第2話は「ガリレオから400年」。宇宙開発と太陽活動をテーマにした物語です。(2009年5月執筆)

             

                     

 

 

 

 

 

ガリレオから400年

 

 

 

 

天文学の父が開いた宇宙への扉から、

21世紀の飛行士たちが次々と飛び出していく。

 

 その人物は、来る日も来る日も望遠鏡を空に向け、大宇宙の神秘をその目ではっきりと見極めようとした。西暦1609年、自作の望遠鏡による天体観測を開始後、月のクレーターを見つけ、太陽黒点の生成消滅と移動を追い続け、金星の満ち欠けを確認し、木星を周回する4つの衛星の存在の発見から、地動説の提唱者ともなった。彼の名は、ガリレオ・ガリレイ。「天文学の父」と尊称される、このイタリアの科学者が天体観測を始めてからちょうど400年目を迎えることから、今年2009年は「世界天文年」と定められた。

 この400年の歳月を経て、宇宙科学は飛躍的に発展し、人類はみずからを地球の外へと送り出した。1961年のユーリー・ガガーリンによる初めての有人宇宙飛行を皮切りに、これまで500人近い飛行士が宇宙へ飛び立ってきた。この原稿を書いている今も、高度約400kmの軌道を周回している国際宇宙ステーション(ISS)では、若田光一飛行士が日本人初の長期滞在を行っており、各メディアを通じて興味深い宇宙ニュースをわれわれに送り届けてくれている。

  国際宇宙ステーションを基点として、月面基地の建設や火星への有人探査など、人類が活動する宇宙のフロンティアはこれからも拡大を続けていくことになるのだろう。一般人の宇宙旅行も、もはや夢物語ではない。はたしてガリレオは、400年前の昔にこのことを予見できていたのであろうか。

  しかし、だ。宇宙空間とは、けっして甘いところではない。地球大気や地磁気に守られた地上での日常生活とは打って変わって、そこは絶えざる生命の危機と隣り合わせの、過酷極まりない世界なのである。

 ガリレオが観測と研究に没頭した、太陽。地球の生物すべてに命の恵みをもたらしてくれる母なる恒星も、ひとたび宇宙空間へ飛び出した者たちにとっては、情け容赦のない存在となる。人類の宇宙開発と不可分の太陽活動。これを糸口に、今回の物語を始めることにしよう。

 

 

太陽系の支配者であるその恒星からは、

膨大なエネルギーが絶え間なく放出されている。

 

   直径、地球の約109倍。質量、約33万倍。体積、約130万倍。とりわけ、2×10の30乗kgというその質量は太陽系の全質量の99.86%を独占する。およそ46億年昔の誕生以来、この恒星系の文字通りの支配者として君臨しているのが、太陽だ。

  ほぼ水素とヘリウムから成るこの巨大な球体の中心部では、約1500万度という想像を絶する超高温で核融合反応が起きている。核融合で作られたエネルギーは、球体内部で約1000万年もの時間をかけて放射や対流を繰り返しながら外側へと向かい、太陽表面に到達したときには6000度の温度を持つ可視光線となる。

  こうして、熱から光へと変換された巨大なエネルギーは、太陽系宇宙全域に毎秒30万kmの速さで送り出されるわけだ。その光は可視光線の他に、紫外線、赤外線、X線、さらに電波など様々な波長のもので構成されているが、太陽から約1億5000万km離れた地球もまた、その光エネルギーのわずかな一部を受け取ることによって、すべての生物の命を維持している。もしも太陽エネルギーの供給が途絶えたら、われわれの地球はすぐにマイナス100度C以下の極寒の世界に変わってしまうことだろう。

  その激しさゆえに、われわれ人類や動植物の生存を保障してくれている太陽活動だが、時として激しさが過剰になることがある。その代表例が、太陽表面の黒点群の近くで発生する「フレア」と呼ばれる太陽面爆発だ。数千ガウスにも及ぶ強い磁気を帯びている太陽表面の大気は、太陽内部から伝わってくる熱対流により、あらゆるところで活発に運動している。その運動のエネルギーが、黒点などの強い磁場に歪みのエネルギーとして蓄えられ、溜まり過ぎた結果、爆発を引き起こすというのがフレア発生の原因の一説となっている。

 この太陽フレアによって放出されるエネルギーは、約10の26乗ジュール。分かりやすく言うと、大規模な原子力発電所が数億年をかけて発電するエネルギーに相当する量なのだが、これほどのエネルギーを太陽フレアはわずか1時間くらいのうちに一気に発生させてしまうのだから驚きだ。

