第1話は「新天地へのオデッセイ」。現生人類の誕生と移動をテーマにした物語です。(2009年3月執筆)

             

                     

 

 

 

 

 

新天地へのオデッセイ

 

 

 

 

現生人類は、アフリカに生まれた。

そして、アフリカから旅立ちを開始した。

 

 アフリカ大陸を南北に走る、大地溝帯。その付近の洞窟を後にして、彼らは旅立ちを始めた。「新人」とも「ホモ・サピエンス」とも呼称される彼らとは、およそ20万年から10万年前のアフリカに誕生した、われわれ現代人の直系の祖先、「現生人類」である。

  人類の「アフリカ単一起源説」を最初に裏付けたのは、細胞内器官の「ミトコンドリアDNA」の塩基配列の解析によるものだった。母親からしか子に受け継がれないミトコンドリアDNAを調べれば、母親、母親の母親、さらに母の母の母の……と女系をたどることができる。こうした分析を通して、人類の仮想上の共通の母親(ミトコンドリア・イヴ)は、20万年から14万年ほど昔の、アフリカ大陸に存在したことが結論づけられた。

   次いで、アフリカ単一起源説をさらに強固なものにしたのが、「Y染色体」の多型解析である。細胞核の中には、性の決定に影響を与える「X」と「Y」の染色体が存在するが、父親から男の子にしか伝わらないのがY染色体である。これに着目し、ミトコンドリアDNAの場合と同様の研究を行ったところ、Y染色体にも各人種共通にアフリカ人男性に特徴的なDNAの塩基配列が見出された。すなわち、現在地球上に存在する男たちの概念上の共通の父親(Y染色体アダム)が、約9万年の昔にアフリカ大陸に存在していたのである。

    アフリカこそは、われら人類の揺籃の地。だが、祖先たちはここに留まり、水の確保や食料の調達に便利な森の近くの洞窟の周囲をコロニーとし、安楽な日々を送り続けたわけではなかった。もちろん、なかにはそういう集団もおり、この大陸に居続け、子孫を残し続ける途を選んだ。

   しかし、われらの祖先のうちの大半は、アフリカを出た。東へ、西へ、北へ、南へ。それは、大いなる旅の始まりだった。彼らの目は、何を見つめていたのだろうか。彼らの心は、何を思い描いていたのだろうか。

           

 

アフリカを、出よう。

そう決意し、実行した、3つの大集団。

 

   9万年前にアフリカで発祥した男たちのY染色体は、その後長い歳月をかけて、18種類の系統に亜型分化していった。それらは学問上、AからRまでのアルファベットの大文字で表記される。

    おそらくは家族や親族を中心にした数十人ごとのコロニーを営んでいたと想像されるそれぞれの系統の人々をとりあえず「Aの集団」「Bの集団」「Cの集団」……と言い表そう。  揺籃の地、アフリカ大陸からの旅立ち。この「出アフリカ」を果たしたのは、大別すると次の3つのグループだった。

   まず、「Cの集団」。

   さらに、「DEの集団(Dの集団+Eの集団)」。

   そして、「FRの集団(F+G+H+I+J+K+L+M+N+O+P+Q+Rの集団)」である。

   つまり18種類の集団のうち、アフリカに留まったのは、「Aの集団」と「Bの集団」のみ。彼らは、大陸の内部を移動しながら、固有のY染色体を世代から世代へと継承し、現在のアフリカ人という末裔たちを生み出した。

   さて、われわれはここから物語の本筋へ入っていくことにしよう。「新天地へのオデッセイ」を演じるのは、他でもなく、残り16種類の亜型分化したY染色体を持つ男たちが率いる、「C」「DE」「FR」の3つの大集団の人々なのである。

   「Cの集団」……彼らには「第1の旅人たち」の名称を授けよう。

   「DEの集団」……彼らは「第2の旅人たち」と呼ぶことにしよう。

   「FRの集団」……彼らは「第3の旅人たち」として語っていこう。

  氷河期の末期。住み慣れた故郷を後にして、見知らぬ森や谷や山や川や湖や海を進み、絶えざる危機を乗り越え、夢と勇気と知恵を武器にして、長い長い時間の果てに全世界へとその子孫を広げていった、ロマンの旅人たち。新たな可能性を求めて、新天地を目指し続けた、太古の旅人たち。彼らの姿に思いを馳せ、想像力をたくましくして、その冒険の旅路を追ってみることにしよう。

 

 

第1の旅人たちは、オセアニアへ達した。

さらに、シベリアへも、アメリカ大陸へも。

 

   その旅は、約6万年前に始まった。第1の旅人たちが、何ゆえにアフリカを離れていったのか、その問いには確たる答えがない。氷河期の後期に乾燥の続いた時期があり、そのために森林が縮小し、狩猟採集で生きていた彼らを支えるサバンナが干上がってしまったからだという説は有力であるのだが。

