、吉良。

県岐阜商を完封した、昨日の見事なピッチングを再現してくれるだろうと、小嶋監督が期待しての連投だろうか。

そういえば、今朝の大分日日新聞のスポーツ面の 「今日の見どころ」 欄は、津久見対報徳学園を「キラーボール対カモシカ打線」 と表現していた。吉良のボールを 「キラーボール」とは上手いシャレだと感心したが、果たしてカモシカたちは、 ドロップの落とし穴という罠に掛かってくれるだろうか。

昨日と違うのは、キャッチャーを山田から足立に代えて8番に入れ、山口と広瀬の打順を1つずつ繰り上げた点だ。

キャッチャーの変更は、山田が過去2試合ノーヒットと当たっていないからだろうか。甲子園でまだヒットが出ていないのは、キャプテンの山口も同じだ。 6番の打順で、今日こそは本来の豪打を発揮してくれるだろうか。

前嶋選手は、今日も、5番セカンドで先発。甲子園に来るなりレギュラーに定着するとは、さすがは強運の持ち主だ。そのラッキーボーイぶりを、この試合でも披露してくれるだろうか。

そして、去年の夏の甲子園大会の1回戦、この相手に喫した3‐8負けの無念を、新生オレンジソックスは晴らしてくれるだろうか。

私があれこれ思案している中、主審がプレーボールを告げた。

 

1回の表、津高の攻撃。

報徳先発のアンダースロー森本の前に、トップバッターの大田、セカンドゴロ。

2番の五十川は、ライトフライ。

3番の矢野は、三振に倒れ、あっという間にスリーアウト。

「はああ……」

 金子電器店球場に、ため息がもれた。

 

 1回の裏、津高の守り。

 報徳1番の吉田をピッチャーゴロに、 2番の太田をセカンドゴロに仕留め、 今日も吉良の立ち上がりは上々と、15人の観衆がホッとしたのも束の間、 3番の米田にフォアボールを与えて、ツーアウト一塁。

 相手の機動力を警戒するあまり手元が狂ったのか、ここでなんと吉良、一塁へ牽制悪送球。ボールがファウルグラウンドを転々とする間に、走者の米田は一気にサードベースを陥れた。

「あああーっ!」

 15人の悲鳴。

だが、変調はこれにとどまらない。 続く4番の安田に、 吉良、またしてもフォアボール。ツーアウト一塁三塁のピンチに、

「ああああーっ!」

 悲鳴は高まる。

 そして次打者、 5番の寺尾への2球目を投じたとき、 一塁ランナーの安田が二盗に成功。 これでツーアウト二塁三塁と、早くもカモシカたちに蹂躙されて大ピンチ。

「あああああーっ!」

 茶の間に響く悲鳴の中、 しかしエースは踏ん張った。伝家の宝刀キラーボールが打席の寺尾の目前でストンと落ち、空振り三振。

「ほーっ……」

 15人は、安堵の胸を撫で下ろした。

 

 2回からは、息づまる投手戦となった。

 吉良は、 1回裏の乱調が嘘のように立ち直り、 5回の裏まで報徳学園打線をノーヒットに抑えた。投球の半分以上をドロップで落とし、カモシカ打線からすでに7個の三振を奪う力投ぶりだが、球数が80とやや多いのが、心配といえば心配だった。

 報徳学園の森本もまた、1回からの好投を持続させた。下手投げから、内外角の低目にコントロールされたカーブとシュートを上手く使い分け、 5回まで津久見打線にヒットを1本しか許さず、三振は5個を奪った。 球数も54という、快調なペースだ。

 

 6回の表、津高にチャンスが到来した。ワンナウトから、ピッチャーの吉良が自らレフト線を破るツーベースを放ち先制のお膳立てをしたが、後続の大田と五十川が凡打して、無得点。

 その裏、 報徳学園が好機を掴んだ。 この回先頭の太田がレフト前にヒット。 続く米田はライトフライに倒れたが、次打者の安田のピッチャーゴロで、ランナー二塁へ進塁。 しかし最後は寺尾が三振して、無得点。

 

7回の表、津高、無得点。 その裏、報徳、無得点。

 8回の表も、津高は、無得点。 その裏、報徳も、無得点。

「ついに9回まで、0‐0のまま、来てしもうたのう……」

 私の父が、焦りにも似た呟きをもらした。

 

 そして9回の表、津高の攻撃。

 この回の先頭打者、吉良が三振。打順は1番に戻ったが、大田がファーストへのファウルフライで、早くもツーアウト。

「はあーっ……」

 落胆する、観客たち。 しかし、ここで2番の五十川が、センター前ヒットで出塁した。

「たのむー。何とか、してくれー」

 その、何とかを、3番の矢野がやってのけた。

 好投する報徳の森本のカーブを捉えた打球が、レフトの頭上を越えていったのだ。

 一塁から快足を飛ばして、五十川がホームイン。ついに均衡を破った。1点先取だ。

「やったーっ!」

「点が入ったーっ!」

「これで勝ったーっ!」

 長らく続いた重苦しい時間から解放され、金子電器球場は大いに盛り上がった。

 次打者の岩崎がセンターフライに倒れ、追加点は取れなかったが、

「1点あれば、充分じゃあーっ!」

「吉良の出来なら、充分じゃあーっ!」

「勝った、勝った、もう勝ったーっ!」

「おーいっ! ビールとジュースを出せーっ!」

 もうたいへんな浮かれようで、ほんとうにビールとジュースが出て来た。

「さーて、吉良ちゃん、ビシッと締めてねー。ごくごくごく、ぷっはー」

 と、カネゴンのとうちゃん。

「キラーボールで、ちょちょいのちょい、じゃあ。ごくごくごく、ぷっはー。なんまんだぶ、なんまんだぶ」

 と、正真和尚。

 

 だがしかし、カモシカ打線は、そんなに甘くなかったのだ。

 

(※注)この試合には2人の「おおた」が出場するが、津久見の1番打者が「大田」、報徳学園の2番打者が「太田」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4部  「熱狂の春」  その8

 

    9回の裏、報徳学園の攻撃は、クリーンアップから始まった。

まず3番の米田に、吉良がデッドボールを与え、ノーアウト一塁。

「ぶっ」

 和尚がビールを噴き出したが、続く4番の安田をセンターフライに打ち取り、

「ふう」

 と、ひと安心。

 ホッとしたのも束の間。次打者への初球を吉良が投じるのと同時に、一塁走者の米田が二盗を決め、さらにサードゴロの間に三塁へ進んだ。

 ツーアウト、ランナー三塁だ。

 テレビの前に、もう浮かれる者はいなくなった。

 ここで打席に入った6番の大西、吉良のドロップの落ち際を思いっきり叩くと、打球はグングン伸びて、右中間を真っぷたつ。三塁から米田が生還して、報徳、1‐1の同点に追いついた。

 さらにツーアウト二塁で、こんどはサヨナラの大ピンチ。

しかし、続く7番打者の佐藤に、吉良、渾身のドロップを投じ、レフトフライに打ち取って、何とか同点で切り抜けた。

「ああ……、せっかくの1点リードが、水の泡じゃあ……」

 ビールの泡を口の周りに付けて、カネゴンのとうちゃんが嘆いた。

 

 試合は、ついに延長戦へ。

 10回の表、津久見の攻撃。

 先頭打者の5番前嶋が、フォアボールを選んで出塁した。

「いいぞーっ! ユキにいちゃーん!」

 ヨッちゃんの歓声とともに、再び活況を見せ始める観衆たち。

 続く6番の山口、一塁前にきれいにバントして、前嶋二塁へ。

「さあて、帰せよーっ!」

 その期待に応えて、7番の広瀬がレフト前へ打球を飛ばし、前嶋、三塁ベースを蹴ってホームイン。バックホームの間に、打者走者の広瀬も二塁を陥れた。

 津高、再び、2‐1でリード。さらにワンナウト二塁で、追加点のチャンスだ。

「よっしゃーっ! もう1点! もう1点じゃあーっ!」

 しかし、そこまでの期待には沿えず、後続の2打者が凡退。1点のリードにとどまった。

 