   さて、われわれにとって深刻なのは、太陽フレアの影響が遠く離れた地球にも及んでくるということだ。光やX線などの電磁波放射のみならず、太陽上空の100万度以上もの高温の大気がフレアによって宇宙空間に放出されてしまうのだ。これは「コロナ質量放出(CME)」と呼ばれるもので、超高速で地球に到達する。その先端部分は磁場の衝撃波とプラズマが圧縮された構造になっており、地球磁気圏に衝突すると磁気嵐などの激しい現象を引き起こす。さらに、フレアやCMEに伴って「プロトンイベント」が地球にやってくる。こちらは、高エネルギーの電気を帯びた粒子が大量に飛来する現象で、いわゆる放射能の襲来だ。

  それでは、太陽フレアの発生に起因する上記の事柄は、宇宙開発や地上生活にどのような被害をもたらすのであろうか。これについては太陽系宇宙環境のさらなる厳しさについて語ったうえで、それらへの対応策も含めて後述しよう。

 

太陽の巨大な重力を振り切って、

惑星たちに猛スピードの風が吹きつけている。

 

  光だけでなく、太陽からはつねに風が吹き出していることをご存知だろうか。プラスの電気を持つ陽子とマイナスの電気を持つ電子に分解したプラズマのガスの流れ、これが「太陽風」と呼ばれるものだ。太陽表面にあるコロナホールでは、約100万度という高温ガスの中で電子が秒速5000kmの超高速で動き回り、ついには太陽の巨大重力を振り切って、そのまま惑星間空間に飛び出してしまう。これが太陽風発生のメカニズムである。

    太陽風のスピードは、地球の軌道あたりでは毎秒300〜800km。太陽系宇宙空間のすべてを満たし、さらにその外側へと広がっていき、最終的には約50〜160天文単位(太陽から地球までの距離が1天文単位)の彼方にまで達する。ちなみに、宇宙探査機ボイジャー1号が2004年12月16日に観測したその位置は94天文単位であった。

   さて、太陽風は太陽の大気そのものであるから、地球もその他の惑星たちも、実際は太陽の中にいるわけである。地球軌道付近での太陽風の温度は、約10万度。大変な高温だが、幸いこの温度による弊害はない。それは太陽風が非常に薄い気体だからだ。1立方cm当たりの粒子数は、約10個。この密度は、地上で作ることのできるどんな「真空」状態よりも希薄で、その意味では太陽風は超真空の気体であると言える。それゆえ、当然われわれの目で見ることはできない。その代りに、素晴らしいものを見せてくれる。

    それが、オーロラだ。地球に吹いてきた太陽風は、地球磁気圏に作用し、磁力線を介して磁気圏と電離圏をつなぐ巨大な発電回路を作り出す。この回路を流れる電流として、磁気圏から磁力線に沿って加速を受けながら降り込んできた電子が電離圏の酸素原子や窒素分子などに衝突することにより、あの美しい光を放つのだ。オーロラとは、ラテン語で「東の方角」「夜明け」を意味する言葉。その名づけ親こそ、ガリレオ・ガリレイその人である。

   しかし、太陽風のサービス精神ばかりに気をとられてはいけない。なぜなら、この太陽風もまた、われわれに被害をもたらす過酷な宇宙環境のひとつに他ならないからだ。とりわけ「太陽活動の活発化」の際には、太陽風は太陽暴風と化して、容赦なく襲いかかってくることになる。前述した太陽フレアなどの事柄と合わせ、この太陽活動の活発化をテーマに次章では語っていこう。

 

 

一定の周期で強弱を繰り返す、太陽活動。

いま、その活動極大期が近づいている。(※追記)

    

冒頭でも述べたように、ガリレオは天文学に関する数々の功績を残したが、その中でも着目すべきなのが太陽黒点の観測だ。それまで完全無垢なる存在として信仰されてきた太陽を、彼は科学の対象に変え、その表面にある黒いシミの変化の様子を毎日丹念にスケッチし続けたのである。望遠鏡で太陽を見過ぎたために、晩年のガリレオは失明してしまったが、彼の残した黒点スケッチは、過去の太陽活動を研究するうえで有効なデータとして、現在でも活用されているのだ。

