第4話は「科学が照らす月世界」。月の起源や進化の謎をテーマにした物語です。(2009年7月執筆)

             

                     

 

 

 

 

 

科学が照らす月世界

 

 

 

 

アポロ11号の偉業から、40年。

宇宙科学研究の表舞台に、再び月が躍り出た。

 

 7月22日の、皆既日食。あなたは、どこで、どのような太陽の姿をご覧になっただろうか。国内では46年ぶりの機会だというのに、あいにく天候に恵まれず、皆既帯に位置する鹿児島県のトカラ列島や中国の上海まで観測に足を運んだ人たちには残念な結果となった。東京都内に住む筆者は75%の部分日食に期待していたのだが、分厚い雲に遮られてしまったのは心残りだ。

  だが、日食グラス越しの直体験は叶わなくても、当日は奄美大島や硫黄島などから皆既日食の一部始終が各メディアを通じてライブ中継され、世紀の天体ショーの眼福に浸ることができたのは幸いだった。太陽がじわじわと欠けていき、最初のダイヤモンドリングの見事な輝きを経て、皆既の状態に。真珠色のコロナが放射状に広がるなか、超高感度・高倍率のカメラは黒い太陽の縁から立ち昇るプロミネンスの紅いゆらめきまで、はっきりと映し出してくれた。

 太古の昔から、地球人を畏怖させ魅了してきた、天体運行の偶然がもたらす神秘。その主役は太陽だが、陰の主役が月であることは言うまでもない。月の400倍の大きさを持つ太陽が、月の400倍遠くにあるために、月にすっぽりと覆い隠されてしまう現象が、皆既日食なのだから。当日、午前11時。東経145度の赤道上空3万6千kmから、気象衛星ひまわり7号の観測カメラは、白く延びる梅雨前線のなかで鹿児島県奄美地方や東シナ海周辺が黒い影で覆われた様子を映し出した。これぞ、月の影。陰の主役の、影である。

  影ではなく本物の月に、人類が初めて降り立ったのは、1969年7月20日のこと。あれからちょうど40年の時を経た今年6月11日、ひとつの月探査計画が任務を完了した。アポロ計画以降最大のミッションと評価される、その名は「かぐや」、SELENE Project。日本人にこよなく愛されるヒロインの名を戴いた月探査機は、2007年9月14日の打ち上げ以降、約1年半にわたり月を周回しながら様々な観測を行い、世界中の研究者たちが待ち焦がれていた、月の起源や進化の謎に迫る貴重なデータを数多くもたらし続けた。任務を終えたいまもなお、かぐやの集めた膨大な観測データは分析を続けられ、今後数年にわたって、さらに多くの研究発表が行われることだろう。

   38万kmかなたの、人類のフロンティアへ。東西冷戦さなかの1950年代と60年代、アメリカと旧ソ連が国威を賭けて繰り広げた月探査競争は熾烈を極めたものだったが、70年代の半ばにはアポロ計画も終了し、80年代には月の探査はまったく行われなかった。だが、月に関するもっと詳細なデータを得たいという科学者たちの要望が強まるにつれて、人類が再び月を目指す動きは90年代の半ばから活発化してきた。

  そうして21世紀に入り、国際的な月探査機打ち上げラッシュの時代を迎えたのである。2003年9月、欧州宇宙機関の「スマートワン」。2007年9月、日本の「かぐや」。10月、中国の「チャンア1号」。2008年10月、インドの「チャンドラヤーン1号」。2009年6月、アメリカの「ルナ・リコネサンス・オービター&エル・クロス」。また2012年にはロシアの「ルナグロブ」の打ち上げが予定されており、さらに各国とも後継機の打ち上げを続々と計画中だ。 アポロ11号の月面着陸から、40年。人類の宇宙開発新時代の主役の座にカムバックした、月。「化石のような天体」と科学者たちが声を揃えるように、太陽系誕生時の情報をそのまま保持した月は、謎と不思議の宝庫だ。月の起源や進化について探ることは、われわれの地球をもっと深く知ることにもつながるのである。

   「竹取物語」では明かされなかった月世界の神秘に、この物語では最新の科学を携えて迫っていくことにしよう。

 

