第6話は「百年が明かした百億年」。宇宙の年齢の解明をテーマにした物語です。(2009年9月執筆)

             

                     

 

 

 

 

 

百年が明かした百億年

 

 

 

 

「この自分の生きているうちに、まさか

宇宙の年齢が明らかにされるとは思わなかった」。

 

  そう語ったのは、筆者の知人である。少年時代から相対性理論や素粒子論などの科学図書に親しみ、大学では物理学を専攻。55歳の今も 会社の経営者として仕事に忙殺される日々の合間をぬって、好きな本を開き、自然科学の最新知見にふれることを喜びとしている人だ。筆者の尊敬する一人でもある。

2003年の2月11日に、探査機によって得られた 観測データに基づいて 「宇宙の年齢は137億年である」 と NASAが発表した人類史上初めての事実は、この知人が 少年の頃から抱き続けてきた クエスチョンに、申しぶんのない精度で応じてくれた アンサーでもあった。 6年半前の感動を 再現するかのような口調で、彼は 言った。「100〜200億歳では、大まかすぎる。 120〜140億歳でも、まだ曖昧だ。 きっちり137億歳と、1億の位までつきとめてくれたことが 素晴らしいんだよ」。

そうして彼は、話をこう締めくくった。「今から46億年前にたまたま地球が生まれ、38億年前にたまたま生命が誕生し、21世紀の現在に たまたま自分は人間として存在している。宇宙という 途方もない空間と時間のなかで、人の一生なんて瞬時にも満たないものなんだ。そんな極短の時間内に、137億年という宇宙の真実を知ることができたのは、とても幸運だったと思うね」。

たしかに、その通りだと思う。筆者も、そして今 この物語を読んでくださっているあなたも、38億年の昔に誕生した生命の末裔として、鳥や魚や虫ではなく、偶然にも人間として存在している。それも、600万年前に出現した旧人類ではなく、 20万年前に生まれたばかりの 現生人類の子孫の一人として、偶然にも 西暦2009年の今を生きている。

もしも、われわれが 10万年前の時代に生を受けたものと 仮定してみよう。アフリカの荒野で 獲物を追いかけたり、木の実を採取したりと、食料の確保に必死な姿が目に浮かぶ。昼間のうちはそれでよいが、やがて太陽が沈み、漆黒の闇の中に置かれる。満天の星たちの煌めきは美しかったであろうが、それは猛獣などの外敵の襲来に脅かされる、恐怖の長い夜の始まりを告げるサインであったかもしれない。

もしもわれわれが、コペルニクスやガリレオが登場するずっと前の中世ヨーロッパに生まれたものと仮定してみよう。神が創った宇宙の中心には地球があり、その周囲を回転している太陽や月や惑星の動きは 天使の働きによって調整されているという 教会の教えを、きっと信じこまされたに違いない。

もしもわれわれが、ニュートン以前の時代に生まれたものと 仮定してみよう。月が地球の周りを回るのは、リンゴが地面に落下するのと同じ万有引力、すなわち重力によって引き起こされているということを、まったく知らないままに人生を終えてしまったことだろう。

けれども、われわれは、ホモサピエンスの歴史において 科学の理論や技術が最も進んだ現代というポジションに生きているという、とても大きな幸運に恵まれた。 とりわけこの100年の間に、アルバート・アインシュタインが唱えた相対性理論という「時空の科学」と、 ニールス・ボーアらが発展させた量子論という「ミクロな物質の科学」、それに 驚異的に進歩した宇宙観測技術の 絶妙なコラボレーションによって、人類は 宇宙の誕生時から現在に至る 宇宙の進化の様子を描き出せるまでになったのだ。もちろん科学の先人たちの情熱と努力が生み出してきた数々の研究成果がベースにあるからこその話だが、この100年が 137億年という宇宙の年齢をつきとめたと言っても、決して過言ではない。

われわれの住む地球は太陽系の一員であり、その太陽系は 天の川銀河という名の銀河系の一員である。太陽のような恒星だけでも約2000億個を有するこの天の川銀河は、円盤状の形をしており、その大きさを直径で言うと 約10万光年。秒速30万kmの光が1年間に進むことのできる距離が約10兆kmだから、その10万倍の距離を表記すると 「10の18乗km」 となる。