    太陽黒点の数や形は、時々刻々と変化している。黒点の寿命には1日限りのものもあれば数か月健在なものもあり、長命な黒点は通常群れを成して現れることから「黒点群」と呼ばれている。太陽フレアなどの爆発現象は黒点付近で発生するわけだから、黒点数と太陽全体の活動度には密接な関係があることが分かるだろう。すなわち、黒点の数が多い時期には太陽活動は活発化し、逆に黒点の数が少ない時期には太陽活動は沈静化しているのである。

  さて、本題はここからである。上記のような短期的な生成と消滅だけでなく、太陽黒点の数はもっと長い期間ごとに、増大と減少の変化を繰り返しているのだ。その周期は、11年。実際には9年から13年の間で多少のズレはあるのだが、黒点数の変動周期として最も顕著に現れるのが、11年周期なのである。

    この周期中、黒点数が多い時期を「太陽活動極大期」、少ない時期を「太陽活動極小期」と呼ぶ。つまり、太陽活動そのものが11年の周期で強弱を繰り返しているというわけだ。

    さあ、現実の世界に目を戻そう。直近の太陽活動極大期は、2000年から2001年にかけて確認されている。これに、11年を足し算してみよう。そうなのだ。2009年を生きているわれわれの目前に、新たな太陽活動極大期が迫っているのである。

    太陽フレアが頻発する。コロナ質量放出が直撃する。プロトンイベントが襲来する。暴風と化した太陽風が吹き荒れる……。これらは仮定上の最悪のシナリオだが、現実に起こり得ることでもある。

    活発化した太陽活動が、われわれの宇宙開発の現場や地上での生活に、いったいどのような被害をもたらすのか。懸案だった問題について、いよいよ次章で述べることにしよう。

 (※追記) 最近、各国の研究機関から、太陽活動のレベルが100〜200年ぶりの低水準に落ちている        との観測報告がなされている。新たな科学研究の発表が待たれるものである。

 

 

太陽からの危機は、宇宙開発の施設だけでなく、

地上の産業システムや経済社会生活にも及ぶ。

 

  まずは、宇宙開発の現場がさらされる脅威から語ろう。人工衛星や国際宇宙ステーションには、あらゆる箇所にコンピュータやデジタル回路が多数使われている。太陽フレアによって放出される高エネルギーの粒子は、これらの電子部品に損害を与え、誤動作や不具合を引き起こす危険性があるのだ。これにより太陽電池パドルの制御が不能になると必要な電力が確保できず、人工衛星に至っては地上からの命令さえも受けられずに寿命を終えてしまう。また、コンピュータのメモリに太陽からの粒子が飛び込んでくると観測データが化けてしまい、嘘の情報を地上に送ってしまうなどの事態も引き起こしかねない。さらに、粒子の衝突が衛星の部材の材料特性を劣化させるのも深刻な問題だ。

    強い太陽風が発生させるオーロラもまた、人工衛星の敵となる。10の13乗ワットにも達するオーロラからの熱は、大気の膨張を引き起こし、衛星の軌道を狂わせ、寿命をも縮める。最悪の場合には、1979年に起きたスカイラブ事故のように衛星の落下を招くことも考えられる。

   高速太陽風による被害は、通信の分野にも及ぶ。宇宙空間の乱れは無線通信を途切れさせ、人工衛星と地上局を結ぶ通信システムにダメージを与え、テレビ・雑誌・新聞ニュースの配信網を破壊してしまう恐れさえある。

    宇宙との通信障害は、地上の交通・航行システムにも被害をもたらす。船舶や航空機の位置測定には誤差が生じ、それが大事故につながらないとも限らない。GPSシステムに依存している自動車の走行位置確認もまた、当然影響を受けることになる。

    地上の産業施設においても、甚大な被害が起こり得る。太陽フレアや暴風太陽風によって引き起こされる強い磁気嵐の際に生じるオーロラ電波は、異常な誘導電流を発生させる。これが地上に張り巡らされた送電線に流れ込むと、発電所をはじめとする電力施設がダメージを被る。同様の事態は、海底ケーブル網にも生じるばかりでなく、石油やガスのパイプラインの腐食防止設備をも無力化させる。世界の各地で、エネルギーの動脈が危機に瀕するわけだ。

  被害者となるのは、人間だけではない。地磁気が乱れると、体内の磁気センサーを利用して移動している動物たちが、その方向を見失ってしまうのだ。伝書鳩、渡り鳥、航行性魚類、クジラ、イルカ……。世界の海岸部で、クジラやイルカが大量に座礁死するという報道を耳にすることがあるが、これもまた、太陽活動が原因のひとつとして考えられているのである。