 

 太陽系のなかでも、ずば抜けて大きな衛星、月。

それはいったい、どのようにして生まれたのだろうか。

 

   太陽系の惑星たちは、水星と金星を除いて、それぞれに衛星を従えている。そのうち、1つの衛星しか持たないのは地球だけで、その他の惑星はみな複数個の衛星を有している。

  わが地球の唯一の衛星である、月。その赤道半径は1738kmで、地球の約4分の1もある。他の惑星たちの衛星すべてと比べても、木星の衛星ガニメデ(半径2631km)、カリスト(2400km)、イオ(1815km)に次いで月は4番目のサイズだ。母惑星である地球の半径は木星の11分の1しかないのだから、「対母惑星」の比率で見れば、衛星としての月が、太陽系のなかでも破格の大きさを持っていることがお分かりだろう。

   太陽や地球は約46億年前に、月は少し遅れて約45億年前に誕生したと考えられているが、さて、この大きな衛星はいったいどのようにして生まれたのだろうか。月の起源については、これまで主に4つの学説が唱えられてきた。

  まず、「分裂説」。これは、地球と月はもともと1つの物体であったのが、その自転の勢いで一部が飛び出して月になったという説で、「親子説」「出産説」とも言われる。提唱したのは、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの息子、ジョージ・ダーウィン。しかし、地球の自転には月を分裂させるほどの運動量が無いという反論が多い。

   次に、「捕獲説」。太陽系内の他の場所で形成された月が、地球の近くに飛んできて、地球の引力に捕まえられたという説だ。「他人説」「配偶者説」とも言われるが、これもアポロ計画で持ち帰られた月の石の分析結果、月と地球の物質組成がよく似ていることが判明したため、支持を失った。

    さらに、「共成長説」。月は、地球のすぐ近くで地球とほぼ同時期に形成された、というもので「兄弟説」「双子集積説」とも言われる。地球の誕生時に、その周辺にガスや塵から成る小さな円盤ができ、そこから月が誕生したというわけだ。木星や土星の主な衛星がこのような過程を経て生まれたという説があり、これが月の場合にも当てはまるということは考えられる。

    そして、「ジャイアント・インパクト説」。1970年代半ばに、アリゾナ大学のハートマンらによって提唱されたもので、現在最も有力視されている説である。地球が形成途上にある段階で、火星サイズ(地球の質量の10分の1程度)の天体が地球に衝突し、その際に飛び出した両者の物質の一部が月になったというこの考え方は、月と地球の物質組成が似ていることにも適合する。また、巨大衝突時に飛散した鉄などの重い物質が重力の大きな地球に落ち、そのため月に鉄が少ないという事実を説明できるし、月に揮発性物質が極端に少ないという事実についても、巨大衝突によって高温にさらされて蒸発してしまったのだとの解釈が可能だ。なお、このジャイアント・インパクト説に関してはスーパーコンピューターを使ったシミュレーションも行われ、巨大衝突から月の誕生までの流れを再現したところ、月は衝突からわずか1か月後に完成してしまったという結果が出た。

   ただし、有力とされているジャイアント・インパクト説を含む上記の4学説は、あくまでも仮説の域を出ず、確証が得られているものではない。月がどのようにして誕生したのか、その起源についてはいまだに謎に包まれているというのが現状だ。

   「かぐや」を始めとする本格的な月の探査が今後ますます発展進歩を続け、そこから得られる新しいデータの積み重ねが、われわれ人類を、月や地球や太陽系の起源と進化の真実へと近づけてくれることだろう。

 

 

地球からは見ることのできない、月の裏側。

そこには、表側とは大きく異なる世界が広がっている。

 