    いずれにしても、彼らはアフリカを脱出した。おそらく現在のソマリア、いわゆる「アフリカ大陸の角」沿いに海を進み、アラビア半島南部の浜辺に達した。それからは貝を求めて半島の沿岸をさすらうこともあれば、動物の群れを追って中東に分け入ることもあっただろう。食料と安全な居場所の確保を渇望する旅人たちの、幾世代にもわたる大移動の到達点。そこは、インドだった。

    彼らはようやく定住の地を得たのだろうか。答えは、否だ。インド亜大陸は、実は第1の旅人たちの到達点ではなく、単なる通過点に過ぎなかったのである。それでは、彼らの真のゴールとは、いったい何処だったのだろうか。それは、さらに東へ南へと進んだ、インドネシア、パプアニューギニア、オセアニアであった。オーストラリアへ行き着いたのは、約4万7千年前。

   出アフリカから、およそ700世代を経た気の遠くなるような旅の系譜は、現在この地に住んでいる彼らの末裔たちに行われた、Y染色体の分析調査結果によって証明されている。彼ら第1の旅人たちが「Cの集団」であることを思い出してほしい。Y染色体の亜型分化の1つである「C」のエッセンスは、現インド人に薄く、インドネシアからオーストラリアまでの人々の中に非常に濃い。

  さて、第1の旅人たちの物語は、さらに壮大なスケールでまだまだ続く。「C」のエッセンスに基づいて、彼らの分派した人々の足跡を追ってみよう。

  一転、はるか北へ。旅のルートは、インドシナ半島からアジア大陸を北上し、バイカル湖付近にまで達した。現在のシベリア、東北アジアのトゥングース、そしてモンゴルの人々のY染色体に「C」のエッセンスを色濃く見ることができるのである。

  さらに、彼らの軌跡は、中央アジア、東アジア、東南アジア各地にも広がり、日本列島にも到達した。旧石器時代のことである。われわれ現日本人の一部の人々の中にも、「C」のエッセンスは存在しているのだ。

   圧巻は、ベーリング海峡を渡っての、アラスカからアメリカ大陸の踏破だ。マンモス象の優れたハンターであった彼らは、当時の最新技術の粋を凝らした細石刃を武器に巨大な獲物を追いかけていった。そして1万5千年前に北アメリカ大陸の先住民となり、その3千年後には南アメリカ大陸の民にもなった。

  出アフリカから、6万年。第1の旅人たちの壮大なオデッセイは、まさに世界地図を描くのごとくだったのである。

 

 

第2の旅人たちは、ユーラシア大陸を東へ。

安住の地となったのは、日本列島だった。

 

   続いて、第2の旅人たちの移動ルートを追ってみよう。彼らがY染色体の亜型分類上、「DEの集団(Dの集団+Eの集団)」であることは前述した通りだが、アフリカ大陸を脱出した後、それぞれの集団はまったく別の旅路を歩むことになった。

   「E」のエッセンスを持つ人々は、中東から西進してヨーロッパの南部へと広がっていった。これとはまったく対照的に、「D」のエッセンスを持つ人々は、ユーラシア大陸を東へと、立ち止まることなく進んでいったのである。この章では、われわれ現日本人と非常に関係の深い、こちらの旅人たちにスポットを当てることにする。

  およそ1万3千年の昔、歴史は旧石器時代から新石器時代へと移り変わろうとしていた。ユーラシア大陸の南部をひたすら東進していった第2の旅人たちは、まず東南アジアへと到った。ベンガル湾東部のインドシナ半島寄りに位置するアンダマン諸島で現在暮らしている人々のY染色体に「D」のエッセンスが見られる事実が、このことを裏付けている。

   旅人たちの東進は、ここで一転、北進へと変わった。そのルートは華北へ、そしてモンゴルへ。さらにチベットへたどり着いた人々もいた。

  そして最後の一団は、朝鮮半島を経由して日本列島の南部へとやって来たのである。アフリカから、はるか日本へ。長い時間の末に「D2型」へと分化したエッセンスを持つ、彼ら第2の旅人たちの子孫は、ここを安住の地として繁栄を開始した。「D2型」は、日本に固有のタイプとして認められており、現在の日本人の中でも最も多いエッセンスであることがY染色体の分析調査で明らかにされている。

    現生人類は、アフリカで生まれた。そして、21世紀の今を生きるわれわれ日本人もまた、遠い大陸に起源を持つ、数百世代を経た子供たちなのだ。

 

 

 第3の旅人たちは、世界の各地へ散開した。

弥生時代の日本もまた、行先の1つだった。

 

  最も遅く出アフリカを果たした、第3の旅人たち。彼らの目的地となったのは、いったい何処だったのだろうか。その問いかけに対して、限定的な地理的名称を提供することは不可能だ。あえて大まかな回答を示すとするならば、それは「世界のあっちこっち」とでもなろうか。

 第3の旅人たちが、「FRの集団」であることは述べた。「F」から「R」まで、13種類ものY染色体のエッセンスを持つ彼らは、アフリカ大陸を脱出した後、思い思いに世界の各地へと散らばっていったのである。