なんとも 天文学的な数字で、想像の及ばない大きさだが、宇宙には 天の川銀河 以外にも、例えば お隣りの  (と言っても230万光年も遠くにあるのだが) アンドロメダ銀河をはじめ、見えているものだけで1000億個くらいの銀河が存在することが分かっている。

まさに途方もない宇宙という存在だが、その年齢が137億歳であることを、こんなにちっぽけな人間という存在が解き明かしてしまったのである。

いったい、それは どのようにして実現できたのだろうか。 これを今回の物語にしよう。

 

 

「ビッグバン宇宙論」を確固たる定説にしたのは、

2人の技師による、ある偶然の発見だった。

 

   宇宙は どうやって誕生したのだろうか。そう問いかければ、今や多くの人が 「ビッグバンという大爆発によって誕生した」 と答えるだろう。かつて 「金融ビッグバン」なる流行語を生み出したほど、広く世間に知れわたっているこの宇宙論が スタンダードな学説として定着したのは、半世紀ほど前のことである。

初めて この説を堤唱したのは、ベルギーの カトリック司祭で 物理学者でもあった ジョルジュ ・ ルメートルだ。アインシュタインの一般相対性理論に基づく 独自の方程式から、宇宙は静的なものではなく 動的なものだという答を導き出したルメートルは、「宇宙の卵とも呼ぶべき1つの原始的原子、それが膨張して現在の宇宙になった」という説を発表した。1927年のことである。

だが、宇宙の大きさは一定不変である とする 静止宇宙モデルの考え方が支配していた当時の学界において、この理論は 荒唐無稽なものと見なされ、多くの批判にさらされた。アインシュタインもまた、静止宇宙を固く信じる立場から、ルメートルの考えには否定的だった。イギリスの天文学者フレッド ・ ホイルに至っては 「このドッカーンな考え (this“big bang”idea)」と、BBCのラジオ番組に出演して嘲笑したほどだ。ちなみに、この 「big bang」という馬鹿にした言い方が、そのまま 「ビッグバン」 という宇宙論の呼称になり、現在に至っているのである。

さて、劣勢に立たされたルメートルだが、1929年に 強力な味方が現れた。アメリカの天文学者、エドウィン ・ハッブルである。当時では 世界最大を誇った 口径2.5mの反射望遠鏡を用い、たくさんの銀河から届く 光の ドップラー効果を測定する方法で 「宇宙が膨張している」 ことを実証した ハッブルの理論と観測データは、宇宙論を 「静から動へ」 と変えていく原動力になったのだ。

そして、ルメートルの後を継ぎ、 ビッグバン宇宙論を さらに発展させたのが、ロシア出身にして アメリカの物理学者、ジョージ ・ ガモフである。1946年、「宇宙は 超高温で 超高密度の、火の玉で始まった」 という説を唱えたガモフは、さらに「私の説の証拠となる、火の玉の名残りの光が、今も宇宙全体に満ちているはずだから、宇宙のあらゆる方向から いずれ観測されることになるだろう。 その光は、火の玉の膨張によって 波長が引き伸ばされ、冷たくなっているはずだから、5度 (絶対温度の5度、摂氏では−268.15℃) 程度のマイクロ波として観測されることになるだろう」 と予言をしたのである。

後に 「宇宙背景放射」 と名づけられた、この 「火の玉宇宙の名残りの電波」 探しに、各国の研究者たちが競い合うように取りかかった。そのうちの1人が、アメリカの物理学者 ロバート ・ ディッケだ。 母校のプリンストン大学で教えていた彼は、若手研究者である デビッド ・ ウィルキンソンたちに、大学キャンパス内の建物の屋上にマイクロ波アンテナなどの装置を建設するよう指示をし、彼らはそれに従って作業に励んでいた。