    「花鳥風月」の四文字成句が示すように、古来より美しい自然の代表格としてわれわれ日本人に愛でられてき

た、月。その輝きは、太陽からの光を反射して得られるものだ。

  月は地球の周りを楕円軌道で公転しており、新月〜三日月〜上弦の月〜満月〜下弦の月といった満ち欠けが

起きるのは、月と太陽と地球の位置関係に応じて、月面に太陽の光が当たる場所が地球から見て変化していくか

らである。

   そして、いかなる場合でも、月は表側の半球(日本ではウサギの餅つきのように明暗の模様が見える面)だけを

地球に向けており、決して裏側を見せることはない。それは、月の自転周期が、地球を回る公転周期と完全に一

致しているためである。約27日をかけて、月は1回自転をし、1回公転をするのだ。

   この不思議は、何ゆえなのか。前章で、月の起源説のなかで最有力とされている「ジャイアント・インパクト説」を

ご紹介したが、これに基づくと、誕生直後の月は現在よりも地球の近くを周回していたのだが、その後 「潮汐作用

 (いわゆる潮の満ち干。主に月の引力と遠心力によって引き起こされる)」を通じて月は地球の自転のエネルギー

を吸収しながらだんだん遠ざかっていき、それに伴い月の自転周期もしだいに変化して、やがて公転周期と一致

してしまったと考えられるのだ。現在もなお、月は毎年3cmずつ地球から離れていっていると推定されている。

   この説明は、さらに「起き上がりこぼし」の例え話を加えて、分かりやすいものとなる。月の内部は、大別すると、

地殻、マントル、コアの3つで構成されており、なかでも比重の大きなマントル部分が表側に寄っているために、月

の重心もまた表側に寄っていると考えられている。月を起き上がりこぼしに例えると、頭よりも重いおしりを下にし

た状態、すなわち表側を地球の重力に向けている状態の方が、つねに安定しているというわけだ。

   月の顔とも言うべき表側の様子の観測は、いまからちょうど400年前、「天文学の父」と呼ばれるガリレオ・ガリ

レイによって始められた。その後、望遠鏡の改良や写真術の発明進歩に伴って、次々と月面図が新しいものに描

き換えられていき、19世紀の末には研究用の月写真集も出版された。

    そしてアポロ計画の時代を経て、このたび「かぐや」が史上初めて月の全球にわたり約677万地点を計測して

得たデータは、史上最も精密にして詳細な月の地形図を生み出した。

   さて、月の表側は、大まかに言うと「高地」と「海」で構成されている。地球から見て、明るい地域が「高地」で、暗

い地域が「海」。高地は白い斜長岩、海は黒い玄武岩でできており、両者の見え方が異なるのはそのためだ。山

脈や半球状のドーム、隕石の衝突によって形成された大小様々なクレーター、それらのクレーターから放射状に

広がる「光条」と呼ばれる模様など、起伏に富んだ多様な地形のある高地に対して、海は平坦でクレーターも少な

いのが特徴だ。名前は「海」でも、実際は低地をさらさらとした溶岩で埋めつくされた地形なのである。

  それでは、地球からは見ることのできない月の裏側は、いったいどのような姿をしているのだろうか。それは、表

側とは打って変わった世界。海がほとんど無く、数多くのクレーターに覆われた高地ばかりが広がっているのであ

る。表と裏ではまったく様相の異なるこの衛星の特徴を、科学者たちは「月の二分性」と呼んでいる。

  どうして、月に二分性があるのか。それは、謎のままだ。約45億年前に誕生したばかりの月は、その表面に「マ

グマ・オーシャン」と呼ばれるマグマの海が広がっており、それが冷え固まって現在の高地が形成されたと考えら

れている。その後、40億〜38年億年前に数多くの巨大隕石の衝突の時代に入り、38億〜32億年前にそれら

の巨大なクレーターの割れ目から玄武岩質の溶岩流が噴き出してクレーターを埋めつくした結果、現在の海が誕

生した。

    月の裏側にほとんど海が無い、という二分性。それは、月の裏側の地殻が厚かったために溶岩流の噴出が無

かったためと考えられてはいるのだが、それではどうして月の裏側の方が地殻が厚くなったのか、それが謎のま

まなのだ。

    ところが、この謎に迫る手がかりをくれる者が現れた。「かぐや」である。

 

 

「月に科学を」。最新鋭の観測機器を駆使した探査は、

月の裏側の重力異常を確認し、二分性の謎に迫る。

 