 そして10回の裏、報徳学園の攻撃。

 テレビの前に、もうビールやジュースを手にする者はいない。

 こんどこそ、吉良よ、抑えてくれ。みんなの顔が、そう言っている。

 報徳ベンチは、この回先頭のピッチャー森本に代えて、ピンチヒッターに住谷を起用。

 その住谷を、吉良、またしてもフォアボールで出塁させてしまった。

「あああ……」

 頭を抱えこんだのは、カネゴンのとうちゃん。

 次打者の送りバントが成功して、ワンナウト二塁。報徳、再度の同点チャンスを迎えた。

 打順はトップに戻って、吉田。吉良のドロップを引っ掛けて、セカンドゴロに倒れるが、この間にランナーはサードへ。チャンスは、ツーアウト三塁と化した。

 15人が、固唾を飲んで、見守る中。

打席に入った報徳の2番太田に、吉良、腕も折れよ!と ドロップの連投。

太田のバットが、三度、空を切った。

 かくて、熱闘に終止符が打たれたのである。

 

「やったーっ! やったーっ! こんどこそ、やったーっ!」

「勝ったーっ! 勝ったーっ! やっとこさ、勝ったーっ!」

「決勝のホームを踏んだのは、やっぱりラッキーボーイのユキにいちゃんじゃったあーっ!」

「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」

「とうとう津高が、決勝戦に進出じゃあーっ!」

「ビールを飲めーっ! ジュースを飲めーっ! ぜーんぶ飲めーっ!」 

「さあて、甲子園じゃあーっ! 甲子園に出発じゃあーっ!」

「バスの発車は、何時じゃあーっ!」

「今夜の7時じゃあーっ! 津久見駅からじゃあーっ!」

「甲子園球場に着くのに、どれくらいの時間じゃあーっ!」

「15時間じゃあーっ! たったの15時間じゃあーっ!」

「ビールが要るのうーっ! 酒が要るのうーっ! 焼酎も要るのうーっ!」

「チョコレートも、キャラメルも、ガムも、煎餅も、饅頭も要るのうーっ!」

「将棋も、トランプも、花札も要るのうーっ!」

「坊主も要るのうーっ! なんまんだぶ! なんまんだぶーっ!」

「なんで、坊主が要るんかーっ!」

「相手の高知に、お経を上げちゃるんじゃあーっ!」

「そいつは、なかなか、いい考えじゃあーっ!」

「なんか、遊びに行くみたいで、ワクワクするのうーっ!」

「バーカ、遊びじゃ無えーっ! 津高の応援に行くんぞーっ!」

「そうじゃあーっ! みんなで、津高の応援じゃーっ!」

「明日も勝ったら、優勝ぞーっ!」

「この、津久見市が、日本一ぞーっ!」

「なんとまあ、おおごとに、なったのおーっ!」

「いいか、7時に、津久見駅ぞーっ!」

「分かった、7時に、津久見駅じゃあのーっ!」

「遅れるなーっ! 7時に、津久見駅じゃあけんのーっ!」(※注) 

 

 金子電器店球場は、これをもって、解散。

 ついに、本物の甲子園球場へ、みんなで乗りこむのだ。

 私の心は、どこまでも舞い上がっていた。

 この世に生まれて、12年と11か月。

九州の外へ出て行くのは、初めてのことなのだから。

 

(※注)「津久見人どうしの会話はまるで喧嘩をしているみたいだ」という第三者の証言を、筆者は何度か耳にしたことがある。たしかに言葉は荒っぽいかもしれないが、それは決して喧嘩をしているのではなく、むしろ仲よしであることの表れなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4部  「熱狂の春」  その9

 

 「気をつけて、行って来んせ」

 母と妹たちに見送られ、午後6時半、父と私は玄関を出た。

 父の右手には、旅行鞄。私の背中には、リュックサック。

 下着の着替えや洗面用具の他に、父は焼酎とウイスキーの小瓶とツマミを、私は水筒とジュースとお菓子の類を、それぞれ荷物として用意していた。

愛用のスケッチブックと赤いマジックペンも、もちろん必需品。私のリュックサックには収まらないので、父の鞄の中に入れてもらっての出発だ。

庭の桜に目をやると、 七分から八分咲きくらいの状態だった。 明後日の午前、 帰宅して来る頃には、花は満開になっているだろうか。

2人で夜道を歩くこと、15分。

到着した津久見駅の前には、賑やかな光景が広がっていた。

青い車体に 「豊後交通」 と白文字の入った大きなバスが、12台。

それらを取り囲み、さんざめきながら順々に乗りこんでいる人たちは、果たして何百人いるのか数え切れないほどだった。

私は、ふと、修学旅行のことを思い出した。

去年の5月。 6年生になったばかりの160人たちは、 津久見駅から特別列車に乗って日豊本線を南へ。 4時間かかって目的地の宮崎に着いたのだが、 あのときも、 この駅前やホームは、見送りの父兄たちで賑わっていた。

だが、今夜のごった返しぶりは、10か月前とは比べものにならない。

これから始まるのは、子供たちの記念旅行ではなく、野球の戦場へ向かう津久見市民の緊急出動なのだ。

汽車ではなく、バスで。 南ではなく、北へ東へ。 4時間ではなく、15時間をかけての長距離遠征なのだ。

「おう。おまえも行くんか」

 そのとき、後方から声がした。

振り返ると、見慣れない顔をした子供が6人、立っている。男子が4人、女子が2人のグループだ。

「たしか、石村じゃったのう。 久しぶりじゃあのう。 俺どーを覚えちょるか」

 その中の1人に、 自分の名前を呼ばれ、 記憶をたどっているうちに、私は彼らのことを突然思い出した。 深大寺ユカリの誕生日会でいっしょになった、 セメント町の青江小学校の、 あの生徒たちだ。

「おう! 久しいのう! おまえどーも、津高の応援か!」

 思わぬ再会に、私が大きな声を返すと、

「当たり前じゃあ! 津久見のこっち側とあっち側に分かれちょっても、心はひとつじゃろう! あの日おまえが演説した通り、みんなの津高をみんなで応援せんとのう! 優勝目指して、甲子園のスタンドで、 力いっぱい応援しようやのう!」

「おう! 力を合わせて、応援しようやのう!」

 私は、6人のひとりひとりと握手を交わした。 6つの手の温もりから、みんなの意気込みが伝わってきて、とても頼もしい気分になった。

「おい、太次郎。そろそろ乗るぞ」

 父の声に促され、彼らに手を振りながら、私はバスの方へ向かっていった。

 

 午後7時を、10分ほど回った頃。

乗客全員のそろった12台のバスは、津久見駅前を次々と発車した。

市街地を出ると、窓の外は真っ暗になり、どこを走っているのか分からなくなった。

「これから坂道をぐるぐる登って、下りて、峠を越えたら、臼杵の海岸線。それからまた山の方へ向こうて、でこぼこの道を、ぐるうーっち1時間くらい走ったら、大分じゃあ。バスがガタゴト揺れて、ケツが痛えのは、そこまでの辛抱。大分からは、国道10号じゃあけん、スイスイ行くぞ」(※注)

 隣の席から、父が教えてくれた。

 仲よし5人組のうち、このバスに同乗しているのは、後部座席のブッチンだけ。  カネゴンは中央商店会の人たちといっしょに先頭の車両に乗っているし、ペッタンとヨッちゃんも、別のバスだ。

 私は席から伸び上がり、車内の後方を見やった。

 そこには、みかんの缶詰工場で働く人たちと、その家族が20人くらい。ビールやジュースを飲みながら、楽しそうに談笑している。去年の秋に過労で倒れたブッチンの母親も、すっかり元気な様子で、とても嬉しそうな顔をしている。 ブッチンが私の視線に気づき、 にっこり笑って手を振った。 私も手を振って返した。

 