  活発化した太陽が振りかざす暴力や凶事を列記してきたが、今後ますます電子機器や情報通信に依存を強めていくであろう人間社会が、地球を取り巻く宇宙空間の環境悪化の脅威につねにさらされていることがお分かりだろう。いったい、対応策はないのだろうか。

    例えば、気象ニュースで台風情報を事前に知ることによって、被害を軽減する知恵をわれわれは持っている。地震の予知が早期で的確なものになれば、これほど心強いことはないだろう。それらと同様に、宇宙の悪い天気の訪れがあらかじめ分かっていれば、それに対して備えることができそうだ。

    「宇宙天気」。これが次章への重要なキーワードとなる。

 

 

太陽活動による地球周辺の環境変化を予測する、

「宇宙天気予報」の研究が進められている。

 

  明日の空模様を知らせる天気予報のように、地球を取り巻く宇宙空間の状態の変化を予測し、その情報を提供する。これが「宇宙天気予報」と呼ばれるもので、すでに世界の各国で様々な研究の取り組みが行われている。

  太陽フレアや太陽風、地球磁気圏、電離圏、上層大気などの様子、すなわち「宇宙の天気」の概況を、インターネットを使ってリアルタイムで配信することも、重要な取り組みのひとつだ。アメリカの気象衛星「GOES/NOAA」などには放射線の粒子モニターが搭載され、われわれが宇宙天気の現況や推移を知るためのデータを送ってくれており、それらのいくつかはインターネット上で公開され誰でも気軽に見ることができる。

    わが国でも、SOLAR−B衛星「ひので」が、3つの異なる波長の望遠鏡での観測により、太陽活動の源である磁場が太陽の内部から湧き出てくる様子を詳細に捉え、太陽コロナ中で磁気エネルギーがどのように蓄積されていくのかを調べ、いかなる状況のときに磁気エネルギーの解放メカニズムが発動するのかを明らかにしている。この太陽フレアの基礎研究によって、宇宙天気予報の精度が上がっていくことが大いに期待されているのだ。

    とは言うものの、残念ながら現在の科学レベルでは太陽活動を抑えることも、太陽から放出される電磁波や粒子や磁場の影響を完全に防ぐこともできない。けれども、それらが地球磁場に及ぼす影響を予報することにより、われわれの宇宙開発や社会生活への影響をかなり小さくすることは可能なのである。

   例えば、巨大な太陽フレアが起こりそうなときには、人工衛星に搭載された機器の電源を落としたり、放射線の被曝を避けるために国際宇宙ステーションやスペースシャトルの宇宙飛行士の船外活動を中止し、施設内の安全な場所に避難させる。また、磁気嵐が起こりそうなときには、通信が運行上重要な航空機や船舶に注意を促すことで事故を未然に防ぎ、電力施設においては変電所のコイルのスイッチを切ることで停電などのトラブルを回避する、等々。

    ガリレオの天体観測から、400年。今後も人類は宇宙にフロンティアを広げていき、社会の経済産業システムは高度化を続けていく。これらに伴い、太陽活動によるリスクを回避する宇宙天気予報の重要性は、ますます高まっていくに違いない。

   今から46億年前に太陽が生まれ、地球が生まれた。その地球の上に38億年前、太陽の光エネルギーが生命を産んだ。その生命は母なる太陽が与える光でだいじに育てられ、様々に進化を続けて現在に至った。われわれ人類をはじめとするすべての生命は、太陽の子供たちなのだ。

    時代がどんなに進もうが、いつまでも太陽はわれわれの母親であり、われわれは太陽の子供であり続ける。めざましく発展する宇宙開発時代の只中にあって、太陽への畏怖と敬意と謙遜の気持ちを、われわれは決して失ってはならないだろう。

 

執筆にあたり、参考(引用)にした本です。

 皆さんにも、ぜひご一読をおすすめします。

 

●「太陽からの光と風」   秋岡眞樹 編著   技術評論社

●「太陽のきほん」   上出洋介 著   誠文堂新光社 

●「国際宇宙ステーションとはなにか」   若田光一 著   講談社ブルーバックス 

●「NASAから毎日届く驚異の宇宙ナマ情報」   矢沢サイエンスオフィス 編   技術評論社  

●「絶対帰還。」   クリス・ジョーンズ 著   光文社  

●「天の光はすべて星」   フレドリック・ブラウン 著   ハヤカワ文庫SF    

 

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