 冷戦時代に競い合われたアメリカと旧ソ連の月探査は、その主目的を、月に人間を送りこむことに置いた。その

ため、月面着陸の場所の探索や資源の調査が優先され、月の持つ多くの謎に迫る科学的な探査は十分ではな

かった。

  かぐやによる月探査が世界中の研究者たちから期待されたのは、「月の科学」をプロジェクトの主目的としたか

らだ。ハイビジョンカメラを始めとする最新鋭の観測機器を14種類も駆使して、月の元素 ・ 鉱物分布や地形、重

力、月周辺の磁場などを、くまなく調べ上げた今回のミッションは、まさに画期的なものだった。過去に打ち上げら

れたどの月探査機にも無い、かぐやならではの大きな特徴の1つが、2機の子衛星を利用した観測方法である。

  打ち上げから約1か月後、かぐやから分離されたリレー衛星「おきな」は遠月点約2400km、VRAD衛星「おう

な」は遠月点約800kmの楕円軌道をそれぞれ周回し、観測を実施。これまで調べることの不可能だった、月全

面の詳細な重力分布を明らかにすることができたのである。

  重力は、地形や地下にある物質の密度によって地域ごとに微妙な強弱を生じる。月全体の平均の重力との差

が「重力異常」と呼ばれるものであるが、かぐやとおきなによる月の裏側の観測から、明らかな重力異常が確認さ

れた。月の表側と裏側では、重力異常の分布に明確な違いの存在することが、初めて判明したのだ。

   まず月の表側では、丸い形をした「正」の重力異常がいくつか確認できる。この特徴的な重力異常は「マスコン」

と呼ばれ、「正」とは月全体の平均値よりも重力が強いことを意味する。マスコンは、隕石の衝突によって生じた巨

大なクレーターの内部を、地下のマントルから噴出した大量の溶岩が埋めることによってできたものと考えられて

いる。その溶岩の質量が余分の重力をもたらすために、「正」の重力異常となるのだ。これは、クレーターが形成

された当時は、大量の溶岩が噴き出るほどマントルが温かく柔らかかったことを示す。

  そして月の裏側であるが、なんと、マスコンの「正」の重力異常がまったく見受けられなかった。巨大なクレーター

は存在するのだが、マスコンとは違って、「正〜負〜正」のリング状の重力異常が形成されていることが、かぐやと

おきなによる観測で明らかになったのだ。このリング状の重力異常は、隕石の衝突した地域が、冷たく固かったこ

とを示すものである。

   かくして月の二分性は、地形にとどまらず、重力分布についても確認された。この事実から推測されるのは、月

のマグマ・オーシャンが冷えて固まっていった状況が、表側と裏側では異なっていたということだ。同じような時期

に隕石が衝突して巨大なクレーターが作られたのにも関わらず、まったく違った重力異常のパターンが形成され

たのは、当時の月の表側と裏側の温度が、少なくとも100kmほど内部まで異なっていたため(表側の方が高温

だった)と考えられるのである。

    二分性は、月の内部にまで及んでいた。最新科学の羽衣をまとったかぐや姫は、月の内側をも照らしてくれた

のだ。人類が史上初めて手にした貴重な観測データは、これからさらに分析を重ねられていく。そこから、往時の

月の表側と裏側の温度差が、いつ頃から、どのように現れてきたのかが明らかにされていけば、前章でふれた

「月の裏側の方が地殻が厚くなった」謎についても答が見出されるかもしれない。

 

 

 世界中の宇宙機関が注目している、「月の氷」。

果たして、それは存在するのだろうか。

 

  月に水は存在しない。これは、アポロ計画で持ち帰られた月の岩石の分析調査により明らかにされたことだ。月の岩石には、水分子はおろか、鉱物構成要素レベルで水(OH基)がまったく無かったのである。(※追記1)

   ところがアポロから約20年の時を経た1994年、アメリカが久々に打ち上げた月探査機「クレメンタイン」によるレーダー観測で、月の両極に「水の氷」が存在する可能性が示された。次いで98年に打ち上げられた「ルナ・プロスペクター」に搭載された中性子線分光計は、月の両極地方に水素の存在を意味する観測データを得て、その分析からNASAは、もしもこれらがすべて水だったら最大で60億tの量があることを発表したのだ。