 午後9時頃、バスの上下動が治まった。国道10号線に出たのだ。

 しばらく走ると、窓外の暗闇の中に、大小いくつもの光が見えてきた。

「別府湾じゃあ。船の灯りじゃあ」

 焼酎の小瓶をちびちび啜りながら、父が言った。

「甲子園まで、あと何時間?」

 私の問いに、

「13時間」

 素っ気ない、父の返答。

 気の遠くなるような所要時間を聞き、さてこれからどうやって過ごしたら良いものかと思案する私の脳裏に、オレンジソックスの選手たちの顔が浮かんできた。

明日の先発投手は、吉良かな、それとも浅田かな。 吉良はここまでの3試合で、3点しか取られておらず、35個も三振を奪っている。 でも、さすがに4連投はきついのではないかな。 何しろ相手は、黒潮打線の高知なのだから……

打撃陣では、矢野が絶好調。 大田、岩崎、広瀬の調子もいい。 だけど、キャプテン山口の不調は相変わらずで、依然としてノーヒットのまま。 9打数0安打なんて、あの強打者にはとても考えられない数字だな。 早く調子を取り戻してもらわないと。 何しろ相手は、 好投手の三本を擁する高知なのだから……。

それにしても前嶋選手は、甲子園に行ってから、一躍ヒーローになっちゃったな。倉敷工戦での決勝ツーランホームラン、 報徳学園戦でのウイニングラン。 明日も、強運ぶりを存分に発揮して、 ラッキーボーイになってくれないかな。 何しろ相手は、優勝候補の高知なのだから……。

明日の試合のことを、あれこれ考えていると、何だか眠たくなってきた。

「ふぅわぁーっ!」

 思わず大きなアクビを発したとき、それにつられるように、前方から

「ふおおおおおおおおーっ!」

 ものすごい声が車内に響き、乗客たちの視線がそちらへ集中した。

 独特の、あの発声。その主が誰であるのか、この私が一番よく知っている。

 思った通り、眠そうな目をこすりながら座席から立ち上がったのは、フォクヤンだった。奇跡の入浴ショーから、2か月ぶり。 矢倉セメント工場長宅の清掃役となった老人は、その後の順調な生活ぶりが窺える身ぎれいな服装で、観戦ツアーの一員となっていた。

しかし、フォクヤンが高校野球に興味を持っているとは知らなかった。庭掃除の仕事の合間に、テレビ観戦をしているうちに、津高のファンになったのだろうか。

 

いつしか寝入ってしまったらしい私は、窓から飛びこんできた強烈な光の連続に、目覚めさせられた。

両手で目をこすった後、運転席の上部の時計を見やると、針は午前零時に近づいていた。

「ここ、どこ……?」

 私が訊くと、

「海の底じゃあ」

 焼酎の小瓶を飲み干しながら、父が答えた。

「海の底……?」

「関門トンネルの中じゃあ。これを抜けると、もう、本州ぞ」

 父の言葉は、眠りから覚めたばかりなのに、たちまち私の胸をときめかせた。

 生まれて、初めて目にする、日本の本土!

そこには、どのような光景が、私を待ち受けているのだろうか!

光のトンネルは長く続き、いつまで経っても出口が見えない。

そうして、しばらく。

やっと抜け出した、関門トンネルの先にあったもの……。

それは、午前零時を回った、漆黒の世界。

日付が4月6日から7日に変わっただけの、ただの暗闇に過ぎず、落胆した私は、再び眠りの中に戻っていった。

 

次に目覚めたとき、時計の針は午前5時を回っていた。

私の隣では、空の小瓶を膝の上に乗せたまま、父が眠りこけている。

窓の外を見ると、そこには日の出を控えて、薄ぼんやりとした、ブルーグレーの海が広がっている。これが、瀬戸内海だろうか。

だが、初めて視界に映った記念すべき本州とはいえ、海辺の景色は九州と変わりのないことを知った私は、睡魔に誘われるまま、カーテンを閉めた。

 

最後の覚醒は、大きな声に促されてのものだった。

「おい、太次郎! いつまで寝ちょるんか! おい、早う、起きんか! 着いたんぞ!」

 目を開くと、父の顔があった。

その背後には、座席から立ち上がり、荷棚に手を伸ばす乗客たちの姿も見える。

気がつくと、バスはすでに動きを止めていた。

 時計を見ると、午前10時10分。

 私は、起き直り、窓のカーテンを開いた。

 まぶしいほどの日差しといっしょに、私の目に飛びこんできたもの。

 それは、緑のツタに外壁を覆い尽くされた円形の建物で、その上部に掲げられた水色のプレートには、7つの文字が取りつけられていた。

 

――阪神甲子園球場――

 

 

(※注)現在は東九州自動車道などの開通によって、交通の便は格段に良くなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第4部  「熱狂の春」  その10

 

 「うわーっ! でっけえーっ!」

甲子園球場の三塁側アルプススタンド、その上方の席に腰を下ろした私は、思わず声を上げた。

左側に広がるレフト側の外野スタンド、スコアボードを挟んで、ライト側の外野スタンド、 一塁側のアルプススタンド、 一塁側の内野スタンド、 銀傘の下の中央スタンド、そして三塁側の内野スタンドと、時計回りの順に視線を360度めぐらせると、この球場のとてつもない巨大さが、最大級の驚きとなって私の心を揺り動かした。

「5万人以上の観客をラクラク収容できるマンモス甲子園じゃあ。 津久見の市民の全員が入っても、たっぷりオツリが来るほどの広さじゃあけんのう」

 右隣の席で、昼食の弁当を頬張りながら、父が言った。

 アルプススタンドの高い席からは、緑の芝生と黒い土から成るグラウンドの全貌が、まるでゲームの野球盤(※注)を真横上から眺めるようにハッキリと視界に収まり、これまでテレビの中継放送で部分的な光景しか目にしたことのない私には、それがまた新鮮な驚きだった。

 その芝生の緑色と、鮮やかなコントラストを見せているオレンジ色のストッキングは、試合前の練習に汗を流す、津高の選手たち。

 弁当を食べるのも忘れて彼らの動きを眺めていると、スタンドの下の方で応援部の男子部員たちとバトンガールたちが隊列を組み始めた。 その全員がオレンジ色のユニフォームや衣装に「つくみ」の3文字を際立たせ、試合の開始を今や遅しと待っている。

 ふと正面の一塁側アルプススタンドを見やると、相手の高知高校の応援団もまた同様に準備を整えている。 野球の試合は監督や選手たちだけでなく、 応援する者たち全員を含めての総合力の勝負なのだということを、私はあらためて知った。

 ところで、仲間たちは、どの辺りに座っているのだろうか。

 満員のスタンド席をキョロキョロ見回すと、5列ほど下段の席の左の端に、ブッチンと母親が並んで座っていた。その列の右へ視線を移すと、フォクヤンの姿があった。

 カネゴンやペッタンやヨッちゃんがどこにいるのかは、分からなかった。バスの到着順に乗客たちが球場に入り、席に着いていったので、おそらくずっと下の方に座っているのだろう。

 眼下の守備練習は、いつの間にか高知の選手たちに変わっており、やがてそれも終了して、係員たちによるグラウンドの整備が始まった。

 内外野のスタンドが、どんどん観衆で埋まっていき、ほとんどの空席が姿を消した。

 そうして、数分。

 場内アナウンスのウグイス嬢の声が、両チームのスターティング・ラインアップを読み上げ始めた。

 

 先攻の、津久見。

 1番、レフト、大田。

 2番、センター、五十川。

 3番、ショート、矢野。

 4番、ライト、岩崎。

 5番、セカンド、前嶋。

 6番、キャッチャー、山田。

 7番、サード、山口。

 8番、ファースト、広瀬。

 9番、ピッチャー、吉良。

 

 後攻の、高知。

 1番、センター、弘田。

 2番、サード、武市。

 3番、ライト、前田。

 4番、キャッチャー、西森。

 5番、ショート、光富。

 6番、セカンド、橋本。

 7番、レフト、松本。

 8番、ファースト、崎本。

 9番、ピッチャー、三本。

 

 ピッチャー「吉良」の名前が読み上げられたとき、三塁側スタンドは大きくどよめいた。

 またしても吉良か! 4連投か! 浅田は温存か!