そんな 1965年のある日、ウィルキンソンたちといっしょに研究室で昼食をとっていたディッケのもとに 電話が入った。それは 18km離れた場所で、衛星通信用の巨大なアンテナを作る仕事をしている 電話会社の技師からのものだった。 「受信のテストをしているのですが、正体不明の電波が 空のあらゆる方向からやって来て 困っています。アンテナを空のどの方向に向けても 受信してしまうのです。それも24時間絶え間なく、しかもまったく同じ強さの電波を受信してしまうのです。この電波は いったい何なのでしょうか?」 という 問い合わせの電話だったのである。ディッケは通話を保留にし、食事中のウィルキンソンたちの顔を見すえ、声を張り上げた。「君たち! 先を越されたぞ!」。

図らずも「火の玉宇宙の名残りの電波」を発見してしまった電話会社の技師は、アーノ ・ ペンジアス、ロバート・ウィルソン という名の2人で、どちらも ガモフの予言のことなど まったく知らなかった。仕事中に 偶然 成し遂げた偉業と、後に書いた論文を称えられて、ペンジアスとウィルソンには 1987年のノーベル物理学賞が授けられた。

発見されたマイクロ波の絶対温度は 3度で、考えていた5度より やや低かったものの、ガモフの予言は見事に現実のものとなり、多くの科学者たちを納得させた。 かくして ビッグバン理論は、宇宙のスタンダードモデルという不動の地位を獲得したのである。

理論がその存在を予想し、観測がその姿を確認した、「宇宙背景放射」。 これこそが、宇宙の年齢を解き明かす鍵となっていくものだ。さらなる理論の構築と、目ざましい技術進歩を続ける観測の実施。この両者の積み重ねによって、人類は 「137億年」 という宇宙の真実に近づいていくことになった。

一方で、宇宙が膨張していることを初めて実証した 前述の天文学者 ハッブルの後継者たちもまた、別個の理論と観測方法によって 宇宙の年齢の解明に取り組んでいた。 だが、彼らが導き出した数字は 「18億歳」。 これは、放射性同位元素の測定などによって 地質学者たちがすでに明らかにしていた 地球の年齢の 「46億歳」 を下回ってしまう、困った数字だった。

つまり、この当時、宇宙が何歳であるかなんて、見当さえもついていなかったのである。

 

 

「ビッグバンの直前に、宇宙は急激に膨張した」。

この新理論を、NASAの探査機が実証した。

 

   物語は、1980年代へと進む。この時代になると、ハッブルの後継者たちの観測技術も大幅に向上し、宇宙の年齢は 「100〜200億年」の範囲内にあるという、大まかではあるが 間違ってはいない数字が見出されていた。

一方で、 ビッグバン宇宙論には、 いくつかの疑問が生じていた。 その1つが、「なぜ宇宙背景放射は、どれもまったく 同じ強さなのか?」 というものだ。

ビッグバン理論を支えた 宇宙背景放射は、あらゆる方向からやって来るものが、まったく 同じ強さであると調べられていた。これは、その元となる光が生まれた頃の宇宙の温度が どこも同じであったこと、その宇宙全体の密度が均一で 一様な状態であったことを意味する。だが理論上、宇宙を一様にするには、何らかの方法で 宇宙を十分に 「かき混ぜる」 必要があるのだ。もちろん、そんなことは不可能だ。他にも 問題はいくつかあり、科学者たちを悩ませていた。

このような問題を 一挙に解決する新理論が、なんと登場したのである。それが、「インフレーション宇宙論」 だ。物質の間に働く力に関する理論と 相対性理論を組み合わせることで、 ビッグバン宇宙論を補強し 発展させたこの考えを、1980年に 日本の佐藤勝彦が初めて提唱し、その半年後に アメリカのアラン ・ グースもまた 別個に発表した。 その理論とは、次のようなものである。

生まれたばかりの宇宙は、「インフレーション」の時期を経て、ビッグバンの状態になったのである。「インフレーション」とは 宇宙が超急膨張をすることであり、それは宇宙が生まれた直後の極めて短い時間内 (1秒の100億分の1の、そのまた100億分の1以下) に起こった。つまり一瞬のうちに、それまで極小だった宇宙は、真空のエネルギーの力によって、光速よりも速いスピードで、数100桁以上もの大きさに膨張したのである。インフレーションが終了すると、大量の物質と光が生み出され、宇宙は灼熱の火の玉となって膨張を続けていった。これが、ビッグバンである。