   月の北極と南極。それらの地域は、太陽の光が低い角度でしか当たらないため、表面温度が低い。そして両極の付近にあるクレーターの底には、クレーターの縁に遮られて太陽光がまったく当たらない「永久影」と呼ばれる極寒の領域がある。水でできているかもしれない「月の氷」の存在が期待されているのは、この永久影だ。過去に衝突した彗星に含まれていた氷が、永久影に飛び散り、そのまま保存されている可能性があるわけなのだ。

   世界中の研究者たちが、この氷に熱い視線を注いでいるのは、なぜだろうか。それは、「資源の現地調達」というメリットがあるからだ。アポロ以降、人類が再び月に降り立ち、月面開発を行うであろうこれからの時代、水の存在は極めて重要だ。飲料水としてはもちろん、燃料電池やロケットの推進剤の材料になる、水素と酸素の原料としても利用できる。もしも「月の氷」から水が得られれば、わざわざ大きなコストをかけて地球から運ぶ必要がなくなるわけだ。

   はたして、「月の氷」は存在するのか。世界中の注目を浴びて、かぐやは月の南極点のすぐ近く、直径21kmの「シャックルトン・クレーター」の観測に挑んだ。ここは、前述の探査機クレメンタインやルナ・スペクターが「水の氷」や水素の存在の可能性を示したクレーターであり、その周辺は将来の有人月面基地建設の最有力候補地にあげられている。

   そこで、かぐやの地形カメラは、史上初めて「永久影」の詳細な姿の撮影に成功したのである。太陽光のまったく当たらない「影」を、どうして写すことができたのか。それは、月の自転軸が公転軸に対してほんのわずか傾いているために、南極の夏にはクレーターの縁の内側斜面に部分的に太陽光が射す時期があり、このタイミングに、斜面のかすかな散乱光によって照らされたクレーター内部の反射光を、かぐやのカメラは捉えたのだ。

   その画像は「月の氷」が存在するかどうかについて、極めて重要な情報をもたらした。シャックルトン・クレーターの内部には、氷の存在を示す、反射率の高い場所は見つからなかったのである。

   ただし、この結果は「月の氷」の存在を完全に否定するものではない。確かに、地表に露出した状態では氷の姿は認められなかった。だが、氷が土に埋もれて存在している可能性は依然として残されているのだ。

   いま、月に水がある可能性に挑んでいるのが、今年の6月18日にアメリカが11年ぶりに打ち上げた月探査機「ルナ・リコネサンス・オービター&エル・クロス」だ。打ち上げから45分後に両者は分離して、ルナ・リコネサンス・オービターは月へ向かう軌道に、そしてエル・クロスは月面衝突を目指す地球周回軌道に入った。月面衝突! そうなのだ、今年の10月9日に南極近くのクレーターへ衝突し、土砂を噴き上がらせて「月の氷」の存在を確かめようというのである。荒業ではあるが、謎への挑戦はまだまだ続いているのだ。 (※追記2)

 ちなみに、ルナ・リコネサンス・オービターの月探査活動には、かぐやの観測によって完成した最新の月の地形図が利用される。何やら国際競争の様相を呈している今日の月探査だが、緊密な国際協力があってこそ、より大きな成果が生まれるのだということを忘れてはならないだろう。

(※追記1) 今年の9月に、最初の章で紹介したインドの探査機 「チャンドラヤーン1号」 らの観測によって、月面の砂の表面に結合する形で、水が広い範囲にわたって存在している と見られる証拠が確認された。その含有率は、0.5% 未満。 また、アポロ計画で持ち帰られた月の岩石からも 実はわずかな水が検出されていたことも明らかにされたのだが、これまでは地球上の水が混入したものと考えられていた。

(※追記2) 今年の11月13日、NASAは 「エル・クロスによる観測で、月の南極に近いクレーターに凍った水が存在することが分かった。かなり まとまった量である」 と発表した。エル・クロスが衝突をした地点について、同研究チームは 「極端に乾燥した南米チリのアタカマ砂漠よりは 少し湿潤なのではないか」 と語った。

 

 かぐやの搭載した最新科学は、

月だけでなく、われわれの地球をも照らした。

 