「勝っても、吉良。 負けても、吉良。小嶋のニイちゃん、腹をくくったみたいじゃあのう」

 お茶を飲み、口を手で拭って、父が言った。

そして、

「今日こそは、山口に打ってもらわんとのう」

 私の顔を見ながら、そう付け加えた。

 父の言う通り、エースが投げ、キャプテンが打ちさえすれば、自ずと結果は出るだろう。

よし、投げてくれ。 打ってくれ。 そして、日本一になってくれ。 ギュッと握り締めた私の両拳に力がこもる。

 そのとき、 主審の号令が響き、 一塁側、三塁側の両ベンチから、それぞれの選手たちが勢いよく飛び出してきた。

 ホームベースの前に向き合って整列し、帽子を取って一礼。守備に付く高知のナインは、そのままグラウンドに散っていった。

 鳴り響く、サイレンの音。

 第39回センバツ高校野球大会、決勝戦、いよいよプレーボール!

 

 1回の表、津高の攻撃。

 大太鼓を叩く音がドーンドーンと鳴り響き、

「カットバーセッ、カットバーセッ、つー、くー、みーっ!」

 部員たちの声に観客たちも声を合わせて、威勢のいい応援が始まった。

 マウンド上の高知のエース三本に対して、トップバッターの大田、三振。

 2番の五十川、セカンドゴロ。

 3番の矢野はセンター前に弾き返して、ツーアウト一塁となったが、4番の岩崎の打席のとき、ランナー二盗を試みて失敗。スリーアウト。

 太鼓の音と応援の声が、止んだ。

 

 1回の裏、津高の守り。

 こんどは相手側スタンドから太鼓と声援が鳴り響く中、先発の吉良は、高知の先頭打者弘田をショートゴロに打ち取り、ワンナウト。

 続く2番の武市を、ドロップで三振。3番の前田も同じく三振に仕留めて、スリーアウト。まずは、無難な立ち上がりを見せた。

 

 2回の表、津高の攻撃。

 この回先頭の4番岩崎が、 ピッチャー強襲の内野安打で出塁。 続く5番前嶋がバントで手堅く送って、ワンナウト二塁と先制のチャンスを迎えたが、次打者の山田が三振。

 ツーアウト二塁となって、バッターは7番の山口。ツーストライクと追いこまれた後、ランナーの岩崎が三塁ベースへ果敢にスタートしたが、山口三振に倒れてスリーアウト。

 

 2回の裏、津高の守り。

 先頭打者の4番西森に、吉良、ストレートの四球を与えて、ノーアウト一塁。続く5番光富の打席に、ランナーの西森スタートを切り、盗塁成功してノーアウト二塁とピンチが広がった。

 だがしかし、ここから吉良、ドロップの連投で光富をスリーバント失敗の三振に。 続く6番の橋本も、7番の松本も、キラーボールで三振。 結局、3連続の三振を奪って、ピンチを切り抜けた。

 

    3回の表、津高の攻撃。

先頭打者の8番広瀬が、ストレートの四球で出塁。 だが、次打者吉良のとき、高知投手西森の巧みな一塁牽制球に、誘い出された広瀬、一、二塁間で挟殺。 吉良は、三振。

打順トップに戻って、大田だが、ショートゴロに倒れて、スリーアウト。

 

3回の裏、津高の守り。

先頭の8番崎本に、吉良、またもストレートの四球でノーアウト一塁。 続く9番の三本には、送りバントを二度失敗させた後、最後は三振を奪ってワンナウト。

ところが、次打者の1番弘田に、またまたストレートの四球を与えて、ワンナウト一塁二塁のピンチだ。

だが、ここでも吉良は踏ん張った。

続く2番の武市を、ドロップで三振。 このとき二塁走者の崎本、 三塁を狙ってスタートを切っていたが、キャッチャー山田がすばやく送球して刺し、スリーアウト。 ピンチ、脱出。

 

「ふうー。  相変わらずフォアボールが多うて、 ヒヤヒヤさせるのう。  じゃあけんど、 今日の吉良は、ドロップが良う落ちよるぞ。 3回で、早くも7個の三振か」

 父が言い、

「うん。 甲子園で、もう42個目の三振じゃあ」

 私が応じた。

 

 

(※注)エポック社の「野球盤」には、よく遊ばせてもらった。ホームベースの手前に仕込まれた磁石によって、カーブやシュートも投げられ、われわれ子供たちを夢中にさせた。超人気漫画「巨人の星」の「消える魔球」が投げられる新型が登場したときには、ああもうどうしよう!というくらい喜んだが、実際に買ってさっそく試してみると、ボールが「落ちる穴」とバットに挟まれたまま、試合が中断してしまうことがあった。懐かしい思い出である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第4部  「熱狂の春」  その11

 

   4回の表、津高の攻撃が始まった。

 先頭打者の2番五十川はピッチャーゴロに倒れたが、 3番の矢野がセンター前ヒットで出塁。  続く4番岩崎の打席のとき、ランナー矢野、勢いよくスタートを切って、盗塁成功。ワンナウト二塁の先制チャンスを掴んだ。

 湧き上がる、三塁側スタンド。ここで、津高ブラスバンドの演奏が鳴り出した。応援部員、バトンガールたちの動きが活発になって、チャンスの気運を盛り上げる。

「そーれっ! チャカチャチャッチャチャーン、チャカチャチャッチャチャーン、チャカチャチャッチャチャッチャチャッチャ、つー、くー、みーっ!」

 コンバット・マーチだ。一昨年の秋、東京六大学野球の神宮球場で、早稲田大学が鮮烈にデビューさせた勇壮なる応援曲。(※注)

「チャッカチャーン、チャチャチャ、つーくーみ! チャッカチャーン、チャチャチャ、つーくーみ!」

 画期的なこの応援曲は、たちまちプロ野球へ、そして高校野球へと広まり、最強の演奏兵器として甲子園のスタンドでもお馴染になっていた。

「チャーンチャ、 チャーンチャ、 チャーンチャ、 チャッチャ、 チャッチャ、 高知を、 たーおーせーっ、 おーっ!」

 この大声援に力んだのか、4番岩崎の打球はセカンドゴロ。 だが、一塁送球の間に、二塁走者の矢野は三進。 なおもツーアウト三塁と、チャンスは続く。

「高知を、たーおーせーっ、おーっ!」

 ここでバッターボックスに入ったのは、 5番前嶋。 コンバット・マーチの声援パワーを吸収したそのバットは、ピッチャー強襲の鋭い当たりを放ち、投手三本が打球を弾いた隙に、三塁から矢野がホームイン。打った前嶋も、一塁セーフ。

 ラッキーボーイの内野安打で、とうとう津高が1点を先取した。

「いいぞーっ! 前嶋―っ!」

「おまえは、ほんとに、強運じゃあーっ!」

 スタンドからの賞賛に気を良くしたのか、次打者山田の打席のとき、前嶋いきなり二盗に成功。ここで山田の三遊間への内野安打が飛び出し、前嶋、三進。ツーアウト一塁三塁と、またも得点のチャンスだ。

 押せ押せムードを高めたのは、山田の足。次打者山口のとき、思いきってスタートし、見事セカンドベースを陥れた。これで、ツーアウト二塁三塁。さらに山口がストレートの四球で出塁、ついに満塁となった。

「いいぞーっ! 津久見―っ!」

「この回で、一気に、決めちゃれーっ!」

「頼んだぞーっ! 広瀬―っ!」

 大声援を受けて打席に入った、8番の広瀬。 しかし、応援団の期待も虚しく、その打球はショートの正面へ。セカンドへ送球されて、スリーアウト。

ビッグチャンスは潰えた。

「あああ……。惜しかったのう、とうちゃん……」

 気落ちする私に、

「まあ、とにかく、1点取ったんじゃあ。これで、吉良の投球にも気合が入るじゃろう」

 と、父。

 