  中東や西アジアの一帯に展開していった者たちもいれば、地中海を取りまく地域に定着した者たちもおり、ヨーロッパへの旅路を選んで、現在の西欧人の祖先となった者たちの姿もあった。北ヨーロッパからシベリア北部への広域にかけて特異な移動分布を示す集団も存在すれば、アメリカ大陸の先住民の中の一部を構成する集団も存在が確認できるのだから驚きだ。

 Y染色体の様々な亜型分化がもたらした、多彩なエッセンスの人々のオデッセイ。それらのうち、アジアに広く展開して、日本の歴史と文化にも関わりを持った「O」の旅人たちの軌跡は興味深い。

  およそ8千年の昔に移動を開始した彼らは、長い旅の過程で、少しずつ分派をしていった。「O1型」のエッセンスに分派した人々は、台湾、フィリピン、ジャワなどに住み着いた。「O3型」に分派した人々の痕跡は、漢民族、チベット、満州、モンゴル、朝鮮半島などに現在多く見られる。とくに漢民族では、3分の2を占めている。

  そして着目すべきなのが、「O2b型」の人々である。このエッセンスを現在に受け継いでいる彼らの末裔たちは、朝鮮半島において極めて高い頻度で見出される。そればかりではなく、日本でも南琉球や八重山諸島にも大勢が存在し、さらに東京をはじめとする全国の様々な地域でもかなりの頻度で確認されているのだ。

   今から2800年前に移動を開始した、「O2b型」の旅人たち。彼らこそが、稲作の技術と金属器を持って日本列島に入り、弥生時代の文化の一翼を担った「渡来系弥生人」なのである。

 

 

 アフリカ大陸を出た、3つの旅人たち。

その再会の地こそが、わが日本列島だった。

 

   ここまで読み進んできて、もうお気づきであろうか。そうなのだ。出アフリカを果たした第1の旅人たち、第2の旅人たち、第3の旅人たちが、それぞれの長いオデッセイの過程で様々なエッセンスを持つ人々の集団に亜型分化していった後に、もういちど落ち合った場所、それが日本列島なのである。

  整理してみよう。まず、第1の旅人たち。その中の「C」のエッセンスを持つ人々の一部が、旧石器時代に日本列島に到達した。次に、第2の旅人たち。その流れを汲む「D2型」のエッセンスを持つ人々は、日本列島に固有のタイプとして繁栄した。そして、第3の旅人たち。その一派である「O2b型」のエッセンスを持つ人々は、稲作文化を携えて渡来した弥生人となった。さらに、少数であるが「N」や「O3型」の人々も日本人のメンバーに加わったことがY染色体の調査で確認されている。

   この事実は、全世界的に見ても、極めて特異である。ヨーロッパ、アメリカ先住民、シベリア、中国、インド、パプアニューギニア、その他世界中のほとんどの地域において、出アフリカの2系統までしか見出せないのに対して、ここ日本列島では出アフリカの3系統の末裔たちの存在が現在でも厳然として認められるのだから。学者たちの中には、これを「歴史上の不思議」と呼ぶ人もいるほどだ。われらが日本列島こそは、まさに「人種のるつぼ」なのである。

   この現象は、何ゆえなのか。現在考えられているのは、日本列島は気候が温暖で降雨量が多く、暖温帯林および冷温帯林の豊かな植物相が人々の栄養源となる堅果類(ドングリ、ミズナラ、シイ、ウバメガシ、トチノミなど)を提供してきたこと。それらを餌とする哺乳動物(シカ、イノシシ、クマなど)が人々の蛋白源となったこと。さらに、日本列島の周囲に広がるプランクトンの豊かな海が、新石器時代に導入された漁撈技術を通して、人々に安定的な魚の栄養源をもたらしたこと、等々。

   極東の端に位置して、それ以上人々が移動できないという地理的要因もあったであろう。だが、最も着目すべきは、長い歳月の中で複数次に分かれて日本列島にやって来た旅人たちの集団が、それぞれの多様性を受け入れ合い、平和的に融合しながら文化を築きあげてきたということだ。

   はるかアフリカ大陸から、3000世代を超えるオデッセイの果てに、極東の列島に新天地を見出した彼ら。われわれ日本人の祖先たちが、優しさと寛容に満ちた人々であったことを誇りに思いたい。

 

 

執筆にあたり、参考(引用)にした本です。

 皆さんにも、ぜひご一読をおすすめします。

 

●「できそこないの男たち」   福岡伸一 著   光文社新書  

●「DNAでたどる日本人10万年の旅」   崎谷満 著   昭和堂  

●「日本人になった祖先たち」   篠田謙一 著   NHKブックス  

●「DNAから見た日本人」   斎藤成也 著   ちくま新書  

●「イヴの七人の娘たち」   ブライアン・サイクス 著   ヴィレッジブックス  

●「グローバリゼーション 人類5万年のドラマ(上・下)」   ナヤン・チャンダ 著   NTT出版 

 

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