   「月の科学」をテーマに、膨大な観測データを収集した、かぐやのミッション。それらのなかでも、多くの人たちに感銘を与えたのは、ハイビジョンカメラで捉えた「地球の姿」ではないだろうか。

   2007年の11月、かぐやによって撮影された「地球の出」「地球の入り」のハイビジョン映像が、NHKのドキュメンタリー番組で公開された。

   漆黒の宇宙空間を背景に、モノトーンの月面から、青い宝石のような地球が姿を覗かせ、その輝きに満ちた球体をだんだんと浮かび上がらせていき、やがて月面から離れて、闇の中空へ。鮮明な動画で見せてくれた、生きているわれわれの星。その姿を、あなたもご覧になっただろうか。そして、どうお感じになっただろうか。

  人類が初めて「地球の出」の撮影に成功したのは、1968年12月のこと。月の周回を成し遂げた、アポロ8号の搭乗員によるものだった。それは、初めて一般人に、自分の居場所である惑星の姿を目の当たりにする機会を与えてくれたエポックでもあった。当時小学生だった筆者は、その写真を見たときに、広い宇宙のなかで 自分はどうしてこんなところに住んでいるんだろうと、不思議な感慨に包まれたのを覚えている。

    映像情報の氾濫した現代に、地球の画像など珍しくもないが、かぐやが捉えたあの光景にたくさんの人たちが魅了されたのは、それが本物の地球であり、いままさに自分の生きている地球であることを実感したからではないだろうか。いまから46億年前に誕生した奇跡の星に、いまから38億年前に奇跡的に誕生した、生命。その末裔たちの一員が、われわれ人間だ。生命というものの存在の根源を、あの映像は映し出していたのかもしれない。     「地球の出」に続いて、2008年4月6日、かぐやは「満地球の出」の撮影にも史上初めて成功した。これは、太陽、地球、月、そしてかぐやの周回軌道が一直線に並ぶという1年に2回しかない貴重な機会を活かしたものだ。さらに、月、地球、太陽がほぼ一直線に並んだ今年の2月10日、かぐやは太陽の光が地球の輪郭を浮かび上がらせる「地球のダイヤモンドリング」の撮影をも初めて成し遂げたのである。

    月に関する最新の知見を、かぐやの探査は数多くもたらした。とはいえ、月はいまだに謎だらけの天体である。知見に知見を積み重ね、これからも観測と分析を繰り返しながら、探査から調査へ、調査から開発へ、開発から利用へというステップを、人類は踏んでいくことになるのだろう。

   探査の前には、冒険があった。19世紀の半ば、バービーケーン、 ニコール、 ミシェル ・ アルダンの3人は、アルミニウム製の巨大な砲弾に乗って、月へと旅立ったのである。それから、どうなったのか。詳しくは 「月世界へ行く」 という小説をお読みになると良い。「SFの父」と呼ばれ、数々の名作を残したフランス人作家、ジュール・ヴェルヌの書いた冒険譚だ。月への旅行は、人類にとって昔からの夢だった。その夢を、当時の自然科学の最新知識を駆使し、ヴェルヌは痛快無比なる物語に仕上げたのだ。

  「人間が想像できることは、必ず人間が実現できることだ」。彼の残した有名な言葉は、100年後、アポロの成功という現実になった。

   ならば、想像しよう。 もっと、月を。 火星を。 宇宙を。

   さらに、想像しよう。 もっと、地球に、平和を。

 

 

執筆にあたり、参考(引用)にした本です。

 皆さんにも、ぜひご一読をおすすめします。

 

●「38万キロ彼方のフロンティア  月世界への旅」   Newtonムック   ニュートンプレス 

●「最新・月の科学  残された謎を解く」   渡部潤一 編著   NHKブックス   日本放送出版協会  

●「MOON GUIDE  月のきほん」   白尾元理 著   誠文堂新光社  

●「かぐや 月に挑む」   NHK「かぐや」プロジェクト 編著   日本放送出版協会  

●「竹取物語」   星新一 訳   角川文庫  

●「月世界へ行く」   ジュール・ ヴェルヌ 著   創元SF文庫

 

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