その言葉に、間違いはなかった。

4回の裏、5回の裏、6回の裏、7回の裏。

津高のエースは、 力のこもったピッチングを続け、 この4イニングをヒット3本、 無失点で切り抜けた。

だが、高知のエースも、追加点を許さない。

5回の表、6回の表、7回の表、8回の表と、粘り強い投球で、津高打線を抑えこんだ。

そして、8回の裏。ツーアウト、ランナーなし。

あと4つのアウトで優勝と、三塁側のスタンドがざわめき始めたそのとき、黒潮打線が火を噴いた。

 バッターボックスに入ったのは、2番の武市。 吉良の直球を思いっきり叩くと、打球はレフト大田の前へ転がった。 ツーアウトからの、しぶとい出塁だ。

続く3番の前田。 やはり直球を弾き返した打球は、三遊間を破りレフトの前へ。 これで、ランナー一塁二塁。

一塁側スタンドが湧き上がり、三塁側スタンドが静まり返った。

ここで登場したのは、4番の西森。高知のキャプテンだ。

吉良の投じた勝負のドロップ、その落ち際を捉えた打球は、三遊間のど真ん中へ転がった。あわやレフト前に抜けようかというそのゴロを、ショートの矢野、横っ飛びに捕球したが、体勢が大きく崩れた。 それに乗じてセカンドランナー、三塁を蹴ってホームへ突進。ショートからの返球をかいくぐって、同点のホームイン。

後続は断ったものの、津高のエースは、ゲームの終盤で痛い1点を失った。

「はああ……。これで、試合は、振り出しじゃあ……」

 力の抜けた声を私が出すと、

「何やら、昨日の報徳戦みたいになってきたのう」

 ハンカチでメガネを拭きながら、父が言った。

 

 1対1のタイスコアから、試合は再び投手戦になった。

 9回の表、津高、無得点。

9回の裏、高知、無得点。

 

 延長戦に入っても、両校エースの力投は続く。

10回の表、津高、無得点。

10回の裏、高知、無得点。

11回の表、津高、無得点。

 

そして、11回の裏、高知の攻撃。

ここまで踏ん張っていた吉良が、とうとう崩れた。

この回の先頭打者は、8回の裏に同点のタイムリー内野安打を放っている、4番の西森。黒潮打線を牽引する高知のキャプテンは、またしてもその重責を果たし、センター前ヒットで出塁した。

続いて打席に入ったのは、5番の光富。 吉良の投じたドロップを見送ると、落ちたボールがキャッチャー山田の後ろへ逸れ、そのまま転がって行った。

一塁ランナーの西森、すかさずセカンドに達し、ノーアウト二塁。

光富セカンドゴロの間に、西森サードへ進塁。

ついに、ワンナウト三塁と、津高は、サヨナラ負けの大ピンチを迎えたのである。

凍りついた、三塁側のアルプススタンド。

 その上方の席で、私は頭を抱えこみ、父はメガネをずり落としていた。

 

 

(※注)1976年の4月、早稲田に入学した筆者は、初めて訪れた神宮球場の学生応援席から目の当たりにしたコンバット・マーチの応援風景に陶然となった。吹奏楽団の奏でるあの勇ましいメロディーに乗って、学生服の応援部員たちが右腕を繰り返し前方に突き出すあの動きが、なんとも凛々しくてカッコ良かったのである。学友たちと酒を飲んで酔っ払うたびに、その動きを真似て、高田馬場や新宿の路上でみんなで踊ったものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  第4部  「熱狂の春」  その12

 

 「チャッカチャーン、チャチャチャ、こーおーち! チャッカチャーン、チャチャチャ、こーおーち!」

11回の裏、ワンナウト三塁。 絶好のサヨナラ勝ちのチャンスを迎えて、 一塁側スタンドの高知のブラスバンド応援団が、コンバット・マーチのお返しを始めた。

「チャーンチャ、 チャーンチャ、 チャーンチャ、 チャッチャ、 チャッチャ、 津久見をたーおーせーっ、おーっ!」

 大声援に後押しされて打席に入ったのは、6番の橋本。

 絶体絶命のピンチ、吉良はもうドロップに頼るしかない。

 そして、1球目。打者の手元でストンと落ちたボールは、ストライク。

 打席の橋本、ピクリとも動かない。

 2球目。やはり大きく曲がり落ちた投球は、ボール。

 橋本、またも微動だにせず、見送った。

 カウントは、1‐1。

 ここで吉良、三塁に牽制球を1つ。ランナーがすばやくベースに戻り、サード山口からの返球を受け取る、吉良。

 帽子のひさしに手をやった後、セットポジションから左足を上げようとした、そのとき、

「フフヒフひゃあああああああああああああああーっ!」

 ものすごい絶叫が三塁側アルプスからマウンド上の吉良に飛んでいった。

 その直後に三塁走者西森スタート、打席の橋本がバントに構えたが、吉良の投球はそのバットの上を通過する外角高目のストレート。それを捕球したキャッチャー山田、すかさず走者の前に立ち塞がる。慌てて三塁へ戻ろうとする走者を、山田が追い、サード山口との挟殺プレーで三本間に仕留めた。スクイズ失敗、ツーアウトだ。

「よっしゃーっ!」

 津高の応援席から、歓声が湧き起こる。

 最後は打者の橋本をセカンドゴロに打ち取り、スリーアウト。吉良、ピンチを凌いだ。

 私は、見ていた、知っていた。

 アルプススタンドの上段から、 高知の作戦を見抜いて吉良に伝え、津高を敗戦の危機から救った人物が誰であるのかを。

 それは、私の5列下の席にいる、フォクヤンだった。

 吉良の投球動作とともに彼が放った、あの空気音の絶叫は、

「スクイズじゃあああああああああああああああーっ!」

 という音声になって、吉良の耳に届いたのに違いない。

 ユカリの命に続き、津高の運命までも救った老人は、座席に着いたまま両手を大きく打ち鳴らしていた。

 

12回の表、津高の攻撃。

この回の先頭バッターは、7番の山口。

新チームの結成以来、通算の打率が4割3分2厘、打点が18、塁打数19と、いずれもチーム最高の数字を上げていた不動の4番打者も、甲子園に来てからは極度のスランプに陥り、打順を下げられていた。

倉敷工戦でも、県岐阜商戦でも、報徳学園戦でも、ノーヒット。責任感の強いキャプテンは、この絶不調に悩み、苦しみ、宿舎でも眠れぬ夜を過ごしていたことだろう。

ただし、わずかながら、好材料もある。 今日の試合、前の打席で、彼はこの大会初めてのヒットをライト前に放っている。  得点には結びつかなかったものの、 これは吉兆と見て良いのではないだろうか。

そんなことを考えていた私の目の前で、 高知のエース三本は、 早くもカウント2‐1と山口を追いこんだ。

4球目は、ファウル。 5球目もまた、ファウル。 キャプテンの意地と責任が、バットに乗り移っているのか。

そして、 6球目。  内角高目に入って来たカーブを、 渾身の力で叩いた一撃は、  レフトへ高く舞い上がり、 背走する左翼手の頭上をグングン伸びて、 ラッキーゾーンに飛びこんだ。

ホームラン! キャプテンのホームラン! 12回表の劇的ホームラン!

歓喜渦巻くスタンドの中で、私は確信していた。

この試合は、勝ちだ。

キャプテンが打ったのだから、勝ちだ。

打てなかった選手が、こんなところで打てたのだから、勝ちだ。

野球の神様というものがいて、その神様が打たせてくれたのだから、勝ちなのだ、と。

 

12回の裏。 あとは、吉良の仕上げを見るだけだった。

先頭打者の松本を、ピッチャーゴロで、ワンナウト。

次打者の崎本を、キャッチャーゴロで、ツーアウト。

そして、最後の打者の三本を、ドロップで三振、スリーアウト。

試合終了。  2対1。  津久見高校、 優勝だ!