さて、この新理論が ビッグバン宇宙論の諸問題を解決したと述べたが、それでは 前記の 「なぜ宇宙背景放射は、どれもまったく 同じ強さなのか?」 という疑問には どのような答を出したのか。それは、こうだ。 生まれたばかりの宇宙が 全体的には不均一だったとしても、ごく狭い領域だけを見れば、その中は ほぼ一様になっている。そして、この狭い領域が 現在の宇宙の大きさよりも はるかに大きくなるような急膨張を遂げれば、 その中に住んでいる者にとって 「見える範囲の宇宙」 は極めて一様になる。それが実際に、われわれが住んでいる宇宙の領域( 「見えない範囲を含めた全宇宙」 のうち 「塵」 くらいの領域 ) なのだから、宇宙背景放射は どこでも同じ強さで観測されるのだ。

もしも、「見えない範囲の宇宙」 まで見ることができれば、その宇宙は 決して一様にはなっていないはずだ。 しかし、それは不可能である。なぜなら、「誕生から38万年後」 以前の宇宙は、絶対に見ることができないからだ。

ビッグバンの 火の玉宇宙では、超高温のため 原子がそのままの状態ではいられず、電子と原子核に分かれた プラズマ状態になって 空間を飛びかっていた。つまり、誕生直後の宇宙は 「プラズマの雲」 で満たされていたのだ。その雲の中では、光は 電子や原子核と頻繁に衝突して、まっすぐに進めず、地球に届かない。 だから、この当時の宇宙を見ようとしても、見ることができない。

だが、宇宙は膨張を続けていくのに伴い、温度が下がっていった。 十分に温度が下がると、それまで空間を飛びかっていた電子と原子核は結合し、原子を形成するようになった。これでやっと光は、電子や原子核と衝突することなく、まっすぐ進めるようになり、四方八方へ飛んでいけるようになり、地球にも届くようになった。 宇宙が透明になったのである。これを 「宇宙の晴れ上がり」と言い、宇宙の誕生から約38万年後に起きたと考えられている。この 「晴れ上がり」 の時代の光こそが、われわれが観測することのできる 最古の宇宙の光であり、それが 宇宙背景放射なのである。

この最古の光を、全天からの写真データとして観測することに 初めて成功したのが、1989年に NASAが打ち上げた 宇宙背景放射探査機 「COBE (略称:コービー)」である。 高度900kmの軌道上から、COBEは あらゆる方向から来る宇宙背景放射を 広範囲な波長領域でとらえた。そして1992年には、誕生から38万年後の宇宙の地図を、電波の濃淡として描き出したのだ。

この濃淡は、電波の強いところと 弱いところの分布を示したもので、その強弱の度合は、観測された宇宙背景放射の平均値 (絶対温度2.7度) に対して たったの10万分の1。ほとんど一様に来ている 宇宙背景放射に、ほんのわずかな不均一さ (温度ゆらぎ) の存在することが実証された。この 「温度ゆらぎ」 こそが、インフレーション理論の予言していた初期宇宙の物質密度のわずかな不均一さ (量子ゆらぎ) に対応するもので、両者の統計的性質が見事に一致したのである。そして驚くべきことに、この 「量子ゆらぎ」 は、なんと 銀河などの宇宙の構造物をつくった 「種」 なのだ。

発表された当時は 「驚愕の理論」 として扱われたインフレーション宇宙論は、COBE、および その後継機の業績によって裏づけられ、今では宇宙物理学の基盤になりつつある。

その後継機 ― 「137億年」 をつきとめた立役者に、いよいよ ご登場を願おう。

 

 

COBEの約30倍の観測精度を持つ新探査機が、

宇宙論に関する様々な数値を明らかにした。

    

   20世紀の終わりになると、望遠鏡も宇宙へ飛んだ。「ハッブル」の名を冠した宇宙望遠鏡が NASAによって打ち上げられ、高度600kmの軌道上を周回しながら観測を始めたのだ。そして1999年に、宇宙の年齢は 「120〜140億年」であるという答を出した。正解にかなり近づいたものの、結局、最終的な解明は 21世紀へ持ち越されたのである。