 

マウンドを駆け下りる吉良。 抱きつく山田。 走り寄る内野手たち。 遅れて跳びつく外野手たち。両手を上げてベンチから飛び出す小嶋監督。 総立ちの大観衆。 酔いしれる4万人。 湧き上がる大歓声。 躍り上がる応援部員たち。 抱き合うバトンガールたち。 割られるクス玉。 乱れ飛ぶ5色のテープ。 舞い上がる紙吹雪。 鳴り響くサイレン。 整列する両校の選手たち。 交わされる握手。 流れる校歌。 振られる大旗。 放り投げられるザブトン。 繰り返されるバンザイ。 飛び交うオメデトウ。 拍手の大嵐。 クシャクシャの笑顔。 ビショビショの泣き顔。

「やった! やった! やった! やった!」

 父に跳びつく私。

「やったのう! やったのう! やったのう! やったのう!」

 私を抱えて高く掲げる父。

 三塁側のアルプススタンドでは、観客どうしが抱き合い、肩を叩き合い、笑いを弾かせ合い、涙を流し合い、叫び合い、飛び上がったり、転げ回ったり、体をいっぱいに使って喜びを表現しようと懸命な人、人、人。

 フォクヤンが、両隣の人たちと肩を組んで何かわめいている。

 両隣の人たちも、フォクヤンと肩を組んで何かわめいている。

 みんなが、わめいている。何か、わめいている。

 みんながわめいているので、何をわめいているのか分からない。

 ブッチンの姿が見える。

 その左隣に、母親の姿も見える。

 母親の、そのまた左には、男の人が立っている。

 男の人が、母親に、何かを話している。

 母親が、男の人に、何かを話している。

 男の人が、また、母親に何かを話した。

 母親も、また、男の人に何かを話した。

 男の人が、さらに、母親に話しかけた。

 母親が、男の人に、平手打ちを食らわした。

 平手打ちを食った男の人は、頬を押さえながら、また母親に何かを話し始めた。

 母親もまた、男の人に何かを話しかけ、途中から両手で顔を覆って、泣き出した。

 そのとき、ブッチンが、男の人に駆け寄り、その胸に抱きついた。

 男の人が、ブッチンを抱きとめ、抱きしめたまま、泣き始めた。

 抱きついたまま、ブッチンが顔を上げ、男の人に何かを言った。

 男の人が、泣き顔のまま、ブッチンに返事をした。

 抱きついたまま、ブッチンが、もういちど、男の人に何かを言った。

 男の人が、泣き顔のまま、ウンウンと、うなずいた。

 両手で顔を覆って泣いていた母親が、男の人とブッチンに歩み寄った。

 そして、ブッチンの背中ごしに、男の人に抱きついた。

 男の人の泣き顔が、ひどくグシャグシャになり、口を大きく開けて、叫ぶように泣いた。

 

閉会式が始まった。

 大会の委員長から、紫紺の大優勝旗が、山口キャプテンに手渡された。

 選手1人1人の首に、優勝メダルの青紫色のリボンが掛けられた。

そして、行進が始まった。

大優勝旗を手にした山口キャプテンを先頭に、優勝した津久見高校の選手たちが、甲子園球場の広いグラウンドをゆっくりと周回する。

その後ろに続くのは、 優勝こそ逃したものの、 名勝負を戦い終えて晴れやかな笑顔をした高知高校の14人。

両校の選手たちの足取りに伴って、マンモス球場をぐるりと取り囲む大スタンドから、4万人の拍手と歓声が巻き起こる。

三塁側アルプススタンドの上部席から、それを見守る、父と私。

私は、父の鞄から取り出したスケッチブックの、新しいページを開いた。そして、そこに赤いマジックペンで 「おめでとう」 の5文字を書き、高く掲げ持った。

そのメッセージは、オレンジソックスの14人と、そしてもう1人の人物に向けて書いたものだった。

私の5列下の席で、先ほどの男の人に肩車をされて、行進に見入っている、ブッチン。

その顔が、 ふと、 こちらを振り向いた。

そして、私の掲げたメッセージに気づき、これまでに見せたことのないような、とてもすてきな笑顔を投げかけてくれた。

オレンジソックスの大活躍は、 大阪にいた父親をこの甲子園球場に呼び寄せ、 津久見からやって来たブッチンと母親との間に、 7年ぶりの再会を実現させてしまったのだ。

ありがとう、日本一の誇りと感激を。

ありがとう、私の親友の人生の幸せを。

春の午後の日差しの中を、鮮やかな緑の芝生の上を、晴れやかに行進する、みかんの色の野球チームの選手たち。

土で汚れたユニフォームの、その頼もしい背中に向かって、私の心は感謝の言葉を、何度も何度も繰り返していた。

 

(※注)本章の(注)は、ありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4部  「熱狂の春」  その13

 

    4月9日の、日曜日。

津久見の桜は、 例年より遅れて、 ようやく満開になっていた。

八幡様の神社の境内から、市民グラウンドの周囲へと続く並木道にも、 ピンクの花びらがたくさん舞い落ちている。

そのグラウンドに、 私たち5人組は朝早くから集まり、 キャッチボールに興じていた。

一昨日、 甲子園球場で目の当たりにした、 吉良投手のピッチングごっこ。

キャッチャー役のヨッちゃんのミットを目がけて、 残りの4人が、 魔球ドロップを投げこむことになった。(※注)

まず、 ブッチン。

「甲子園で、 51個の三振を奪った、 キラーボールを受けてみよっ!」

 そう言いながら、 手首を妙な具合に捻って投げ放ったボールだが、 真っ直ぐ進んでストンと落ちるどころか、 最初から左の方向へ大きく逸れて、 立ち上がったヨッちゃんが追いかけるハメになった。

「悪い、 悪い。 やっぱあ、 吉良のようには行かんのう。 明日から野球部に入って、 猛練習を積まんとのう」

 彼の言葉の通り、 今日は春休み最後の日。

明日から私たちは、 中学生になるのだ。

「野球部に入ったら、 とうとう俺も丸刈り頭じゃあのう。 タイ坊みたいにのう」

 ブッチンは、 上機嫌だった。 それもそのはず、 甲子園で再会を果たした父親が、 来週、 津久見に帰って来るのだ。

 父親のことについて、 ブッチンはもう口を閉ざしたりはせず、 嬉しそうな声で私たちに話をしてくれた。

 一昨日、 閉会式の行進が終わり、 帰りのバスに乗るまでの3時間。 父親が突如の出奔と7年間の不在を詫び、 津久見に戻って、 また家族3人の暮らしを始めたいとの強い思いを、 明かしたのだと言う。

駆け落ちした女とは3年前に別れたが、 さりとて津久見には帰るに帰れず、大阪市内の盛り場で、酔客たちにチラシを配ったり、 キャバレーの呼び込みをやったりして、 日銭を稼いで暮らしていたのだとも。

 津久見に戻ることを許してくれたら、 職業訓練所に通って、 障害を持つ自分にもできる仕事に就きたい。 その意思表明を、 母親が受け入れたとき、 ブッチンはさぞかし喜んだことだろう。

 そのとき、ヨッちゃんが大声を上げた。

「もう、 吉良ごっこは、 やめ!  おまえどーの投げる球は、 ドロップじゃ無えで、 ボロップじゃあ! ボール拾いで、 疲れるばっかりじゃあ!」

 

 市役所の時計の針は、 10時半を指していた。

「今ごろ、 津高の選手たちは、 臼杵の市内をパレードの最中かのう」

 グラウンドの隅の鉄柵にもたれて、 ペッタンが言った。

「今朝の7時に、 フェリーで別府港に着いて、 そこの桟橋で自衛隊の音楽隊の演奏の中を大勢の人たちが出迎える県民歓迎集会に出席して、 挨拶。 それから別府駅を7台のオープンカーとバスで出発して、 大分に着いて、 県知事さんやら新聞社やらテレビ局やらに挨拶。 それから、 大分の市内をパレードして、 それから臼杵に向こうて、 市内をパレードして、 旗を振られながら峠道を走って、津久見に帰って来るんが、 昼ごろ。 それから津久見の市内をあっちこっちぐるぐるパレードして回って、このグラウンドに到着。 午後1時から、 この市役所の前で、 市民の大歓迎会じゃあ」