そして、ついに、そのときがやって来た。2001年6月30日、ケープカナベラル空軍基地から、デルタ競蹈吋奪箸砲茲辰董■達錬贈 の後継機が打ち上げられたのだ。

新しい探査機の名は、「WMAP」。 略称は 「ダブル ・ マップ」 だが、正式には 「ウィルキンソン ・ マイクロ波異方性探査機」 と言う。この 「ウィルキンソン」 という人名は、実は すでに 前々章の中に登場している。ガモフの予言した 「火の玉宇宙の名残りの電波」 すなわち 宇宙背景放射を探そうと、プリンストン大学の物理学者 ディッケの指示のもと、キャンパス内の建物の屋上に マイクロ波アンテナなどの装置の建設作業に励んでいる最中に、電話会社の技師たちに その発見の 「先を越されて」 しまった 若手研究者の1人、デビッド ・ ウィルキンソン、その人の名である。

1965年のあの日以降も、ウィルキンソンは 宇宙背景放射の研究に精力的に取り組み、宇宙物理学の最前線で活躍。 気鋭の科学者として COBEのプロジェクトにも参加し、重要な役割を果たしていた。 そして、この新探査機のミッションにおいても 科学研究チームの主要なメンバーとして任務を率いていたのだが、残念なことにその中途で病死した。これを悲しんだチームメートたちは、これまでの彼の業績を称え、その敬意の証として 「ウィルキンソン」 の名を 新しい探査機に冠したのである。大宇宙の真実の発見は、強い絆で結ばれた チームワークの結晶でもあったのだ。

打ち上げられた WMAPは、前任機のCOBEが観測を実施した 900kmを遥かに超えた、約150万kmという高度の軌道上から観測を開始した。 「ラグランジュ2」 と呼ばれるこの宇宙空間のポイントは、太陽から地球へ伸ばした直線上の、地球の先にある。重力的に安定しているという好条件に加え、太陽にも 地球にも 月にも遮られることなく 深宇宙を見ることができるという長所を持つこの地点は、宇宙背景放射の観測には理想的なのだ。

 さらに WMAPには、当時の宇宙科学の粋を凝らした高度な観測性能が与えられていた。宇宙背景放射の相対温度を全天にわたって正確に測定するための、分解能や感度が、COBEの約30倍にも高められていたのだ。

 これらにより、 宇宙空間のノイズを極少に抑え、 全天の微細な温度ゆらぎの分布まで調べつくした WMAPは、生後38万年の 「赤ちゃん時代の宇宙の写真」 とでも形容すべき、素晴らしく精密な画像データを描き出したのである。

 そして、ついに、2003年2月11日。 WMAP によって観測されたデータと、そこに秘められていた 宇宙の年齢や組成に関する新事実が、NASAから発表されたのだ。 それは、次のようなものだった。

 

●宇宙の年齢は137億年である。(誤差2%よりも高い精度で、そうである)

●宇宙の組成は、通常の物質 (われわれの体や星などを構成する物質) が4%、暗黒物質(正体不明の物質 )  が23%、暗黒エネルギー (正体不明のエネルギー) が73%である。

●宇宙は平坦である。(曲率が0である)

●現在も 膨張を続けている 宇宙の膨張速度の大きさ (ハッブル定数) は、視線方向で測定した距離が 1 メガ   パーセク (326万光年) 増加するにつれ 秒速が71km大きくなる、というものである。

●WMAPのデータに、現在の宇宙モデルを適用すると、われわれの宇宙は永遠に膨張を続けるというに結果に  なる。

●最初の星が光り出した時期は、ビッグバン後2億年前後である。

 (※その後の WMAPの観測から得られたデータに基づいて、2006年3月に2度目の、2008年3月に3度目の成果公表がなされ、上記の数値は一部、次のように変更された)。  宇宙を組成する 通常の物質は5%、暗黒エネルギーは72%。 最初の星が光り出した時期は、ビッグバン後4億年。

 宇宙の年齢の 正確な数字から、宇宙の形状、宇宙の組成、宇宙の膨張、宇宙の星の光り初めに至るまで、われわれ人類は 21世紀の初期までに、これだけの事を知り得たのである。 ほんの1万年前までは、狩猟と採集の日々に明け暮れていた、われわれ現生人類が、である。 まさに 「知恵あるヒト」、 ホモサピエンスではないか!

 そして、今。 2009年の5月14日に、 COBE、WMAPに次ぐ 3番目の宇宙背景放射探査機として、欧州宇宙機関の 「プランク」 が打ち上げられたばかりだ。 さらなる科学は、われわれに、はたしてどのような宇宙の真実を教えてくれるのだろうか。 

 

それでも謎だらけの、この宇宙を

人類はどこまでも明かし続けるだろう。

 

   前章で紹介した、宇宙の最新情報のうち、「宇宙の組成」 に関する事柄を 再度採り上げてみよう。 「通常の物質」 「暗黒物質」 「暗黒エネルギー」 など、宇宙を構成しているものの割合についてである。

2008年の3月、最新の数値に改められて発表された その内容は、「通常の物質が5%、 暗黒物質が23%、暗黒エネルギーが72%」 というものだった。

前述したが、5%の 「通常の物質」とは、われわれ人間や様々な生命の体、大地や空気、星や宇宙空間を漂うガスなどを構成している、各種の元素でできた物質である。

しかし、宇宙の23%を占める 「暗黒物質」 も、72%を占める 「暗黒エネルギー」 も、正体不明のものである。つまり、それらを合わせた 「宇宙の95%」 が、いまだに正体不明ということだ。宇宙の年齢は137億歳と 正確に分かったのに、「宇宙の中身」 については ほとんど何も分かっていない というのが現実なのである。

暗黒物質 (ダークマタ―) は、 「光や電波を出さないので 観測はできないが、重さのある物質」 であると される。 銀河の内部や その周辺部に存在が予想されており、通常の物質の10倍もの重さを持っていると考えられている。

暗黒エネルギー (ダークエネルギー) は、全宇宙に満ちており、 「重力とは逆の反発力を周囲に及ぼし、宇宙の膨張速度を加速させているエネルギー」 であると考えられている。

そして、この両者の正体をつきとめることが、現在の宇宙科学における 最大のテーマとなっているのだ。ちなみに、暗黒物質の候補として、最新の素粒子物理学が存在を予言している 未知の粒子 (ニュートラリーノ、アクシオンなど) が挙げられているが、暗黒エネルギーの正体探しの方は 暗中模索の状態だ。

われわれが、その姿を知れば知るほど、宇宙は 新たな謎をつきつけ、広大さと 深遠さを見せつける。だが、われわれは 真実の探求という挑戦を決してやめることなく、 一歩一歩、 着実に、 宇宙の謎の壁を乗り越えていくだろう。 なぜなら、われわれは知恵あるヒト、ホモサピエンスなのだから。

最後に、偉大なる先人たちの言葉を2つ記して、この物語を締めくくることにしよう。 1つは、18世紀を代表する哲学者のもの。 もう1つは、20世紀を代表する 物理学者のものである。

 

「暗黒の中では、人間の想像力は、明るい光におけるよりも たくましく働くことを常とする」

 ―  イマヌエル ・ カント

 

「この宇宙で もっとも理解不能なこと、それは この宇宙が 人間に理解可能であるということだ」

―  アルバート ・ アインシュタイン

 

 

執筆にあたり、参考(引用)にした本です。

 皆さんにも、ぜひご一読をおすすめします。

 

 

●「眠れなくなる宇宙のはなし」

  佐藤勝彦 著   宝島社 

●「宇宙はこうして誕生した」

  佐藤勝彦 編著   ウェッジ選書    

●「宇宙論の飽くなき野望」

  佐藤勝彦 著   技術評論社

●「ビッグバン宇宙からのこだま  探査機WMAP開発にかけるリーダーたち」

  マイケル・D・レモニック 著   日本評論社

●「宇宙誕生100万分の1秒後の謎  大きさのない粒子からすべては始まる」

  延與秀人 著   じっぴコンパクト   実業之日本社      

●「暗黒宇宙で銀河が生まれる  ハッブル&すばる望遠鏡が見た137億年宇宙の真実」

  谷口義明 著   サイエンス・アイ新書

●「無の空間の謎に迫る  真空とインフレーション宇宙論」

  Newtonムック   ニュートンプレス

●「ゼロからわかる 最新宇宙論」

  佐藤勝彦 監修   Gakken MOOK   学習研究社

 

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