 ペッタンの長い説明の通り、 市役所の前では昨日から、凱旋して来る郷土のヒーローを迎えるアーチやステージ作りに汗を流す人たちが大わらわ。  トントンコンコンとカナヅチの音が引っきりなしに鳴っている。

 1時からのビッグイベントを待ちきれず、 早くも集まり始めた市民たちの間には、 飲食をふるまう屋台の車の姿も見て取れる。

「おうおう、 おはようさん。 なんまんだぶ、 なんまんだぶ」

そこへ現れたのは、 正真和尚だ。

「皆さん、 朝から、 精が出るのう。 なんまんだぶ、 なんまんだぶ」

 いつもの口調で近づいて来た僧侶に、

「和尚さんも、 おはようさん。 甲子園まで往復30時間の長旅で、 疲れたじゃろう」

 私が声をかけると、

「うんうん、 さすがにこの齢じゃあけん疲れたわい。 昨日の昼前に帰って来て、 それから夕方まで横になって、 それから中田町のチヨ婆さんのお通夜じゃあ」

 甲子園への観戦ツアー参加のために、 2日延期してもらったというそのお通夜のことを、 私は思い出した。 そして言った。

「昨夜がお通夜じゃったら、 今日はこれからお葬式じゃあ無えん? こげなところにおる場合じゃあ無えじゃろう」

 だが、 和尚は、 平然と答えた。

「葬式はのう、 明日に延期してもろうた。 今日は、 津高の凱旋を祝う、 おめでたい日。 こげな日に葬式なんかしたら、 バチが当たるわい」

 哀れなチヨ婆さんの亡骸に、 私たち5人は、 両手を合わせた。 なんまんだぶ、 なんまんだぶ。

 

そうするうちにも、市役所前へ集まってくる人の数はどんどん増え、広いグラウンドの半分以上が、すでに熱心な市民たちで埋まっていた。

 時刻は、11時40分。

 奇妙な響きが訪れたのは、そのときだった。

「あれ? 何の音じゃろう?」

 薄曇りの空を見上げて、ペッタンが言った。

「ほんとうじゃあ。何か、聞こえて来るのう」

 同じく顔を上に向けて、ヨッちゃんが応じた。

「おう、見てみい。何か、影みたいなもんが、こっちに来よる」

 空の一角を凝視しながら、カネゴンが続けると、

「飛行機じゃあ! ありゃあ、飛行機じゃあ!」

 音の正体に気づいたブッチンが、大声を発した。

 北の方向から接近してくる機影と、 それが発するブゥーンというプロペラの音は、 だんだん大きく、だんだん鮮明になって、 見る見るうちに私たちの頭の真上に至った。

「セスナ機じゃあのう! あっ! 何か! まきよる!」

 ありったけの声を私が振り絞ったときには、 飛行機はすでに尾翼をこちらに向けて、 南の方へ飛び去っていったが、 それがまき散らしていった無数の紙片は、 空高く舞い上がったまま、 風の中をひらひらと泳いで、 ゆっくりと北の方向へ流れていく。

「追いかけよう!」

 誰からともなく言い出し、 駆け出し、 グラウンドの外へ飛び出して、 私たちは線路沿いの道を全速力で走った。

 ひらひら、 ゆらゆら。 ひらひら、 ゆらゆら。

無数の紙切れは、 少しずつ高度を下げながら流れ、 5人の少年は追いかける。

ひらひら、 ゆらゆら。 ひらひら、 ゆらゆら。

オレンジ色の紙切れは、 舞い降りるように流れ、 5人の少年は追いすがる。

ひらひら、 ゆらゆら。 ひらひら、 ゆらゆら。

もう手の届きそうなところまで降りてきたそれらの1枚を、 ジャンプしたヨッちゃんが捕まえた。

続いて、 ブッチンが捕まえた。

ペッタンも捕まえた。

カネゴンも捕まえた。

そして、 私も捕まえた。

はあはあと荒い息をつきながら、 手にした紙切れを見ると、 そのオレンジ色のチラシの片面には、黒くてぶっといゴシック体の文字で、 祝福の言葉が印刷されていた。

「おめでとう、 津久見高校! センバツ初出場初優勝!」

 そのメッセージに何度も視線を走らせていた5人は、自分たちがもう宮山のトンネルの入り口のところまで来ていることに、 ふと気づいた。

 チラシを追いかけて夢中で走っているうちに、 市民グラウンドから数百メートルの距離を移動していたのだ。

 そこからは、 線路を越えて、 市内の目抜き通りへと続く道路が伸びている。

 その道路の、 ずっと向こうを見やると、 そこだけ雪が降っていた。

 しばらく眺めていると、 それはただの雪ではなく、 道路を挟んだ家々の、  2階の窓から激しく降り注ぐ、 紙吹雪であることが分かった。

 真っ白い祝福の中を、 こちらへ進んでくる、 群れのようなもの。

 一瞬とぎれた降雪の隙間から、 オープンカーの真っ赤な車体が覗いた。

 7台の車列は、 線路の踏み切りの前まで至り、 先頭車の後部座席に、 紫紺の大優勝旗を捧げ持つ山口キャプテンと、 優勝杯を抱える吉良投手の笑顔が見える。

 5人の少年は、 声をそろえて叫んだ。

「お帰りなさい! みかんの色の野球チーム!」

 

(※注)この遊びが、当時の津久見の子供たちの間で大流行した。筆者も何度もチャレンジしたのだが、うまく投げることができなかった。恐るべき魔球だと、あらためて実感したものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4部  「熱狂の春」  その14

 

    深大寺ユカリから手紙が届いたのは、 4日後の木曜日だった。

その日は、 4月13日。

私の13回目の誕生日でもあった。

中学生になり、 野球部に入ったばかりの私は、 朝早くからの部室の掃除や、 夜遅くまでの球拾いにクタクタに疲れていたが、 帰宅後、 封筒の裏に書かれた差出人の名前を見ると、たちまち元気になった。

練習で汚れた手を、 石鹸でよく洗い、 私は手紙を開封した。

 

HAPPY BIRTHDAY!

今日が石村君のお誕生日だってこと、 ちゃんと覚えていたよ。

私の誕生日パーティーに電話で誘ったとき、 4月13日生まれだって言ってたものね。

牡羊座だから、 めえええーって鳴くのかって、 石村君、 言ったでしょ。

それが、 とてもおかしくて笑っちゃいました。 なんだか、 懐かしいなあ。

今日から、 私も中学生です。

東京の港区というところにある、 私立の学校で、 入学式がありました。

クラブ活動は、 テニス部に入るつもり。 勉強もスポーツも、 ばりばり頑張るよ。

石村君は、 野球部でしょう?  もう練習で、 しごかれてるのかな?

お誕生日のほかに、 もうひとつ、 おめでとう!

津久見高校、 センバツ初出場で初優勝!

やったね! すごいね! 日本一だものね!

私、 ずっとテレビで応援してたよ。 すっごく感激しちゃった。

パパの転勤で、 初めて津久見に行った5年生のとき、 正直いってビックリしました。

こんな田舎の町で生活をしなくちゃいけないのかと思うと、 とても悲しかった。

東京が恋しくて、 ときどきベッドの中で泣いていました。

でもね、 1月の下旬にこっちへ戻ってきて、 しばらくすると、 だんだん津久見のことを懐かしく思い出すようになったの。

山と海しかなくて、 いちども好きになれなかった町なのに。

1年と9か月しかいなくて、 友だちもできなかった町なのに。

どうして自分はこんな気持ちになったんだろうって、 不思議だった。

そしてね、 いろいろと考えているうちに、 気がついたの。

山と海のほかに、 津久見には、 とてもいいところがあったことに、 気がついたの。

津久見の人たちは、 とても優しかった。

その優しさというのは、 えーと、 どう説明したらいいのかなあ。

たとえば、 木とか草とか花を見て、 ふっと気持ちがなごんだり、  鳥や魚や虫たちの姿に、 なんとなく気持ちが安らいだり、 夜空の月や星を眺めて、 知らないうちに気持ちが素直になったり、そんなことってあるでしょう?

それは、 自然というものが、 不思議な優しさを持っているから。

それを、 私たち人間が、 心の中に受けいれているからだと思うのね。

 まわりの自然に向き合うような心で、 まわりの人たちの心ともふれ合っている。

 津久見の人たちって、 なんとなく、 そんな感じなの。

 東京にだって、 優しい人はたくさんいるよ。

だけど、 それとは違う、 なんにも飾らない心が、 津久見の人たちにはあるの。

 山みたいなの。 海みたいなの。 津久見の人たちって。

 津久見のいいところって、 そういうところだと、 私は思う。

 東京で生まれて、 東京で育って、 東京のいいところしか知らなかった私だから、  そんな津久見の良さに気がついたんだろうな、 きっと。

 だから、 テレビを観ながら、 ずっと津久見のことを応援していたんだろうな。

 津久見のことは、 これから先、 高校生になっても、 大学生になっても、 大人になっても、いつまでも忘れないと思います。

 石村君のことも、 いつまでも忘れないと思います。

 だから、 石村君も、 私のことを忘れないでいてほしいな。

 私の誕生日パーティーに来てくれて、 ありがとう。

 病院にお見舞いに来てくれて、 ありがとう。

 黙って転校して来ちゃったから、 いま、 こうして手紙を書いて、 私の気持ちを伝えます。

 夢がいっぱいの、 中学校生活。

張りきっていこうね、 お互いに。

 東京と津久見に離れていても、 ずっと同級生だものね。

私たち、 いつまでも、 同い年だから。

 4月10日   石村太次郎様   深大寺ユカリ

 

 ユカリからの手紙には、 便箋といっしょに、 同封されたものがあった。

 それは、 ピンクのリボン。

 あの誕生日会の席で、 彼女が身につけていたものだ。

 私の憧れが、 いっぱい詰まった、 ピンクのリボン。

 どこまでも鮮やかで、 けれど、 はかなさを湛えたその色は、 今まさに散り去っていく、桜の花びらにそっくりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エピローグ

 

 多摩川の上流に架かる鉄橋を、電車が1本、渡っていった。

私と愛犬は、土手道を並んで歩き、いつもの河川敷の広場へと向かう。

日曜日、朝の6時前。

夏の太陽はまだ顔を見せず、涼しい風が時おり川面から吹き上がってくる。

早起きして来た甲斐があって、どうやら今日は一番乗りのようだ。

「それ行け、ブッチン」

 引き綱を首輪から外して自由にしてやると、 細長い尻尾をぐるぐる回し、 牡4歳のダルメシアンは勢いよく土手を駆け下りていった。

 休日の散歩は、 広い河川敷を、 好きなだけランニング。 愛犬にとって、 いちばん幸せな時間なのだ。

 夢中になって駆け回るその姿に、幼馴染たちがオーバーラップする。

 40年前の私たちもまた、ただひたすらに少年時代を駆け続けていた。

 

 仲よしの5人は、 同じ中学校を卒業して、 同じ高校へ進み、 そこから別々の道を歩んでいった。

 ブッチンは、 福岡の国立大学の法学部へ進学し、 司法試験に合格して弁護士になった。 その後、故郷に戻って法律事務所を開業し、 あまりお金にならない忙しい毎日を送っている。 持ち前の正義感を発揮するのに、 うってつけの職業を選んだものだ。

 ヨッちゃんは、 地元の企業に就職し、 社会人野球チームのレギュラー選手として10年ほど活躍した。 現役を引退してからは、 仕事の合間や休日に、 少年野球チームの監督を務めている。 教え子の中からメジャーリーガーを育てるのが、 いまの夢だそうだ。

 カネゴンは、 金子電器店の跡を継いだ。 昔からお金に強いカネゴンだったが、 恵まれた商才は、平屋だった店舗を、 商店街でいちばん背の高い7階建てのビルに変えた。  いまや大分の県南エリアに5店のチェーンを展開する 「KANE電器」 の社長さんだ。

 ペッタンは、 大阪の調理師学校を経て、 関西地方の日本料理店の厨房を転々。  5年ほど前に、ひょっこり津久見に戻って来て、 カラオケ居酒屋を始めた。 ブッチンやヨッちゃんやカネゴンが常連客になって、 そこそこの繁盛ぶりを見せているらしい。

 また、 山本佳代子は、 地元の小学校の先生になった。 あんな事件を体験したからこそ、  教育の大切さというものを知ったのだろうか。 ブッチンではない男性と結婚し、4人の子宝に恵まれた。いまでは教頭先生として、 少年少女たちを教え導いている。

 そして、 この私は、 東京の人間になった。

 東京の大学に入り、 東京の会社に就職して、 いまも勤務を続けている。

 幼馴染たちが故郷で暮らしているのに、 1000キロも離れたこの地での人生を、 どうして私だけが選ぶ結果になったのか、 それはよく分からない。

 もしかすると、 それには、 深大寺ユカリという存在が関係しているのかもしれない。

 初めて恋をした少女への憧れは、 東京という大都会への憧れでもあった。

 彼女が津久見を去った後も、 その思いは長く私の心の中にとどまり、 いつしか東京へと私を向かわせる、 大きな力を得ていたのだろうか。

 あの、 ピンクが似合う小柄な女の子が、  どんな大人になり、  いま、  どこで、  何をしているのか。それを知るすべは、 まったくないのだけれど。

 

 愛犬が独占していた河川敷の広場に、 草野球チームのメンバーが集まってきた。  猛暑の中での練習が、 今日も始まろうとしている。

 私は、 空を見上げた。 調布の飛行場からの機影を探そうとして。 野球と密接な関わりを持つ、セスナ機が飛んでくるのではないかと期待して。

 

 私たちに、 津久見という町に生まれた喜びと誇りを与えてくれた、  昭和42年の、  みかんの色の野球チーム。

 センバツ優勝の原動力となった吉良修一投手は、 その後、 阪神タイガースに入団した。

 トップバッターを務めた大田卓司選手は、 西鉄ライオンズに入団した後、 太平洋クラブ、 クラウンライターを経て、 西武ライオンズでも活躍。 昭和58年の日本シリーズでは、 MVPに輝いた。

 津久見高校野球部は、 その後も市民たちの熱い声援に応え続け、 センバツ優勝の5年後、 昭和47年には、 夏の甲子園でも全国制覇を成し遂げた。

 しかし、 春6回、 夏12回の甲子園大会を戦った郷土のヒーローも、 昭和63年の夏の出場を最後に、 もう20年以上、 晴れの舞台から遠ざかっている。

 高校野球の戦力と、 それを支える町の活力は、 けっして無関係ではない。

 隆盛を極めた津久見のセメント産業は、 採掘資源の減少とともに衰退の一途をたどり、 空高く聳えていた2つの石灰山は、 地上から跡形もなく消えた。

 経済のコアを失った小さな港町は、 じわじわと、過疎化と少子化の波に呑みこまれていき、 人口も2万人に半減した。 抗いようのない財政難は、 市民たちの生活に重くのしかかっている。

 これが、 現実だ。

 だが、 現実だけが、 すべてなのではない。

 ほんとうに大切なものは、 いつだって心の中にある。

 思い出の町と、 思い出の人たち、 そして思い出のチームは、 あのときの輝きをすこしも失うことなく私の命のある限り、 これからも生き続けるのだ。

 

 草野球の練習が始まった。 キャッチボールの輪が、 だんだんと広がっていく。 そろそろ場所を譲ったほうが良いだろう。

「ブッチーン!」

 大きな声で、 私は呼んだ。

 河川敷の向こうから、 喜び勇んで愛犬が走ってくる。

 私もいっしょに、 走り始める。

 風といっしょに、 走り続ける。

 背後から、 夏の日差しが追いかけてくる。

 青い空を、 白い雲が流れていく。

 そのなかに、 一機。

 見つけた! 飛行機だ!

 

 

(おわり)

 

本作の執筆にあたり、取材へのご協力と詳細な資料のご提供をしてくださった、津久見高校野球部OBの

三浦保雄様と前嶋幸夫様に、あらためて御礼申し上げます。どうもありがとうございました。

 

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